命を無視された兵隊 作:901ATT
慌ただしく人の行き交うロドス甲板。
急遽飛ばされ、そして戻ってきたヘリからには群がる様にして医療スタッフ、オペレーター達が忙しなく動き回っている。
本来なら、ここまで騒がしい場に居合わせたくないオーランドとしては直ぐに離れたい状況だろう。
だが、不意に風に流れて漂ってきたとあるニオイがその足を引き留めていた。
独特なニオイ。焦げた様な、焼けた様な、煤の様な、油の様な、それら全てが入り混じった様なニオイだ。
自然、オーランドの足はそのニオイの下へと向けられる。周りの目など一切気にする事のない足取りだ。
辿り着いたのは、乗っていた患者を下したヘリ。その開けられた扉からその巨体を屈ませた彼はソレを見つけその目を僅かに見開いた。
ソレ、は盾だ。装甲が改良され、簡素ながらも廉価品の様でありながら担い手の技量を十全に発揮できるようなそんな長方形。
そんな盾が、溶けていた。
表面は完全に融解。先端は愚か、元の大きさの三分の一程にまで面積を減らし場所によっては大きな穴をあけた、最早盾とも言えない鉄屑がそこには転がるばかり。
盾ばかりではない。原型を留めていない剣や、杖、果ては弓。殆ど炭化してしまったであろう、ロドスのパーカー等々。ヘリに積まれた遺留物の大半は酷い有様だ。
それらを一通り確認したオーランドは、ヘリより無言で離れる。
だがその変化は劇的だった。
オーランドは、
「…………ふぅ」
昂った身の内に宿った感情を沈め、一つ息を吐き出す。
ゆっくりと歩を進めながら、意識だけを奥へ奥へと沈めていく、そんなイメージだ。
時間にして、数秒。廊下一つの半分も進まないぐらいで、彼は意識を浮上させていく。同時に、頭に巻かれた包帯へと徐に手を伸ばす。
手袋を着けたまま、器用に解かれたその下の皮膚には―――――
この変化が起きたのは、頭部だけではない。胴体などにも刻まれていた未だ痛々しい傷、その全てが古傷となって、出血と痛みを失ってしまったのだから。
解いた包帯と外したガーゼをコートのポケットへと突っ込み、そうして辿り着くのは自室。
荒れるロドス。一人が消えたとしても、気づくのは少し先の事だ。
*
「―――――ヤトウ、ドゥリン、レンジャーの処置は終わった。しばらくすれば目を覚ますだろう」
「ッ、ありがとうございますケルシー医師」
深々と頭を下げてくるノイルホーンの頭を見やり、ケルシーは認めたカルテへと視線を落とした。
治療した三人はいずれも、広範囲に火傷を負っていた。深度はそれほどではないが、後少し酷ければ消えない傷を負う事となっていただろう。
今は同僚の回復を願い、側についているノイルホーンも三人に比べれば軽度だが火傷を負っていた。
これらの情報から導き出されるのは、相手が超高温の炎を用いたという事。
思い浮かぶのは、現在ロドスと正面切って事を構え、尚且つ世界そのものに喧嘩を売っているような集団の首領。だが、その考えは実際に敵と相対したノイルホーンによって払拭された。
(新たな敵、か…………)
情報が少なすぎた。その数少ない情報も強力な
今回の襲撃が偶然でないのならば、ロドスを狙った事になる。
なまじ、様々な勢力からオペレーターが集まっている事から、誰が恨まれているのか、狙われているのか分からないのが実情だ。
ケルシーが頭を抱えていたころ、執務室でもまた今回の一件の対応に追われていた。
「目的は、ノイルホーン達じゃなかったって考えるべきかな」
「恐らくな。ロドスその物への攻撃、或いはロドスに現在籍を置いているオペレーターへの襲撃だろう。盟友よ、心当たりは無いか?」
「そう言われてもね…………」
相談役としてあつまってもらったシルバーアッシュの言葉を受けて、ドクターは考え込む。
お偉いさんを狙った襲撃ならば、目の前のシルバーアッシュや、チェンなどが。その他にもバウンティハンターとしてあちこちの勢力とぶつかったこともあるスカジや、ヴィクトリアのギャングだったシージ等も居る。その他にも、後ろ暗い経歴のオペレーターは少なくない。
「とにかく、対策は考えておかないと。炎のアーツを使って、更にその威力は重装オペレーターでも止められない。とするなら、遠距離から射撃や術師で抑えるべきかな」
「いや、壁役は必要だろう。術師が相手となるならば、マッターホルンはどうだ?」
「うーん…………そもそも、相手が分からないから。とりあえず、先方隊を組織しようかな。遠くから様子を―――――」
「ドクターッ!!」
とりあえず、安全策を講じようとしたところで乱入者。
入口に集まる視線。見れば、肩で息をするアーミヤがそこに居た。
「アーミヤ?そんなに急いでどうし―――――」
「オーランドさんが、居なくなったんです!」
彼女の言葉に場が凍った。タイミングがあまりにも悪すぎると言わざるを得なかったからだ。
正体不明の襲撃者と、そのタイミングで姿を消したオーランド。余程の馬鹿でも関係がないと考える方が難しい状況証拠が揃い過ぎていた。
自然、部屋の視線はこの場での最高責任者に集まる。
「…………オーランドには、ケルシーが監視を着けていなかったっけ?」
「それが、場が荒れた時に一時的に引き上げさせてしまったみたいで…………かなりの怪我でしたから、早々動き出すとは思わなかった、と」
これは本当の事。如何にアーツで治療を施していても、オーランドの怪我は決して軽くはなかった。未だに包帯やガーゼの下では傷から血が滲むこともあったし、動き回るだけでも並大抵の人間ならば蹲りそうなほどの痛みも合ったはずなのだ。
だが、彼はこうして姿を消した。疑われることを分かっているだろうに、態々そんなタイミングで尚且つ監視を撒いた上で、だ。
「どうするつもりだ、盟友よ」
「…………」
シルバーアッシュの視線を受けて、ドクターは思考する。
十中八九、オーランドは襲撃者の下に居るだろうと彼女は考えていた。タイミング的にも、それしかない。
本題は、その目的。
ノイルホーン達の仇討。接触、及びロドスからの離脱。それ以外。可能性というのは第三者の思考ならば幾らでも数が出てくる。
そもそも、彼に関する情報が少なすぎるほどに少ないのだ。彼自身も過去を語らず、尚且つオペレーターの中で彼の過去に関係のある者が居ない為にどうしようもない。
少しの思考を挟み、ドクターは顔を上げた。
「部隊を編成します。第一部隊を主軸に、回復と遠距離主体のオペレーターを何人か。向かうのは、ノイルホーン達が襲撃された地点。そこにオーランドが居るなら、直ぐにでも回収。戦闘行為は避ける事。アーミヤ、行くよ。シルバーアッシュもついてきて」
事態は一気に動き出す。
*
過去の清算。それは永遠に、オーランドには訪れる事のない言葉だろう。
硬い地面を踏みしめながら、軍帽のツバに上部分を隠された視界の中で彼が考えるのはノイルホーン達を襲ったであろう相手の事。
心のどこかで、期待していた。あの日、あの瞬間、自分の他にも
ロドスへは治療の為に訪れたことになっている彼だが、本当の所は目的が違う。
今回の様な出会いは、完全に予想外だがどこかで平和に生きている誰かに出会いたかったのだ。仮に戦場であったとしても、手を差し伸べるつもりでもあった。
果たして、現場へと辿り着く。
既に時間が経過している為か、油臭さなどは殆ど残っていない。しかし、この場所が戦場になった事を吹き荒れた風によって運ばれた砂によって隠れた焦げ跡が声高に主張してくる。
不意に、オーランドの鼻がとあるニオイを嗅ぎ取った。
熊というのは、人間よりも遥かに鼻が良い。その分目が悪いが、嗅覚は人間の凡そ百倍とも言われている。
ウルサスは熊の特性を持ち合わせた種族だ。ループスやペッローには劣るかもしれないがそれでも鼻が良い事には変わりなかった。
その鼻が嗅ぎ取ったのだ。
戦場のニオイを。
「…………」
「…………やっぱり、お前か」
砂塵の中、現れた相手を前にしてオーランドはそう呟いた。
奇妙な風体だ。
まるで防護スーツの様な、全身を覆う白いでっぷりとした防護服。肩パットに、頭部は金魚鉢をひっくり返して被った様なヘルメット。
何よりその手に携えるもの。
銃の様にも見えるが、持ち手の先端辺りから管が伸びており背中には酸素ボンベの様なタンクを背負っていた。
「901……カウプラン 探シテル…………オレ オ前、連レテ行ク」
「ッ、俺はもう兵隊じゃない…………!」
殆ど反射的に抜かれた
脳裏を過るのは、地獄の様な光景。血と薬品のニオイ。断末魔、呻き声。皮膚を貫く針の感触。
最早、トラウマというにも生温い体験の数々は容易にオーランドの精神をグズグズに破壊していった。
「フーッ……!フーッ……!」
荒れる呼吸の中、無意識の内に左手は腰のランタンへと伸ばされる。
一応、オーランドはランタン無しでも戦える。だがその戦闘能力は容赦の無さを含めても、ランタン点灯時と比べれば雲泥の差があると言わざるを得ない。
何より、オーランドは
目の前の相手が、救えるかどうかの瀬戸際などとうに超えてしまっているという事を。
だからこそ、銃口がブレる。如何に
だが、相手にとってその揺らぎは付け入る隙でしかない。
アクションスライドが引かれ、銃口の部分より炎が揺らめく。
「寒イ……寒イ…………」
「ッ…………!」
ぶつぶつと呟かれる声と共に引かれるトリガー。銃口より吐き出されるのは、極大の火焔だ。
半ば無意識の内に、オーランドは横へと跳んでいた。コートの裾が炎にまかれて焦げてしまったが全身巻き込まれるよりは幾分かマシというもの。
そのまま転がるようにしてその場を離れた彼は、近くの大きな瓦礫の影へと飛び込んだ。
ほとんど間髪入れることなく、炎が隠れる壁を焼き始めるが、そこは火炎放射の弱点。即ち貫通力の無さのお陰で壁を挟んで反対側のオーランドが焼かれることは無かった。
状況が、状況であるから致し方ないとはいえオーランドは失念していた。相手は単なる炎を吐き出すだけの相手ではないという事を。
「
黒く焼け焦げた壁へと炎の発射口を向けて、襲撃者は力を籠める。
噴き出していた炎が不自然に揺らぎ、そして内へ内へと圧縮。やがて、発射口の前には真っ赤な火の玉が浮かび上がっていた。
「燃ヤセバ、少シ…………心 温カイ」
放たれた火球は、真っ直ぐにオーランドが盾としているであろう壁へと突き進み、
それは、いわば必然。引っ張ったゴムが、反動で元の大きさに戻る様に。水を出しっぱなしにして口を絞ったホースの封を開いた時の様に。
圧縮された火焔は、まるで炸薬の様に着弾と同時に大きく一気に広がりを見せた。
火であれ、水であれ、一ヶ所に押し留められ続ければエネルギーが嵩んでいく。そして、どこか一ヶ所、アリの開けた穴ほどの小さなものがあればそこから蓄積したエネルギーは放出、拡散されるだろう。
「ガッ…………!?」
暴力的な広がりで瓦礫を粉砕し、熱波と熱気によって一部コンクリートを融解させるほどの波が辛うじてその場を逃れようとしたオーランドの背中を、全身を焼いてくる。
転がりながら吹き飛ばされた巨体は、数度バウンドして転がり、やがて別の瓦礫に背中からぶつかって崩れ落ちた。
「ゲホッ!がほっ!……ッ、はぁ……そうだった…………」
震える手で体を支えながら、どうにか上体を起こしたオーランドは思い出す。
自分を含めて、既存の兵隊とは一線を画す。それこそが、
痛む体に鞭打って、目をつむり立ち上がる。
焼かれたコートは無惨にも破れ、その下のシャツや更にその下の皮膚など火傷で水膨れや爛れが起きて酷い有様に陥っていた。
だが、次の瞬間には奇妙な事が起こった。
何と火傷が見る見るうちに塞がっていき、後に残るのは引き攣った皮膚の痕だけ。
そして、左手はランタンへと伸びる。
灯される青い鬼火。同時に、兵士は甘さを失いそこに在るのはただの殺戮兵器。
単眼の火葬兵と不屈不断の歩兵が干戈を交える。