席決め通り席に着いた4校の次鋒戦出場選手達はお互いを見図る。
勿論、外見だけでは何を掴めるのではない。麻雀の実力は打って見るまでは分からない物だ。
だが、それにも例外は有る。一種の特別な部類からは打つ前から解しかない何かが有るんだ、天江衣のように。人の土俵から外れた怪物からはそれに相応する何かを漂うのだ。
幸い、せめて沢村智紀はこの対局室にそのような者やそれに似た何かは居ないと読んだ。
「宜しくお願いします」
「よろしく」
「お願いします」
「はいー、お願いしますー」
試合の合図が出される少し前の余裕時間。
4人とも口からは初見の相手に対して挨拶をしあってるが、自分以外の3人の視線が揃って自分に集まってる事に気づいた上原美篶はゴクリと喉を鳴らざるをえなかった。
美篶にとっては6年ぶりに出た麻雀大会以来今が初めてだ。
なのに麻雀牌にまた触れて僅か1ヶ月くらい、四方からのカメラが自分を撮っていてそれが地域放送局とはいえ県内の放送に流れるという、殆どの人達には一生経験もしない場所に座ってる。
体に合わない椅子の高さを調整しながら表向きには余裕ぶっても簡単には馴れない。それくらい、この相手たちも知ってる筈だと美篶は思った。
(小学生の時は卓がもっと大きく見えたかな)
温いプラスチックの感触が感じられる卓の端っこを手で触りながら点数表示を見下ろした。
今トップに立ったのは清澄、1位だけが長野県の代表として全国に駒を進められるこの決勝に置いて2位は何の意味も持たない。集中砲火を浴びても可笑しくないし、まともに経験も無さそうな1年生の自分を攻略するのが定番だ。それくらい誰にでも予想出来る。
でも、試合で頭がいっぱいとなるべき場面でこれからの戦略よりも、美篶の目に見えてるのは対面のメガネの人だった。
(この人が沢村智紀さん……はじめちゃんの今の仲間で友達)
(上原……
沢村智紀も美篶と同じく、メガネの下で対面の1年生の様子を確認した。頭の上から卓に置いてる手まで逃さない。
(やっぱり気弱い性格にしか見えない)
智紀の目に写る美篶の見た目は、昨日の2回戦清澄の試合で見せてもらった本人の麻雀スタイルを連想させる。
無駄に力が入ってる指や固まってる口からの外見も、守備に切り替える判断が早いし点数的に余裕が有るからには冒険など一切無し打ち方も性格の現れに見えた。見た目通りって感じの闘牌。
(前に一から教えてくれた昔話からの印象とは少しズレが有ったけど、どうだろ?)
選手達が各自の考えに埋もれてると、対局室の証明が切られ試合開始の信号が下される。
卓の上と選手だけに紫色混じりの証明が照らされ、座東を引いた智紀がサイを回し、試合は開始した。
次鋒 前半戦
東
南
西
北
[東1局] 親、深堀純代
智紀は東1局の序盤から早くも聴牌した。手牌は二三四五九⑥⑦⑧11南南南、ツモ九萬。でもドラが無いし役も特に無い。かなり伸びるのが非効率的な形であるしこのままダマで待ってたら打点も低い安手。
だが、常時効率良い選択だけをしても聴牌出来るとは限らないから、これはある意味でなら運がついてると見てもいいだろ。
それに当面の攻撃対象は速度で逃げたいのか役牌發を鳴いて高そうでもない形で順子を鳴いてる。待ちが良くはないこの手に対して相手の守りが弱ってるのは好都合だった。
手牌の上にツモ牌を乗せた智紀の手に迷いなど無い。1秒も悩まず箱から1000点棒を取り出したからには、それ自体がリーチ宣言をしたのと同じだ。
その行動に、大事な親番の純代も、龍門渕に僅かなリードを持ってる日詰も、1位の美篶も、顔から緊張が表に出る。
「リーチ」
手出しの二萬を曲げて聴牌即リーでの勝負。捨て牌には4索子が在るし、九萬はともかく一索なら取れる可能性が高い。
1順目は平然と三萬を切って来る全ツ気味の鶴駕以外は降りの現物だったし、一発ツモ和了とは成らなかったけど、リーチに掛けた期待は裏切られる事無く、すぐ和了り牌が訪れた。
「ロン」
美篶の手から川に出された一索で簡単に直撃を取れた。
「3200」
「はい」
美篶にはせめての幸運、智紀には不運にも裏ドラは乗らなかった。それでもスタートとしての一撃にしてはいい。なにより予想通りだ。
合計6枚の点棒を箱に閉まって、智紀はまた点数表示を再度確認した。これで1位の清澄との点差は31900と縮まる。
(他のふたりからの役満出和了りでも逆転可能……はどうせ無理)
沢村智紀は非現実的な期待をする性格ではない。それは、ネットの世界でなら世界級の強者として君臨した智紀の強い所でもあった。
決まったコードで動くデジタルの世界での考え方で、32000点すなわち子の役満ほどの点差は絶大的に大きい。
だけど地味に詰めていく事なら現実的にも充分可能性有る。
(打ち方を守備的に変えた素人の考える事は研究した通り。么九牌に頼る相手ならむしろ簡単)
・
『智紀から呼び出しとは珍しいね、何かな?』
智紀の部屋の扉を開いた
そうするとメイド服を着こなしたまま自分のパソコンの前でキーボードを叩いてる智紀が有った。
平日の学校帰り以後から夕食の時間までは、屋敷のメイドで働いてる事になっているからにはメイド服を着てるのが同然の事だけど、自分の部屋に引きこもりサボってるメイドはかなりシュールな絵だった。
『いらっしゃい』
『一応だけど智紀も今は仕事の時間だよ?』
そんな一の声にも、智紀は4体のモニターから目を離さなかった。
龍門渕透華に雇われた屋敷のメイドなのは智紀も純も同じだけど、今日も智紀は適当にパソコンを叩いてるだけだ。
何時もメイドとしての仕事をこなしてるのは一しかない。でも雇い主からのクレームが無いからこれ以上は突っ込まない事にした。
『それで?私に用事って?』
『上原の情報が欲しい』
単刀直入過ぎる智紀の流れに、一は一瞬固まってしまう。
『あ……それね、そうだな……でも小学生なんて子供の頃だしよく覚えてないなー』
『言いたくない、思い出したくないのどっち?』
遠回りして尋ねる気などこれっぽっちも無いらしき智紀はパソコンから離れ一の所に目線を移した。
目が合う前に一は目を逸してしまう。
『いやいや、流石にそこまで黒歴史扱いしてないよ。単純に結構古い記憶だから引き出すと余計な事まで混ざってるからね』
そう言いつつも、ため息をつくからには、まだ吹っ切れてないにしか見えない。
『そうだ、私に聞くより牌譜見た方が良くない?』
『一が出た小学生大会の牌譜なら透華からもらってる。これ』
智紀はモニターアームを回して一にも分析結果を見せて上げた。そこには画面いっぱい何らかの文字が映ってるけど、一には分からない。
『……早いはね』
一としては、表とグラフが並んでる数字いっぱいなテータなんか見せても加工してくれないと読めないと言いたかったけど、ツッコミを入れると話が長くなる予感がして言わない事にした。
『でも、そもそもあの子が智紀の相手になると決まったのでもないでしょう?相手のオーダーなんか判んないし』
『いや、9割くらいで私の相手』
モニターを元の位置に戻した智紀は右手を出して、指折り数え始める。
『先ず大将、その子に衣の相手はありえない。先鋒、素人なら純に振り回されるに違いない。中堅、直接一と会わせれば心理的に問題が出る可能性が高いから駄目』
あっという間に残りは2本しかなくなった時点で智紀は薬指と小指も閉まった。
『残りは次鋒か副将だけど強いて言うならば、後半よりは前半に出したい筈』
『それは一理あるね』
智紀の読みは正しいかもだと一も思った。出来ればそうなって欲しいのもある。特に一自信が上原美篶との直接対決は避けたい所だった。
昔の仲間と張り合うのは何の問題も無い。人によってはむしろ喜ばしい事になる筈だけど、まだ一にそう簡単には整理が出来なかった。
智紀も一の複雑な感情くらいは解ってる。目の前で唇を噛んでまで悩んでるのを見なくても知ってることだ。
でも今は空気読めない子のフリをする。
『だから教えて。私達は今年でインターハイは最後だし、最後だから透華に使えない子とか言われたくない』
『ハハッ……それは透華が悪かったよね』
『悔しいながら、私は昨年透華の期待に至らなかったのも事実、だから今回は喜ばせたい』
『智紀……』
ある意味で智紀は、一度は海の底へ沈めた国広一の麻雀が龍門渕透華の手で引きずり出されたのと似ている。
龍門渕透華の手で部屋の隅から引きずり出された沢村智紀の麻雀もまた、透華が居なかったら存在もしなかった。
智紀の麻雀は、智紀の方から存在意義を持ってないのだ。その点が一と同じ。
それに最後と言う単語には魔力が有る。
一は智紀の隣に有る小さなスツールに座り込む。
『智紀も大変だね、透華みたいな変なヤツが友達で』
『お互い様』
・
[東2局] 親、沢村智紀
(親番、やっぱりこっちに注意するだろう)
一回目はよく流れたものの、毎回そう和了出来るとは言い切れないし、まだ点数的にも余裕は無い。
智紀は字牌整理で大分形に成ってきた手牌を再度確認した。
(明らかに今回も索子が足りない)
『上原さんが高い手を作ってると十中八九、索子の門清だった。特異な場面の方が印象に残るから記憶に偏りが有るかもだけど』
『それなら昔の牌譜を見て妥当だと思う。でも古い情報だからには検証が必要』
『でも決して強くは無かったのよね、その頃には深く考えなかったけど、何でかな?』
(そのような牌の偏りが有るなら、そこから出る無茶ぶりを通さないだけ)
『沢村選手、また聴牌即リーチを掛けました!』
『前よりより押しが強く成ってるな』
『さて他の選手達はどう対応するでしょうか!』
また手牌から出したリーチ宣言牌を曲げてる智紀の指先に3人の視線が集まる。
(連続で速い聴牌……)
(こっちが3万点以上差を持ってるのに全然実感が無いよ……)
(やっぱりこっちのメガネさんが1番厄介だなー)
3万点以上も差を持ってる清澄と怪物揃いの龍門渕の両方を相手にしてるこの状況に神経質となった稲葉日詰は、牌を卓に縁にぶつけては爪を立てて牌からガララララと音を出した。
牌を壁打ちにしたまま、不気味にも口元だけが笑う。
(先のは1位との点差は減ってるしそんなに悪いもんでもなかったのに、何で私はこんなに腹立つのかな?)