優希-Yūki-、再び全国へ   作:瑞華

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第33話、東横と先輩の役割

 元々、成績は悪くない方だった。と言っても知識を求めるとか崇高な欲は無かったし、自分の立場の為にテスト勉強に励むとかそういう事は無かった。

 何より、学業の成績で見比べる相手が無い。 口では仲良しの友達の関係性だけを気取りながらも、テストでの順位に基づき微妙に成立される上下関係とか、東横桃子とは無縁だったからだ。

 学生の本分は学業とよく聞くけど、そこには適当にしていたのだ。 あくまで出来る所まで、平均くらい追付けば良い、それで後々困る事が無いくらいで充分なくらいしかしなった。 それだけ出来れば教師達も、親からも、誰も文句を言わないから。

 なのに最近は以前に無かった程に勉強熱心に成っていた。 授業にもすごく集中してる。 

 何が変わったのか、自分は何も変わってない。 中身は変わってないけど、何も変わってない自分をありのまま求めてくれた先輩に追いつく為に変わってしまったのだ。

 その人のせいで、これからどう成りたいのかに対し、黙然としたヴィジョンしか持ってなかった中学の時までとは違くなった。

 

 今日も、早く家に帰って復習と明日の予習をしなければならない。 頭が非常に良いとかじゃないから東京の大学に行くとすれば、今までの量では足りないと去年の冬に実感したのだ。

 公立か私立かは構わないけど、出来れば先輩と肩を並べる所までは行きたい。 桃子から見て、憧れの先輩は遠く、届かない所まで行ってしまった。 とにかく先輩はすごいと、高校1年生にしては少し早めに入試の現実に目を覚ました。

 でも今日は、勉強より優先する大事な用事が有った。

 

 桃子は実に久しぶりに麻雀牌を手にした。

 家に帰らず部室で麻雀、それは鶴駕学院の麻雀部員としては同然な行為でもあるけど、最近になっては日常的にやる事でもなかった。 何より麻雀卓を囲む4人が集まるのが難しい。 卒業した先輩二人の抜け穴は、そううまく埋めるもんでもなかったし、アレコレ有って自動卓を備品として貰ってからも、各自ネット麻雀をする事が多かったので、直接手で打つのは少し久々の麻雀だった。

 これも新入部員が入ってくれたおかげだ。

 

「ふぅ……また私の勝ちっすね」

 

 でも桃子は手加減などしなかった。 その結果、今の半荘では桃子だけが点棒を独占していた。

 25000スタートで最終的に桃子は6万点を超えてる。 今ので3回目の半荘の中、2半荘連続で桃子の一人勝ちとなった。

 

「また負けましたね……」

 

 新学期早々新しく入ってくれた1年の高田檀は苦笑いをしていた。 運の要素が強い麻雀と言う競技でありえないとまでの状況でもないし、明確な基礎実力の差が有るとしても、3回連続で負けてたら少しは嫌になっても仕方ない。 負けを認めるとの事はそれくらい辛くて難しいもんだ。

 でも、高田檀は大丈夫。 3人とも、明日になったらまた打ちたいと言い出すに違いないと思ってる。

 問題はもう一人の後輩はだった。 混乱・戸惑い・困惑の感情丸出しの顔で、今雀卓の上で何が起こったのか全く理解出来ないまま睨めてる。

 

 桃子はそれを見てないフリをして、後輩の手前に点棒を返した。

 せっかく新入部員が入ったのに意地悪かったのかも知らないけど、自分は悪くない。桃子はそう思った。

 

「今日はこれくらいですかね」

「そうしよう。 皆、今日はご苦労さまでした」

 

 桃子の言葉に続いて佳織が場を纏める。 もうどの部活もお終いの頃だし、生徒は帰宅しなきゃいけない時刻も間もなくだ。 部長の睦月不在なので、そういう事は佳織の仕事になる。

 3人とも席から離れてるけど一人だけ、桃子からの連続に放銃して2回もラスを引いた稲葉日詰だけは、固まったまま動かなかった。 最後に放銃した自分の捨て牌を睨めてるだけ。

 

ー理解出来ない

ーこれは危険牌何かではなかったと読んでた

ーでも今川を見てたら完全に危険牌、リーチ宣言牌の裏スジ、普通なら切らない

ーなのに先までは見えなかった

ー認識自体が歪んでいる? 何で?

 

 日詰は頭の中から無数の思考を走らせた。 そしてその考えはある所に辿り着く。

 ゆっくりと口を開いた日詰は何もない所に声を向いた。

 

「東横先輩」

「なんすっか? 後輩ちゃん」

 

 稲葉と言う後輩はいきなりの親しい呼び方に意表をつかれたように見えたけど、まだめげない。

 

「先輩はこれで龍門渕透華を倒して、原村和に勝ったのですか?」

 

 また原村の名前を口にするのが、それが桃子は少し気に入らなかった。 対局を始まる前も原村や龍門渕の名前を口にして蒸発したからここまでコテンパンにしたのだった。

 そうでなかったら、わざと意味のない雑談でもしながら気配を消さず騒がしくして、普通の麻雀にしてやったのに。

 でも、これほど挫けてると、先輩として大人気な態度をとる。

 

「ちょっと違うっすね。 正直、私が勝ったとは思ってないっす。 精々出し抜いたくらいですかね。逃げ切ったと言ってもいいっすよ?」

 

 後輩の生意気で捻くれた性格に応じて、桃子はなるべく素直に答えた。

 去年、その副将戦で区間1位を取ったのは事実だけど、そこで勝ったと自慢できないのも同じく事実だった。 先輩からはお前が一番だと言われたけど、やっぱり自分の中の自己評価は違う。 その時点で結果的にチームに貢献したのは有るかもだけど、ステルスももは完全ではないと知った。 絶対だと信じて使い続けた武器が効かなったなら、その場を潜り抜けたとしても、それは勝ちではない。

 清澄の嶺上さんにも、カン材だけは見抜かれたし、まだ世界は広いと知ったのだ。

 

「私はチョッピリの変わり者でしかありませんよ」

 

 

 

 

「また折れてしまったんっすね」

 

 桃子は誰の耳にも入らない一人言をつぶやいた。

 初めて日詰と手合わせをした時が桃子の頭を過る。

 中継画面の中ではもう選手達の姿は見えない。 次鋒戦はこれで終わった。

 後半戦の半荘に入ってからも結局の所、日詰は立ち直れなかった。 手に持った13枚の牌がバラバラのまま全く勝ちに進んでない局が何回も続いて、失点の幅だけが広がって行った。

 幸いと言うべきか、トップを取った清澄も、龍門渕と風越からの挟み撃ちでそれ以上は点数を増やせず終局を迎えたので、失った分に比べればそんなに離れてない。

 津山睦月はリモコンでテレビの電源を切った。 まだ三科アナと藤田プロのやり取りが続いてるけど、当事者達には要らないもんだ。

 

「今回は次鋒戦が奇術で勝負する区間になると思ったんだけど……それは私の読み間違いだったね」

 

 睦月は長い溜息を吐く。

 

「ムッキー先輩は悪くないっす! 1年の情報なんか分からないものですよ?」

「そうだよ、睦月ちゃん。 午後から頑張ろう! 睦月も桃子ちゃんも残ってるし、何とかなる!」

 

 元気を失ってる睦月に一生懸命に励まそうとする二人の言葉に、睦月は二つ返事をするしかない。

 

「二人ともありがとう。 でも、やはり……」

 

 睦月は一応そう答えたけど、現実もそう簡単ではない。

 現状で鶴駕は大きいな失点でトップの清澄との点差は7万点以上、これをひっくり返すのは現実味が足りない。 それにあと半荘6回だ。 物事を客観的に観て、自分がこれを逆転するのは無理だと認める。 このまま行けば最終的には大将の桃子の荷が重くなるのを睦月もよく知っていた。 

 でも、桃子本人が諦めてない。

 

「最後は任せて下さいっす」

 

 睦月は小さく頷いた。 本来なら自分が桃子に元気付けるべきなのにと心が傷んだけど、これはこれでありがたい。

 少しくらい睦月が弱気になれるのは1年の後輩達がここに居ない今の内だけだった。 二人が戻って来たらまた、頼れる先輩で在るしかない。

 

「うむ、稲葉さん戻って来るとまた、二人にもそう言ってくれ」

 

「日詰ちゃん居る!?」

 

 突如そう叫びながら睦月の事葉を消して、ドアを開いて入ってきたのは高田檀だった。 扉の前に立ったまま、控室の中を目で隅々まで追ってる。

 高田檀誰が見てもはっきりと慌てていた。

 

「高田さん? 稲葉さんはまだ戻ってないけど。 迎えに行ったのではなかった?」

「それが……迎えに行くつもりだったんですけど」

 

 睦月の質問にやっと三人の先輩を見る。

 

「もう対局室には居なくて……もしかしたらすれ違ったのかと思って、戻って来たんですけど……」

「えっと、檀ちゃんが出てから誰も来てないよ?」

「それなら……」

 

 佳織とも目を合わせてから、檀の顔があっと言う間に青ざめた。

 

「居なくなったって事っすか?」

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