優希-Yūki-、再び全国へ   作:瑞華

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第42話、卓上のそよ風

 控室に戻る為に静かな廊下を歩いてる間、染谷まこは中堅戦が始まってから結構時間が経ったと感じていたのだが、長い廊下の窓の外側に見える風景はまだ変わってなかった。

 空はまだ青くてそこに浮かんでいる白い曇がはっきりと見える。 日が暮れるのはまだまだ時間が掛かるようだった。

 麻雀牌を打つ音と、点数申告の声しか通わない対局室の中では時間感覚がおかしくなるのかも知らないと、ひとりで考え込んだ。

 

 清澄高校麻雀部の控室の前、扉の前で立ち止まり足音を消した、まこは結んで置いた髪の毛を慣れた手で解いてからドアノブを握る。

 力を入れで扉を開くと、相変わらずのメンツがまこを待っていた。

 

「まこちゃん、お疲れ」

「お疲れ様です」

 

 まこからただいまの言葉を言う間もなく、真っ先に数絵と菜月の声が迎えてくれた。

 その横には久も、優希も、ついでに京太郎も在る筈だけど、なんだか、まこの目にはその二人しか見えなかった。

 

「戻りはしたんじゃが……」

 

 言葉を濁らせたまこは、これから自分の後ろに続く事になる二人の顔と向き合って、妙な感情が底から湧いてくるのを感じた。

 これから後ちっとで、数絵はこの部屋を出て対局室へ向かわなければならない。 先までは自分が座っていた筈だが、その時間は砂のように指を擦りぬき、対局室に残して戻って来た点棒と清澄高校麻雀部の行き先は数絵の手に任される。 上手く行かなかったら、その重みは菜月に渡されるかも知れない。

 

 メガネを掛けているんだが、何故か曇って見える眼の前の二人と向き合って、まこは自分の試合が終わったのだと痺れる程に実感した。

 この中堅戦、勝ったのに何故か気まずそうな作り笑いになってしまう。

 

「いやまァ……もう少し押したかったんじゃが、そう上手くは行かないもんじゃのう。 ごめんな、ふたりとも」

 

 まこの謝りに、数絵は顔を横に降った。

 

「いいえ、部長が謝る必要ありません」

 

 何時もと同じく、少し冷たそうな言い草の数絵の言葉に続き、菜月からも「うんうん!そうだよ」って励ましてくれたけど、まことしてはとても満足など出来なかった。

 中堅戦の区間収支だけなら、龍門渕の国広一と全く同じの+16800で共同1位になるし、上家取りなら1位だけど、正直な所今の清澄にそれは問題ではなかった。

 狙うは優勝、そこまで残ってるのは副将戦と大将戦の4半荘。 その為にはもっと点差を付けるべきだった。

 だけど、この中の誰もが明るい。

 

「勝ったのに何で暗い顔してるの? 笑って笑って」

「そうだよ! まこちゃん完璧に勝ったよ!」

「そうだじょ、染谷部長!」

 

 久も、菜月も、優希も、どこまでも明るい。

 

「我の作った1位を維持してるじゃないか、上出来だじぇ。 このまま守り切れ、部員ども!」

「お前な……」

 

 全く空気を読めない優希の生意気な発言に、ドン引きする京太郎の顔がまこの目に入った。

 その茶番を空っぽの笑い顔で見ていると、感の良い久が優希の頭を撫でてあげた。

 

「よしよし、よく出来ました」

「何するんだ、部長!」

 

 子供扱いにキレる優希にはお構いなしの久は優希の髪の毛がめちゃくちゃになるまで撫でて上げる。

 最初は反抗したけど、すぐ諦めて大人しくなった優希を放り出して、ソファーから立ち上がった久は、まこの肩を叩いた。

 

「まこも、よくやった」

「ありがとう」

 

 小さい声だが、久にはちゃんと聞こえるくらいの声だ。 久に褒められて、まこは複雑な気持ちになってしまうのでこれが精一杯。 ありがたいけど、自分が情けない。

 でも、もう終わった事だ。 自分の中堅戦は終わってる。 これから数絵の番だ。

 部長の顔に戻らなきゃ駄目だと、まこは自分を急かした。 気を取り直し根性を吹き込んだ顔に変えてから、ちゃんと数絵の方を向いた。

 

「数絵は、準備は出来たかのう?」

「対局の準備なら今日朝から出来ていますので、問題有りません」

「そうだったね、去年の個人戦では一人でも順調に勝ち進んだんだもんね」

「その個人戦で私は、竹井さんに負けて5位だったのですが」

 

 久にはそう答えた数絵は携帯の電源を切って、何も言わずまこの方に出した。 まこも無言でそれを受け取ってる。

 

「ふううんー」

 

 棘が有る言葉を平然とドライな声で話し合う。

 そんな数絵と目が合ったけど、久は気にしないのか顎に手を当てて何かを考える仕草を取った。

 

「なら今の舞台にその個人戦の1位から4位まで誰も居ないし、今年は数絵が一番強いんじゃない?……って言っても不満だよね。 ならば、私が総合得点1位の美穂子にも勝てた秘密を教えよう!」

 

 自信満々にそう言ってから素早く持ってきた荷物から突然変な品物を取りだし、それらを数絵に渡した。

 ジロリと疑いの目つきで眺めてる数絵に、久は調子に乗った声で言う。

 

「はい、バナナと牛乳」

「それは見れば分かりますが」

 

 久は通りすがりのおばさんを思わせる変なジェスチャーを取って決めセリフの如く話す。

 

「バナナと乳製品を同時にとると、脳が活性化するんですって!」

「出たじぇ、部長の雑学おばさん!」

 

 数絵はその演劇への感想よりも、昼休みからあんまり経ってないのでまだ腹は減ってない筈なのに何で?と思ったが、お昼を少なめにして置くようにと久から言われたのを思い出した。

 見てない内に美篶と染谷部長も、これらを食べさせられたのかと考えながらも、一応感謝はしておく。

 

「……ありがとうございます」

「久の変なこだわりじゃ、乗ってやりんさい。 昨日に試合とは色々違うだろうけど、頑張りな。 他に何か有るか?」

 

 まこの質問に即答えず、数絵は少し時間を置いてから口を開く。

 

「対局室の椅子が、もう少し良い物だったらと思いますが、それは我慢します」

「それはしようがない事じゃな」

 

 自分たちでは対応不可能な事を口にする数絵の言葉から、もうこれ以上気を使う必要は無いと言う言い回しをしてるのだと、まこも久も感じ取れた。

 後輩がそっちを望むなら、それに従うしかない。

 

「所詮は県予選だし、それだけは仕方ないのう。 全国大会へ勝ち進んだら座り心地の良いもんが有るから期待しときんさい」

「全国大会では1個に10万もするのが置いてあるし」

「そんな高価かったんか? 驚きだじぇ……」

 

 優希だけが真面目な話として受け入れ、椅子の値段に驚いていた。 そんな事気にせず、椅子に乗りくるくると回転させた事を思い返してしまう。

 

「ワシもな。 晩年不景気の雀荘としては考えられない贅沢じゃ」

「寝床が変わると眠れない人って有るわよね。 今思えば、和って家で使う椅子とか、寛げる環境と同じじゃないと全力までは出せなかったのかも」

「エトペンでは足りんかったんか」

「だから全国大会での成績もよかったのかな」

 

 マジなのか冗談なのか、当事者である原村和が清澄高校を去ってしまった今になっては、どうでも良い事なのに、久は真剣に成ってる。

 

「のどちゃんと違って数絵はそういうタイプじゃないから、大丈夫だよなー?」

 

 優希の言葉に数絵はYesにもNoにも答えなかった。

 

「私は、これから全力を尽くすだけ。 勝てるか負けるかは分からない」

 

 そう言い残し、何時のように長い髪を後ろで結んだ南浦数絵は、対局室へ向かう。

 

 

 

 

『県予選決勝、副将戦──!! 開始の時間も間もなくです。 今日の副将戦を制するのは果たしてどの高校なのか!』

 

『先鋒戦から揺るぎなく1位をキープしている清澄高校からは2年、南浦数絵! 去年は1年ながらも個人戦5位を果たした実力の有る選手です』

 

『今はその1位との点差は10万点以上、追い詰められた危機一発の状況を乗り越えられるか期待しましょう。 鶴賀学園3年、津山睦月!』

 

『長野を代表する名門、だが2年連続して新しく現れたダークホース達に次々と翻弄された危機の名門を救う事は出来るのか。 風越女子3年、吉留未春!』

 

『そして、何時の間にか半荘1回でも十分逆転可能な範囲まだ追いついた龍門渕高校、その部長として3年、龍門渕透華! その実力はまた全国で花咲く事が出来るか』

 

 

 副将戦までのインターバル、試合開始までの後3分くらいの時間を盛り上げる三科アナウンサーの出場選手紹介は何時もと同じく、場内を盛り上げる。

 もうすぐ開始だけど、まだ対局室には全員が集まってない。 副将の4人とも、今やっと控室出て戦場に向かってるのが、現場のカメラからモニターへ映し出される。

 

『多分、ここが分岐点に成るだろうな』

『と言いますと?』

 

 何時もの事だが、知った上での解説をする藤田プロのいきなり過ぎる発言に、三科アナは視聴者への詳しい解説を求めて言い返した。

 

『4校共々、負けるつもりなど無いんだ』

『決勝戦にまで勝ち進んだ選手達なら同然な事だと思いますが……』

 

 解説としては、ぱっとしない同然過ぎる事を言ってるので、三科アナは困った顔で右の解説を振り向くと、藤田プロは不満げにアナウンサーを睨みつけた。 盗人猛猛しいと思っても、実況者としての腕はこれも纏める能力次第だ。

 これでも藤田プロは、聴かれた事は分かりやすく説明してくれる解説なので、目線をモニターの方に変えた。

 

『どこもこの副将に目玉を置いたって事だよ。 正直に解説する。 高校生の麻雀部なら何処も捨てる区間は有る。 勝つとまでは期待しない、点数を守り切る事だけで十分だと思ってる子は必ず有るんだ。 この中で龍門渕は例外だろうけどな』

 

 藤田プロと最も近いモニターには、控室を出てギャラリーと記者達のカメラが放つフラッシュの光の中を無表情で通りすがる、龍門渕透華が映し出されていた。

 その姿を眺めながら、長くタバコの煙を吐いた藤田プロは、力を抜いて椅子に倒れ込むような姿勢に変えてから話を続けた。

 

『私も、まくりの女王とか恥ずかしいあだ名付けられて、自分も実績は残したと思ってるけど、正直な所は子供らと似たようなもんさ。 守りより攻めに向いてる打ち筋をしてるのも理由だが、負ける時に出場するってのは即ち、チームの勝ちパターンには入ってないって事だ。 絶対勝って来るとまでは期待してないってのだよ。 高校生の麻雀部くらい、勝ってくれると信じ切れる5人が集まるとは言いにくい』

 

 高校生麻雀大会に関わる1万人、プロの目線からその中で本当の宝石は極少ない。 プロリーグで打っている自分さえも、プロの場が相応しくないとまで感じるプロ雀士だって有る。

 雀士としての藤田靖子もまた、実業団からの活躍でプロの舞台まで登って来た、エリートコースとは程遠い道を歩いてきた。 自らの実力に絶対的な自信を持ってる者よりは、普通の高校生達の気持ちによってしまう。

 

『だけど、今の副将戦に出たこの4人は、少なくとも各校の中では勝ちを期待されてるメンツだろう。 ここで負けると、そのチームは追い詰められる。 例え今1位だろうとな』

『なるほど、だからの分岐点ですか』

 

 

 

 

 分厚くて重い扉、完璧な防音を成し得る為に壁に付けられてる設備、洗牌する音だけがうるさい自動卓と冷たい牌、選手達を照らす為の照明と、死角の無いカメラか設置された高い構造物。

 このように無機質的な対局室は外部からの影響を完璧に遮断する為に作られている。

 何度入ってもぞっとする何かが有るな……と、津山睦月はそな事を考えていた。

 

 これからここで2半荘、途轍も無く厳しい状況で麻雀を打つ事になる。 1年ぶりに見る光景は色あせて見えた。

 大会の対局室なら睦月も1年前のインハイからコクマや春季大会のような公式戦に出場したので馴れてるつもりだったけど、恥ずかしい事ながら決勝という重さはピッタリ1年ぶりだ。

 

 心を落ち着かせて覗いた扉の前には運営側から一人の立会人、そして今から戦う戦場である卓の方には一人の先客が見えた。

 入口から1段上の卓まで近くはないけど、それが誰なのか睦月にははっきりと分かった。

 南浦数絵、平滝高校の1年で、第71回全国高校麻雀選手権大会の長野県予選個人戦の1日目は29位、2日目では5位の成績を残した強者。 清澄高校の制服を着た彼女とは今初めて対面する。

 

 場内を歩くと自分の足音だけが響く、すこし嫌いな音だ。

 麻雀卓に着いて、伏せてある3枚の牌の中から一つを選びだそうとすると、睦月は指に変な感覚が走った。 閉ざされて動きなど無い筈の空気から、風が指をすり抜けるような、感じ。 異常の予感。 だけどその風を感じた瞬間には既に止んでいた。

 

(これは何を意味するんだろう……)

 

 もう指先が触れた牌を変える事なく握り、その風を確認した睦月は、席に着く為に数絵が引いた牌を確認しよう数絵の方に目線を変えた。

 その瞬間、自分の方を見るのを解ってもいたように、突然眼を開いだ数絵と眼が合ってしまう。

 

「……!?」

 

 慌てて一瞬は固まってしまった睦月は、気を取り直し数絵の前に置いてある北に合わせて席に着く。 これで残ってる仕事は試合開始まで待つだけだ。 このまま時間が過ぎるのだけを待つのは容易い。

 だけど、数絵の顔色を伺って声を掛けてみた。

 

「南浦さん、今日はよろしくお願いします。 覚えてるかは分かりませんが、私とは」

「覚えてます、津山さん」

 

 数絵は睦月の言葉を最後まで聴かずに口を開いた。

 

「私からもよろしくお願いします」

 

 軽い挨拶だけど、そうは思えない少しハスキーな声が耳を貫く。

 睦月には礼儀なのか冷静なのか1年前手を合わせたその時と同じく数絵の本質がまだ見えて無かった。

 

「それは光栄です。 また個人戦で会えるかもって、ずっと思っていたけど、まさか団体戦でまた打てるなんて、驚きました」

「御手柔らかになんて言うつもりはありません。 全力を尽くし、勝たせて頂きます」

「うむ、私もそう言って貰える方が嬉しい」

 

 勝つ、それはこの舞台に立つ少女たち誰もが夢見る同じ目標、勝利の為に戦う。

 試合開始1分前を告げる案内が響く同時に、吉留未春も、龍門渕透華も、この会場へその足を踏み入れた。

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