メガテン3とプリコネRで   作:シュテッヒパルム

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ゴウトにゃん


デビルサマナーの黒猫

 空に輝く太陽は燦燦と、春の陽気は麗らかに、そよぐ風に短い草がざわめく。

 黒く長い髪の少女がそんな平原を歩いていた。身体の揺れに合わせて、少女の前髪に入った白いメッシュもユラユラと揺れていた。

 

「なんでこんなとこ行かなきゃなんないのよ……」

 

 地図を手にトボトボと歩む重い足取りは、今の少女の心境そのまま。猫の獣人族の証である少女の尻尾と耳もしょんぼりとヘタレている。

 

「なにが金星のお告げよ。頭おかしいんじゃない」

 

 ある日突然両親から地図を手渡され、『金星の神様からお告げがあったから、お前はその地図の場所にいらっしゃる()()にお仕えしなさい』などと言われたら、そりゃあドンヨリした気分にもなる。少女自身は神様なんて胡散臭い者はまったく信じていないのだからなおさらだ。

 本当に人を助けてくれるような神様がいるのなら、もっとマシな生活を送ってこれたハズなのだ。

 

「はぁー、それでもまぁ、あのまま家にいるよりマシかもしれないしね」

 

 口にしたこととは裏腹に、少女はまったく期待してはいなかった。ロクに子供の面倒もみない両親。おかしな行動ばかりする父母。そのせいでバカにされたり遠巻きにされたり、イジメにあったりした結果、人付き合いが苦手で、ついつい乱暴な口調になってしまう性格に育ってしまった自身。

 自分も、親も、周りの環境も、何もかも嫌いだった。

 だから、そこから去ってどこか遠くへ行きたい。家出したいと思ったことは何度もある。というか毎日だった。

 それが実行できなかったのは、この猫獣人族の少女──キャル──に力がなかったからだ。

 学校ではつらい思いをしていただけで勉強はほとんど出来なかった。腕っぷしが強いわけでもない。専門技術もなければ、商才もあるとは思えず、人付き合いは苦手ときている。

 こんな状態で家を出て行ってもお金は稼げそうにない。早晩、飢えてひもじい思いをすることになるのは目に見えている。

 顔にはわりと自身があったので、あるいは身体でも売れば──などと考えたこともあったけれど、14歳の少女の心はそういった稼ぎ方を良しとはしなかったのだ。

 

「もしかして捨てられたのかなぁ……」

 

『金星のお告げ』とかなんとかヘンなことを言って、両親は邪魔になった娘を追い出したのではないか。そんな思考も混じってくる。

 あれでも一応はキャルの親で、飢え無いようにだけはしてくれていたのだ。

 愛情があったのかどうか、よくわからない。でも、イラナイと言われたのだと考えてしまうと凹む。

 

 これからどうしよう。どうやって生きていこう。

 

 思い悩み時々立ち止まりため息を吐きながら、少女は歩む。

 頭のおかしい両親の言うことだ、その『陛下』なんてのはいやしないだろう。でも、一応、地図の場所に行くだけ行ってみて、それからその先のことを考えよう。

 今後の身の振り方も定まらないキャルは、とりあえずの目標としてその場所へと向かっていたのだ。

 

 王都ランドソルの上空にそびえる謎の巨大建築物『太陽(ソル)の塔』、最近になって突如海上に現れたというこれまた謎の巨大建築物『(ルナ)の塔』。頂上が霞んで見えない途轍もない高さのこの二つの塔は良い目印だ。何せ大陸中のどの山々よりも高いのだから、現在位置を知るにはもってこいの代物である。

 

「えーっと……この辺りよね?」

 

 たぶん、と付け加えながらキャルはキョロキョロと周囲を見渡しながらうろついた。

 そうしてしばらく探していると、ゆるやかに流れる小川のほとりに人影を見つけた。

 

「あれが『陛下』?」

 

 もしかしたら全然関係ないただの旅人かもしれない。関係のない人に、いきなり「あなたが私の陛下ですか?」なんて聞いて「は?」とか呆れたような目で見られたらどうしよう。

 なんて悲観的な想像と、万が一あの人が本当に両親の言っていた『陛下』だとしたらそれはそれで嫌だなという嫌悪感がキャルの中でないまぜとなった。

 でも、ここで行かなければ何のためにこんなところまでヒーヒー言いながらやって来たのかわからなくなってしまう。

 

「よし!」

 

 気合の独り言とともに拳を握りしめ、キャルは恐る恐るへっぴり腰で川べりの人影の背中へと近寄って行った。 

 

「あ、あのー?」

 

 キャルの呼びかけに応えて振り向いた人は、上半身裸の男性だった。肌色! とりあえずキャルから彼への第一印象はそれだ。

 結構鍛えてるなーとか、自分と同じ黒髪なんだーとか、目に力があるなーとか、なんというかこう妖しいというか雰囲気のある美形だなーとか、少し年上なのかなーとか、イロイロあったけれどとにかく上半身の裸体がキャルの目に焼き付いたのだ。

 いや、背中の時点で気づけよとキャル自身思うのだけれど、なんて言って声かけようかとそれだけで頭の中がいっぱいいっぱいだったのだから仕方ない。

 

「やっと来たわね。一応確認しとくけど、アンタの名前『キャル』で合ってる?」

「あ、え?」

 

 男が高い女の子のような声でしゃべった? とキャルが驚くと、彼の肩の上にニュっと小さな顔が現れた。その小さな顔の持ち主には虫のような半透明の翅のついていて、身体のサイズは手のひらに乗る人形くらい。

 

「よう、せい……?」

「そ、今はネビアって名乗ってるわ。ま、よろしくね」

「えっと、じゃあ……その『陛下』っていうのは、アン、あなた、です、か?」

「ああ、それはこっち。コイツのことよ」

 

 そう言って、妖精『ネビア』は男の耳を引っ張った。 

『ユウキ』と名乗り、今後ともヨロシクと言ってくる彼に不格好な会釈をして、キャルがすぐに視線をそらした。

 

 何か着なさいよ!

 

 なんだかとても恥ずかしい。頬が紅潮して、汗がダラダラ流れているのが自分で分かる。

 夏(サマー)でもないのに、どうしてコイツは水着みたいな格好してるんだコンチクショー。

 

「アタシはコイツのナカマってこと。まー、キャルの先輩ってことになるわね。敬っていいわよ」

「いや、その、えーっと……」

 

 親の言っていた『陛下』が、本当にいるなんて思っていなかった。なんだやっぱり誰もいないじゃないか、何が神様のお告げだバーカ! 

 そんな風に叫んで、それからどこか……故郷から遠く離れたところにでも行こうと思っていたのだ。たとえば、そう大陸の中心なんて言われてる『ランドソル』とか、そんなところへ――。

 

「あー、もしかして恥ずかしがってる? コイツがこんな格好だから。初心ね~」

 

 どう答えたものか迷う間もなく、キャルはコクコクと何度も頷いてしまっていた。

 

「服、頼んでなかった? そのお告げの方から」

「あ……」

 

 そういえば、とキャルは思い出し慌てて荷物の中から男性用の衣類を取り出した。

 ズボンに上着に、マントに、諸々。この大陸では割とありがちな旅人っぽい服だ。

 それをキャルが手渡すと、ユウキは大喜びで着替え始めてしまうではないか!

 

「ちょっ! いきなり着替えるなー!」

 

 ユウキの手が彼が今まではいていた短いズボンのベルト辺りにかかったところで、キャルはぐるっと勢いよく後ろを向いた。

  

 なんであんなに嬉しそうにしてんのよ! もしかして、()()()()()を見せつけて喜ぶ変態不審者なんじゃないでしょうね!

 

 プルプルと嫌な想像を交えつつ、羞恥に悶えるキャル。そんな彼女の猫耳は、背後から聞こえてくる衣擦れの音に反応してピクピクと動いていた。

 

「は? 何か欲しいものはないか……ですか?」

 

 着替えを終えたユウキは、これからキャルが彼の仲間になるにあたって支度金のようなものを出そうと言ってきた。

 ついてくるのなら、欲しいものをやると言うのだ。

 

 正直、命令されたらそのままついていったような気がする。

 キャルはこれまで、なんだかんだ言いながらも結局は両親の言うままに生きてきて、言われたとおりにしてきたのだから。その相手が変わるだけ、飼い主が親から、この陛下になるだけだから。

 

「なんでもいいから、何か言ってみなさいよ。言うだけならタダなワケだし?」

 

 頭の上に乗っかってきた妖精が、微妙にむかつく声音でそう言ってくる。自分の望みを口にすることを恐れるキャルを、臆病だとバカにしているような調子で。

 

「何か欲しいものないの? この場にないものでもいいわよ? アタシ達には別にどうしてもって目的があるわけでもないし、キャルの願いを叶えてあげるって言ってるの」

「叶えるって、なん、で?」

「ま、暇つぶしね。ホントにさ、何にもないのよ。とりあえずブラブラしてみるかーってくらいにしか。物見遊山、ってやつ? だったら、まぁ困ってそうな人でも探してみようかなってことになって、それでアメスとして適当に見繕ったのが、アンタってわけ。ぶっちゃけるとね」

 

 ネビアが何を言っているのか、キャルにはその意味がよくわからなかった。

 向こうも理解させようとは思っていなさそうだ。

 

「だからさー、なんでもいいから試しに言ってみなさいよ」

 

 欲しいもの。欲しかったもの。

 親にもっと構ってほしかった。友達が欲しかった。もっといろいろしてみたいことがあった。

 お金がないと、生きていくのが辛い。技能があれば、知識があれば、もっとちゃんと話せたら……。

 

「あたしは……『力』が欲しい」

 

 でも、とりあえず。『力』があれば、独りでも生きていける。

 この大陸はそういうところだ。口が悪くても、品がなくて人と付き合うのが苦手でも、お金を稼ぐのが下手糞でも、とりあえずはなんとかなる。

 だから、まずは『力』が欲しい。

 

「そ、じゃあちょうど良かったわね」

 

 ネビアとユウキは顔を見合わせて、頷き合った。

 

「ちょっとね、人としてやっていくにはコイツの持ってる力が大きかったからさ。その一部をキャルに分けてあげる。『悪魔』……この世界だと『魔物』か。魔物と言葉を交わし、支配し、召喚し、使役する力を……ね」

 

 ユウキ……『陛下』の手のひらが光を放ち始めた。

 

「なに、それ……」

 

 光が集まって、固まって、宝玉のようなものが生み出された。

 そして、それを、『陛下』は何かとてつもなく恐ろしい者に出会ってしまったかのように震えるキャルの口の中に、押し込んでくる。

 

「がぁっ!」

 

 熱い。宝玉が通っていた喉が焼けそうだ。頭がクラクラする。

 ガチガチと歯が勝手に動いて舌をかみ切りそう。何かを噛んでいる。思いっきり。これは、指? 『陛下』の?

 目が回る。頭の中が沸騰する。

 

「キャル……アンタはデビルサマナーになるのよ。望みどおりにね」

 

 





 
陛下:ネカマではないが、ゲーム好き。上着をもらって大喜び
ネビア:名前はイッパイアッテナ
キャルちゃん:なぜかイジメたくなると評判。魔物を操る力を与えられる

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