八幡の大学生活がロックでポップなのは間違っている。 作:桔梗
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四月。それは、出会いの季節。
例えば、学年が上がりクラス替えが行われた者。新たに社会人として働き始める者__
そして、新たな学び舎へ進学する者。
例に漏れず俺も、新たに大学生活を始める一員だった。
そして周りにも、俺と同じ境遇の人々が各々の志しを持ち、入学式の始まりを今か今かと、そわそわしながら待っている。
その人数たるや、高校のときとは比べ物にならない程。
ずらっと、気味悪く感じるくらい一直線に並ぶ無数の人、人、人…ひと………
ハッハッ!見ろ!人がゴミのようだ!
ムスカ大佐ばりに叫ばずにはいられなかった。
もちろん心の中でだけどな。
そんなことを考えていたら、お偉い方々のありがたい話はあっという間に始まり、あっという間に終わっていた。
そして、特になにかしたわけではないのに、盛大な拍手の中で退場する俺たち新入生。
あっけない入学式だな。と外で一息つこうとしたときそこには、待っていましたとばかりにサークルの勧誘が溢れかえっていた。
中には恥を捨て、捨て身で勧誘してくる人も居り、まさにカオス状態だった。
当然俺も沢山声を掛けられた。
しかし俺はサークルに入るつもりなどない。
何故かと聞かれれば、興味が無いからというのが一番の理由なのだが、もっともらしいことを言うなら、わざわざ東京に部屋を借りてまで通学しているのに、サークルにうつつを抜かすようなことがあれば、親に合わせる顔がないということだろうか。
まあ、どっちにしろ俺にはCiRCLEでのバイトがあるから無理なんだけど。
ということで、人を掻き分けて掻き分けてなんとか人混みを脱出した。
辺りには数十名、俺と同じく脱出に成功した同志たちがいた。
彼ら彼女らは皆一様に疲れの表情を顔に滲ませている。
俺も成長したとはいえ、やはりガヤガヤとした人混みは疲れる。
だが、こんなことでへばる俺ではない。
なんてったって、今日はバイト初の、ライブがある日なのだ。
説明しよう。『今日のライブ』とは、定期的にCiRCLE開催されていて、近隣のバンドが集結する特別なイベントのことなのである。
だが一つ不満を挙げるとすれば、参加する多くはガールズバンドだということだ。
というのも、最近は女性がバンドを始めるというのが流行りらしく、CiRCLEを利用する多くはガールズバンドなのだ。
それもこれも、俺は全てバイトを始めてから知ったのだ。
完全に、あの日勢いでバイトに申し込んでしまった俺のミスだ。
女子ばっかりとか奉仕部とあんま変わんないな。ひー怖い。
あの日の俺に辟易しつつ、再びゆっくりと、春ののどかさに合わせて歩を進める。
時間はたっぷりあるし、どこかに寄って帰ろうか。
その道すがらに、結局なんだかんだ言いつつ大学生活を満喫していることに気付いて、笑みがこぼれた。
✳
「こんにちは。氷川です。」
彼女はいつものようにCiRCLEを訪れた。
俺は返事することなく、ライブの出欠欄にペンを走らせる。
「ライブにしては、やけに人が少ないですね。」
当たり前のように話しかけてきた。
バイトを始めて二週間。
彼女は毎日練習に来て、一言、二言話しかけてくる。
「そりゃ、リハーサル開始の三〇分前だからじゃないですかね。」
ぶっきらぼうに返した。
相手が話題を作ってくれても、こちらから壊しにいってしまうのは、高校時代から変わらない。
そのくせこちらから話題を作ろうとすると、いつも地雷を踏むのだ。
コミュニケーションとは厄介極まりない。
「というか、他のメンバーとは来ないんだな。」
だから俺は会話する気など無かった。
しかし、完全なる独り言が思いっきり聞こえていたみたいで、明らかに彼女の顔は曇った。
しまった。と思ったときにはもう手遅れで、二人に重苦しい空気が流れる。
「リハーサルまで練習することはできますか?」
冷たい声だった。
この話題には触れてくれるなという強い意志を、ひしひしと感じた。
誰にでも触れられたくない話題はあるもので、そこに関してなにか思うところはない。
だが、その顔は昔の俺に__
いつの間にか、辺りに人影はなかった。
「あの?練習していてもいいですか?」
少し心配そうにこちらを覗く。
無視をしたと受け取られてしまったのだろうか。
こちらとしてはそんなつもりないのだが、そう思わせてしまったのなら、悪いことをした。
「あ、いや、すまん、ぼーっとしてた。練習なら出来ますよ。」
部屋の場所を口頭で伝えると、一礼してさっさと歩き去ってしまった。
あの日と同じで、こちらを気にしているのか、気にしていないのかよく分からない。
やはりそんな彼女は、昔の俺に、似ていないようで似ている。
しばらくして、彼女の消えた足音を追いかけるように、ライブ参加者たちの喧騒が聞こえてきた。
✳
先程までの騒がしさは、受付からステージに移っていった。
今しがた新規の入場は締め切られ、バイト新入りの俺に残された仕事は、最後の片付けのみだ。
特にすることのない人間がこのままここに突っ立っているわけにもいかず、途中からになってしまうのだが、ライブを見ることにした。
ステージに近づくにつれ、漏れ出る楽器の音が大きくなる。
それに呼応するように、俺の心拍も早くなっているのが分かった。
観客の邪魔にならないよう、重厚な防音のドアをゆっくり開ける。
そこでは、ちょうど彼女、氷川紗夜のバンドがステージに立っていた。
彼女の音は、明らかにメンバーの中で目立っている。
いや、もしかしたらそう感じたのは俺だけかもしれない。
彼女のギターは、正確過ぎるのだ。
良く言えば丁寧。悪く言えば機械的。
それでも、その音は俺を飽きさせない。
観客の一番後ろで、俺は演奏に聞き入る。
「あなた、氷川紗夜と知り合いなのかしら?」
曲はサビ。観客の盛り上がりが頂点に達する中、俺に話しかけてくる声があった。
声の主は銀色にも灰色にも似た目立つ髪を長く伸ばしていた。
彼女は、ここCiRCLEでよく見る女子高の一つ。羽丘高等学校の制服を身にまとっている。
最近目立つ髪の女子高生に好かれ過ぎじゃないですかね。
「もう一度聞くわよ。最近ここでよく見かけるけど、何故いつも彼女と話しているのかしら?」
ヤバイ奴だったら聞こえてないふりをしようと思ったのだが、その女子生徒は尚も俺に問い続ける。
流石に根負けして、俺は答える。
「あの人が勝手に話しかけて来るだけですよ。今のあなたと同じで。」
皮肉っぽく返したのだが、伝わらなかったのか、あるいは意図的に聞こえないふりをしているのか。
表情を変えずに、「教えてくれてありがとう。」と言って、それ以上話かけて来ることは無かった。
✳
✳
拝啓 お父さん。お母さん。
花便り(はなだより)も伝わる今日この頃、そちらはお変わりありませんか。是非お体に気をつけて、健康にお過ごしください。
……え?こちらの様子ですか?こちらは、修羅場です。
「あなたとはやっていけない!このバンド……抜けてよ…」
「勿論、最初からそのつもりでした。」
観客のほとんどは既におらず、ここに残っているのは、ライブの後半に参加した人々ばかり。
その中に、周りの目を気にせず口論するバンドが一組。
いや、口論を『感情のままに言葉を発し合う』と定義するならば、これは口論ではないのだろう。
氷川紗夜は一人、淡々と事実を述べていた。
それは決して相手を見下しているわけではないのだが、バンドの輪を乱しているのは明白だった。
それがいざこざの原因になっているのだろうか。
そしてそのバンドは、氷川紗夜を残して去っていった。
直接目を合わせないよう盗み見していた人々は、同情の視線を送りながらも、これで一件落着と、ぼつぼつ帰り始める。
そんな空気が流れていたからこそ、彼女の声は破壊力を持っていた。
「紗夜っていったわね。あなたに相談があるの。……私とバンドを組んでほしい。」
え?聞き間違い?バンド組みたいって言ったの?今解散したばっかの人に?
隅で一連の会話を盗み聞きしていた俺は、思わず耳を疑った。
それは俺だけでなく、その場の誰しもが同じ反応だった。
空気はまたしても一気に張り詰め、彼女たち二人の一挙手一投足を全員が注視する。
「私とあなたで……バンド?……すみませんが、いきなりそんなことを言われても、実力が分かりませんし……とりあえず、名乗って頂けませんか。」
「そうだったわね。私は湊友希那。実力は……そうね、この後スタジオを借りられないかしら?」
二人は俺の方を向く。
それに連動して、全員の視線もこちらへ移った。
いや、俺を見てもスタジオは開けられないからね。
それこそオーナーの__
「あれ?皆どうしたの?」
タイミング良くステージの入り口から聞こえたのは、この場を収められる唯一の声。
ライブハウスCiRCLEの主、月島まりな。
「オーナー。この二人が今からスタジオを使いたいそうなんですが。」
「もー!『まりなさん』でいいって言ってるのに。」
渡りに船とばかりに、俺は判断を任せた。
正直俺はどちらでも良かったし、そもそも我の強そうなあの二人がまともにバンドとして活動していけるとも思わなかった。
あと、年上の女性を下の名前で呼ぶのは、どこかの姉だけで手一杯なので俺には無理です。
「あれ?君、もしかしてあの湊友希那さん?今日はどうしてうちに?」
彼女の声はいつもより少し高かった。
まるで、有名人にあったときのようなリアクション。
「はいそうです。湊友希那と言います。今日はバンドメンバーの候補を見つけたので、スカウトしに来ました。」
「へー!バンド組むんだ!そういうことなら使ってくれて構わないけど、手短にね。」
湊は満足そうな顔だったが、氷川は心底気怠そうだった。
そして俺が今日彼女たちを見たのは、これが最後である。スタジオでなにが行われていたか、俺は知る由(しるよし)もない。
空にもはや夕暮れの気配は無く、あるのは未だ眠りにつかぬ東京に負けじと張り合う、微かに輝く一等星だけだった。
だがその光は、想像出来ないほどとてもとても遠い場所のもの。
それは、私が感じた彼女の音のイメージにそっくりだった。
わざわざオーナーに直接頼んでまで、彼女が聞かせたかった歌声。
それは圧倒的な声量、高校生とは思えない技術力。
そして、私のギターには無い音だった。
今の私に決して出せない。
そんな挫折感と同時に、彼女となら頂点を狙えるのではないかという希望も湧いた。
歌い終わり、この実力なら問題ないだろうと、自身に満ちた顔で問うてくる。
勿論だ。こんなものを見せられて、今更断ることなど出来ない。
そして、私と湊さんの物語はようやく動き出す。
一つの雑音もしない、鴉雀無声(あじゃくむせい)なスタジオでのことであった。
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