優希-Yūki-、再び全国へ   作:瑞華

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第40話、奈良の女子高生たち

 奈良市中央体育館、そこでは小さくても見どころの有る鴻ノ池が見下ろせる。 市内とは少し離れた住宅街と接してるので、浮動人口は無くても週末には地元の人達を見かける事が出来る物静かな所だ。

 そんな体育館は今、日本全国で52個も有る少女たちの戦場と化している。 今週末は、奈良県の麻雀少女たちの聖地なのだ。

 

「ふう……疲れるわ」

 

 私立阿知賀女子学院2年、昨年と同じく中堅を務める新子憧は、左手で右肩をコンコンと叩きながら卓を離れた。 口からは疲れるなどと言っているけど、4人の少女たちが囲んでいた卓の点数表示は、阿知賀女子が圧倒的な1位を守っている。

 1位 阿知賀女子 149200点。 中堅戦開始時点で15万点を少々上回ったけど少し後退したのだが、2位の追撃は許さなかった。 2位の晩成との点差は5万点、他の3校もろとも沈まっている。

 半分が過ぎた時点で、この点差だけど、満足できてないような憧の言葉遣いに、3人の熱い目線が背中に刺さる。

 けど、そんなの憧は気にしない。 彼女らに返す言葉は「悔しければ、かかってこい」だけだ。

 

 前半と後半のインターバルは、確認の為、即席で制作した前半戦の牌譜を渡す約束になっているので、憧は完全に閉鎖されている特設対局室を出て、2階の待機室への方に向かう。

 対局室を出ると、やっぱり前年県大会優勝の実績有って移動中に余計な注目を浴びられるので、足を急ごうとしてたのに運営側が守っている対局室の入り口を出ると小さめの子が手を降っていた。

 

「やぁー憧、お疲れさん」

 

 元気溌剌な阿知賀の大将、高鴨穏乃は相変わらずのジャージーの上衣だけだ。

 公式戦だけ制服で現れる、この女の子は自分の出番でもないのに早くから報道陣からカメラのシャッターを浴びていた。 ネットと紙面に一日で種類の服が乗る女なのだ。

 

「あら、しず。 前半の牌譜持って来てくれたの? ありがとうね」

 

 わざわざ出て来てくれる御親切さに、ありがたく思いながら、憧は穏乃に手を差し出した。 なのに何故か穏乃からはA4用紙もタブレットも返って来ない。

 

「はいーこれ、糖分足りてるかなーと思って」

 

 牌譜の代わりに穏乃は、後ろに隠して置いたドリンクキャリアを憧の前に見せた。

 両手に1個づつ、キャリアを2つも持って、そこにカップが合計6個も有る。 阿知賀の皆の分が全部有った。

 穏乃がそこから一個を抜いて憧の空いた手に長いカップを差し出すと、憧は多少驚いた顔になってしまう。

 

「スタバ? ええ、しず、こういうの好きだったの? 全然似合わないんですけど。 コーヒーも飲まないでしょう」

 

 穏乃にしてはとても以外な行動だったので、憧は怪しげな目線を送った。 穏乃の手から派手なフラペチーノを渡される自体が現実味が無いものだったので、変な感じなのだ。

 そんな事お構いなしの穏乃も、自分のをひとつ取り出した。

 

「いやァー、だから私の分はコーヒーじゃないよ。 名前はもう忘れたけど」

 

 バカみたいな笑いを浮かべながら、穏乃は憧と目を合わせる。

 

「憧と話したかったから一緒に居る口実作りに前半終わる前にシュシュッと行って来たんだ」

 

 その言葉に憧の耳は一瞬で赤くなってしまう。

 

「なによ……全くしずったら、そんなにあたしの事が好きなんだ」

 

 表には「ふふん」と、気軽に笑うふりをしてストローを白いクリームの真ん中に刺しながら、目を逸らしてデレ隠しをする。 けど、誰が見ても感情がバレてる。 穏乃の以外の人ならだけど。

 ストローでフラペチーノをくるくる回す、憧の指が居ても立っても居られない。

 一方、穏乃というと、憧の顔から出る気持ちなど読み取れず、名前も知らない飲み物を口に当てようとしている。

 

「我々の監督さんが、すこし心配だったからねー」

「いや……あたし、監督じゃないし」

 

 たった一言で熱くなった感情が、一言で冷めてしまう。

 憧がムキになって細目で睨むけるが、穏乃はやっぱり、これっぽっちも気にしないまま、手に持った飲み物を一口飲んで味見をした。

 香りも味も、結構気に入ったらしく、頭の上に電球を燈してから、ゆっくりと言い返す。

 

「うちら部を赤土さんに任されたからには、憧は監督だよ」

「ハルエに任されたのは、灼さんでしょう?」

「私も知ってるよ? 灼さんは部長として部活動の運営を任された訳で、憧は今後の試合に勝つ為の指揮を任されてるから監督」

「……まぁ、いいわ。 一応、ありがとうはいうけど、そんな余裕ぶる時間が有ったら大将戦の心配でもしてなさいよ」

「はいはい、これからは監督のお言葉、よく聞きますー! アハハッ」

 

 うっかりと監督っぽい事を言ったのに気づいた憧は、しくじったと思ったけど、もう遅い。

 

「監督じゃないから」

「憧がなんだって、監督って呼ぶよー? 阿知賀を全国名門にするからには、やっぱり監督は有るべきだし」

 

 全然聞く気の無い返事といい、勝手な事を言い出しす穏乃と、これ以上言い争っても無駄だと分かってるので、憧は返事をしなかった。

 こうしても当分の間は監督って呼ばれるでしょうけど、内心穏乃にそう呼ばれるのも悪くないなー、良いかもーと思ってしまう。

 

「よ! 新しい、新子監督!」

「なにそれ、ダジャレのつもり?  ダッサ」

「え」

 

 何にせよ、これはアウトだった。

 持っている指先が冷えるフラペチーノよりずっと寒いダジャレにお世辞をしてあげる義理は無かったので、まんまとスルーした憧は、別の用事に話を移る事にした。

 

「それで、牌譜は誰かが持ってくれるの? それとも取りに控室戻る?」

「牌譜なら玄さんが、ここで待ってれば直接来るって言ってたよ」

「そう…… うわっ、これ甘っ! なになに?」

 

 やっと一口目を味わった憧が驚き出すと、穏乃は何故か親指を立てている。

 

「シロップ、大盛りで頼んだから!」

「……」

 

 褒めてもらえると思う犬のような顔に、憧は何も言い返せなかった。

 穏乃なりの気遣いだと思って、甘すぎるなんとかフラペチーノをもう一回口にする。 クリームたっぷりのキラキラなスタバはやっぱりインスタ用だと、思ったけど、穏乃には言えない。

 

 玄が来るのを待っている間、憧は熱くなっていた頭を空っぽにしてみた。

 流れる雲も見えないし波紋が広がる湖の水面も見えない室内だけど、一応近くにあるからそれを眺めてる気持ちにしみたけど、憧にはそう上手く出来なかった。 何時も余計な考えが多い性格が邪魔をする。

 

「しず」

「何?」

 

 ストローに唇を当てて遊んでいた穏乃は憧の方を振り向く。

 

「今の私の試合に対する感想はどうなの?」

「我々の監督さんが直々に対局してるのに、こっちの意見など必要ないでしょう?」

 

 まだ終わってない監督ごっこに気が抜けた憧は、空笑いをした。

 

「監督じゃないってば……って、言い回すのはやっぱ不味かったのか……!」

「ええっ、ち…違うよ」 

 

 急に精神が崩壊したように憧が頭を抱えてしまうと、穏乃は戸惑ってしまった。 言っても大丈夫そうな言葉を選んでみる。

 

「すごく良かったよ? ミスった場面も無いし、このまま行けばいいんじゃないかな?」

「そう言わなくていいよ、上手く行かないし。 はァ……肩が重いなー。 私だけ何してるんだろう」

 

 溜息を吐いてブツブツ言い出す。 穏乃の目にも慰とか優しい言葉で治るような状態ではないようだった。 対局室から出た時の堂々さはどっかに消えて、人の目が無いからなのか、元気無く髪の毛の端っこを指に巻いてくるくるとしていた。

 

 穏乃は隣で飲み干したカップを握ったまま憧を見つめる。 こういう場合、放っといても自分で立ち直るから、本当に心配はしてない。 愚痴を聞いて上げたらいいのだ。

 その対応原則は正しかったらしく、憧は口を開いた。

 

「あのね、しず。 玄の試合から実感したんだけど、昨年は結構運が良かったのよ」

「何が?」

「初戦から晩成と会ったの。 その1回戦、他の学校が全然相手に成らなかったから、うちらが勝ち逃げみたいに1位のまま通過して、晩成は1回戦から敗退だったのでしょう?」

「そうだったね」

「じゃなくて晩成と2回戦で会ったら、2位抜けでもして必ず決勝は晩成との連戦だった」

 

 人口が少ない奈良県は同然参加校も少ない為、4校つづになる麻雀のトーナメントのブロックも少ない。 昨年の奈良県予選では、前年優勝の晩成がシード扱いされたけど試合回数でのアドバンテージは無かった。 シード校も他校と同じ条件の1回戦参加で1位抜けのルール、その後2つの卓になる2回戦は2位まで決勝に進出する仕組みに成っていた。

 だから2回戦で会った1,2位は必ず決勝でまたぶつかる。

 穏乃にも、それまでは解る。

 

「ふうむ、実際に今も晩成は2位だし、だろうね」

「去年、もしかして晩成と連戦になって、玄のドラを含めた、あたしらの打ち筋がバレた上に、3,4位もそれなりに強い学校との決勝戦だったとしたら……結果は分からなかったと思う」

 

 憧の想像は理が通っていた。

 去年の1回戦では、試合終了時点で阿知賀と晩成の点差が28000点、開幕早々松実玄が和了った親倍に晩成の先鋒小走やえからリーチ棒まで奪って作った東1局時点の34000点差より少ない。

 もしかして、他の2校がもっと手強く、晩成も阿知賀の麻雀を観る機会が有ったら、結果は違ったかもだと、憧は言いたかったのだ。

 

「でも、それは去年だよ?」

 

 似合わなくらいの弱気の憧に、穏乃は頭を突っ込む。

 

「見て憧、今の点数うちらが圧勝してる。 これは何でだろう? 由は同然、うちらは去年よりずっと強いからだよ!」

 

 穏乃はもっと明るく憧の暗い表情が吹っ飛ぶように、大げさなに燥ぐ。

 これには憧も勝てず、表情が緩んだ。

 

「まァ、それもそうねー、 今も相手全部沈めてうちらが5万点リードしてるから、今年の優勝も確定でしょう」

 

 その言葉通り、5万点の差をひっくり返すのは難しい。 2回戦の内容を観る限り、残ってる副将,大将の相手はそんなに高火力の選手ではなかった。

 それに、この点差で高鴨穏乃を突破出来る者は、全国を見てもそうそう居ない。 少なくとも現時点で奈良県にそれが出来る者は無いと思っていた。

 で、この話はこれで収まると思った。

 ……のだが、憧は目で追いつけない速度で穏乃の肩をぎゅっと掴んだ。

 

「だけど……」

 

 いきなりの行動に穏乃はだた困惑してると、ブルブルと憧の腕から震えが穏乃にも伝わってくる。

 

「ハルエに怒られるのは嫌だよ……」

 

 穏乃の眼に映る憧の顔には恐怖が彷徨いてる。

 

「あたしだけマイナスだし! ただでは済まない! 今のが個人戦だったら、あたし敗退確定だよ!? 個人戦もう来週なのに! ハルエに何って言われるか……怖い!」

 

 憧の感情の落差はとても大きかった。 ぼうっとしてのに、笑ったり、怖がったり、怒り出す。

 肩を捕まされて身動きも取れない姿勢のまま、憧の方から完全に抱きつかれて来ると、背の低い穏乃としては重くてキツイ。

 それでも、我慢して遠慮がちに尋ねてみる。

 

「それで悔しがってるの?」

「うん」

「……今日の試合、赤土さんに怒られると思う?」

「うん」

 

 顔を落としてる憧からは「うん」の返事だけが返って来ない。

 

「憧は赤土さんの事、何だって思ってるの……?」

「鬼」

 

 知らない内に赤土晴絵に恨みでも出来たような口ぶりに、穏乃はおでこから汗が出そうだった。

 

「流石にそれは……違うと思うよ?」

 

 憧は穏乃の胸に顔を差付けたまま、枯れた声で言い返した。

 

「そう? あんた、ハルエと二人っきりで特別講習受けてみる? どう?」

「すみません、遠慮して置きます」

 

 穏乃の業務連絡中の会社員みたいな返事に、憧はやっと離れて再び何時もの「年頃の女子高生」の顔に戻る。

 貯めておいた愚痴はここで終わりだったのか、明るいJKの顔で笑う。

 

「解ったら私はこのまま繋ぐから後は灼さんとしずでセットアップとクロージング頼むわ」

「うん、分かったよ。 任せて」

 

 今の穏乃に、これ以外の答えは無い。

 

 憧のどうでもいい愚痴話が終わった頃、廊下の端っこ、少し離れた階段の近くから、二人を呼ぶ声が近づいてきた。

 

「穏乃ちゃん……憧ちゃん……」

 

 その声の主は阿知賀の先鋒、奈良のエース、吉野山の龍神、松実玄だった。

 

「あ、玄さん」

「玄? 遅いよ、もうー。 でも牌譜ありがとう」

 

 玄は自分の声に反応してくれた二人と眼が合うと、威圧感の塊な異名とは全然似合わない、弱気で人良さそうな表情で近づいてくる。

 

「あ、うん ごめんね」

 

 謝りながら小走りで走って来た玄は、憧の方にそっと手に持ってたタブレットを差し出した。

 玄のほっぺたは、何故か赤くなっている。

 渡されたタブレットを持った憧が牌譜を開きそれに目を通し始めると、なんだか居辛いようにもじもじしていた玄は、憧と穏乃の顔色を伺っては後退りで離れようとした。

 

「……おじゃまだよね? 穏乃ちゃん、私は先に戻ってるね……」

「あ、玄さん、これ皆の分だから持って行ってください」

「分かった。 それじゃ……」

「?」

 

 穏乃からスタバのキャリアを渡されて足音も出さずに二人から離れようとする玄の態度が何か妙で変だと察した憧は、流し目で見た玄の顔が何故赤いのか疑問に思いながら首を傾げた。

 

 2秒ほど考えてやっと声が聞こえない距離でなら穏乃に抱きつかれていた自分がどう見えたか想像出来た。

 憧は顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「いやいや! 行くなよ、玄!!」


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