優希-Yūki-、再び全国へ   作:瑞華

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第26話、高みから待つ者

 東京都立川市、泉体育館

 そこでは昨年と同じく全国高校生麻雀選手権大会行きの、たった一枚だけの切符を手に入れる為の戦いを少女たちの手によって繰り広げられる。

 昨日まで広い西東京の数多くの競争者たちを倒し激戦をくぐり抜けた4校が、また一段と激しい戦いに向かっていた。麻雀に青春と若さを掛ける少女たちの指先から136個の牌が新しい絵を描いてゆく。

 

『ディフェンディングチャンピオンの白糸台に満貫を直撃した!!』

 

 女子アナウンサーの綺麗な声がわかりやすく耳を通ると、場内には大きい歓声が走り渡る。

 

「きゃあ!!」

「多治比先輩!」

 

 原村和は、本人に聞こえる筈も無いのに大きく憧れの名前を口にする自分と同じ制服を着てる子たちに目を離せなかった。どうしてあんなにも好きをぶつける事が出来るのか、羨ましくなる。

 

 和は実に久しぶりに、麻雀を間近で体験する事になった。体育館の施設を活用して充実した多角度の中継映像を映す大画面と一打一打の動きに大きな応援と興奮の歓声が混じり合う会場で、人群れと一緒に眺めるのはまた別の感覚だ。観客としては、今打っている選手たちの現場から一番近づける所で見るのも新鮮な気分だった。

 長野の会場で友達と先輩の試合を見てから1年ぶりになる。その時は対局室で麻雀を打ち、その姿を全国の人に見られる方だったから、他の対局は控室や宿泊施設のテレビかで見た記憶がほとんどである。

 牌を触らなくなってから半年だけど、長い時間麻雀に一生懸命だった時にも実際の牌を触らないネット麻雀を打ち続けていたからあんまり変わってない気もする。

 

 杉並区所在の松庵女学院も西東京地区では名の高い名門、偏差値もなかなかの所で華やかな女子校の故に外部からのファンも有ると言えば有るらしい。けど昨年までの3年間、西東京だけでなく全国を制した白糸台に押され今は挑戦者扱いに落ちた。取材も減ってるし、松庵の方を応援するのはほぼ松庵の現役生徒かOGたちだ。

 昨年末には、西東京みたいな激戦区ではないけど団体・個人ともに全国進出の実績を持つ原村和の転校が知らされで、麻雀部の内からは戦力として期待を持ったとの騒ぎが有ったと、クラスメイトにやや耳にしているから、麻雀部関係の人とはちょっと距離をとってしまう。

 だから応援団とも距離をとって少し離れた後ろ隅の席に座り込み、スクリーンと共に松庵女学院の学生達も見ていた。自分は今制服を着てないからそっちからは同じ学校の生徒だと見分ける筈がないと考えてるが、フリルで晴れ晴れな私服がやけに注目を集めるのを和本人は全く知っていない。

 

 先鋒戦もそろそろ終わる前半戦の南3局、熱を増してる試合に観客でいっぱいとなってる会場。そこに一人、帽子を冠った女性が和の隣に近づいて来た。その人は隣の席を指差しながら和に声を掛ける。

 

「隣、良いかな?」

「はい、どうぞ。空いてますよ」

 

 もう空いてる席はほとんど無いから、和は別に考えも無くそう言った。

 試合が始まってもう先鋒戦が終わる頃に来るのは珍しいとは考えながらも、両膝を横にして入る空きを作って上げた。すぐ隣の椅子に座り、ビニール袋を足元に降ろした女は中継画面ではなく和の方に目線を移す。

 

「直接顔を合わせるのは久しぶりだね、原村さん」

「え……どちら様でしょうか?」

 

 親しさや他の感情などは感じられない声でイキナリ予想の出来ない挨拶が飛びかけ、和は困るしか無かった。

 その女性は小首をかしげる和に、太い眼鏡を鼻の下まで外して自分の素顔を確認させた。

 眼鏡と帽子の影に隠されていたその顔を見て分からない訳がない。この会場に居る誰に聞こうとも10人なら10人が知ってると確信する。

 

「照お姉さん?」

 

 周囲を気にしてささやくくらいに小さくその名前を口にした和に無言の返事を返した宮永照は目線も前に戻して変装に念を入れた。

 プロ入り後のキリッとしたスーツでも、白糸台の制服でも無い、線が細い私服だと和の目には宮永咲の姿が浮かび上がる。やっぱり姉妹だなーと考えてしまった。宮永咲に眼鏡を掛かせると双子に見えるかも知らないくらいに似てる。

 地味なメガネっ子に戻った照を配慮して和は目を合わさないまま小さく話を掛けた。大騒ぎになるよりはました。

 

「昨日はありがとうございました」

「松庵の応援に来たの?」

「……はい、一応は」

 

 何故宮永照がここに来て、自分に声を掛けているのか、全く理解出来ない状況に和は照の質問に答えるだけだった。

 

「麻雀はやめたんじゃなかったけ?わざと応援にまで来るとは思わなかった」

 

 言葉選びが無い照は一気に、事実だけど和の胸を刺される言葉を送る。それに対して和は軽く頷く。

 

「そうですね……でも多治比先輩とは去年のインターハイでの知り合いですから、それに麻雀部の1年生の中に中学の後輩も有ります、今は補欠だから出場はしないんですが」

「中学の後輩?中学なら長野か奈良じゃ無かったけ」

 

 和は照が長野はともかく奈良にいた事まで知ってるのに驚きながらも顔に出さない。

 

「はい、長野の高遠原中学って学校でした。その時の後輩で室橋裕子といいます。一緒にインターミドルの県予選にも出たので」

「そう、だから松庵の応援団とは関係なくだね」

「ふたりとは個人的な関係で応援しに来たんだし、松庵女学院麻雀部の他の部員とは面識がないので」

「なら来なくても良かったのでは?親友なら来なくても気持ちだけで喜ぶ」

「……でも大星さんも絶対に来いって言いましたから」

 

 和は肝心な理由は隠した。今並べた理由は全くの嘘じゃないけど、淡の強請りを拒否するのは出来なかった。咲が帰国した事、それから照の家で一緒にいる事、それと照の住所の情報提供に条件を付けて教えてくれたからには、これくらいは言いなりにするしか無い。多分淡も教えて上げる理由を作っておきたいだけだろうけど。

 それくらい、妹と妹みたいな後輩を持ってる照も知ってる。

 

「淡に良い友達が出来て安心した」

「そんな事無いです、私は別に……」

 

 照はそう言ってくれたけど、今の原村和は大星淡と友達として上手く行ってるのか正直まだ分からなかった。

 もう何度も下手で不器用な別れと疎遠になる経験をしてるし、その原因が自分だけに有るとまで時々思ってしまう。人との関係が深まるほど、怖くなる。

 でも照にそれを知られたくない。なのに、この人の前に立つと何もかも見抜かれるみたいでぞっとする。

 和は気を変える為に自分から照に話題を変える。

 

「照お姉さんこそ、母校の後輩たちへの応援ですか?新人で活躍中の注目プロ選手だからインターハイ解説のオファーとかはないのでしょうか?」

「私に解説は出来ない」

 

 感情を隠す為に冗談混じりで言ったのだけど、インタビューやマスコミへの対応の上手さを考慮すると出来ないとは思えないし、多分放送局ではインターハイ解説として目玉ではないかと想像してしまった。

 気にしてる人以外の他人には関心がほとんど無い和さえもそう思うくらいだ。だけど口の外には出さない。本人が出来ないと言えば出来ないのだ、今はそう考えたい。

 

「昨日と今日はインハイ予選でプロリーグは試合も無いし、原村さんも知ってるだろうけど暇なのに来ないと淡がうるさいから」

 

 なら照もここでは全てを淡のせいにしておく。

 

 

 先鋒後半戦の南4局、先鋒戦は白糸台のリードで終わにかけるとギャラリーの話声が会場を覆う。勿論まだまだ大将戦までの道のりは長い。場を覆し先頭に立つのも、追い抜かれ落ちるのも、両方十分に可能でこれから何が起こるかは誰も知らない。

 3年間白糸台高校の名前を高みへ持ち上げた主役の宮永照が無くとも白糸台はまだ王座から下りる気は無いらしい。

 松庵の3年にして今年はエースポジションの先鋒を任された多治比真佑子としては高校最後の団体戦となるかも知れない試合で仲間たちに1位でバトンを渡せなかった事を悔しがってるだろうなどを考えながら試合を目ていた和は、どんな言葉を先輩に渡せば良いのか悩んでいた。

 

「そろそろ終わりみたいですね、これでは先輩の前で言葉を選ぶのが大変になりそうです」

「多治比さんの事?強い人に言葉を選ばなくても良いと思う。昨年も強かったけど今年もそうだし」

 

 困った表情で作り笑い笑をする和に照が言ってるのは気配りが無いとしか考えられない。

 

「それはある意味、嫌味に聞こえますよ」

 

 照の言葉に和は苦い笑いを受けべた。

 

「詳しくは知りませんけど、去年の照お姉さんは地区予選でも白糸台の先鋒として活躍したに違い無いでしょう」

 

 去年、個人戦上位トーナメントに進出する為のリーグ戦で原村和は宮永照と対戦した。だから宮永照がどんな実力を持ってるか解る。トーナメントでなくリーグ戦で会って良かったとしか思えない記録を目の当たりにして、和は体が強張り文字通り何も出来なかった。全国優勝への夢、どうしても欲しかった1万人の頂きに立つ事がどれほど険しい道なのかを体験してる。

 なのに、この宮永照の口から負けた人が強いとの言葉を聞くと耳障りになる。

 

「負けた人に余計な慰めは要りません、人の実力や強さは相対的なものです」

「麻雀の強さは順位で決まらない。私は他人の観点は知らないし、私は昨年にも今年も彼女が強いと思う」

 

 照は真っ直ぐ言い返した。照の言い分は正しいゆえ尊くて、反論の余地もない。

 和が返事や反論を言ってこない理由も解る。

 

「原村さんも強い打ち手だった」

「……ありがとうございます」

 

 褒め言葉に対して本音の欠片も無い感謝をする和に、照は今日会って初めて和と目線を合わした。

 

「本当だ、私が何を狙っても構わずに真っ直ぐ最善を選ぶから、とても手強かった。今日は原村さんにこれを言いに来たよ」

「……はい?」

 

 和は話の筋を掴めなかった。この人は今何を言うのだろうとしか頭に浮かばない。

 だけど照はお構いなく自分が言いに来た事だけを伝える。

 

「用事も済ませたしもう帰るから、試合が終わると淡にごめんって伝えて」

 

 急に照は持ってきた中身の多いビニール袋からチョコレートを取り出し、和に差し出した。そしてお菓子でいっぱいの袋を和の隣に置いて立ち上がる。

 

「これ全部あげたら淡も少しは許してくれると思う」

「照さんは私にその一言だけを言いにここまで来たのですか?」

「そう、可笑しいかな」

 

 誰から可笑しいと言われようが、宮永照は自分の道を歩くような人だ。

 

 

「照お姉さんは……今から咲さんの所へ行くんですか?」

「それは自分がそうしたいからの質問なの?」

「い、いいえ……その……」

 

 慌てて目線を落とすと、照は和の前では初めて笑った。

 

「咲なら大丈夫、あの子は私なんかよりずっと強い」

 

 宮永照はそれだけにして、休憩時間で一度会場を出る女子高生たちに紛れ下手な変装のまま会場を出た。

 照が言う強いとは何だろう、原村和にはまだ分からない。

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