「テンパイ」「テンパイ」「ノーテン」「ノーテン」
聴牌宣言をした二人の手牌だけが表に倒される。
牌を開いた二人の中、リーチを掛けた方の高田檀の表情だけは明らかに曇っている。 口からは別に余計な事は言わないけど、隠せない表情からは悔しがる感情が丸出しだった。
既にこの局では誰も和了れず終わってしまったので、どっちの手もそれが持つ価値が同じだけど、終盤に鳴きを入れて和了は無理だけど聴牌だけは取れた大迫明乃の手とは違って、高田檀の方は混一色の跳満手だった。 それも白の単騎待ち。
無理にでも仕掛けたリーチは最後まで和了れず無為に終わったのだが、ダマテンに取ったら違ったかも知らない。 だが、打点を気にして無理をしても攻撃的に出てしまうのも、麻雀と言うゲームで4位が背負うしかない、それも10万近く差を付けられた状況なら同然なディスアドバンテージなのだ。
卓を射貫く一閃になったかも知らない牌を水に流す事に成功した、1,2位の二人は不聴罰符の為に箱から点棒を取り出す。
長野 団体戦 中堅戦 後半
南3局 親、龍門渕高校
1位 清澄 153900
2位 龍門渕 123300
3位 風越 80400
4位 鶴賀 41400
合計3000点の点棒が行き来すると同時に、中継が流れてるテレビ画面の点数表示も変る。
東4局の親番である大迫明乃がサイコロを回すと、中継カメラが切り替えられ、その場で戦っている4人の高校生達の顔を一人づつ映した。
メガネを外したままのまこは今、妙な顔をしている。
それは同然、清澄の控室に置かれてあるテレビにも映し出されていた。
「ああァ、まこの最後の親番が流れたか」
もう清澄高校に籍が無い竹井久は2年生の制服で、高校生達と混ざっている。
「鶴賀が単騎待ちに取った白をツモってきた時点で、こうなるしか無かったんですから、仕方ありません」
麻雀を打つ時の自分と似たような姿をしているまこの表情を伺って、残念そうな声を出した久だったが、南浦数絵は淡々と感情を入れない意見を口にした。
冷静で中立的な見方を取ろうとしている数絵を見て、久は笑ってしまった。
「まァ、それもそうだね。 悪待ち好きの私ならツモったかもよ?」
「そうでしょうね」
久の冗談に、数絵は相変わらず冷たい。
今の局で清澄は中堅戦での最後の親番が流され、連荘での大量特典の目は無くなった。 表には軽く流した久としては「残念なのは、あんたの事を心配してるからだよ」って言いたかったけど、敢えて言う必要はない。
残り1局で、数絵の出番。 心の強い数絵に限っては心配をするより、麻雀の話をして脳を動かせるのが、ましかも知らないと思い、久はそのまま流した。
「何で發じゃなくて白にしたのかな?」
「發と白の二択で白、わざと逆手に取ったのでしょうか?」
「どうだろうね……。 でも鶴賀の子、それくらい器用には見えないわ」
本人に聞いてみないと分からない事をここで他人が話し合っても結論は得られないが、意見を交換する事自体に意味がある。 試合を前にしてる数絵としても楽な筈だ。
「打点を優先してリーチをかけるなら、その待ちは避けた方が良かったんですが」
止まらず話を盛り上げていた二人とは全く交わる事が出来ないまま聞いていた上原美篶は、遠い距離感を感じて、顔に疑問を浮かべていた。
「え……同じ三元牌なのに違いがあるんですか?」
「ふむ、どうだろうね? 緑一色じゃ無いと三元牌は同じだと思ったの?」
「……はい、違うんですか?」
「はいー、ここで数絵はどう思う?」
久は美篶の質問を数絵の方に投げてみたけど、数絵に乗ってやる気は無いらしく、冷たく言い返す。
「さァ、監督を自称する竹井が答えてやる番だと思いますが」
二人の先輩が子供地味な会話をしてるからには、美篶の混乱してるしかない。 その行き先を失った目を見て、久は軽く笑い声を漏らしながら頷いた。
「ふむふむ、美篶ちゃんの考え通り基本的にはどっちも同じ、緑一色とかは考慮する場面なんか滅多にないし、白發中は同じだと考えても大丈夫だけど、場合によってはね。 特にまこには違うと思うよ」
久は、麻雀で調子に乗った時のまこのように、両手を変装の為に掛けていた伊達メガネに当てて、外す真似をする。
「簡単に説明するとあれかな? 10巡くらい進んだ局でツモった牌が生牌か確認するなら、美篶はどれくらい時間掛かる?」
「それは……私は……」
いきなり飛びかかった質問、美篶はその答え躓いてしまう。
卓に着いてる時の視野をを想像しみたけど、元々自分が考える時間を意識した事自体がない。
ネット麻雀なら毎回10+5秒の時間制限が有るから測定すれば解るかもだけど、美篶にはパソコンの前で優希先輩が苦しめられてる事を見た記憶くらいしか無いので、麻雀における時間感覚が曖昧だった。 大会では進行を邪魔するくらいではないと、名刺された時間制限が無いので考えた事も無い。
「5……10秒くらい掛かると思いますけど……」
生牌なのか自分の牌と卓の河を確認するだけの事を想像するのに、実際に牌をツモって来て切る時間よりも長い時間を尽くした美篶は、自信の無い声で答えに迷い最後に数字を増やして答えた。
まぁ、まだまだ初心者の自信感覚はそんなもんだと思った久は、2つ目の質問なげる。
「なら白は? 白ならどうなの ?」
「……それって」
「そう、白は生牌か塾牌か河を確認するまでもないくらい目に入るでしょう?」
美篶は、やっとこの質問が持つ真意を理解出来た。
「敢えて意識する必要もないくらい視認性が良いから、守備を考える側からは注意深くなるわ。 完全安牌じゃないってすぐ分かる。 そこまで考える人なら安牌じゃない字牌を切り辛くなる時に、白単騎には取らないだろうね」
「はァ……そういう……」
美篶の言葉は、理解した口ぶりには聞こえない。 正直の所、先輩が言ってる理屈は理解出来たけど、それくらい気にして麻雀が出来るのが自体が疑問に思える。
口の外には出さないその気持ちを察した数絵は付け加える。
「染谷部長本人しか知らない領域ですが、卓上の河を人の顔をように覚えるなら、全く影響が無いとは思えません。 その場面で染谷部長が押さなかった理由も想像できます」
言葉が終わったどたん、久は数絵の目線が自分に向けられてるのを覚った。
それは誇らしげに、えげつない顔をしては自分の顔を指差してみる。
「それは、私のせいかな?」
「竹井監督と呆れるほど打ったのなら、その河から地獄単騎が見えたって可笑しくない筈でしょう」
そんな話をしている内に、まこは軽くツモ和了を決め、本当の最後である南4局に入ろうとしていた。
・
勝利の女神が何時も味方してくれ者など存在しない。 牌から愛される子供たちも、負ける時は負ける。
逆に何時でも運がついてない者も無い。 絶対と言う言葉は、麻雀には合わないのだ。
天からの恵みを与えられ、他家が山に触れる事すら許さない限り、1局で勝利の女神が誰に微笑むのかなど解る余地も無いのが麻雀。
それでも、せめてこの局、幸運の女神は大迫昭乃に付いてくれた。
(本当、遅いよ……もう!)
配牌を確認した昭乃は心の中からそう叫んだ。 ずっと待っていた貴重なチャンスが最後の最後で訪れた事で、明乃の心臓の鼓動が激しくなる。 配牌から揃った暗刻の七萬がドラになってしまったのだ。
この幸運が意味する事は2つくらい並べる。 和了れたら満貫以上の手になるので、火力は十分だと言う事と、張り合いになっても相手の火力はそんなに高くはなれない。 ドラが無いと打点に苦しむのが普通の麻雀だ。 相手にドラが少ないと知って打つのは大したアドバンテージである。
この配牌で、どっちを先に切るかは運の領域なので自分だけの基準を立て、それに従う。
昭乃は自分の規則を守り、何時も通り中を切った。
(これで中拾ったら泣きたくなるよね)
手牌に恵まれると、次の牌選択に悩む事も無いので、くだらない事を考える余裕も出来る。が、幸運の女神は気まぐれだ。 油断出来ない。
次巡、ツモ牌を確認した昭乃は眉間にシワを作ってしまった。
(何よ……これ)
ツモったのは中、早速裏目に出た。
こうなると知ってたのなら、対子の中を鳴いて満貫の手に仕上げる方向に持ち込むのも良かっただろうに。 役牌ドラ3でインスタント的な満貫を和了し、連荘に持ち込むのもよかった。 でも、もう切ってしまったからには、このまま押すしかない。
昭乃は中をツモ切りしながら感情を隠す事すら忘れている。
そんな明乃の顔を、高田檀は横目で覗いていた。
(禄は完成したけど、赤は失敗か……)
中を連続で切る上家の捨て牌と、自分の手の中の牌を見比べた檀は、鳴くか、鳴かずこのまま門前でツモるか、一瞬では出ない答えに悩んだ。
目線が行き先を失って卓上を彷徨っていると、下家である清澄の河も眼に入る。
(ここで白を掴ませたら清澄は……また絶対に出さない筈だよね。 どうせこれで最後なら、全部使い切ろう)
清澄の染谷まこ、彼女に注意しろと先輩から言われていた。 前年度決勝進出校と一緒の卓に着く自体が、荷が重かったかも知らない。 それでもここで引くなどありえない。 どうせ行き止まりなのだ。
中を鳴く事を諦めた檀は山に手を伸ばす前に、目を閉じて深呼吸をする。 そのままゆっくりと手を伸ばし、ツモって来た牌を手牌の上に乗せてから眼を開けて、それを確認した。
今回のツモは白。 これで檀の手の内には白と中は対子、發は暗刻で、三元牌が着実に揃って行く。 親の風越から2枚も出ている中は死んでいるので、狙える小三元まで後一方。
(これで、後1回)
4巡目、大迫明乃のツモ番
「リーチ」
静かな河に、誰かの鳴きより先にリーチ宣言が鳴った。
七七七八九③③③34678で聴牌、流れるように聴牌に至った昭乃の牌は親満貫確だ。 安牌よして閉まっておいた最後の字牌であるオタ風の西を取り出して、横に曲げる。
「ポン」
その打牌と同時に檀は西を鳴いて明刻を作った。
ドラ周辺の待ちの可能性などは気にしないのか、一時の迷いも無しに九萬を落とす。
急変、残念ながら、このような張り合いに混ざる事など、まこが持っている手牌では無理だった。 相手の聴牌を知った所で、出来るのは守りを固める事くらい。
まこは全然形に成ってない手から一萬を切った。
国広一の方はまだこれと言った動きは無かった。 ただ静かに時を待っているか、この危機が過ぎるのを待っているかに見えた。
そんなあやふやな感覚と場の流れから、まこの眼に顔が浮かべつつ始めた。
(このシーン……どっかで見た記憶が……)
正直な所、何らかのイメージが思い浮かぶには4巡は情報が少な過ぎる。 序盤はまだ、時の運が支配している局面に近いのだ。
なのに、無数の記憶が眠っている脳細胞のシナプスから、まこは目の前と最も近い答えを引きずり出そうとしている。 すなわち、今のは時の運か幸運の女神の悪戯じゃなくて、人の意志が働いてるという、まこの感が言ってるのだった。
(昨年度インハイの……あれ……か?)
これと似た、時の運では無く人間の意志が働いている局面が去年のインハイで有った。 その試合が行われた時、まこは宿舎のテレビの前で久と一緒に、その試合を目の当たりにしていた。
その場で予知された異変を巻き起こした彼女は、何時も無表情で無口な少女だった。 決して感情など出さず、冷静に物静かに、最後の最後で、木々を実らせた彼女はその局を支配していた。
今、眼の前のこの女の子とは少し違うけれど、高田檀から発する凄まじさを感じ取れた、まこは鶴賀が何かを仕掛けたと確信した。
高田檀の手牌 ⑤⑤赤⑤發發發白白中中(西西西)
(さァ、私の白が早いか、この流れに見方されている風越のリーチが早いかだね)
チームの点数を考えれば、とても笑える状況とは言えない鶴賀の立場。たとえ、この手を和了しても4位なのは変わらない。 それでも、前に進む事を選ぶ。
龍門渕の国広からは清澄が通した一萬が手の中から出た。 昭乃も檀も、この二人相手に出和了りは無理だと知っていたから別に構わない。
ツモの運に全てを託し、昭乃は山から牌を取ってきた。
「……くっ……」
小さいけど3人にはっきりと、舌打ちの音が聞こえる。
和了りとは成らず、明乃の手から赤の五萬がそのまま切られた。
その時、檀はこの試合で初めて表情を表に出した。
(なら私の勝ちだよ!)
100点でも多く、先輩達に繋ぐ。また一緒に麻雀を打つ為だ。
檀は手を伸ばす前に、また眼を瞑って息を吸う。
「ポン」
まこのポンの声が卓上に響き渡り、檀は青ざめた顔で、染谷まこの方を振り向いた。
聞こえては行けないのだ。 今の鳴きで、ツモ順番がずれて、牌は来なくなる。
五萬を鳴いたまこは、また安牌の西を切り、檀がツモる筈だった牌は下家の一に回される。
(悪いけど、それと一緒に沈んてくれ、国広さん)
染谷まこにより飛ばされたツモ番で、またツモる事になった国広一は、山に手を伸ばす。
檀は知っていた、国広一に渡されたその牌が白と言う事を。 彼女に取っては思い込みなどではない、少し前に彼女がそうさせたのだ。
(龍門渕も……これを切る筈が無い。 なら残ってるのは1枚だけ!)
檀はそう考えていた。
だか、それは事実とは少し食い違っていた。
同然国広一が白を切る筈は無い。 それは合ってる。
間違っているのは、白が残ってると考えた事だ。
「ツモ。 ツモのみ、300・500」
役無し状態での白単騎待ち。
最後の白1枚は、既に国広一が倒した手牌の中に有った。
『中堅戦、終了───!!』
結んで置いた髪の毛を解き頭の上からメガネを取って席から立ち上がったまこに、一が声を掛けて来る。
「えぐい事をするね、染谷さん」
「そりゃー、お互い様っちゅう事で」
「やっぱり、助けるんじゃなかったのかな」
本気にも冗談にも聞こえる、少しの寂しさを感じられたその言葉。
何時の間にか、お互いインターハイの会場に心残りを残せない学年となっていた。
「どうも」
長野 団体戦 中堅戦 終了
1位 清澄 158900
2位 龍門渕 123300
3位 風越 77800
4位 鶴賀 40000