宮永咲は未だ見知らぬ街を歩くのを控えていた。長く過ごした故郷の長野から引っ越しをしてからもう何ヶ月も経つのに、新しい家から学校までの小道以外は全然知らないままだ。
お母さんの職場から提供された高層ビルの家で窓の外を眺めると広い摩天楼たちの森が山以外の平地全てを埋め尽くしている。しょっちゅう迷子になる咲にとって恐い風景だ。
そういう事情を基づいて宮永咲は今、自分への訪問客に道案内されながら無数の看板が並ぶ街を歩いていた。
「アークタンデさん、この辺に雀荘は有りますか?」
「……すみません、家の近くだけど私もあんまり知らなくて」
自然に呼ばれたから答えはしたけれど流石に『アークタンデさん』は馴れない、咲は髪の毛を弄りながら白い日傘を追いかけた。
言葉も通じない外国で携帯も碌に使いこなせない機械音痴の宮永咲の代わりに、自ら前を歩き水先案内人にでも成って導く女性、臨海女子高校の3年生である雀明華だった。暑い陽射しに白い日傘を差して可憐に歩く金髪の少女から、照明と反射パネルで白く輝く女俳優かアイドルを連想してしまう。
明華はキョロキョロと店の看板をいちいち確認してるけど、その様なやり方では日が暮れても目当ての雀荘を探しだすのは無理だ。けれど諦める気も無さそうだった。
「せっかくですし、一回くらいはお手合わせしたいですね」
折角で無く、むしろその為たけに連休も無いのに日本からわざわざここまで訪ねたに違いないだろとしか考えられない咲は困った顔をして意味無く笑った。
「でも、いきなり有名人の世界ランカーさんが現れて、地元の人と打ちたいと雀荘に訪ねたら大騒ぎになりますよ?」
「名乗らなければ大丈夫だと思いますが、違うでしょうか?」
「多分、違います」
何も考えてない様な天然ぷりを見せる明華に流石の咲もツッコミが出てしまった。
誰もが麻雀に関心を持ってるのでも無いから普通に街をぶらぶらと歩くのは大丈夫だろうけど、雀荘まで行ったら欧州でも活躍する雀明華を見知る人があるかもだ。
咲にそう言われてからも明華の周辺探索は止まらない。
「前に来た時、大会場の外で打った事が無いのを今初めて後悔してます、仕方ありません、誰かに聞いてみましょう」
「はい?」
咲が手を出す間もなく明華は通りすがりの見知らぬ人に問い掛けた。
いきなり質問を受けてなのか、不思議な雰囲気の美人に驚いたのか戸惑う青年の前で、明華の口から出たのは英語では無かった。咲には内容の理解まで至らないけど音声で解る、それは確かこっちの言語だった。
無事話が通じたのか青年にペコッと感謝のジェスチャーを取った後、咲の前に戻った明華はがっかりの表情になっていた。
「あの方は知らないと、多分この辺で探すのは難しいかもとの事です」
「雀さん、ここの言葉も出来るんですか?」
「えぇ、そうですが?」
まるで同然の事を聞かれた様に、明華は平然に咲の驚きの顔を覗き込む。そしてはまたゆっくり歩きだしながら答えた。
「私に故郷と言える所はソフィア・アンティポリスですけど、私の事はフランセだけで規定出来ません、ここも私に取っては家計の元を辿れば因縁の有る土地だとお母さんから聞いています、それで前々から少し学んで置きました、他にもいくつか出来ますよ」
「そんな、普通は母国語以外ほとんど出来ません、雀さんは日本語も出来るし、本当にすごいです」
「アークタンデさんはノルウェー語が出来ないのですか?」
無邪気にそう問い掛ける明華に咲はただ恥ずかしさを隠して笑うしか無い。籍は有っても住んだ事がないから外国と違わないくらいだ。
「いや、日本語以外は全然……今もここで苦労してます、それとアークタンデさんはよして下さい……それで呼ばれるの何年ぶりかも思い出せないくらいです……いや、もしかすると初めてかも」
「ならば宮永さん?でも私は一応アークタンデさんに会いに来た事になってますけど、どうしたら良いでしょか?」
明華の言うことも確かだった。お互い清澄と臨海の選手としてインターハイ決勝の場で会ったけど直接試合したわけども無いし、その後も咲と明華が絡んだ事は無かったから、宮永咲としては雀明華と知り合って無い。
今も臨海の雀明華はサキ・アークタンデを誘う為に来ている。呼び方は大事な合図でもある、明華が気にするポイントなのも理解できだ。
故に咲は妥協点を探した。
「じゃ……じゃ、咲で!名字でなく名前で読んで下さい」
「さき、咲ですか、ならどっちかって言うと日本人のアイデンティティを持ってる様ですし、呼び捨ての名前で呼べと言う事は、もう私達の関係はお友達に成ったと理解しても宜しいですね?」
「まぁ、雀さんがよろしければそう考えて下さい」
「ノンノン、なら私も名前で良いですよ、親しい人の中では私の事を『ミョン』って呼ぶ事も有りますから軽く呼んで下さい、咲」
「はい、そうします明華さん」
「宜しい」
咲の答えが気に入ったのか、日傘の下から顔を出して後ろを向き笑った。声も高いし綺麗だし『宜しい』とか言っても全然威厳など無い。
「それとですね、咲が日本人を名乗るならば臨海女子麻雀部の最上級生で有る私の指示には、年功序列に従ってきちんと守って貰いますよ」
「まだ臨海に行くとは言ってません!?それと、わざわざここまで来てくれました明華さんには申し訳有りませんけど、私は断るつもりです」
「そうでしたか?では、あの学生さんにも雀荘が在るか聞いてみますね」
上級生だからの発言力など一切存在しない実力主義の臨海なのでどうでもいい冗談だけど、この場では黙っておく事にした明華は見え見えに惚けながら咲から離れた。
今度は女子高生か大学生程に見える自分たちと当年代の女性に聞いてみる。咲は明華を止めようとも既に行ってしまったので、自分では割込めない言語で知らない人たちと話を始めた姿をだた後ろから見るだけた。
今度も礼儀正しく感謝を表して戻って来た明華の顔はウキウキの感情丸出しの顔に成っていた。
「朗報です、この近くにボードゲームカフェ?っていう店が在るらしいですよ、そこに行けば麻雀も出来るかもと言ってました、何も挑戦ですから試しに行ってみましょう」
「は……はい」
海と空を超えて来た訪問者にとても帰って下さいとは言い出せ無かった咲は、先頭に立って歩きながら時々振り向き自分に笑ってくれる明華の足跡を続く。
宮永咲は歩きながら記憶を遡った。今日までのきっかけと成ったあの日、京ちゃんに無理やり麻雀部に連れて行かれて、目立たない点数に隠れた筈の自分を部長に見抜かれて、雨の中を走ってきた和ちゃんに『麻雀、それほどすきじゃないんです』と言った去年の初夏。季節的に丁度今頃だった。
雀明華って背景の設定が複雑過ぎて好きです。
フランスから来たのに名前は明華だし、金髪の西洋人に見えるのにお母さん全然違うし、マイクロバイオロジーとか意味分かんないし
考えてみれば透華とか衣も日本人なのに完全に金髪碧眼だし?