第21話、四方の卓に向かう別々の四色
「あっちに清澄の四人も来たよ!」
「どこ何処?」
「おい、カメラこっちだ、早く!」
清澄の、青い線が入った白いセーラー服に気づいたメディアから騒ぎが起こる。その波は周囲の参加者たちにも流れひとつの大きな渦巻を生んだ。こんなに注目を集めて先に入ってる筈の優希の姿を確認するのは無理そうに思える。
染谷まこも、こんなに凄いカメラのフラッシュを浴びるのは東京での大会以来になる。
「長野の中ならワシらも結構な有名人になったな」
「まこちゃん、これ何なんの?ここに居る人たち全部こっち見てるけど!?」
「昨年の優勝校じゃけん同然な事じゃ、仕方ないのう」
まこは顔が青ざめててメンタルケアーが至急な菜月とずっと黙ったままの美篶を後ろに隠すように前に出て構えた。
「すみません!インタビューなら後でしますので」
その後は動揺など一切しない数絵と並んで道を作るように歩く。移動する姿さえも写真をいっぱい撮られるけど、まま行ける。
だが、まだ優希が居ない。
「ワシらもこんなになるのに優希はどこ行ったんじゃ?」
「優希ならあっちみたいですよ、部長」
数絵の指先を追ってみると、ロビーのど真ん中に作られた記者とカメラマンの輪があった。そこに耳を傾けるてみると慣れた声がかすかに聞こえて来る。京太郎を連れて先行していた優希の声に間違いないかった。
昨年、個人戦1日目を一位で突破したと時と同様、何かしら大げさな意気込みを語っているに違い無い。
「片岡選手!今回も全国進出する覚悟ですか?」
「進出じゃない!今度こそ全国優勝だじぇ!」
「今年清澄高校は昨年全国ベスト4を果たしたメンバーから卒業生の竹井選手以外にも選手の入れ替えが有るとの事ですが、それに対しては」
「私たちは強い、それはこれからの試合で証明する!」
優希がどんな振る舞いをしてるのかは見えないけど、話してる内容だけではもう優勝が決まった後のインタビューだ。
まこは呆れ顔をして背筋を伸ばし、菜月は頭を抱える。
「張り切ってるなー」
「あんなにふうに行言っちゃえば駄目なのに!!私ちょー弱いよ!」
「優希の奴、すぐ記者に囲まれてあれですよ」
無数の記者とカメラの前に立ってあれやこれや語ってる優希に感心してるまこの隣にいつの間にか京太郎が現れていた。
「よう!除け者にされたか?」
「まぁ、ですね」
「ならこっちも囲まれる前にさっさと控室に隠れるとするか」
数絵と目だけで合図を交わしたまこが力強く叫んた。
「優希!今から控室行くから早うこっち来いんさい!」
「おおっ、解ったじょ染谷部長、じゃ私はこれで!」
「残りの質問やらインタビューは試合の後で、勝ってから受けます!ありがとうございました」
左手を優希の肩に乗せたまこはカメラに向けて手を振った。
今回の清澄は前回の優勝校としてシードを貰ったので1日目から控室も使えた。そこで2回戦が始まる午後、お昼の後までゆっくりする事だって出来る。が、それでは面白くないし頭が固まるから、普通に2回戦で対戦する可能性の有る他の学校の試合を観戦するつもりだった。
なのに記者も集まってるし他校の生徒たちからも注目を集める今は、控室に隠れてるのが一番だろうと考え、先に控室を使う事にした。まず、麻雀の大会が初体験で現場でしか味わえない周囲からの圧迫と熱い雰囲気に耐性がまったく無い菜月の為にそうした。
見る目が無くなって、興奮状態を隠せなくなった菜月は控室に入って早々まこに向かって不安な声を上げた。
「まこちゃん、私誤解されるんじゃない?こんなに強豪校扱いされるのに3年生で久先輩みたいに学生議会役員だからやけにツワモノって考えるんじゃないの!?」
「心配しないで下さいよ、隠されてた副議会長の実力を見せる場が来たんです!」
「心配しなくてええわ、あんたはガンーと大者みたいに構えていれば大丈夫じゃけん、他には何もしなくてええから」
「……なんで京太郎君とまこちゃんの言ってるの全然逆なの?」
生徒会の後輩として先輩の顔お立てる前向きな京太郎と、ドライに期待してませんみたいな反応のまこからの、各自真逆の励まし方を聞いて、菜月はもっと不安になる。
・
階段の上、エントランスホールの一階を見下ろしてる4人組、間もなく1回戦の先鋒戦だと言うのに牌譜を見てるのは一人しか無い。
「わぁー見てよ睦月、あそこで清澄の片岡さんが取材受けてるよ、凄い熱気だねー」
「何か誰も私達の事は見てませんね、扱いの違いが凄いって言うか……」
「昨年は先輩だちが善戦したものの、1年も経てばこういうものですかねー?」
「うむ、それが冷たい現実って物なのかも知らない、だけどこれから皆が刮目するだろう」
腕を組んでいた津山睦月はずっとにらめっこをしていたノートパソコンのモニターを閉まって立ち上がる。
「牌で語るしか無いって事ですか?」
「そうだよ、一日で強くなれる簡単な方法が無いと同様、誰も見てない私達をこらから知って貰う為にはひとつしかないっての事」
妹尾佳織の言葉に二人は何も言わずに、だたうなずく。
「私達鶴駕学院が去年決勝の場に残したしまった全国への夢、今度こそ物にするっすよ」
「うむ、卒業した先輩たちから託してもらった夢は確かに受け取ってる」
五人は最初の戦場に向かう。
「皆、これからの第一歩に続くんだ」
・
「遅くなりました〜」
「おう、みはるん、
「ああ、あの子達ならここ」
吉留未春の後ろから二人が首を入れてきた。
「はい!キャプテン、チェックする牌譜持ってきました!」
「待ってたし!今、文堂としてるから確認終わったら一緒にやろうな」
「ふふっ、華菜ちゃん何かパキパキしてるね」
「そういうのは良いから、みはるんの分もここに有るからすーみんと一応見とけよ」
「はいはい、キャプテン」
未春は池田華菜の家ならよく見てきたお姉さんっぽい姿にふっと笑ってしまう。それは憧れが形となったものの筈だから。
「おい、文堂有るか?」
「は、はい、コーチ!今出る準備してますけど、何か問題でも有りますか?」
緊張のせいか何のせいか、変な声になってる文堂の返事にコーチの久保貴子は座ってろと手で言う。
「いや、そういうのじゃなくてな、1回戦頑張りな」
「……はい!」
「それと池田」
「何ですか?コーチ」
「部員に面倒ばっか見てないで、お前も準備しろよ」
「解ってるし!私じゃ無いと誰が天江を倒しますか」
・
「わいーわいージュース、ジュース!」
女子高生でいっぱいな会場のローカを走る白いワンピースの少女、と言うより場所を間違えた女子小学生としか見えない天江衣。彼女には弱くて弱い朝だと言うのに、今日は元気で張り切りが増していた。
自販機を探しにひとりで歩く衣は、衣を知らな人から見ると迷子にしか思えない姿だった。幸いと言うか、子供を心配する親切な誰かから声を掛けられる前に知り合いと遭遇した。
「おおっ、ユーキじゃないか!」
「衣か、久しぶり……ってのも無かったじょ、この前会ってたな」
「ユーキも今暇なのか?ならば、このお姉さんたる衣がジュースをおごってやろう、一緒に行こう!」
今日は卓の生中継画面に使われてる公演ホールの入り口前で、衣と同じくひとりの優希に衣は可愛い財布を見せてあげた。
「衣の誘いはありがたいが、もうすぐ始まる1回戦を見て相手をチェックする役目を染谷部長から頼まれてるじぇ」
「ふうん、そうか……つまらんなー、この世に人として生まれた以上、肉身から解放され神の領域に踏み入れない限り森羅万象全てを知るのは出来ない」
他人の競技など一切関心を持たない衣にとって、優希の用事は理解出来ない役目だ。
「衣は天の上を見て歩く、人の経験など一瞬の瞬きでしか無いのだ」
「ふん、何を言ってるのか良くわからないけど、随分と自身ありありだな!私は部長のやり方を信じるから任されたのはきちんとやる!」
優希は勿論まこと数絵の3人で、AブロックのA,B,Cの3卓を手分けして見ることになってる。菜月と美篶は部長と副部長に付いて行って、京太郎は優希の為にタコスの準備だから、自然に解説とか説明上手とは言えない優希はひとりになる。
逆に言うと優希はひとりでも出来る子なのだ、本人はそう思う。だから勝つ為に天江衣との楽しさも諦めた。
「本当に残念だ、それを私の手で衣に証明する直接対決は個人戦にして置くじぇ」
「ユーキは今回も先鋒なのか?ならこの大会の会場の内、衣に対敵出来る者など誰一人存在しない」
「ふん、それは嫌でもこれから解る筈、私は仲間たちを信じるじぇ!」
優希は確信に満ちて鮮明な声に、衣は本当の本当に遺憾と勿体無さを感じた。
「悪いな、衣のせいでトーカは今日までも怒っている、だからトーカは今日と言う日を待ちに待ってた、衣さえもトーカと打った時には湖の霧を歩く経験をしたくらいだ、なのに龍門渕透華を乗り越え、この天江衣にまで誰が届くか?到底誰も及ばないだろう、今衣は衣と麻雀を打って楽しむ事が出来る逸材が現れるのを心から祈る」
片岡優希と天江衣の間は熱く冷たい空気が共存した。共存出来ないのが同時にっ存在する。何人かが優希と衣だと気づいたけど、小さい巨人たちの間には誰も首を入れられなくなっていた。
それが出来るのは、この会場でただひとりしか居ない。
「おい、子供たち、ここで喧嘩するんじゃねーぞ」
天江衣を両手で持ち上げっる女、藤田靖子プロはそう言った。
「衣は子供では無い!訂正しろ、このセクハラ雀士!」
「なんだヤスコちゃんか」
「お前、その呼び方何処で覚えたんだ」
「……知らんじょ」
親しいヤスコから冷たい目で睨まれた優希は目を逸らす。
「お前たちはどうせ今日はあたらない、子供だから無駄な体力が余るのは理解するが、その発散は卓でしとけ」
「うるさい!おまえなんかにそんな事を聞筋合いはない!衣に抱きつくな!」
精一杯抵抗したものの高い高いをされる衣は、到底靖子には及ばないかった。