優希-Yūki-、再び全国へ   作:瑞華

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第35話、折り返しに立つ

 昼の休憩時間は短い。 次鋒戦の終了時刻にもよるけれど、ほぼ1時間とちょっとくらいなので、食事を済ましたらそれで終わるくらいだ。

 麻雀の団体戦は先鋒から大将までの5人の中、1回にひとりしか出場しない。 だからチームメイトの試合が行われる時間も自分の休憩時間として使えるので、ぶっちゃけこの大会に休憩時間自体が不要なのかも知らないと思ってる方もあった。 監督やコーチが有るなら尚更、自分で相手の全てを分析する必要が無いから、その時間で休憩を取れば使えば、体力も脳が使う糖分も温存出来る。

 論理的にはそうだったけど、仲間の試合を見ながら息抜きが出来る鋼に匹敵する精神の持ち主である女子高生は全国何処を探しても滅多に無いので、結局休憩は必要だと言う結論に至る繰り返しだった。

 とにかく、精神力を激しく消耗する麻雀と言う競技で、緊張感溢れる一日の中、唯一精神への圧迫を降ろして外の涼しく透き通る空気を吸える時間でもあるから意味は充分にある。

 なのに清澄高校が貰った広くない控室は、昨年に増して満員の状態だった。

 

「部長のせいで引き籠もり状態だじぇ……」

 

 優希の不満混じりの声は、昔の部長である久だけでも、現在部長の名を持つまこだけに向くのでもなかった。

 

「アハハ、ごめんね。 まこにバレなかったら何も無かったのに」

「ワシは悪くない」

 

 今日の清澄は、不法侵入者をひとり抱えている。 

 それは誰でもなく非公式監督である竹井久。 久は何気なく軽く笑うだけで、一方まこは足を組んで食後の紅茶を口にしていた。

 控室を含めて出場選手が利用する区画は出場選手を含め、運営や関係者以外は立入禁止と成っている。 久はここに入っては行けないのだ。

 学校の職員せめて在学生なら関係者として登録出来たけど、今年の久は何でもない。 こっちとしては竹井久を赤の他人とは言えないけど、運営側からは確実に赤の他人、それが原則な為にこう成ってしまった。

 出場選手の5人に、部員として入れてる京太郎と久まで、試合中なら一人は減るのに、お昼の時間だから今は全員が集まってる。

 それに優希までここに縛られてるのは、久が外に出ようとしたからだった。

 

「出入り厳禁は部長命令じゃ。 余計にケチ付けられても困るのはワシらだけじゃろ」

「出かけるとか言い出したのが間違いです。 観戦に来ている学生達にも竹井久の顔を覚えてる人はいくらでも有るでしょう。 他人に見られたら大騒ぎに成りかねない、私は染谷部長の意見に同意します。 試合が終わるまでここに居てもらいます、監督」

 

 数絵もまこに賛同してくれる。 両方から久をここに留めて置く体制を取ってるのでもう勝手に出歩くのは諦めるしか無さそうだった。

 けど、1回警備を突破した久にはそれが余計な心配にしか思えないようだった。

 

「私は大丈夫だと思うけど。 皆は良い子よね、この私よりあんな部長の言葉に従うなんて」

「いやいや、ワシの方が正論じゃろ。 大体ワシはあんた呼んでないし!」

 

 まこは久に言い放ったけど、全く聞く気が無い監督なんちゃらを相手にするのは諦めて、溜息を吐いてから優希の方に振り返った。

 

「あんたら、疲れてるんなら仮眠室に行ったらどうじゃ? まァ、残りの試合はワシらに任せろ」

「私は大丈夫です。 最後まで見ています」

「そんな事言って、マジに行くって言ったら拗ねるの知ってるじぇ、染谷部長!」

 

 優希と美篶は、それぞれ違う理由で断った。

 美篶の方はやや遠慮っぽいが、それで良いとしても、優希の理由はまこの耳に引っかかった。 ふたりの見た目の違いくらいに異なる言動に、まこは優希を哀れな目で見てしまう。

 

「ワシはあんたみたいなお子様では無いんじゃが……どうにも見てくれるんなら嬉しいがのう」

 

 表向きにはこう言ったものの、まこも内心では優希の言葉が正しいのかも知れないと、本の少し思ってしまった。

 先輩であれ、後輩であれ、友達であれ、自分が頑張る姿を見せられるのは恥ずかしいながらも嬉しい事だ。 まこは何時も人々を見届けて来た側だから、よく分かる。

 ならこういう時、見守った部長としてやるべき事を言葉にする。

 

「優希は火を吹いたし、美篶もプラス1万近くした。 十二分成果有ったな。 よーやった」

「ふっ、染谷部長も東風の神である我にすこしは付いてくる事を期待するじぇ!」

「いいえ……私なんて何も。 全部先輩たちのお言葉のままに打っただけです」

 

 まこの褒め言葉に、二人はまた別々の反応を見せてくれる。 他人からしては面白い光景だったけど、まこにはだた笑えるだけではなかった。

 

「優希の自慢は置いといて、あんたのオカルト混じりな打ち方は美篶あんたのもんじゃ」

「そうよ、沢村さんの打ち方を見れば美篶の事を十二分に研究し尽くしていたのが分かる。 昨日突然現れたド新人のデータを何処で手に入れて研究したと思う? 公式戦は6年前の小学生大会しか無いのに。 情報源なら国広さんしか無いでしょう」

「美篶が昔から元々持ってたあんたの力じゃ、胸を張れ!」

「ありがとうございます……」

 

 久の助け言葉もあり、美篶は頭をコクリとして、褒め言葉を受け入れたように見えた。

 これもイマイチな反応だけど、まこは、ままこれくらいだろうと思った。

 恥ずかしがりで内気な後輩の励ましは、そんな簡単な仕事ではない。 何時悪い方向に反転するか分からないし、自分への信頼の無さで褒めても素直に受け入れない。

 優希みたいに燥ぐ後輩の面倒も考える事だけど、こっちの子守も決して楽では無いのだ。 それでもやり続けろのが学校の先輩の仕事だ。

 もう一つ、ここで活躍するのも部長たる者の仕事。

 まこはゆっくりと起き上がる。

 

「後輩たちに負けてたまるか! そんじゃ、ワシも行ってくる」

「もう? 随分と早いはね」

「何処ぞの誰かさんみたいに、トイレにひきこもりはせんから安心しときんさい。 ワシにも準備は必要なもんじゃよ」

 

 

 

 

『試合開始10分前です。 間もなく試合が開始します。 各校の中堅戦出場選手達は対局室にお越しください』

 

 午後の試合開始を知らせる場内放送が、塩尻レザンホールの隅々まで遠く響いた。

 数多い観客達の目線を集めている、廊下を歩いてる選手達の姿を映し出す大画面が在るホールも、この決勝戦に出場する4校の控室の中までもが、今の案内を合図にして、お昼の腹拵えを済ませて少し緩んだ雰囲気はまた変わる。

 誰もの顔には冷たい緊張感が走り、それは遠くからこの放送を見ている者達にも同じだった。

 

『さァ、午後の休憩が終わり、全国高校生麻雀大会県予選決勝中堅戦、試合開始まで間もなくです。 この中堅戦を折り返し点にして残りは半荘6回、大将戦まで一気に続く中堅戦! 次々と対局室へ向っている出場選手達の姿が見えています』

 

 手に持ってる携帯からイヤホンから流れて来る、聞き慣れた声に耳だけをそむける

 

「もう中堅戦か……。染谷先輩の番だったけ?」

 

 窓の外を覗いて後ろに消えてゆく風景を瞳の中に残しながら、咲はそう短くそう呟いた。

 この1年と少しの時間の中、麻雀の試合を観るのは何時もの事だった。 向かってくる相手達を倒す為に見たインターハイの試合も、プロリーグに入ったお姉ちゃんの試合も沢山見た。 麻雀に触れなくなった何年間分を圧縮した分のように、飽きるくらいは見た気がする。

 だけど今は少し違う。

 なんとも語れない何かが体に染み付いていた。

 

 

 

 

 三科アナウンサーの盛り上げようとするやけに高い声を隣で聞いてるだけの藤田プロは、まだ解説の出番ではないので黙って席についていた。 対局室に配置された現場のカメラから入ってくる映像を移す、多数の小さい画面達を覗いている。

 その中一つから見慣れた顔が映し出された。 それは対局室に一番で入って来た染谷まこだった。 そのうち、放送場面が入場する姿を間近で捉えるカメラからの映像で切り替えられる。

 メイン画面に映し出された染谷まこは、制服の青いタイをリボン結びでなく下に長く降ろしていた。 この1年で少し伸びたクセ毛の髪も、どう処理したのか身嗜みが良いに見えるくらいは纏まってるし、ヘアゴムで短く結んだ髪が左右2つ肩に届くくらいの、おさげになっていた。

 

(ふっ、誰かさんのマネか)

 

「どうだ部長? 私の自信作、新染谷部長は? 部長が変装したからアレにしてやったじぇ!」

「なんでチョロチョロまこに付いて行ったのかなーと思えば……」

 

 久は自分の写し鏡になってるまこを見て、素直に笑えなかった。

 ヘアセッティングに時間を使った割にも少し早めに入場したと思ったけど、まさかこんな優希くらいしか思いつかないイタズラに、まこも乗ったのが意外と言うか、そんな気持ちだ。

 

「笑い事にならないんだけど?」

「口では笑ってるじぇ」

 

 清澄の控室で茶番をしている時、まこに続いてそんなに時間差も無く、他の3人が歩いてくる姿も続々と中継画面に入って来た。

 テレビからは、三科アナの声が流れる。

 

『依然2位とも大きな差を付けながらトップを守ってるのは前年度優勝の清澄高校、清澄からは部長で3年の(そめ)() まこ』

 

『長野の伝統的強豪の風越、だが昨年と一昨年優勝の2校を追っている状況をその名に相応しい逆転劇とするか? 風越女子2年、(おお)(さこ) (あき)()

 

『龍門渕高校で団体戦と個人戦問わず安定した成績を残してる選手と言えばこの選手です! 龍門渕高校3年、(くに)(ひろ) (はじめ)

 

『2年連続決勝進出のダークホース、今は危機に落ちているけどその底力はまだ履かれません。 鶴賀学院1年、(たか)() (まゆみ)

 

『全ての選手達が対局室に揃いました。 まもなく試合開始です!!』

 

 

 

 

長野 団体戦 中堅戦 開始

1位 清澄  142100

2位 龍門渕 106500

3位 風越   90100

4位 鶴賀   61300

 

 

[東1局] 親、染谷まこ

 

 手に取る牌から重さが感じられる。

 一日中ずっと手積みで何回もした経験も有るし、幼い頃からずっと持ってた麻雀牌が本当に重い訳は無い。 雀荘で育った子に限ってそれは無かった。

 この広い対局室の中、限りなく狭い所だけが照明で照らされてる決勝卓の空気が、まこの気持ちをその方向に押していた。

 ここに座る他の誰だって同じだろう。

 

(和くらいは例外かのう)

 

 こんな圧迫感を感じながらも、前の二人は久が持って来た難問を解く為に前提となる条件を見事にクリアしてくれた。

 

(1年しか経ってないっちゅうのに、久しぶりみたいじゃ。 任されて、任すのは。 全国決勝戦まで行ったのに、ワシは全く変っとらん)

 

 真剣勝負をする雀士達の間に挨拶や言葉など要らない。 そういう雰囲気が対局屋を支配していた。

 点差が確かになったこの局面だからこそ、漠然と自分の点数だけを稼ぐ為の麻雀は要らなくなった。 4校とも、現在の位置からトップに立つ為に必要な打ち方が明確となり、それに従った読みと働き始める。

 これは片岡優希みたいな繊細さと遥かに遠い雀士には出来ない。 逆にそれが上手なタイプを身近な人間で例えるなら、竹井久が様々な状況からの適切な対応が出来るし、試合中の点数調整だけに限れば、極限まで磨いたプラマイゼロを生み出す宮永咲の打ち方だと、まこは思った。

 でも今、咲はここに居ない。

 どうせ、一人の天才だけがどんな魔法を使ったって、そんな甘く全国には行けない。 皮肉にもそれは、現役高校生の頂点に君臨する三箇牧高校の荒川憩が、昨年の北大阪地区予選の団体戦で証明してくれた。

 多分また昨年のように非常と言えるくらい数の多い魔物達が新しく全国の舞台に現れようが無かろが、荒川憩はまた個人戦の決勝戦に突き進むだろう。 そんな恐ろしい人が居ても地区の団体戦決勝を突破出来るとは言い切れない。

 だからここで、まこ自身がやるしか無いのだ。

 

(この3人からマークされながら鶴賀を狙い撃つ……出来るかどうかじゃない。 やるだけじゃ!)

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