普段静寂とは程遠い片岡優希だけど、食事前の土曜日の朝とならお似合いな静寂を求めていた。なのに、出来上がりのタコスからの香りを楽しむ余裕を奪う様にお客さんが訪ねて来た。まだ食べてもないタコスを前にして無視したかったけど、うるさくベールが鳴ると耳障りでしょうが無かった。
優希はチャイムの音を消しに立ち上がる。
「なんだ?何方様ですか?」
『片岡優希さんで御座いますか?こちらは龍門渕家の執事に務まっているハギヨシと申します、今透華お嬢様が片岡さんをお待ちしておりです、どうか御一緒して頂けますか?』
(……変だじょ、龍門渕透華がなんで私に?)
龍門渕と絡まるたびに見かけたハギヨシの顔を思い出しまではしたけど優希は疑問に包まれた、背中に訳の分からない不安が押し寄せる。見知った顔では有りながらも部長でも染谷部長でもなく自分に連絡も無しに直接透華が訪ねて来る理由が無いからだった。
「のどちゃんのストーカーが私に何の用事が有るのだ?」
『つべこべ言わないで早く出てらっしゃい、片岡優希!!』
画面では見えない所から特徴濃い高すぎる声が聞こえて来ると優希も脳の堪忍袋が切れてしまう。
「朝っぱらから人の家に来て、何のマネなんだじょこいつ!!」
玄関の扉を蹴り飛ばす勢いで飛び出して怒りの言葉放った後、優希は何も言い残さずにそのまま攫われてしまった。
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「タコス、食うか?」
「要りませんわ」
「美味しいけど、要らないんなら私が食うじぇ」
優希が話し掛けるまで一言も言わずに黙り込んでいた龍門渕透華の隣はさぞ居辛い所だった。それが優希じゃなかったらだけど。
興奮して家から飛び出した時も手から放さなかった自作タコスをモグモグと食べる優希は窓の外を眺めた。すり抜ける並木たちの風景からして、知らないけど多分長野から出るハイウェイを走り抜けている。生まれた始めた乗る、ブランドも知らない高級車の座り心地の良いシートに優希の体が溶け込んだ。目の前には運転席と隔離された様に得体の知れない壁のような物と装置が並んでいる。
「お腹空いた、一つでは物足りないじぇ……」
腹を抱えて気が抜けた優希の愚痴を聞いたの様に、車のインターコムからベールがなる。操作方法など知る訳が無い優希が音に慌てているとずっと黙り込んでいた透華が代わりに繋いでくれる。そうすると間もなくハギヨシの声か聞こえてく来た。
『食事中に大変失礼いたしました。お粗末様ですが、もしよろしければこちらで用意したタコスがその席の収納ボックスに有ります』
「おおっ!気が利くじゃないか!ありがとうだじぇ、ひつじさん」
『恐縮です』
京太郎にタコスの味を教えた人の腕が感じられる、多分これ以上は無いだろうと思わせる全品の中の絶品のタコスで満腹になった優希はやっと透華に目をやった。拉致の犯人と一緒の車に乗っているからには悪い事はされないだろうけど、真っ先に訊くべき事を今まで聞いてなかった。優希は疑いの目で睨みつける。
「おい龍門渕、一体この私を何処へ連れて行くんだ?」
「東京ですわ」
龍門渕透華は瞑った目も開かずに、頬杖を突いだまま微動もしないでそう答えた。
出発してから2時間程経つと長野と山梨県を抜けて東京都内の混雑している幹線道路を走っていた。新幹線や電車で見る景色と全く違うとまでは無いけれど、また別に見える窓の外を眺めていると段々高い建物が左右に並ぶ都会の町中になった。
冷たい空気の二人を乗せた車が着いたのは優希からして一体何処か知らないホテルだった。透華に続いて車から降りたら大きなエントランスホールが見える。眩しい照明に一瞬立ち止まった優希は急ぎ透華の足に追いつく。
そのホテルの41階、建物の中とは思えないほど豊かな植物の緑に自然光が注ぐ場所だった。ガラス越しに見える東京の全景が交じるともっとおかしな所に見えた。カフェかラウンジかよく分からないその所には既にふたりを待っていた群れがいた。
長身の女とキーボードの音、鎖がぶつかる音の間に赤くて大きいリボンが左右にフラフラ揺れている。同然このメンバーなら共に行動する井上純、国広一と沢村智紀の中から、衣が透華に文句を言う。
「遅いぞトーカ、優希も早うこっちに座れ」
「おい衣、面倒見るの飽きたからお前が透華に行ってやれ」
「ふん!無礼者、言われなくても行く!」
「私はここのブレンドで」
ハギヨシにそう注文を伝えた透華が空いてる席に座ると、衣だけが透華の隣に席を変える。やっと解放された純が優希に手を振ってあげた。
「座りなさい、それと注文が有ればハギヨシに言って下さいまし」
透華は優希に空いている自分と向き合う席を指差した。だけど立ったままの優希は動かなかった、未だに事情も用件も聞いてない、遠く東京まで連れてくる理由が全く疑問のままだ。腕を組んで10秒ほど考える様に見えた優希はハギヨシの方に指でチョキを作っては軽々しく言った。
「もう昼になってしまったじぇ、お昼のタコス充電時間だ」
「……食事なら用事を済ませてからごちそうしますので」
「ワーイ、ならば今日のお昼はハンバーグだー!」
「衣はお子様だな、私に東京なら目星が付いている店がある、そこのタコスの方が断然いいじょ」
「いや、東京でのお昼ならファミレスでのハンバーグとエビフライに限る!」
小学生もしない様な内容を、自分を挟んだ位置で揉め事にすると透華は眉間に指を当てた。身長では小学生だと言っても納得する外見のふたりだからやけにウザく感じるのかも知れない。
「お二人とも静かにしてくださいまし?ハンバーグは夏のお楽しみにして置きたいので今日は東京のスカイラインが見られる店にでもしますわよ」
「トーカは勝手すぎる」
「なんだ、ではジュースでも頼もうか」
透華が頼んだブレンドコーヒーと優希の為のマンゴージュースにミルクティーが一緒に運ばれてきた、勿論衣の分だ。優希が勝手に選ばれたジュースの味見をしている頃にもう一人、透華が準備した最後の役者がエレベーターからハギヨシの案内に続き入って来た。
いつも左だけに結んでいたリボンが今日は見当たらない。彼女は中を見回して半年ぶりに対面する優希の横顔を見つけて足を運んだ。
「優希!」
「のどちゃん?なんでここに、あんたが呼んだのか?」
いきなりすぎる親友原村和の登場に目が大きくなった優希が質問したけど、透華は口にしていたコーヒーカップを降ろしては「さぁ」としか言わない。同然、原村和をここに呼び寄せたのは龍門渕透華だ。
「直接顔を合わせるのは久しぶりですね、元気でしたか?」
「勿の論だじぇ、のどちゃんは走って来たのか?息が荒いじょ」
「何回か電話掛けましたけど出ないので心配しましたよ」
「ああ、そう言えばコイツにいきなり連れ出されて家に置いてけぼりだったじぇ」
優希にはほっとする笑顔で話す和だったけど、恍けている透華に身向きを変えては表情も変わる。
「龍門渕さん、このイタズラは何なんですか?」
「こうでもしないと貴方、言い訳して『ごめんなさい、先約が有って』だけで済ませるじゃありませんか」
透華は自分に怒ってる和に対して、目だけの笑いを送った。
「それでは、コマが揃いましたので、話を始めるとしますか」
「どんな話がしたかったんですか?私に関係ない事を押し」
「今日の本題は宮永咲です」
和の言葉を切った透華は手のひらを出しで和に座る事を勧めた。