優希-Yūki-、再び全国へ   作:瑞華

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第25話、届きそうで届かない影

「くっそ!半荘1回で2度も役満が出るとか、まじありえない」

「まぁまぁ……冷静に考えよう」

「オレもそうしたいのは山々だ」

 

 前半戦を終えて一度控室に戻って来た井上純は不機嫌さを隠さなかった。沢村智紀から渡された前半戦の牌譜と記憶の中のイメージを合わせて読み直す行為でやけに頭にくる。

 そんな純に対して優しい言葉を掛けてくれるのは国広一しかいなかった。

 

「純くんは悪く無いよ、下家の役満ツモを子の8000点払いで済ませたじゃないか」

「使えない子」

 

 一の慰めの効果を消し飛ばす悪口を言いながらも、ノートパソコンから目を離さない智紀の要らないお言葉に、純はぱっと振り向いた。

 

「智紀お前、人がやられたら何時もそれだよな?気に入ったのかよ」

「実際、東1局ではミスした」

「それは事故みたいなもんさ。その時点での鶴駕はチビの勢いに潜めていたんだよ」

「満貫放銃も有る」

「けっ」

 

 対局についてケチを付けるより次の次鋒戦に備えて自分の準備をして欲しかったけど、まるで透華の代わりを務めるように今日の智紀は容赦がない。

 何時もなら一番うるさく文句をぶつける、その透華の姿が見当たらなかった。

 

「透華のヤツは何処に行ったんだ?」

「それが、ハギヨシさんと何処か行くって純くんの試合が始まる前に出ちゃったよ」

「何?じゃ、中堅戦で国広君が居ないと、衣の面倒は誰が見るんだよ?」

「衣は誰からの面倒など要らぬ!」

 

 三人の会話を聞き流すだけで、ずっとソファーを一人占めして寝転がってた天江衣は細くて短い足で枕を叩いた。

 

「純くんはそっちが心配なんだね……それよりあの日以来透華がずっと変なのは解ってるでしょ?」

「考えてみれば不気味な感じだが、普段のアイツより過ごすのは楽だし」

「誰も衣の話は聞かぬのか!?」

 

 ガン無視されて大声を出した衣はソファーの上で立ち上がる。だけど、それでも衣の目線と純の背の丈に届かない。

 それでもカッコ付ける衣は、うさぎ耳のような飾り付きのヘアバンドをした小学生の外見に似合わぬ腕組みをした。

 

「それに透華の心配も要らぬ、それよりは龍門渕の入り婿によって衣の家族が引き裂かれるのを心配した方が良いだろ」

「なんだそりゃー」

「娘があんな感じだと嫌な筈」

 

 純は手に持っていた牌譜を全部読み切った後、テーブルの上に投げてしまう。今は見ても頭に入らないし新しく解った事が有るのでもないから、感じる通りに打てばいいだけだ。

 情報よりは気合を入れ直しに控室まで戻ったのに、所得が無い。

 

「ちっ、透華のヤツに散々怒鳴られるか……心配して損した」

「本当、何時もみたく負けたら怒鳴ってほしいね。何を聞いても『良いですわ、それで良いでしょう』だけじゃ息苦しいよ」

 

 ぱっと見ても元気を失ってる一から、純はあえて無視したのに益々変な感じを増している透華を頭に浮かべた。

 

「無欲恬淡、今の透華は何も欲しがらない。最近は勝利にすら拘りが無いと感じてるのだ」

 

 この部屋の中の誰もが、今の透華に対する衣の意見と観点が一致する筈だ。それが問題だ。

 

「そんなもんを透華と呼べるのか?あんなに貪欲なヤツが何も欲しくない?冗談も程が有る」

 

 純は今何を考えてるのか知らない抜け殻みたいな透華にモヤモヤする気持ちで、眉間にシワを作る。

 

「勝てば良い。望まぬ勝利を授けば、のちに眼を覚ます」

 

 何もかも知ってるように堂々な衣の答えはただシンプル、それで良いのか分からないけど、出来る事はそれしか無い。

 衣はソファーから降りては窓を開ける。まだ夏の日差しよりは涼しい風が吹く。

 

「眠り姫の目を覚ますのは騎士の仕事だ、行け」

「解ったよ」

 

 もう対局室に帰らないといけない時間だ。純は席から立ち上がる。このまま寝ていたい気分だけど、仕方ない。

 

「じゃ、待ってろよ」

「男前」

「突っ込まないからな!」

 

 それはそれで、智紀にツッコミを入れてしまった。

 

『決勝、先鋒後半戦開始3分前です』と場内アナウンスが鳴る。

 他の選手より一歩先に戻ったつもりの文堂星夏の目に入ったのは、前半終了時の席にそのまま座っていた片岡優希だった。席決めの牌を取る為に近づくと東が抜かれて、優希は目をつぶったまま微動もしない。

 

「片岡さん、ずっと寝てたんですか?」

「あ?ああ、そだったじぇ……もう試合始まる時間?頭使いすぎかな……でもタコスを食べれば元通りだじぇ!」

 

 そういった優希はサイドテーブルに置いてた袋からタコスを取り出す。同然タコスでいっぱいだ。

 

「一つ食うか?」

「いえいえ、心だけ受け取りますよ」

 

 同い年なのに敬語の星夏に、同然のようにだめ口の優希の間にはタコスを食う音だけが流れる。お互い雑談をしてる余裕が無いのだ。

 3年生の二人が戻り、試合が再開する。

 

『エース同士の激しい先鋒戦、前半戦は役満が二回も出る驚きの展開でした。果たして後半戦を制して1位で次鋒にバトンを渡す高校は何処に成るか?後半戦、開始です!』

 

 

[東1局] 親、井上純

 

(開幕早々親で配牌から対子が4つ、攻めのチャンスか)

 

 純は手を七対子で進める。鳴きが出来る対々和の方が場の流れに手を出す事が出来るけど、ここは点数が欲しくなる親番を活かせたい。

 

 後半戦の東1局の始まり、部長の染谷まこは異変の匂いを逃さなかった。

 

「おい久、優希が公式戦の試合で起家を取れないなんて……初めてじゃねえのか?」

「そうだね、南場での地和もそうだし数絵ちゃんが取り付いたのかな?」

「私にあんな馬鹿げたのは出来ません」

 

 南浦数絵は久のふざけに乗ってくれる考えは無さそうだった。

 

「ええ、地和くらい出来ないと勝てないよ?」

「馬鹿な冗談はいいから中継に集中して下さい」

「はーい」

「何言ってるんじゃ……」

 

 常識的に無理な話をマジな顔でする久は到底全然真面目に見えない。

 まこは監督に答えを求めるのは諦め、ひとりで考え込む。多分、久もまだ知らないのだ。

 

(先の地和から優希の麻雀に変化が有るのか……今のはそれしか考えられん)

 

 画面の中の優希は黙々と手を寄せていく。

 

 純の手、33⑦⑦南南二二五五67白 ツモ白

 七対子は一向聴からが辛いけど早めに聴牌出来た。待ちが自由な単騎待ちだから6,7索よりはましな待ちに変える可能性は有る。

 

(智紀からは鶴駕の点数に注意しろとの事だし、今はこっちが最下位なんだ。オレらしかぬ攻めも有りなんだな)

「リーチ」

 

 純の迷わす掛けたリーチに佳織と優希からはノータイムで悩まず順番に熟牌の字牌が出される。

 

(井上さんが動いた、これ福路キャプテンみたいに出来るか?)

 

 文堂の手も一向聴、だけど親のリーチが有ると簡単に決められないのが同然。他の3人の捨て牌と手をもう一回確認した。自分の目に映る予想を信じきれるか、それが麻雀におけて一番の難問だ。

 

(私の読みでは索子待ち、なら私は余る三四萬を落として回す)

 

 確信とは言えないけれど、自分の読みを信じ切って出した四萬は安全だった。

 親リー相手に‎中張牌を切るのはむしろ聴牌気配をだす、純の一発も無くなりそれに応じて優希や佳織も引きの気味になった。

 

(それでも今の流れは和了れる流れなんだよ!)

「ツモ、リーチ七対子3200ALL!」

 

 妨害が入らないと流れを読める純にとっては一歩前の未来を覗いて打つのと同じだ。完全に独壇場にする。

 

 

[東1局1本場]

 

「ポン!」

 

「ロン、3200」

 

 8筒を鳴いて9筒を捨ててタンヤオの匂いを出しといて直後にタブ東後付けで出和了り、今の放銃は鶴駕と妹尾佳織にとって痛かった。

 

「はい」

 

『井上純、後半戦入って勢いが止まりません!それに今の放銃で1位が鶴駕から清澄に入れ替わります!』

 

 僅か200点の不安なリードだったけど、1位を取られてしまったのは痛い。

 佳織は顔に感情を出さないけど、声は落ち着きを気取っても不安が混じっていた。自分の闘牌に不甲斐なさを感じた。

 

(まだまだ押し引きの判断が甘いのかな……)

 

『また前半戦と同じく東1局での連荘が続きます』

『してるヤツが違うし、やり方も違うが一応そうだな』

『龍門渕の井上選手は門前に拘らなく速度も使って連荘をしてますし、前半の片岡選手はどっちかって言うと門前での高火力の麻雀が特技の様でしたね』

『今は沈黙中だがな』

 

「ロン、1000点です」

 

 東1局2本場では文堂の發のみが純の連荘を防いだ。

 

(流れが来ないのにノミ手で流してくれると助かるがな)

 

 東2局でも純の勢いは止まる気が無かった。

 

「ロン!5200」

「はい」

 

 親番が来たというのに全然対応出来ず佳織の連続失点。

 

『龍門渕の井上純、快進撃!また鶴駕に直撃を取り鶴駕と龍門渕の順位が入れ替わります!』

 

(相手も手を読んでも撚るのが出来ない牌だと意味が無い!)

 

 鶴駕が3位に落ちた場面だけど、今一番辛いのはひとりだけ離されてる風越だった。自分になんだかんだ言われようが構わない、けど散って行く名門だと言われるて、先輩達の顔向け出来なくなるのが何より辛い。

 吉留未春はそんな顔をしている後輩に目を背けない。

 

「文堂さん……まだチャンスが訪れてない、耐えて」

「私達は黙って待つだけだし。団体戦での勝利は5人揃って作る物だ、文堂はよく打っている」

(東場なのに牌が応えてくれない、これが普通の麻雀なのか)

 

 

[東3局] 親、片岡優希

 

 局数で数えば5回目、やっと優希がサイコロを回す。

 

(親番が回って来た、ここが勝負どころだろうけど。だから今こそ冷静になれ……私)

 

 二三三②③④⑧⑨258東東 ツモ九

 優希の配牌はドラの二萬が含まれた普通より良いとも言える三向聴、若干数牌の下に偏りが有るのを活かして進めるのが見える。

 だけどすぐは動かない。優希は10秒ほど牌とにらめっこをした。切り出しの牌を選ぶのに時間を掛けてから第1打を決める。

 5索を川に出した。

 

(計算は目は回るまでしてきた……)

 

 8順目、文堂は生牌の東を握ったけど、リーチも無いしまだ聴牌とは思えないから、ポンされる覚悟でそのまま川に出した。

 だが、対子を持った優希は動きが無い。そのまま見逃す。

 

(これを鳴かない!?)

 

 予想と違う優希の動きに胸に動揺の波が起こる。

 

「ツモ、ツモ三色ドラ1、3900ALL」

 

 優希の手 二三四②③④⑥⑦⑧23東東 ツモ4

 

 今の和了りに一番驚いたのは井上純だった。

 

(なんだアイツ、流れから聴牌気配を消した?全く流れが感じられなかったぞ?)

 

 攻めの匂いを完全に遮断しての動き、似合わぬマネに対応が遅れてしまう。

 それを見ていたまこもようやく解かって来た気になった。

 

「あの手でリーチなしのダマテンとか……」

「優希なりの答えがアレかな」

 

(流れから外れて打ち始めた……このチビのそんな事が出来るだと?)

 

 届きそうだったのに届かない点差、純は特有の胡坐で考えを深める。

 

 

[東3局1本場]

 

「リーチ」

(試してもらう)

 

 8順目で純の先制リーチ、決して良いとは言えないドラの西単騎待ちだ。普通なら攻めを残したい所だけどあえて仕掛ける。

 切れない生牌のドラを抱えたままだと聴牌を取ることすら難しくなる、それが浮いてる字牌なら尚更だ。他家は和了れない。

 それでも今は親番で連荘、流れに乗って仕掛けてくると思った。純の中の優希はそういう打ち手だった。

 なのに一抹の悩みも無く現物を出しベタオリ、他の二人も攻めは諦めた。すぐ流局まで至る。

 

「テンパイ」「ノーテン」「ノーテンです」「ノーテン」

 

『龍門渕のリーチをかわしてベタオリ、清澄の親番が流れます』

 

 

[東4局] 親、文堂星夏

 

 先の局、正確には今の半荘が始まってから優希に対しての流れが全く掴めなかった。

 今も同じ、和了る流れが感じられないけど、それは優希に対して『流れ』自体が姿を消してる。ツモ番が飛ばされても手の進みに迷いが無い。

 

(アイツ前半では荒ぶる渦巻みたいに激しかったのに、一体何なんだ?何に化けた?)

 

 純がこの卓の流れから姿を消した優希を見抜いたのは、今の半荘で2回目の和了りを目で確認してからだった。

 リーチも掛けない、聴牌気配も出さず、8順でツモ牌を降ろす。

 

「ツモ、七対子ツモドラ1、1800・3400だじぇ」

 

 一一二二七⑦⑦44赤55北北 ツモ七萬

 出和了り狙いの七対子がツモで6400になる。

 それが、ある雀士を昨年の記憶から引きずり出した。

 昨年インターハイ長野県の個人戦最終試合で直接あたった相手、流れを変えてもお構い無しの打ち筋に翻弄されたのだ。

 

(やっと見えてきた、コイツ……今の打ち、原村和か!)

 

 

長野 団体戦 先鋒 後半戦 南入

1位 清澄  127000

2位 龍門渕 100900

3位 鶴駕   93400

4位 風越   78700

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