3月末、春休み。
桜が花を咲き始める時期、人によってはまだ寒い感覚が残ってる時期だけど、もうすぐ桜の木々は白く咲き始める。
学校が休みになると特にやる事もなく、お花見をどうするか考えてもいいが、近所の県に比べて平均気温が低い長野は開花が遅い方なので、新学期が始まる頃になるまでは、春休みの、何も起らない静かさを楽しみながら待つだけだ。
ニュースや気象情報から長野にも桜が咲き始める時期を考えて、衣を連れてお花見に行く予定を何時にするか考えるのが普段の日常。
その筈だったけど、今年の龍門渕透華は、桜色に塗られた東京のホテルで、麻雀を打っていた。
「ロン、2600の一本付けは2900ですわ」
「はい」
断么九ドラのなんて事の無い地味な和了だったけど、点数などはどうでもいい局面に派手さなど要らない。
真屋由暉子から透華に点棒が渡される事で南4局オーラスまで終了。
あっという間に、この半荘も龍門渕透華の物になってしまった。
「また龍門渕さんの勝ちか……。 でもこれは避けられない。 私もそれ掴んだら出してたよ」
新子憧は、八萬を残念そうな目で見下ろして、そう言った。
最後の和了で透華の和了牌となった由暉子からの牌。 でも放銃した由暉子本人はあんまり気にしてない様子で、箱から出した点棒を数えている。
稼いだ点棒を卓の上に出して、他の3人が持ち点を元に戻すのを待っていた透華は、一応3人の顔色を伺ってからきっぱりな声で言った。
「次、やりますか?」
「いや、私は……もうしんどうて。 堪忍してくれや……ホンマに」
透華の質問に断末魔のような言葉だけを残して、愛宕絹恵は椅子に倒れ込んでしまう。
何もしないまま負けるのも結構な体力を消耗するのだと思い知らされたのだ。 鳴きすらまともに入れられないまま、やる気を失う。
「そうですか。 お疲れ様でした、愛宕さん」
「まァ、3回連続で一人勝ちはキツイよね」
取り出した点棒を透華の余る点棒と合わせて点棒を数えていた憧は、絹恵の分まで片付けながら、文句じゃない文句を口に出して、由暉子も絹恵のその気持ちが分からないまでも無かった。
これで半荘4回の内に3回、一方的な形で龍門渕透華の勝ちで終わったのだ。 他家に追い付けるなど許さぬ速度で完璧に優位を点する。 3人は手も足も出なかった。
器量の差は認めるけど、愛宕絹恵、新子憧、真屋由暉子、この3人の誰だって、高校の舞台なら何処に置いても抜けはしない。 寧ろ去年の全国大会進出が出来なかった龍門渕より、3人の方が実績は有る。
勿論、麻雀は実績だけじゃないけど、3ゲーム連続の負けは予想してなかった。 少しくらいは拗ねても大丈夫なのだ。
「せやけど、楽しかったで。 こら本音やん」
「今日はとても勉強になりました。 負ける方が勉強になります」
「うんうん、その気持ちすごく解るよ。 このメンツ、キッツイけど、やっぱ学ぶ事が多くて良いよね。 龍門渕さんの打ち方は特に参考に成るし」
真面目な雰囲気での感想と感じられる二人と違って、調子に乗って自分に眼を合わせて来る憧を、透華は強い目線で睨みつけた。
「私は特に貴方に手を貸すつもりなど無くってよ」
「まーたまた。 でも私の理想に一番近いの、今は透華さんなんだよね。 これからもその打ち筋、どんどん奪うつもりですよ?」
「フン、勝手にしなさいな」
言い返すのを諦めた透華に勝ってニヤニヤする顔のまま憧は絹恵の方を向く。
「絹恵さんも、そんな所ですよね?」
「まァー、おねーちゃんが入団して家出てからは、あんま打ってへんし、強い人と打つ機会は何時も欲しいな」
そう言った絹恵は、自分に取って一番間近な強者であり、姉である、愛宕洋榎が、この前チームの春季キャンプに行くのを見送ったさいの事を思い浮かべた。
もう戻れはしない旅に出るような秘蔵さを演出しながら行く後ろ姿を思い返して、何だか漏れる笑いが堪える事が出来なくなる。 会うのは少なくなるだろうけど、シーズン開幕前に戻って選手寮に行くまで何日くらいはダラダラする予定のくせに、大げさ過ぎる。
ここに居ないお姉ちゃんのおかげで少しは力を取り戻らせた絹恵は上半身を起こした。
「わざわざ来てくれたのに悪いな、真屋さん。 これくらい打ってバテてもうて」
絹恵が照れ隠しに笑いながらしう言うと、由暉子は特有の無表情で首を横に振る。
「近所ですし、試合観に来る予定でしたので気にしなくていいです」
「あ、臨海はここからすぐ隣だったか」
「寮まで歩きでも戻れる距離なので」
憧は頭の中で近所の地図を思い浮かべて見たけど、泊まってるホテルと幾つかの駅とここんお会場以外は空っぽだったので、携帯を取り出してマップを開いて見た。
寮が何処かまでは分からないけど、臨海女子高校まで近いのはすぐ解った。
「臨海は良いな……。 遠征の大会が無いじゃん」
「そう言うたら、臨海出てる準決勝、ぼちぼち終わりちゃうん?」
絹恵の言葉を聞いて、透華は携帯を取り出し、時間を確認してみた。 もう午後の6時近く成っている。 確かに午前中に始まった試合が終わるにも充分な時間だ。
「結果くらいはここで見て行くのもいいですわね」
右手を上げた透華は指を打ってパチッと音を出す。
「ハギヨシ」
透華の呼びに答えるように、部屋の壁に掛けられてるテレビに電源が入った。 そしてついた画面には、チャンネルを変える必要も無く今行われてる大会の生中継放送が流れ始める。
その大きな画面の中には、臨海女子高校1年のネリー・ ヴィルサラーゼがあった。
選抜高等学校麻雀大会。 通称春季大会と呼ばれ、3月の春休みに開催する春の晴れ舞台である。
春季大会に参加校として選抜されるのは32校。 大会の名前と同じく、参加校は委員会に選抜されて、地域予選で本戦に行く仕組みではない。 昨年度インターハイや秋に開催する各秋季地区大会で成績を残した学校たちを中心に選抜されて、激戦を繰り広げる。
そして、ここでの結果がまた今年夏のインターハイのシード権に繋がる仕組みになってるのだ。
そんな、全国の高校生達に大きいな意味を持つ大会の準決勝第4試合が今4人が集まってる、このホテルから間近の会場にて行われている。 この試合で勝ち取る1校だけが明日最後の試合に進み、決勝の座の最後のピースが埋まる事になる。
試合は、まだ大将戦の真っ最中だったけど、その結果は見えるようだった。
『さァ、試合は正に最終局面です! 各選手たちはここで何を見せてくれるのか!!』
麻雀の放送なら聞き慣れた福与アナウンサーの声と共に、画面には固まった選手たちの顔が一人づつ映し出された。
「流石は臨海……圧勝してるな」
半荘1回や2回では追い付く事など無理にしか思えない点差に、絹恵は驚くしかなかった。
冷静に言って、現状で2位の新道寺にも希望は無さそうなのが正直な感想だった。 この場面で臨海のネリー・ ヴィルサラーゼは世界への試練のような高過ぎる壁である。
「あれで今回の大会ではレギュラーの留学生は二人しか無いんだよね。こわッ」
「あの点差だと、ネリーさんはやる事無くて怒ってそうです」
「勝ててるのに怒るん!?」
由暉子のとんでもない発言に絹恵は高い声を放ったが、由暉子は当たり前の事を口にしたのに何で?って言いそうな表情のまま話を続けた。
「点差が広がり過ぎると極的な活躍の余地が無いから困ると、よくそんなふうに言ってました」
「自分が目立つ為事だけを考えて勝ちに文句を言うなど言語道断ですわね。 麻雀に置いて自分の勝利を確信して当たるくらい愚かな事も有りませんのに」
「なんか、自分だけを頼りにする孤高の雀士ってんかいな?」
全国屈指のデジタル派雀士である龍門渕透華的には理解不可能な考え方だけど、絹恵には心当たりっていうか間近に似たような考え方をしている人が二人くらい思いついた。 常に自分の勝ちを疑わない精神ならよく知っている。
「お母さんや、おねーちゃんとは、似た者同士かも」
「その自信過剰に根拠が有るなら、全然過剰っては言えないよね……」
憧の言う通り、ヴィルサラーゼはその自信に相応した結果を日本だけでなく世界の舞台に残して来た。
もはや色鮮やかな画面の中のネリー・ ヴィルサラーゼは、自信満々な顔を隠そうとすらしていない。 どうせ緊張感を演出するなど無理な点差、ならネリーに残された道はただ一つしか無いのだ。
徹底的に叩きのめす。 それだけ。
『またまた、 ヴィルサラーゼ選手の三倍満が炸裂──ッ!!』
『あっという間に3回目の和了です! 最早飛び終了寸前、これは偶然でしょうか、必然なのでしょうか──!』
『うーん、わかんね──!! 全てがわかんね!』
『三尋プロも、分からないそうです!』
中継席からは福与アナウンサーと三尋プロの、これが世の中に有って良いのかと思われる中継が全国に流れている。
何時もならどうせ効かないけど、福与アナへのブレーキ擬いにでも成ってくれる解説の小鍛治プロが不在の為、勢いだけ有って完全に崩壊している中継コンビが結成しているので、もはや中継は頼りに成らない。
でも大体解説が要らない状況に成ってる試合には、これで良いのかも知らない。
何にせよ、ここの女子高生雀士たちには、結果が見えている。
「この状況だと流石に明日の決勝は臨海、白糸台、阿知賀、三箇牧で決まりですわね」
腕を組み、画面を睨めていた透華はそう言った。
まだ明かされてない原作の春季大会と違うかもですけど、高校野球の春季大会を参考にして見ました。でも知らない領域ですので、wikipediaをで見てもピンと来ませんね。ご理解頂けると嬉しいでうす。
透華は可愛いです。