2024年10月31日 19:25 《アインクラッド》第24層・草原エリア
「ハァッ・・・・・・ハァッ・・・・・・!」
今尚戦場へと歩み寄れぬ、この世界に恐怖した者達が互いに身を寄せ合う低階層。そんな階層の迷宮区をボロボロになった装備を纏って走り抜ける男が一人。
「な、何なんや、アイツらは・・・・・・!」
彼の名はキバオウ。SAO攻略開始当初から最前線で戦い続けてきた古参の戦士で、同じく初期攻略組にいたキリトやアスナとも顔が知れた仲ではあった。ただ、そんな彼が何故こんな階層で必死に何かから逃げ回っているのか。
「まさか、《ラフィン・コフィン》の連中が遂にワイを・・・・・・!?」
答えは必然、最近のSAOで巷で噂になっている、黒いPC・・・・・・いや、既に彼等と手合わせしてその尋常ならざる不気味な雰囲気を見た有志達によって《黒の使徒》と呼ばれるようになった者に彼は現在追われている。しかし、彼は、それが殺人ギルド《ラフィン・コフィン》が落ちぶれた自身に放った刺客だと勘違いをしているようだ。
「ま、まだや・・・・・・まだ、ワイは死ぬわけにはいかん・・・・・・!」
「ワイは、まだディアベルはんとの約束を果たせてないんや・・・・・・!」
《ラフィン・コフィン》一味に利用されるだけ利用されて、いつの間にか組織の内部分裂だけでなく下層に住む低レベルプレイヤー達から恐喝紛いの税の徴収、異を唱えた者への処罰にすら手を染めてしまった。遂にはギルドを糾弾された彼だったが、βテスターが嫌いだった最初の頃の自分が約束を交わした相手の名前はしっかりと憶えていた。
「ディアベルはーーーーーーーーん!!」
ディアベル。その名を冠したプレイヤーと彼の運命が皮肉にも再び交わる時、この絶望にも似た状況からの脱出口を開く鍵となる事を、彼はまだ知らない。
2024年10月31日10:30 《アインクラッド》第65層・迷宮区 転移門前
「・・・・・・」
キバオウが黒の使徒に追われる9時間程前。《閃光》のアスナをPKしてから、俄然勢いの増してきた《黒の使徒》に対抗すべく、最前線トップクラスの実力を持つ彼、《黒の剣士》キリトは早速行動を開始していた。そんな彼が最初に打った一手、それは・・・・・・。
「キリトさん、お待たせしましたっす!」
「おう、キリノ、久しぶり・・・・・・って、その恰好は・・・・・・!?」
「あ、あはは、気付いちゃいましたか?」
元《血盟騎士団》副団長補佐であり、アスナと共に《黒の使徒》との交戦経験があるキリノを呼び出し、彼女と共に調査を進めようとしていたのである。しかし、彼は呼び出した彼女が纏っていた装備一式を目にして、かなり意表を突かれた。そう、彼女が今現在纏っている装備、それはあの《閃光》のアスナが装備していたものに他ならなかったのである。
「え、ええっと。先輩に・・・・・・最期に託されまして。に、似合ってる、でしょうか?」
「あ、あぁ。似合ってるよ、流石は《閃光》の影武者だな・・・・・・」
「え、えへへ。キリトさんにそう言っていただけると、嬉しいっス」
既に全階層に彼女の死亡が伝えられたとはいえ、まだそれが真実とは到底思えなかった現状の彼にとって、これ以上に空気を気まずくさせるものはなかった。しかし、彼女を通じて色々と交流してきてしまっている仲。彼女が信じて残していった土産である、彼女の後輩の前で無様な醜態を晒すわけにはいかない、と彼は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「じゃ、じゃあ、取り敢えず、行こうか・・・・・・!」
「は、はい。よろしくお願いします、キリトさん!」
最強の片手剣士キリト。そんな肩書を持つ彼も、女性に対してはあまり免疫のない、只の引き籠りゲーマー廃人。何より、孤高の誇り高きDTなのだった。
「この場所で《黒の使徒》と実際に戦闘した・・・・・・と言う事で間違いないな?」
「はい、流石の《血盟騎士団》でもあの数相手は厳しかったですね」
あの日の夜に戦いの舞台となった神殿エリアへ足を運んだ二人。実際問題として、あれだけの大規模な物量で押されれば、例え大規模ギルドでさえも相手取るのは厳しいものとなる。ましてや、時間と共に段々と増殖する相手であるなら猶更の事だ。
「そこで君とアスナは確かに会ったんだな、《黒の使徒》になったディアベルに」
「はい。えっと・・・・・・私、その人がどういう人か知らないんですけど?」
「あぁ、そっか。キリノは第一層の攻略時にはまだ攻略組にいなかったもんな」
「そうだな・・・・・・きっと今頃彼がいたなら、攻略組の雰囲気は大分違っていたかもしれない」
そして、キリトは思い出す。あの全てが始まった運命の日の事を。
『俺の名はディアベル。職業は気持ち的に、
始まりの街から大きく離れた場所にある第一層・トールバーナ。その町の中心部にある集会スペースのような場所で初の攻略会議は開かれた。そして、それを開いたのが、ディアベルという青い髪をした爽やかな雰囲気を持った男。彼は、軽くジョークを交えながら自己紹介を始めていて、それを見に来た人々から自然と笑顔がこぼれていた。
『皆に報告がある。つい先程、俺達のチームの一人が迷宮区でボスの部屋を発見した』
和やかな雰囲気で始まったこの会議も、彼のその一言で一気に空気が引き締まった。長らく停滞していた階層攻略、その最初の一歩となるべく道がこの日遂に切り開かれたのだ。
『今まで何人もの仲間が死んでいった。けど、これで終わりじゃない・・・・・・寧ろここからが始まりだ!』
『俺と同じ意思を持ってこの場に集まってくれた皆に頼みがある!頼む、力を貸してくれ!』
うぉぉぉぉぉぉっ、と会場のボルテージが一気に高まる。死地の中に漸く見えてきた希望、それが今まさに騎士ディアベルとその仲間たちによって開拓された。これこそが命を散らし犠牲になった仲間達への捧ぐ追悼と自分達を此処まで追いやった運営に対しての報復、それを叶えられる場所が今の自分達に齎されたのだ。ならば、やるべきことは一つしかない。
『OK。それじゃあ、早速だけどこれから攻略会議を始めていきたいと思う。先ずは――』
『ちょお、待ってんかぁー!』
そんな中、ディアベルの言葉を止めて乱入してきた一人の男。彼の名はキバオウ。当時の彼はβテストで先にこの世界の事を知り尽くしていたβテスター達を酷く嫌っていた。今まで、自分達が生き残る為に頼ってきたこの世界について印されたガイドブック、それらが元βテスター達から無料配布されていると言う事実を知らないままで。
『こん中に、今まで死んでいった奴らに詫び入れなあかん奴がおるはずや!』
『キバオウさん、君のいう奴ら、とはもしかしてβテスター達の事を指しているのかな』
『せやろがい』
普通ならば、結束力が高まっている中、邪魔者扱いされて終わるはずだった。しかし、ここはデスゲームと化したSAOの中。普通の枠組みとは違った世界なのだ、つまりは。
『そうだ、そうだ!β上がり共は謝れー!』
『この人でなしー!』
キバオウのそれに同じ思いを片隅に抱えていた者達が騒ぎ始める。攻略を前にして、全てが破談で終わってしまうのか、そう思われた矢先。
『ちょっといいか、俺の名はエギルだ。キバオウさん、つまりアンタが言いたいのは・・・・・・』
一番手前の席から立ち上がった褐色肌の大男、エギルによって、その場に生じかけた混乱は反発のボルテージが上がり切る前に押し留めることが出来たのである。
『よし。では、解散!!』
こうして、第1層の攻略会議は何とか無事に終えることが出来た。その後開かれた攻略組参加プレイヤーのみが参加できる親睦会では、会議を開いたディアベル本人が自分と同じβテストプレイヤーから本稼働後にやって来た一般プレイヤー達まで分け隔てなく、平等に接した。彼のこの日の仲介があったからこそ、まだお互いに深く残る禍根めいたものがプレイヤー間を通して再び勃発する事を未然に防ぐ、謂わば防波堤のような役割を果たしていたのかもしれない。
『皆、いよいよボス戦だ。この扉の先に俺達が倒すべき敵と進むべき道がある』
『俺から言う事はたった一つだ。勝とうぜ!』
その翌日の事。会議通りに事は進み、ボス部屋の前で最後の決起集会のようなものを開いていたディアベル一行は彼を先頭に部屋の扉を開けた。すると、その部屋の奥、玉座に座っていた第1層の主、イルファング・ザ・コボルド・ロードが姿を現した。
『全隊、突撃ィー!!』
『『『『『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』』』』』』
ディアベルの指揮の下、周囲に出現した雑魚のルイン・コボルド・センチネルとその主イルファング・ザ・コボルド・ロードとの決戦が始まった。
――激戦。そう呼んでも過言ではない程の迫力が確かにその場にはあった。一時共闘をしたキリトとアスナを中心とする討伐隊がルイン・コボルドを相手取り、その隙にディアベル隊とその他の討伐隊がイルファングにダメージを与え続ける。全てはβテスター達が記したガイドブックによる対策法を学んだ甲斐があってか、攻略は思うように進んでいた。
しかし、ボスのHPが半分まで減ったところでイレギュラーは起こった。
『■■■■■■■■■■■■ォォォォォ!!』
ガイドブックにも記されたHPの減少による武器の換装。元々装備していた斧とバックラーを投げ捨て、曲刀カテゴリのタルワールに持ち替える、そういう情報のはずだった。ところが実際は。
『皆、離れろ。俺が出る!』
『待て、ディアベル!』
これまで攻略情報通りに足が運んでいたこともあり、ディアベルは自身が最初から目論んでいたLAボーナスを決める作戦を実行した。だが、イルファングが実際に持ち替えた武器はタルワールではなく野太刀。
『ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!?』
当然、ディアベルはβテスト時の情報から全くかけ離れた動きを見せたイルファングに対抗する術もなく、無残にも胸部を切り裂かれた。絶望が、一瞬で戦場全体を包み込んだ。
『済まない・・・・・・後の事は、任せた』
迷わず駆け寄ったキリトが差し出したポーションの受け取りを拒み、ディアベルは静かに消滅した。最後に全ての事を目の前にいた一人の少年に託して。
『まだ終わってない・・・・・・各隊、再度持ち場につけ!一気に決着を付ける!!』
嘗てのβテスターであり、そのβテスト中、他の誰も辿り着けなかった階層まで上り詰めた男、《黒の剣士》キリト。彼がその二つ名と《ビーター》と呼ばれるようになったのは、ここからだった。
「わぁぁ、じゃあ最初のボスを撃破できたのは、その人とキリトさんのお陰なんですね!」
「俺の力なんて微々たるものだよ。あの時のチームプレイは彼にしか出来なかっただろうしな」
「そんな事はありません。だって、キリトさんは確かにその時に託された事をやり遂げたんですから!」
その話を聞いて若干興奮気味のキリノと、正反対に少しだけ表情を暗くするキリト。彼がこのデスゲームの中で自分以外の他人を想えるようになったのはこれがきっかけ。全てはディアベルと言う一人の
「兎に角、そんな彼の姿をしたそれが暴れることで、彼の築いたものが壊れる様は見たくない」
「やっぱり、キリトさんは優しい人ですね」
「な、何でそうなるんだよ」
「だって、普通だったらそこで実際に出来事を体験をしたからって、そういう気持ちには中々なれないじゃないですか」
「そ、そうかぁ・・・・・・?」
キリトの疑問が残っている様な返事とは裏腹に、キリノは、はっきりとそう断言した。この誰もが性根を腐らせてしまうこの世界に於いて、キリノのように只管に純粋に人の行為や意思を尊重できる人間は多くない。彼は彼女のような希少な人材を残していってくれたアスナに感謝しながら、彼女のような存在が犠牲にならない様に、この世界が終わるその瞬間まで守り通すことを心の中で誓った。
「うーん、一通り調べてはみたけど、この辺りには何もなさそうだな」
「そうですねぇ・・・・・・そんなに日も経ってないので何かあると思ったんすけど」
数時間にも及ぶ探索も空しく、この層では彼らが捜している《黒の使徒》達の情報を握る何かは残されてはいない様だった。もしかしたら、奴らはそんな手掛かりとなる物さえも持っていないかも知れない。だが、得体の知れない相手だけに、せめて奴らが何処から来ているのか。その情報だけは知りたかったのである。
「ええと、他に《黒の使徒》が出てきそうな場所を誰かから聞いてなかったか?」
「あ、それだったら分かりますよ!私と先輩が最初に《黒の使徒》と戦った、第24層の草原エリア!」
「へぇ・・・・・・じゃあ、そこにあるかもしれないんだな」
「はい。あ、そうだ!タツヤさん、今日は来てないかな・・・・・・」
「タツヤさん?」
キリノの話を聞いて24層へ足を運ぼうとしたキリトは、彼女が発した全く聞きなれない名前に少しだけモヤっとしてしまった。名前を聞く限りは恐らく男。それに、彼女が自分だけではなく、先輩と呼び慕う相手。つまり、アスナと共にその人物と会っていたことになる。アスナからそんな話をされたことがなかった為、キリトは勝手にそいつにアスナを取られたかのような気持ちになっていたのである。
「はい、凄いんっすよ、タツヤさん!何たって、レベルがカンストしてるんですから!」
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
現時点でレベルがこのゲームが設けた最大値までいっている。その事実を前にキリトは愕然とした。まさか、自分自身より遥かに強いプレイヤーが存在していたなんて。彼は、急いで情報屋のアルゴに連絡を取った。
『なーんだ、キー坊。アポなしの仕事は受けつけてねーゾ』
「ア、アルゴ!さっきキリノから聞いたんだが、今の時点でレベルがカンストしてるプレイヤーっていたのか!?」
『は、何言ってんだ、キー坊?とうとう頭がおかしくなったカ?』
「んな訳ねぇだろ!?キリノの話だとアスナも会ってたみたいだし・・・・・・でも、お前の情報にはなかったよな!?」
『オイオイ、オレっちだって情報屋とは言っても全部把握できてるわけじゃねーんだゾ』
『大体、そんな奴がいたなら何で今まで攻略戦に参加してこなかったのサ?』
「そ、それは・・・・・・」
確かに、アルゴの言う事は尤もであった。だが、まさかキリノがこんなつまらない嘘や冗談を言うような少女とは思えなかった。だとすれば、アルゴに直接プレイヤーネームで検索をかけさせればいい。そう思って、彼女にネーム検索を依頼した。すると。
『キ、キー坊・・・・・・』
「どうした、アルゴ?」
『いや、マジで出てきタ・・・・・・プレイヤーネーム・タツヤ、レベル250』
『破格外すぎんだロ、このプレイヤー。さっきは疑って悪かったよ、キー坊』
通話越しに、彼女の顔が驚愕の色に染まっている様が実にありありと見えるようだった。
『何で今まで攻略に参加してこなかったのか、逆に不思議だゼ・・・・・・』
普通であれば、ゲーム中で最強格ともいえる強さとレベルを持ち合わせているなら、攻略組に気まぐれで一度くらいは参加するはずだ。であるならば、彼は元々この階層攻略自体に全く興味がなかったという回答が導き出される。だが、それは本当にあり得るのだろうか。
「このゲームの開発者の茅場明彦と同じ思考回路だったり、とか・・・・・・」
『あんな頭のおかしい野郎が、世の中に二人といてたまるかヨ』
「まぁ、それはそうだが」
アルゴの言葉にそれとなく同意しつつも、自分が密かに憧れていた人をこうも悪く言われてしまった事で、一抹の物悲しさのような感情が胸中で渦巻いてしまった。
『ま、考えて分かんねぇもんは調べるに限るってカ』
『このプレイヤーの事については、オレっちの方で調べてみる。続報を待つんだナ』
「あ、あぁ。急で悪いが、頼んだ」
最後に別れの挨拶を挟んでから、キリトは彼女との通話を切る。不味い、《黒の使徒》の事を調べるつもりが、自分から全く関係なさそうな話題に食いついてしまった。そんな後悔をする彼を尻目にキリノは頻りにレーダーマップを見て、彼の存在を追っていた。しかし。
「駄目っすね。今回は流石にいないみたいっす・・・・・・て、どうしたんすか、キリトさん」
「い、いや、大丈夫だ。問題ない」
「そっすか。じゃあ、早速、24層の草原エリアまで行くっすよ!」
お互いにテンションの上下が激しい中で、彼と彼女は次なる目的地の24層の草原エリアへと転移門を使って、移動したのであった。
2024年10月31日 15:25 《アインクラッド》第24層・草原エリア 転移門前
そして、キリトとキリノの両名はその問題のエリアに降り立ち、再び情報の手掛かりとなるものの捜索を開始した。該当エリアをじっくりと捜索して回る事、4時間。場面は最初のシーンへ戻る。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
持ち前の逃げ足を活かして、《黒い使徒》達の追走から何とか逃れようとするキバオウ。すると、彼は自身の見ているレーダーマップに他のプレイヤーが2名ほど来ていたことに気が付いた。何でもいい、誰でもいいから自分をこの状況下から救い出してくれ。そんな思いで、彼はその反応がある方向に全力で駆けだしていた。
「へへっ、一人じゃあ無理やけど、徒党を組めればこっちのもんや!」
走った。ただ只管、がむしゃらに走り続けた。そして、同時にこうも思った。せめて、この状況が自らの近くに迫ってきているからとはいえ、逃げおおせるような薄情者で無い事を。
「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・!」
プレイヤーの反応があるエリアまで近づいてきた。そして、プレイヤー側にも未だにその場から動く気配はない。これは一世一代の神がこんな自分に齎してくれた救済だ、そんな下らない事を頭の片隅で思い描きながら、彼はその近くのプレイヤー達がいる岩陰に一目散に飛び込んだ!!
「ウィーーーーーーーッ、おっとい・・・・・・!」
「うおっ!?」
「わわっ!?」
「ワイはキバオウってもんや。アンタ等が何処のどいつか知らんが、少し手を貸して――」
自分ではバッチリ決まったと着地だと思った。彼らが驚いた様子で此方を見ているような視線を感じて、久々に注目されたことへの満足感を抱えて自己紹介しながら、ゆっくりとそのプレイヤー達のいる方へ振り返った。
「「「・・・・・・」」」
そのプレイヤー達とバッチリ目が合う。そこで、彼は漸く気付いた。自分の助けを求めようとした相手、それが自分自身が今まで一番嫌ってはいても、その実、不思議と縁が切れなかった相手。そう、《黒の剣士》《ビーター》の名を持つ、キリトその人だった。
「なッ、何でお前がここにおるんやぁぁぁぁぁぁ!?」
「そ、そっちこそ。こんな時間に、何でアンタがいるんだよ!?」
全ては必然の中の偶然、出会い頭の衝突は避けられぬ運命だった。
「ワ、ワイは、ワイは・・・・・・何や、その、花見や、花見ィ!!」
「やるにしても時期が遅すぎるだろ!?」
「う、五月蠅い。ビーター様には関係あらへんわ!!」
キリトの突っ込みどころはそこではない突っ込みとキバオウの言い訳をするにしては全くもって通用しない見苦しい言い訳がぶつかり合い、その場は一時のカオスと化した。
「あ、あの、お二人共!!」
「キ、キリノ。今はちょっと取り込み中だからさ・・・・・・」
「そや。邪魔せぇへんでもらおか、お嬢ちゃん。ワイは、ワイはコイツに――」
そんな二人の間に真っ青になった顔で割り込んで説得しようとするキリノ。しかし、キリトもキバオウもそれを自分達の喧嘩の仲裁に来たと思い込んでしまって、その真意に気付けずにいた。
「大変っす、《黒の使徒》っす!さっき、多分、その人を追っかけて行った部隊が此方に気付いて、大勢で戻ってきました!?」
「な、何やてぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「何だってぇぇぇぇぇぇぇ!?」
本来、隠れた上で声を潜めてやり過ごすべきだったのだが、この二人が終始五月蠅かったこともあり、完全に敵に此方の位置を発見されてしまった。二人がキリノが指さした方角を見ると、ドドドドドドドと音を立てながら、先程までキバオウを追っていた《黒の使徒》の大群が一斉に此方に向かって来ているのが目に映る。そこまで確認が取れたなら、最早するべきことは一つであった。
「「に、逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」」
悍ましい程に増えた《黒の使徒》達を前に、全力で逃亡を謀る3人。しかし、時既に遅し。次第に彼等の左側から右側から、そして遂に前からも《黒の使徒》達が現れて、四方を完全に包囲されてしまったのである。
「も、もしかして囲まれとるんか!?ああ、しもうた・・・・・・もうお終いや・・・・・・!」
「あ、諦めないでください!まだ、残されたチャンスはあるはずです!」
絶望してその場にへたり込むキバオウを、何とか励まそうとするキリノ。もう残された選択肢はない、と一瞬思いかけたキリトだが、追いつめられる余りすっかり存在を忘れ欠けていたあのアイテムの事を思い出し、叫んだ。
「キリノ、転移結晶は!?」
「あっ、はい!勿論、あります!転移・・・・・・バナレーゼ!」
キリトの指示を受けて、キリノが急いでアイテムストレージから当該アイテムを取り出すと、それを高らかに掲げて、転移先のこの層の街の名前を叫ぶ。
・・・・・・だが、それは何時まで経っても彼等を転移させることはなく、だんまりを決め込んでいた。
「あ、あれ、おかしいな。転移無効化エリアとかでもないのに・・・・・・!?」
「駄目や、今度こそ詰んでもうた・・・・・・!」
「くそっ、この人数相手に戦うしかないってのか・・・・・・!?」
キリトが自慢の剣である《エリュシデータ》を鞘から抜き放ち、構える。今まで数々のボスモンスターや雑魚敵を葬ってきた彼でさえ、戦う気力を失ったキバオウとそんな彼を守りに入っているキリノの二人を何方とも犠牲にせずにここを突破するのは、あまりに酷過ぎる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
最早、自身が切り札として取って置いているアレを使うしかないのか。最悪の形での披露に躊躇いはあったが、この際致し方ない。今は少しでも自分達の生存率が高い法を選ぶしか他に方法はないのだ。そう、自分に言い聞かせ、深呼吸をしてメニュー画面のステータス画面をタップした。
「キリノ!頼む、少し時間を――」
準備の為、キリノにスイッチでの交代を申し出ようとした、その時だった。突如、キリトの前に《黒い使徒》らしき人影が現れ、前方の大群に向かってソードスキルを打ち出し、その隊列を大きく崩したのだ。否、それはソードスキルではあったがエフェクトが黒く染まっているものだった。ゲーム廃人とかMOD職人とかそういう領域ではない。
『・・・・・・』
一体の《黒い使徒》によって放たれた一撃。純粋な輝きを失い、ただ血と混沌に飢えた、謂わば《狂化SS》。それを放った人物こそ――
「そ、そんなあり得へん・・・・・・まさか・・・・・・!?」
「アンタ・・・・・・ディアベル!?」
『■■■■■■■■・・・・・・』
『ア゛ァァァァァァァァァァ・・・・・・!』
アインクラッド第65層の神殿エリアにおいて、彼の《閃光》を討ち取った《黒の使徒》。忘れるはずもない、その勇気に満ち溢れた背中とその背に背負う盾の存在を。
・・・・・・ディアベル。今の彼が何を考え、何をしようとしているのか。そんな事をまだよく理解できない3人はただただ、その光景を眺め続ける事しかできなった。
「う、嘘や・・・・・・何で、何でディアベルはんが此処におるんや・・・・・・!?」
「キリノ、これは一体、どういう事だ。何故アイツは俺達をアイツらから守る様な事をした?」
「わ、分かりません。私にも何が何だか、さっぱり・・・・・・」
『我ハ・・・・・・《黒ノ使徒》ダーク・ナイト。マタ何レ相見エヨウゾ、《黒ノ剣士》』
上手く状況が飲み込めず、立ち尽くした彼ら3人を何処か悲しげな表情で見つめたソレは、そんな言葉を言い残すと同時にゆっくりと前に歩き始め、景色に溶け込むように、ふと姿を暗ました。そして、それに連鎖するように今まで彼等の周囲を囲んでいた《黒の使徒》も次々とその場から消え去っていき、その場には彼ら3人だけが取り残された。
「た、助かった・・・・・・のか?」
これが、《黒の剣士》キリトとダーク・ナイトと名乗ったディアベルそっくりの《黒の使徒》が初めて遭遇した日の出来事であった。一体、彼らは何者なのか。そして、何故《黒の使徒》という不気味な存在である彼がキリトの二つ名の事を知っていたのか。それはまだ誰にも分からない。
2024年10月31日 20:00 《アインクラッド》第55層・グランザム 商店街・路地裏
「しっかしなァ、調べれば調べるほど謎が出てくるとはネ」
日の当たる表の道とは決して相容れない裏の道。そこに潜み、姿を隠す情報屋アルゴは先程のキリトから聞いたレベルがカンストしたプレイヤーについて調査を進めていた。情報屋としての彼女の感が騒いだのだ。この人物を探れば、この人物どころか巷で噂の《黒の使徒》について新たな発見があるかもしれない、繋がるかもしれないと。
「寧ろ今度はオレっちが先に見つけて、キー坊に情報を売りつけるのも悪かねぇナ・・・・・・」
喉から手が出るほど欲していたネタが規格外の値段で売られていた時の彼の反応が目に見えるようで、大分小気味良かった。何時にもまして気分ルンルンなアルゴは、軽くステップを踏みながら闇に紛れて街の外へ消えていく。
「別に一連の事件の原因が彼にあるって決めつけるわけじゃねーけど、気になるもんは気になるしナ。じっくり調べさせてもらうゼ」
くつくつ、と笑いながらフィールド探索を始めた彼女は今まで以上にワクワクしているというか純粋に楽しんでいるようであった。最近、攻略層も段々と上がってきてあまり旬で美味そうな情報が転がっていなかったのだ。探求心に次ぐ探求心。これだけは絶対に彼女自身でも止めようがない自分自身の弱点でもあった。
「待ってろよ、キー坊。必ず丁度いい高値でお前に売りつけてやるからナ・・・・・・!」
彼女の言う丁度いい高値とは、どういった値段を現しているのだろうか。如何やら、我々には《黒の使徒》以外に知るべきことがまだまだあるようだ。SAO内で最も情報通なプレイヤーと呼ばれた彼女の真理は何処へ向かうのか。
そして、これはまだ先のお話であるが、謎のレベルカンストプレイヤー、タツヤの情報を探って各地を巡っていた彼女に、ある意味タツヤ以上のイレギュラーとの出会いが待ち構えていようとは。今の彼女は知る由もないだろう。
――全ては気まぐれな運命のままに。踊り明かそう、各々の考察をその胸に抱きつつ。
To be continues…
~次回予告~
黒の剣士が黒の騎士と相対した日より数日の時が経った。
しかして、今宵は彼女の番。
過去から続く因縁に終止符を打つ時、
彼等は宿す。残酷な運命に打ち勝つことのできる新たな宿命を。
次回、ソードアート・オンライン-青き少女の証明-第六話「Valuable Sacrifice」。
祝え。今此処に、青き少女の真なる覚醒の時は訪れる・・・・・・!!