ソードアート・オンライン-青き少女の証明-   作:海色 桜斗

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サブタイをざっと考えて、当てはめたはいいものの、《血盟騎士団》視点の話だけではなくなってしまった。すまない。

黒いPCの謎、

それの調査に出た《血盟騎士団》アスナ班の記録、

新キャラの登場、

『御兄様』襲来、

サチとダッカーのあれやこれ。

今回も伏線・ネタ詰め詰めでお送りします。いや、詰め過ぎたかもしれません。
ご期待ください。



~ちょこっと広告欄~

シュタゲ好きとef好き、集まれ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm34317099





第三話「Knights Of Blood」

2024年10月16日 10:50 《アインクラッド》第55層・グランザム ギルド《血盟騎士団》本部

 

「ふむ、どうやら今日も特に変わり映えのない景色のようだ」

 

ギルド《血盟騎士団》本部の内部に入り、そこの最奥に聳える巨大な扉。そこを開けた先に、豪勢な仕様でありながら、厳格さが漂う空間が一つ。そう、此処こそがこのギルドの団長室。そして、その団長室にて優雅に椅子に腰かけている彼こそ、ギルド《血盟騎士団》団長の《神聖剣》ヒースクリフその人である。

 

「しかし、この退屈もあと少しか。我々は漸く最果ての手前の90層へ差し掛かる」

 

現在の攻略層は第74層。その階層の迷宮区の奥にどのような敵が待ち構えているか、それをこの男は既に知っていた。何故なら、彼こそがこのゲームの開発者であり黒幕の茅場明彦本人であるからだ。

 

「精鋭もいい具合に育ってきた。私の野望が実現する日も遠くはないな」

 

そして、彼は卓上に飾られた2人のプレイヤーの写真に視線を向けた。その顔には僅かながらに笑みが零れていた。

 

「期待を寄せた彼等も順調に頭角を現してきた。これ以上ない結果だ」

 

「だが、まだまだだ。せめて、彼女さえ最前線に登り詰めてくれれば」

 

写真に写る少女はギルドの仲間と共に楽しそうに笑い合っている。だが、この男にとって、そのギルドの取り巻きの生死はさして重要でもない。そう、彼が狙うは、最初に目を付けた彼女だけである。

 

「いいだろう、ならば幾らでも待とうじゃないか。選ばれし戦士の到着を」

 

「失礼します、ヒースクリフ団長。例の黒いPCの一連の調査について、進展がありましたのでご報告に上がりました」

 

「ほぅ、漸く情報を掴めたか。いいぞ、報告を続けろ」

 

野望の実現までもう少し、そう彼が気分を高揚させていると、突然に団長室の扉が開かれ、秘書を務めるプレイヤーがやってきた。すると、彼は胸の高鳴りと激情を内に秘め、その要請に目を通した。

 

「我々総員での調査の結果、最も出現確率が多かったのが第24層の草原エリアという事でした」

 

「成程、そんな所に、か。面白いな、最前線攻略中の者を含めて全員に伝えよ。これよりその黒いPCの調査に明日ギルド全体で24層に向かうと」

 

「はっ、畏まりました!」

 

そして、ここに来て、世界が私の存ぜぬところで新たな可能性を見せようと動いている。ならば、私は開発者として、この世界に魅入られた者として、それの究明に全力で当たらなければならない。待っていろ、《天空の城アインクラッド》よ。私は今こそ、お前を理解する。

 

 

2024年10月17日 9:38 《アインクラッド》第24層・草原エリア 

 

 

「敬礼ッ!本日より、アスナ班でお世話になります、キリノです!よろしくお願いしまっす!」

 

「う、う~ん、よろしくね?」

 

「はいっす、光栄っす!」

 

今より凡そ八ヵ月前。唐突に知らされた噂の黒いPCの調査を遂行するために、黒いPCの目撃地点を虱潰しで探していくという何とも手間のかかる仕事が《血盟騎士団》全体に舞い込んだ。そして、その業務に副団長のアスナは忠実に取り組んでいたはずだった。そう、昨日までは。

 

「いやぁ、私ってば入って間もないのにいきなり憧れのアスナ先輩と同じ班で作業できるとかマジ最高っす、仮に今死んだとしても悔いはないっす、死にたくないっすけど!」

 

先程から、ノリと勢いに任せてぐいぐい来るこの子はキリノちゃん。二~三週間前に《血盟騎士団》に入ってきたばかりの新人で、私直属の後輩。でも、運が悪いかな。私は生憎、こういう超ポジティブを絵にかいたような子の相手はあまり得意じゃない。本音を言えば、いつも扱き使ってくる団長に仕返しで返品したいくらいには。でも、いい子ではあるし本当にそうしてしまったら長々といじけられそうで怖い。

 

「それにしても、最近の幽霊は凄いっすね、VR空間の中でも対応できるんですもの」

 

キリノが何気なく発した『幽霊』という単語を聞いた瞬間、先行しようと前方へ進みだしたアスナの歩みが急にぎこちなくなった。そう、何を隠そうこの最強の副団長がこの世で最も恐れるもの、それが『幽霊』『妖怪』等と言う霊的な存在だからである。

 

「ま、まだ幽霊と決まった訳じゃないわ。まずはしっかりと確かめましょう?」

 

油の切れたゼンマイ式のカラクリ人形のように、ゆっくりとだが確実に相手のいる方へ向く。その顔は酷く青ざめていた。それでも、周囲の人間に決して悟られまいと敢えて冷静に振舞う彼女の涙ぐましい努力もあってか、誰もその感情の移り行く一瞬の様を見抜けるものはいなかった。

 

「そうっすね。今や幽霊は時代遅れ、今はBlu-霊の時代ですよね!」

 

「・・・・・・はい?」

 

聞きなれない単語を聞いた。いや、本来なら一度は耳にしたことがあるあのBlu-rayの事だと思うはずだ。だが、ここで彼女が言っているのは何かが違う、言葉のイントネーションで違和感に気付いたアスナはその続きの話に耳を傾けることにした。

 

「知らないんすか、アスナさん。現代の最新技術に対応するために霊界が送り込んだ、最新機器にも順応できるようアップデートされた精鋭部隊の事ですよ。恐るべしですね、Blu-霊」

 

「そ、そう。そんなのも居たのね、知らなかったわ」

 

嘘だ。現に今、アスナの脳内ではこの突拍子もない話を理解することが出来ていない。それは、アスナが理解力に長けていないとか決してそういう事ではなく、ただ単にキリノの脳内設定が少しおかしな方向に向いている、ただそれだけの事である。

 

「あとあと、上位の幽霊はBlu-霊に転生可能らしいですよ。最近だと貞子が転生しましたね!」

 

「・・・・・・(この子の脳内、お花畑どころか楽園でもできてるんじゃないかしら)」

 

結局、その後もキリノがBlu-霊の何たるかを熱弁し続け、アスナ班はいつも通りに進むと思っていた任務が彼女が登場したことによって、大幅に時間を狂わされる結果となってしまった。

 

「――今のところ、ここのエリアには噂の黒いPCはいないようね」

 

「そうですねー、遭遇できると期待してたのに、残念です」

 

大幅な時間ロスはしたが、それでもアスナ班は人員を効率的に使い、24層の草原エリアを隈なく探し続けたが、黒いPCと思われる人影は何処にも存在しなかった。どうやらアテが外れたようだ。

 

「じゃあ、暗くならないうちに次の場所に・・・・・・って、あれ?」

 

ギルドから支給された転移結晶を使って、転移門へ移動しようとすると、先程までこの場所にはいなかった人影が少し離れたところに現れたのだ。アスナはすぐに臨戦態勢を整え、キリノ達も後に続くようにゆっくりと対象の姿がはっきりと見える位置まで移動し始めた。

 

「気を付けてね、キリノちゃん。声も、出来る限り潜めて」

 

「は、はい。でも、何だかスパイ映画みたいで興奮しますねッ」

 

小さな声で返答をするキリノではあったが、やはりと言うべきか、その感性は常人のそれとは明らかにかけ離れていた。アスナは、無暗に突っ込むことをせず、無言を貫くことに徹した。

 

そして、丁度その人影の正体が確認できる距離まで接近する事に成功。しかし、その人物にはどうやら既に此方の気配に気づかれているようであった。運が良かった点でいえば、その人物が黒いPCでなかったことだろうか。アスナは、コンタクトを取ろうとすぐさまそのプレイヤーに話しかけた。

 

「こんばんは。いきなり警戒させちゃってごめんなさい、少しいいかしら」

 

「・・・・・・いや、此方こそ済まない。何用か」

 

その男はアスナよりも背が高く、身長も180cm前後位はあるのではないかと思われるほど大きな男だった。普通のゲームだったらよくある事だが、此処は現実世界での身体的特徴データが反映される仕様になっているデスゲームの中。一応、完全に警戒を解かない方がいいだろう。

 

「今、私たちはここで調査をしていたところなの。貴方は何をしに来たのかしら?」

 

「散策をしていたら、偶々ここに出向いてしまっただけだ。用があった訳じゃない」

 

一応、彼に許可をもらい、彼のステータス画面を確認するアスナ。登録名Tatuya、これは何と言うか普通だ。しかし、その先に表記されている数字を見て、彼女は驚いた。

 

「レ、レベル250!?嘘、攻略最前線組の私でもまだ87なのに・・・・・・もうカンストしてるなんて」

 

「あぁ、それか。迷い込んだ時には既にその表記でね、中々に困っていた」

 

レベルもそうだが、続く男・・・・・・タツヤの言葉にさらに驚きを隠せないアスナ。最悪、最初からチートを使った説も濃厚だが、このゲームは確かそういう対不都合性の対策は完璧にしていたはずだ。ならば、初日の日に実力でここまで上げたというのか。それとも最初からと言うのはただのハッタリか。

 

「今の段階でこのステータスは少しおかしいんじゃないかしら。まさかとは思うけど、チート?」

 

「いや、そのような下種な技術に手を出した覚えはない。恐らく、正常値だ」

 

ましてや、発言の節々に感じられる、まるでレベルそのものを今まで全く気にしていなかったかのうような反応。どうやらアスナ達は、黒いPC以上に謎の深い者とあたってしまったようだ。

 

「スキルも怪しいわね。こんなカテゴリ見たことも聞いたこともないわ」

 

「それも誤解だ、最初からそうだった」

 

そして、大きな問題は彼のスキル。《双銃》と表記されたそれは、近接武器のみしか扱うことのできない剣の世界である此処ではこれ以上ないほどの異質なスキルだった。

 

「これが証拠だ、近くで確認してくれてもいい」

 

タツヤが装備の双銃を手に持ったままでアスナに見せる。アスナはその装備に登録されている情報と合わせ見ながら観察に徹した。

 

装備名『シルバーホーン・トライデント』。その名の通り、全体的に銀色に輝く銃身が特徴的な、非常にシンプルなデザイン。いや、全く無駄のない洗練された形状、と言い換えた方が適切かもしれない。双銃カテゴリが実際あるのかどうかは知らないが、少なくともMODで作成した張りぼてでないことは確かだった。

 

「信じられないけど、全部事実みたいね。疑ってごめんなさい、えっと・・・・・・」

 

「好きに呼んでくれればいい。此方から特に気にしたりはしない」

 

「そ、そう。じゃあ一先ずタツヤ君、でいいかな」

 

「あぁ」

 

我ながら馴れ馴れしいかなとは思いながら、特に向こうが詮索することも不快をあらわにすることもなかったので了承を得たものだとアスナは思った。まぁ、もし彼に関しての記録に心当たりのある方がここにいたとするならば、決してそうではないことは理解できるだろう。

 

「其方からの質問は以上か?ならば、此方の問いにも答えて頂けると助かる」

 

「分かりました、わかる範囲でよければ」

 

「ミユキ、という女の子を見かけてはいないか。どうやらはぐれてしまったようでな」

 

ゲーム上で知り合ったプレイヤーの事だろうか。しかし、フレンドであれば、メニュー画面を開いてフレンド一覧からコールすればいいだけでは。そう思って、アスナは彼に思ったままの事を伝えた。

 

「成程、この世界の遊戯にはそういう機能もあるのか」

 

そう言って、メニュー画面を表示してフレンド一覧を確認する彼。しかし、今さっき知った機能を以前までは使えていたということはあるはずもなく、フレンド一覧には一切の名前がなかったのである。

 

「そう言えばそのフレンド申請とやらを使ったことがなかった」

 

「それじゃあもう人ずてに聞いて歩くしかなさそうね。力になれなくてごめんなさい」

 

「いや、話を聞いてくれて助かった。取り敢えずは街で情報収集するとしよう」

 

礼を言い終えると、彼はそのまま真っすぐに街の方へと歩みを進め始めた。もしかしたら、そのうち噂になるのは避けられないかもしれない。《謎のレベルカンストプレイヤー》みたいな異名を付けられることも時間の問題だろう。

 

「さて、私達も調査を再開しようか」

 

「はいっす、先輩!」

 

彼を見送り、調査に戻ることにして、後ろに控えていたキリノ達を呼びつける。しかし、その瞬間、急に辺りの空気が一変し、空が赤く染まったと同時に、アスナ達の周囲を囲むように、幾つもの黒い人影が突如として現れた。その数、およそ10体。

 

「ひゃあっ、何かいきなり出てきたっす!?」

 

「ッ・・・・・・黒いPC、皆、戦闘態勢急いで!」

 

アスナの一声で、その場にいる全員が一斉に戦闘態勢に入る。出来れば戦闘前に色々と事実検証を行っておきたかったが、向こうも最初から戦闘態勢だったこともあり、やむを得ない選択だった。

 

『ァァァァァァァァ・・・・・・』

 

最早、声ですらない呻きのようなものを上げて、襲い掛かってくる黒いPC。しかし、流石は最前線を支える要の柱の一人である、アスナの元に集まった精鋭達。そこにいる皆が皆、複数を相手にしながらばっちりと均衡を保っていた。勿論、配属初日のキリノとて例外ではない。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

アスナが振るった細剣《ランベントライト》が黒いPCの胴体を真正面から穿つ。強力な一撃を受けて、その黒いPCの姿が砕けて霧散するが、再びその背後から別の黒いPCが襲い掛かって来た。

 

『ァァァァァァァァァ・・・・・・!』

 

「ああもう、キリがないっす!さっきから倒しても倒しても湧いてくるっすよ!?」

 

「最初の10体だけじゃなかった・・・・・・こんな事って!?」

 

アスナ班の精鋭たちがいくら粘っても、1体消滅した矢先に次々とリポップし始める黒いPC達。いや、リポップどころではない。此方が彼方側を倒す毎に出現する数が増えていっている。10、20、30・・・・・・いやもしかしたら、もう既にそれ以上。

 

「「「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」」」

 

「ッ・・・・・・これ以上は、させない!」

 

精鋭達が複数の黒いPCに襲い掛かられ、次々とその命を散らしていく。只でさえ少ない此方の勢力が減り、次第に追い込まれていく。しかし、副団長のアスナの眼からまだ光が失われてはいない。

 

「まだよ、まだ私は戦える・・・・・・」

 

「例え怪物に負けて死んでも、このゲーム、この世界だけには・・・・・・負けたくない!」

 

アスナの剣戟がさらに鋭く、鮮烈に進化していく。これぞ、彼女が《閃光》と呼ばれる所以。心優しくも芯の強い彼女の決意は全て先程の言葉に詰まっているといっても過言ではない。

 

「先輩・・・・・・はいっ、私も《隼》の名を関す者として負けられません!」

 

キリノも後に続いて戦場を駆ける。《閃光》と《隼》、師弟関係でもあった二人の剣が合わさることで、さらに戦場は彩り豊かに輝く。すると、そこへ――

 

「機動術式、設定完了。標的のみを全て射ち滅ぼす・・・・・・《マテリアル・バースト》」

 

アスナとキリノのいるところから少し離れたところに固まっていた黒いPCの集団は、突如上空に現れた魔法陣から飛来した、核爆発にも匹敵する一撃を受け、数十体規模で黒いPC達が滅び去った。アスナは声のした方角を見つめる。

 

「タツヤ君・・・・・・」

 

「援護しよう、恩人に目の前で死なれるのは目覚めが悪い」

 

先程の謎の多いプレイヤー、タツヤも加わり、アスナ達は敵の増殖・再出現よりも早く、敵を殲滅していく。黒いPC、彼らにとってもタツヤの参戦はイレギュラーだったのか、徐々に増殖速度を落とし、気付いた時には再出現することもなくなっていた。

 

「あと3体・・・・・・!」

 

「ラストスパートですね、決めましょう!」

 

「了解した、引き続き演算式による援護を行う」

 

此方の総数と向こうの総数が同じになったことで、既に勝敗は見えたも同然の状態になる。アスナの一閃が貫き、キリノの起こした一迅が駆け渡り、タツヤの一撃が大地を震撼させた。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

「・・・・・・」

 

三人が放ったトドメの一撃が、相手を確実に仕留めた。そして、空の色が次第に元の茜色へと変わっていったのを見た三人は、周辺の安全を確認した上で、それぞれ戦闘状態を解いたのであった。

 

「ふぅ、終わったわね」

 

「はいぃ・・・・・・もーっ、初日から前途多難すぎますってばー!」

 

「戦闘終了。では、今度こそ失礼させてもらうぞ」

 

余韻も何も感じることなく、立ち去っていく彼の後姿を見ながら、アスナは最前線で共に戦ってきたとある少年の姿を思い出し、その背中に声をかけた。

 

「えぇ。それと、さっきはありがとうね、タツヤ君」

 

「あぁ、縁があればまた会おう」

 

「ありがとーございましたっす、強い人ー!」

 

無類の強さを持ちながら、常に孤高でいようとする人。そんな彼と共通の部分を持つタツヤにアスナは少しだけ惹かれていた。それでも、何となく彼の隣にいるのが相応しいのは自分ではない気がして、その背中を引き留めることなく、彼の姿が見えなくなるまで見送ったのである。

 

「・・・・・・本当なら気持ち切り替えて次に行きたいけど、今日のところは、近くの宿で休もっか」

 

「そう、ですね・・・・・・私とアスナさん以外、皆やられちゃいましたもんね」

 

《血盟騎士団》副団長のアスナは、改めて己の無力さに打ち震えた。とは言え、未知数の敵に囲まれてしまっていたのだ、すべてを無傷で返すことなど誰がやっても難しい事だ。彼女は十分奮戦した。だが、今この場にはそんな優しい言葉をかけてくれる者は何処にもいなかった。そして、これが彼女のこの後の運命を決定づける事件となる事を、まだ誰も知らない。

 

 

2024年10月17日18:00 《アインクラッド》第30層・《月夜の黒猫団》ギルドホーム

 

 

「――ダッカー、もし良かったらクエスト一緒に行かない?」

 

丁度、手頃な依頼が舞い込んできたので、今回私は、ダッカーを誘ってみることにした。ギルドホーム内の彼の部屋を訪ね、ノックをして、声をかけてみる。しかし、扉の向こうから特に返事はなく、一瞬の静寂が流れる。不思議に思った私は、もう一度呼び掛けてみる。

 

「ダッカー、いたら返事してよー。クエスト行かなーい?」

 

しかし、返事がない。いつもなら直ぐに反応を返してくれるのが彼のいい所でもあったのに、珍しくうんともすんとも言ってこないのである。

 

「もーぅ、せめて返事位してよー!」

 

痺れを切らした私は、思いっきりドアを開け放ち、部屋の中で何やら作業をしているダッカーに声を荒げた。すると、漸く他者の来訪に気付いた彼が申し訳なさそうな顔をして此方を振り返る。

 

「あぁ、サチ。そ、その、悪かったよ、すぐに返事できなくて」

 

「全くだよ、もう。何してたの」

 

不機嫌になりながらも、私はダッカーの部屋の内部を改めて見回してみる。すると、ギルドハウス設立当初にはなかった、鍛冶屋によくありそうな工具や資材が部屋のあちらこちらに散らばっていた。人が住む部屋としては何とも酷い有様だ。

 

「工具・・・・・・もしかして最近部屋に籠りがちなのもこれが理由?」

 

「あー、やっぱバレちまったか。へへへ、実は鍛冶スキルって奴にちょっと興味が湧いてきてな」

 

ダッカーが言うには、最近足を延ばして、お忍びで行ってきた第48層のリンダースの街にある、《リズベット武具店》というプレイヤー自らが鍛冶をして武具を生成しているお店に立ち寄ったところ、鍛冶と言うものに少し興味が湧いた・・・・・・という事らしい。へぇ、あのダッカーが、ねぇ。

 

「ふーん、って事は、そこで働いてた娘(コ)がタイプだったわけか」

 

「んなッ、ち、違げぇよ!?ただ、買ったりドロップしたり以外の手段で入手できる武具ってのが気になるだけで・・・・・・そういうわけじゃねぇから!」

 

うん、これは図星だ。やっぱり分かりやすいな、ダッカーは。

 

「うんうん、それでその子の胸に目が行ったと」

 

「そうそう、ってテツオ、お前いつの間に!?」

 

「さっき帰ってきたときに面白い話が聞こえたから、ね。事実だろ?」

 

クエスト帰りのテツオが丁度部屋の前を通りかかり、話に割り込んできた。あぁ、やっぱりそこに目が行ってたんだ、単純だなぁ。

 

「いやいや、待て待て、違うって!」

 

「何、照れてんのさ。昨日、俺等には大っぴらに話してたじゃないか」

 

「だぁぁぁぁぁぁっ、それも秘密って言っただろうがぁぁぁ!」

 

ダッカーが一番秘密にしたかっただろう約束事をあっさりとテツオが暴露してしまう。成程、昨日男子チームで夜遅くまで何やら盛り上がっていたのはこの話をしていた為か。

 

「さぁさぁ、素直に全部白状しちゃえよ」

 

「ぐぅぅぅっ~・・・・・・あ、そうだ、サチ!さっきクエストあるとか言ってたよな、よし行こう!今すぐ行こう!」

 

「えっ、いいけど、別にそんな急いでいくクエストでもないし・・・・・・」

 

「馬鹿野郎ッ、善は急げって奴だよ!んじゃ、テツオ、留守番よろしくな~!!」

 

次の瞬間、私は、脱兎の如くその場から抜け出したダッカーに、半ば強引に引きずられるようにしてクエスト目的地の迷宮区へ連れていかれたのだった。

 

ダッカー、その選択は後々メンバー全員に詰め寄られるきっかけを作る地雷でしかないけど本当にいいの?私は引きずられながらそう思ったが、その思いがやっとのことで抜け出せたという気持ちで一杯のダッカーに届くはずがなかった。

 

 

2024年10月17日18:15 《アインクラッド》第30層・迷宮区 回廊エリア

 

 

「ふぅ~、ここまで来ればこっちのもんだな!ふはは、このダッカー様に負けの二文字はないぜ!」

 

迷宮区の入り口近くで一人勝ち誇っているダッカー。本当は大敗北してるんだけど、まぁ、適当に話合わせておこうかな。

 

「ウン、ヨカッタネー」

 

「応よッ!いやぁ、テツオの奴、今頃吠え面かいてやがるかもな、へへへっ!」

 

いやいや、後から吠え面かくのは君の方なんだけどねぇ。思っても指摘してはあげないよ、だって、今の私は無気力モードのままなんだから。

 

「で、クエストって何するんだ?」

 

ダッカーからの当然の質問を前に、私は一回、無気力モードをOFFにして説明をした。

 

「えっとね、此処のエリアで採取できる魔鉱石の納品、だよ」

 

「採取系かぁ。ま、たまには悪くないよな!」

 

私が珍しく、低層の採取系クエストを受けたのには理由がある。これからの事で皆に話しておきたいことがあるからだ。ケイタ達は忙しいみたいだし、流石に全員いる場では抵抗があるので、まずは一番話しやすいダッカーを誘ったのである。

 

「・・・・・・あのさ、ギルドホームで話した鍛冶スキルについてなんだけどよ」

 

私が話題を振りかけたところ、話を切り出したのは意外にもダッカーの方からだった。どうやら、先程の話の続きを聞かせてくれるらしい。もしかして、ダッカーも私とおんなじ考えだったのかな。

 

「確かにそのリズベットって子にいいな、って思ったのもあるんだけどよ。本当は違うんだ」

 

「違うって何が?」

 

「なんつったら良いのかな・・・・・・くそ、分かんねぇや」

 

いつものダッカーにしては珍しく歯切れが悪い。さらに言えば、私とあまり目を合わせようとしないところも不自然だ。どうしたんだろ、調子悪いのかな?

 

「いや、迷ってる場合じゃないな。その、サチはさ、キリトの奴と合流したい、んだよな?」

 

「う~ん、まぁ、行く行くはね。でも、今すぐって訳じゃないよ」

 

あぁ、やっぱりダッカーには分かってたか。なら、私も特にとり立てて隠すことは何もないな。取り敢えず、今はダッカーの問いに素直に答えておこう。

 

「じゃあ、もしかしなくても、このギルド抜ける気でいるのか?」

 

「今のところ抜ける予定はないかな。あくまで今のところは、だけどね」

 

「そっか、そうだよな。最前線追っかけるなら、俺達より先に行かないと追いつけなくなるかもだしな」

 

現在の攻略層は第74層と聞く。私たちが今の段階で登れる限界の第40層から30層近くも離れた遥かに上の、私たちにとって見れば未知の世界だ。今は少しばかり攻略の主要メンバー達が揃いも揃って忙しくしているせいもあって停滞をしているが、それも後に動き出す。そして、そのまま、最終層である第100層にまであっという間に辿り着いてしまうかもしれない。

 

・・・・・・それに、私が力になりたいのは何もキリトだけに限った話じゃない。

 

「それに、私がここで頑張らないと、アスナがまた無茶をする」

 

「アスナって、あの《閃光》のアスナか!?」

 

「うん。確かに、アスナは大規模ギルドの《血盟騎士団》の副団長だし、強いよ。でもっ・・・・・・!」

 

最後の連絡の電話があってから、今日で5日が立つ。昨日、此方から連絡を試みた。だけど、出る気配が一向になかった。いつものモンスター相手ならこれ程心配することさえなかったのかもしれない、データの一部でしかないものに彼女は絶対に負けないからと。しかし、だ。

 

「今、《血盟騎士団》が全員で戦おうとしている相手が誰だか分かる?」

 

「い、いや、俺はそこまでは・・・・・・」

 

「黒いPC、っていうんだって。最近噂になってきてる、正体不明の敵」

 

勿論、私は姿も見てなければ戦った経験すらない。何故なら、そのアスナが連絡をくれた日から、黒いPCが過去に出現したエリアが、一時的に封鎖されているのだから。本来であればそれは、原因不明の騒動にこれ以上、中・下位プレイヤーが巻き込まれないようにするための救済措置。けれど、それが私には悔しかった。

 

「あぁ、それなら俺も一応小耳には挟んだことあるぜ。噂通りだとしたら、ホント、おっかないよな」

 

「友達の力にもなれないなんて、私は、私はッ・・・・・・!」

 

以前見たあの世界での私よりも、今の私は強くなった。でも、まだ背中を合わせて一緒に戦いたい人達とは一度として共闘することが出来ていない現実。こんな場所で悔いる為に、私は強くなったんじゃない・・・・・・!

 

「お、おい、サチ!もういい、もうやめてくれ!」

 

悔しさをすべて吐き出すように、近くの壁に寄りかかって、一心不乱に壁を殴り続けるサチ。ダッカーはそんな彼女の姿が見ていられず、必死でサチを止めようと彼女のその拳を押さえつける。行き場を失った彼女の拳は、小さく震えていた。

 

「そんなに一人で頑張るなよ。俺達にだって少しは背負わせてくれよ、仲間だろ!!」

 

「ダッカー・・・・・・」

 

「そりゃあ、俺達は今はまだサチよりもレベルも低いしそんなに強くもないだろうけど・・・・・・それでも、サチの大切なものもサチも守らせてくれよ!」

 

あれはいつの事だったか。まだ、彼らが現実世界にいた時の話だ。ダッカー・・・・・・もとい、佐川大地は同じ部活動にいる、幼馴染のサチ、井上智里が密かに気になっていた。きっかけとかは特にない、気付いた時にはもうそうなっていた。出来れば二人きりでいたい。でも、この部活動仲間で集まってバカ騒ぎするのも嫌いじゃなかった。だからこそ、その空間の居心地の良さに慣れてしまって伝えたいことをずっと伝えずにいた。

 

「これからもっと強くもなるし、ちゃんとサポートできるようにする・・・・・・そうだ!じゃあ、俺がさ、鍛冶スキル頑張って磨いて、サチが今よりも上の層に行っても活躍できるような武具を俺が作るぜ!」

 

勿論、今の段階では初歩中の初歩もいい所だ。けれど、初恋の相手に捧げる為なら、絶対に成功させて見せる。例え、この俺の中の気持ちが絶対に叶わぬ夢だとしても。ムードメーカーである事以外、何もない俺だったとしても、せめてそれくらいはやり遂げたい。

 

「ダッカーが、私の装備を?」

 

「あぁ!待ってろよ、この世にただ一つとしてない完璧な、他の誰でもないサチ専用の装備一式、俺がまとめて作ってやる!!」

 

サチが意外なものを見る目で彼を見つめる。そんな彼女の表情が、次の瞬間には明るくなった。同い年とは思えないほどに大人びた笑み、そうか、俺はきっと彼女の此処に惚れたんだろう。

 

「分かった、期待して待ってる。・・・・・後で無理だった、とか言わないでよ?」

 

「おう、任せとけ、男に二言はないぜッ!」

 

いつもの自分らしいニヤケ顔で、俺はサチにそう誓った。同時に、二人きりの今ならあの気持ちが伝えられるかもしれない。そう思って、彼女の顔をもう一度見る。

 

「ふふっ、ありがと、ダッカー」

 

「お、おう。それでさ、実はもう一つ話したい事、が・・・・・・」

 

彼女が安心しきった顔になったその時に、俺は見てしまった。彼女の瞳が目の前の俺ではなく、何処か遠くを見つめている事に。勿論、彼女は俺の事も見てはいる。しかし、それよりもより強い想いで見つめている相手がいる。考えずとも分かった、サチはきっと奴の事が心の底から好きなのだ。

 

「ん、なぁに、ダッカー?」

 

「い、いや、悪い。何でもない、忘れてくれ」

 

此方に問いかけながら優しく微笑む彼女の表情にドキッとしつつも、俺はその気持ちを胸の奥へそっとしまった。そうだ、きっとこの後の台詞を言うべきは俺じゃない。

 

「そ、そういや、素材集めがまだ終わってなかったな。あと何個だっけ?」

 

「あと2つくらいかな」

 

「お、じゃあさっき取れた分でクエスト達成だな!」

 

「わ、ほんとだ。やったね、ダッカー」

 

心の奥にしまった後で、急に辛さが込み上がってきた。本人の前で泣き顔を見られる訳にもいかず、俺はいつもよりニット帽を深く被った。

 

「んじゃ、俺達のギルドホームに帰ろうぜ、サチ」

 

「うん、そうだね。あんまり遅くならないうちに行こっか」

 

「あ、それと。さっきの話、約束、な」

 

俺が後ろ手に小指を立てて、サチに向けると、彼女の柔らかい小指が俺の小指と結ばれる感覚を確かに感じ取った。

 

「ん、絶対に約束だよ」

 

これにて、俺の初恋は終わったが、この物語はまだまだ先がある。取り敢えず、今はひたすら前に歩こう。俺と言う道が途切れる、その時まで。

 

                                                                     To be continues…

 

 

~次回予告~

 

――黒き影が満ち、夜空が赤く染まった時、《黒の使徒》は騎士となる。

 

その騎士、古き因果を彷彿とさせ、《閃光》は静かに砕け散る。

 

次回、ソードアート・オンライン-青き少女の証明-第四話「The Last Luminous」。

 

貴方は、この歪に変わりゆく世界で起こる一つの悲劇を観測する。

しかし、悲観することはない。これは同時に、新たな世界の可能性のハジマリ、なのだから。

 




???「何か、急に不穏な感じなってきたぞぉ、どうすんだぁ!?」



今回は、ちょっと書きたいこと多いんで、後で活動報告の方に書いておきますね。

活動報告も見ていただければ幸いです。よろしくどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=247021&uid=50159

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