「皆!どうだ私の活躍は!」
力が入りすぎてガーンと音を響きながら控室の扉を開けたのは同然、清澄高校先鋒の片岡優希であった。
見事に勝利を飾り、帰って来た勇者を気取る顔にはウキウキな気持ちが丸出しで、先輩からの歓迎と後輩と友達からのお持ち上げの声を期待してるのが見え見えだった。
高鳴る声に一番最初に反応してくれたのは部長のまこだった。
「よーやったのう」
騒ぐのを想して出入り口近くに立っていたまこは優希が戻って来るのを待ってたので、そのおこがましい頭を撫でてあげた。
麻雀部の中で言うなら染谷部長ごと染谷まこが親のような者だ。褒めてあげるべき時に子供に褒め言葉をしてあげるのも、良い子を育てる為に親がすべき仕事なのだ。
「これほどドラマチックな大逆転も、滅多に見かけないもんじゃ」
「ひとり浮きなって凄いじゃないか優希」
「フフフ、同然だじぇ。我を誰だと思うのだ」
「そ…そうだな……」
何時もより何倍は鼻が高くなってるので、京太郎は浮かび過ぎだとツッコミたかったけど今水を差すのは我慢した。
一応年下の後輩がひとり見てるのにもお構いなく先輩の威厳など捨てて、まこの手捌きに大満足したまま京太郎からの言葉にVサインを返すからには、黙って放っとくのが一番だ。これも勝者に許された傲慢だと考えればいいもんだ。
何時もなら突っ込まずは居られない数絵も放っておくし、紫芝菜月も笑顔で拍手を送ってあげるだけだ。
「前半は少し心配しながら見てたけど本当にすごかったよ、片岡さん」
「へへっ、同然だ!副会長もよく解ったかな?」
「うんうん!」
なんだか気が合うふたりだけど、横から見れば子供に付き合ってあげる茶番にしか思えない。
そこにブレーキ代わりに話掛けたのは竹井久だった。
「おかえり、エースに相応しい闘牌だったわ、とても良かったよ」
「部長!来てたのか!」
優希は久しぶりに見かける、もうひとりの仲間である久がソファーに寛いで手を振るのを見かけ、自分もそのソファーに飛び出した。
「自称でも監督からには試合に来ない訳には行かないでしょう?」
そう良き監督っぽいセリフを口にする割には、決勝に対する指示も電話だけだったし昨日まで直接観戦しに来るとは一言も無かったので説得力が不在のままだった。
でも今の優希にそれは関係ない。勝った今でなくとも、そんな事を気にする性格ではない。
笑い満開の顔で久にクッツキ自慢話を並べ始めた。
「見たか?この私の華麗なる姿を!今度は確実にプラスで帰って来たじぇ!遠慮せずどんどん褒めてもいいじょ?」
「言われてみれば昨年インハイの2回戦からマイナスだったもんね、まぁ……結果には良かったけど。それを気にしてたの?」
「気にして当たり前だじょ、でもこれからは違うからもう後ろは振り向かないじぇ!」
何時もより強がる後輩を見て、久は短く笑ってしまった。
麻雀は勝っても不安な記憶が残るゲームだ。4分の1勝てば良いゲーム、残りの勝てなかった4分の3に対する再検討をやらなければならない。そうしないと次は負ける。
でも勝ったからにはもっと強がってしまうのはしょうがない事だ。今くらい自分を信じる仲間達に次も大丈夫だと言いたいから。
それに力になってあげたいから、久は卒業してからもここに座ってるんだけど。
「ありがとうね、妹尾さんの事をもっと研究しなきゃ駄目だったのに勝って戻ってくれて」
「うん?部長からありがとうは変だじょ?部長に助けられたのはこっちだし。な?」
首を傾げた優希はひとろづつ目を合わせてまこと数絵に同意を求める。
それに合わせて数絵おコクコクと同意する。
「はい、そうですよ」
「そうだな、本人が大丈夫と言っとるんじゃ」
無頓着なフリをしていた数絵もそれに応じ、後ろに立ってたまこも同じくだ。
「本来なら部長のワシがすべき仕事、までは言わん。久も何回くらい失敗していいもんさ」
自分の席を優希に取られソファーの後ろに上半身を寄せかけていたまこは久と当たるほどに顔を近づいては軽く笑う。
ならばこれ以上久が言うことなんか無くなってしまう。
「全く生意気な後輩たちだもの」
ほぐれてしまった久は顔色をひっくり返して厚かましくしてみる事にした。
「ならネット麻雀とかは役に立ったみたいだし、私のおかげって事にして置くわ」
その発言はそれで自分が生意気になってるけど、気を取り直した久は次に考えを走れせる。
「でも凱旋式はまだだよ。団体戦はひとりでするものじゃないから」
その言葉通り、この決勝は途中で飛び終了が起らない限りは終わりまでまだ8回の半荘が残ってる。
地区の中に圧倒的な全国クラスの選手だけが揃ったチームが居て、試合の場を支配し局を早く流さない限りは日が暮れる夜までは終わらない。
高みの目標に向かって先ずは優希からバトンを受け取る上原美篶にこれから頑張ってもらう。
「そうですね……この勢いを私が繋がないと……」
久たちの横の席に座ってた美篶は制服スカートの裾を握っていた。声が小さいのは何時もの事だったけど、今はもっと小さくなってる。
久は慌ててブレーキを掛けた。
「いやいや、そういう意味で言ったんじゃないよ?」
地区大会の決勝は充分大きい舞台だ。2回戦と違って初出場の子の思考が悪い方向へ転がったら何もならない。固まっては終わり、それでは杭しか残らない試合に成る。
それではだめだ。その経験者だからこそ久は今の美篶の気持ちも解ってるつもりだ。
「優希が稼いでくれた今の点棒は言わば元手、これを活用すればいいんだよ」
こういう時は安心させようとも逆に転がる事が多いと知ってるので言葉を選ぶのが大事だけど、久本人が繊細な性格の持ち主ではないし、内気でフラジャイルな後輩を育てた経験も無いから困ってしまう。『ぶつけて砕けよ』は逆効果に出るかも知らないけど、思い浮かぶのはそれしか無かった。
「上原さん緊張しないで、私まで緊張しちゃうよ!」
「あんたまでそうだったら逆に今から出場する美篶まで緊張が移るでしょ?」
「す…すみません」
「すみませんもいいよ、謝らなくていいから……」
菜月まで緊張し始めて、久は久々に後輩のメンタルケアーに忙しくなった。こういう時、適当にこき使っても壊れない内木副会長が欲しくなる。夏休み以降は受験で忙しかったので内木が会長として働く姿はあんまり覚えてないけど、精神的プレッシャーに耐性が全く不在の今の菜月の様子を見る限りでは、追い詰められた経験など無いらしい。後輩の子たちは自分とは違うようだと思ってしまう。
その久の気持ちが読めたのか読めなかったのか、美篶は顔色を変えて平然と笑った。
「私なら大丈夫です、先輩方。ならそろそろ行かないとですね」
左手で口を塞ぎ軽く咳をした美篶は長い息を吐き出してからゆっくりと立ち上がった。
「行け、すずちゃん!我が稼いだ点数、遠慮せず使いまくって来い!」
「は……はい、行ってきます」
優希の言葉はありがたいけど、点棒を使いまくるのは駄目だと思った美篶は苦笑いをす。
「あんたの後ろにはワジがおるけん、安心しな」
「難しく考えなくていいから、思い通りにね」
「自信を持ちなさい、上原さん」
先輩達からのお見送り言葉は別々だけど、それが女子高生の部活って物なのかと美篶は思った。
勝てるかなど誰も分からないし出師の表なども要らない。だから勝ちに行くのでもない。控室を後ろにして、重い足を冷たい廊下へ踏み出した。
『滅多に見かけない場面が続いた波乱の先鋒戦に続き、次鋒の選手達がバトンを受け次々と対局室へ向かってます』
『先輩が作ってくれた大きなリードを持ってる清澄高校からは1年の
『下から襲ってくる強豪校達と1位に挟まってる難局から脱出出来るのか、鶴駕学院1年、
『まだ力を秘めている堅実な打ち手として巻き返しに出る!風越女子3年、
『そして2年前に全国進出を果たした優勝経験者だけの龍門渕高校からは3年、
『選手たちが揃い、決勝次鋒戦は間もなく開始です!』
試合開始前の中継画面に対局室へ向かう美篶が映る。画面越しにも固い後輩の後輩を眺めてた久は時計を確認した。後5分で次鋒戦が開始する。
今度こそ竹井久は本当の意味で初めて、一度は麻雀から離れた娘を育てられたのか指導者としての素質を問われる事になのかも知らない。
でも本人に緊張しないでって言ったのに自分が緊張しては威厳が立たない。
「それじゃ、須賀君はお昼の買い物頼むわよ。私はパスターが良いなー」
花より団子でもあんまりな先輩を見て、京太郎は力が抜けてしまった。でも仕方ない。
「はいはい、分かりましたよ。優希以外はリクエストあったら言って下さい」
「何で私だけ抜きなんだ!?京太郎!」
「お前は聞かなくてもタコスだろ」
テーブルを叩きながら起き上がったけど、その答えを聞いたどたん優希の顔から血の色が無くなり青白くなる。
「お前、私の心を読んだのか!?」
「違いますよ、自称呪われしタコス一族さん」
「ふん、ならお昼はそれでいいとして……部長!」
「なあに?」
反対側に顔向けを変えた優希は、久の胸元を指差して歳ハズレの制服と緑色のスカーフをこつこつと突く。
「これは何の仮装なんだ?」
「優希にまで言われるとは……」
今回を更新した11月13日は竹井久の誕生日です。心の中でお祝いしました。
コメントや評価がどんどん付けられてますね……ありがたいだけです(泣)
オリキャラの名前には定期的にルビを付けてますけど、アナウンサーの紹介にルビ付けてたら純代と智紀の方が空に見えてそっちも書き込んでみました。
最近感じるんですけど、私って咲-Saki-のキャラ全部好きだなっと驚いてます。同時にキャラ同士の呼び方知らなくて驚きです。まともに読んでなかった……。