「ツモ、1000・2000です」
「咲、点数申告は英語でお願いしますよ」
「は、はいっ!すみません……」
自然に口から出た日本語を指摘されて咲が慌てていると、今まで麻雀の進行に関する鳴きと和了の発声しか言わなかった店長の娘が小さく言う。
「I don't care、日本語すこしわかる、アニメとかドラマとか見ています」
牌が落とされる音にまぎれての無神経な感じだったけど、助け舟だった。多分、ここの全員が分からない言葉で話をするのはマナーの違反だと考えて、控えてたのかと咲は思った。
「そうでしたか、ありがとうございます……」
「すみませんもありがとうも、いらないです」
結果的には東4局で咲が3位から抜け出す初和了で2万点以上に戻った、だけどそれまでだった。
咲の点数が戻るのを待ってたの様に、東南マークを捲る途端、風神の魔手が卓全体を押すのを感じた。突風の荒い音が聞こえる錯覚が脳内に響く。
歌声は聞こえてこなかった。昨年のインターハイ団体戦で、先輩の竹井久が二度も目の当たりにした風神の歌、咲もそれを控室の画面で確かに確認した。
歌わなくとも十分なのか、場が変わって南入してからは誰も和了せなかった。
明華の安い連続和了、鳴きで加速して自風だけのロンを2回連発で決める。
[南3局]
東、雀明華 33300
南、店長 18100
西、宮永咲 23800
北、娘さん 24800
もう南3局まで進んだがまさに地味な麻雀だった。これまで明華以外は殆ど和了れて無い、明華自身も派手に和了らない、連荘も無かった。
連続の失点で点数が落ちた娘さんが明華の親番で満貫をツモ和了したのを除けば安い和了だけ、明らかに自分がトップを維持する範囲で全員の点数が広がらない様に調整している。
(私に逆転の余地を残してる……付いて来いとの事だろうけど……)
一見、目を瞑っているかの様に見える明華から手の中身を見透かされてる不機嫌な圧迫を感じながら、咲は配牌をじっくりと眺めて理牌した。
雀明華はただ遊びにここに来ているのではない、多分プラマイゼロを意識しているのに違いないと咲自身も気づいていた、だとしても、一番馴染んでる打ち方を選ぶ。
咲の手は暗刻が2つに対子も有る、だけど純粋に三暗刻とかを狙う気は無かった。先ず、浮いてるドラの三索に未練など無く簡単に川に出した。
10巡目の咲の手、赤五六六①①①②678西西西ツモ③
(これでテンパイ……槓材が明華さんに行っちゃうからこれで)
迷わず赤五を切る、勿論リーチもしなかった。
ドラを切ると聴牌シグナルに見えて他家に警戒させる可能性も有ったけど咲の読み通り下家の娘はチーで赤をもっていく。これでツモ順がずれ、本来なら明華に行く牌は店長に行く筈だ。多分そのまま出ると考えられる。
山と川の流れが変わる。
明華はツモって来た一索を手の中に納めて發の対子を壊すて捨てた。完全に無意味な手変わり、明華の手には自風の東と場風の南が有るから役無しには成らないのけど勝つには無意味なだけだ。だが対面に咲が在るからこの鳴きには意味があった。
「Pon!」
順番をずらす為に切ったとしか考えられない赤五、ならば上家の娘にもう一度鳴かせる事でツモ順は元通りになる。發の明刻を勢い強く右に移して、娘の手から九萬が切られる。
そしてまた戻った明華のツモ番、咲の表情がどんなに変わろうと明華は山に手を伸ばした。
(あらら、多分これを待っていたに違い有りませんね)
明華は盲牌で牌を確認してすぐこれがキーになると気づいた。咲の意図とこの後、起こる結果まで目の前に映る様に鮮明になる。明華の思考がそれに辿り着くのは一瞬しか掛らなかった。
明華は目で確認もしないまま、牌をツモ切りする。
その光景に咲は半信半疑だった、わざと持って行った牌をこんなに安安と手放すとは思わなかったから。
でもやる事はひとつしか無い。
「……Kan」
咲は明華の川に出た自風の西にカンを宣言した。
咲にとって嶺上牌は同然自分の領域、見えているのと同じ。迷わず嶺上牌を取る。
一筒、それはこの手に必要な最後の順子になれる牌だけど、同時に四枚目の一筒でカン材でもある。
「And once more Kan」
二度目のカン、今度は一筒の暗槓だ。もともと和了が確定してる手の暗刻だったのにカンをする理由はひとつしかない。咲の目には山の一番上に、そこに咲くもう一輪の花が見えている。
「Tsumo, 1200/2300」
六六②③678 [①①①①]西西西(西) ツモ④
咲は嶺上開花を決めて手牌を倒した。
普通なら既に一筒で和了出来たのを捨て、僅かな符を増やす為にカンをする理由は無い。
一筒を使い尽くしてニ三筒の両面待機の片方が無くなる。残っている和了目は四筒だけ、和了る可能性が急激に低い嶺上開花を狙ってカンをするのか馬鹿な行為だ。
ありえない、普通なら。
明華は開かれた咲の手を眺めるだけで、両方のふたりはもう計算がすませたのに、点棒を出さなかった。
「70符2飜の1200・2300ですか?」
「……は、はい」
「やはり宮永、侮れませんね」
優しい顔で点数と宮永を口にする。咲の目に映る風神の顔は相変わらず優しいけど、恐い。
明華は卓の点棒収納箱を開いて2300点、合わせて5つの白い棒を手に取りながら話を続ける。
「今の和了で私は31000点になり咲は28500点、やっぱり真っ先にドラを切って満貫を回避したのでしょうか?残りのオーラスで咲が私への直撃以外の40符か50符1飜を和了るならプラマイゼロに成ります、それを実現する自信も有るからでしょう」
プラマイゼロの範囲は29600点から30500点まで、それに31000点の1位に成った明華を削って抜けるのも駄目だ。1000点の直撃は駄目、簡単そうだけど、いざとなると狭い。
明華は右手の点棒を軽く降ろした。
「今の和了でハッキリと解りました、咲は勝つ気に成らないのだと」
咲は何も言い返さない。
点棒を取って箱に入れる。