優希-Yūki-、再び全国へ   作:瑞華

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桜の春と龍門渕(2)

「決勝……、東京組は二人して出とるちゅうのに、何でうちらはあらへんの!?」

「アハハ……」

 

 未だに準決勝での負けを引きずってる絹恵の叫びに、ここで唯一決勝進出を自分の手で果たした阿知賀女子の憧だけ、気まずい笑いを流した。

 姫松とは直接対決じゃ無かったけど、慰めるのもなんだか可笑しい気持ちになるし、憧の親和能力でもここでは何も言えない。

 すぐにそれを検知した透華は、一度憧と絹恵の顔色を伺ってから口を開く。

 

「愛宕さん、新子さんが困っていますので、おやめ下さい」

「せ、せやね。 ハハ……大人気なかったで」

 

 今のは絹恵と同じく負けた側の人間である透華だからこそ言えた事だった。

 残念な事に姫松高校と龍門渕高校は、参加校32校の内決勝の舞台に座れる4校までは残れなかった。

 順調に勝ち進んだ龍門渕高校だったけど、最終成績は準決勝2位で、透華の春は終わってしまった。

 春季大会には個人戦が無い。 団体戦で負けたらそれでお終い。 だから今後の為の練習や学校同士の交流の為に4人が揃い、麻雀を打っていた。

 主の理由は明日の為に最終調整を施したい憧の要請に応じたのだけど、透華と絹恵に取って今こうして集まっているのは、春の残光を追っているような物でもある。

 

「姫松は白糸台と近差でしたし、愛宕さんも強かったのに残念でしたね」

 

 空気を丸く収める為、絹恵を慰めるような言葉を言った由暉子の気遣いに感謝しながら照れ隠しに笑った。

 

「真屋さんもな、今回に参加しとったら決勝にも行けたんやろう? 手続き早かったら参加出来たんちゃう?」

「私は春季大会までは参加出きないのを知ってましたので大丈夫です。 それに、そもそも有珠山では春季大会には出場出来ませんでしたので同じかと」

「真屋さんって、以外とキツイ所まできっぱり言うタイプやな……」

 

 流石のド直球に、絹恵は少し戸惑ってるのを隠せなかった。

 冷静に考えるなら由暉子の言う通り、たった一回のインターハイ団体戦8位くらいでは春季大会に選抜されるのは難しい。 その勢いで地区大会まで制圧したら話は別だけど、北海道だって激戦区だ。 それに有珠山は3年二人が抜けた穴を埋めるのすらままならない。

 でも、活発なスポーツ少女の愛宕絹恵は案外と心弱く心遣いがやけに優しい性格なので、由暉子の小柄な体では以外な口ぶりには驚いてる。

 

「そ……そんじゃ、次こそ真屋さんも先鋒で出るんやんな?」

 

 ここで気楽に頷けたら良かったのだけど、チームメイトの活躍をテレビから見ている由暉子は顔を横に振るしか無かった。

 

『ここでも振り込まない──!』

 

「だったら嬉しいんですけど、まだ今年の先鋒が私に決められたのでは有りません。 監督からは明華さんがヨーロッパから戻ったら、改めて整備するって言ってました」

「へぇー、大変やな臨海は。 真屋さんですら団体戦のエントリーに入れるか、あやふやなんて」

「人材多すぎでしょう……。 うちみたいに部員不足も困るけど、名門で数多いのも考えものね」

 

 憧は阿知賀女子麻雀部再結成の時の苦い思いを振り返て2つを秤に掛けてみた。

 ルールが許すなら団体戦エントリーのレギュラー5人を全部留学生にする臨海。 でも、それを知った上でアレクサンドラ監督の誘いに応じた由暉子は、後悔は無い顔立ちだった。

 憧にもそれくらいの事は読めた。

 

「由暉子は臨海の環境ならもっと強くなれる、自分がもっと成長出来る道を選んだんだよね?」

「そのつもりです。 世界の強い人達と何時も打てるのは捨てがたいメリットですから」

「様々な人と打てるのは本当に貴重な取り柄だよ? 正直に言ってさァ、うちの部はハルエいや…赤土先生が卓に混ざらないと全然練習として成立しないんだよ」

 

 憧の愚痴にずっと黙っていた透華から一言を投げられる。

 

「そうでしょうね。 阿知賀はオカルトだらけの異常事態学校ですし」

「天江衣持ちの龍門渕から、そんなこと言われてもですけど……。 まァ、だからこういうメンバーで打てて嬉しいなーって思いましたんですよ」

 

 透華はそれに反論はしない。 明日の決勝という大事な試合を前にした憧がこの4人を集めた理由がそれだからだ。 勝った側から負けた二人に、自分の為の練習試合を申し込む、それを気楽に話掛けたとは思ってない。 

 お人好しの絹恵も大して変わらなかった。

 

「次は公式戦で打とうね、新子さん。 いいや、この4人でインハイの決勝で会いましょ!」

 

 絹恵の温かい言葉に、透華は平然と水を差す。

 

「ここの4人共、ポジションはバラバラですけどね」

「確かに」

「ここで言う!?」

 

 絹恵なりに良い事を言ったつもりだったのに、ボケとツッコミ役を同時に押し付ける気分だった。

 

「あたしが中堅で、絹恵さんは大将、龍門渕さんは副将、由暉子は…出るならどうせ先鋒しか出来ないか」

「ホンマ、皆して酷いわ」

 

 そこまで言わなくてもいいのに、わざわざ一人づつ改まってまで確認する憧がとどめを刺すと、絹恵は頭を抱える。

 赤いメガネの下でうるうるしそうな眼をしているので、憧はこの話はもう触れない事にして、話題をずらした。

 

「そう言えば龍門渕さん、何で準決勝でポジションを先鋒に変えたんですか?」

「ただの気まぐれでしてよ」

「嘘やん! 私には御見通しやでー?」

 

 今度は、とぼけ顔をする透華に、餌食を見逃さない絹恵が食らいついた。

 

「憩と打ちたかったさかい、先鋒で出たんやろう?」

 

 絹恵にしては珍しく、厳しい言い方で放つと、少しずつ透華の耳が赤くなるのが見にも見えた。

 

「えっと、その準決勝では確か大将戦で憩と天江さんの直接対決になったんですよね?」

 

 準決勝第2試合は長野の龍門渕、大阪の三箇牧、北海道の琴似栄、愛媛の大生院の組み合わせだった。

 選抜大会だから同然だけど何処も強豪、接戦の果に最後の最後に来て決着がついたその試合の結果は、現役高校生最強で三箇牧の看板である荒川憩を最後に出した三箇牧の勝利と決まった。

 そこまで思い出してやっと、憧は自分が出した話題だったのに絹恵のおかげでひらめいてしまった。

 

「ああー、互いに考えたんですね、相手を攻略する為のオーダーを」

 

 解ったという顔に成ってる憧と目が合うと、透華は一間を置く。

 

「……悔しいですが今回の負けは認めますわ。 三箇牧で衣の相手が出来るのは荒川憩だけ、ならそれは同然のオーダー変えでしたのに、荒川憩に勝ち越出来るか試したかった私の目が眩んで安直なオーダーを出した事に弁解の余地は有りません」

 

 話を終えた透華は指組をして唇を噛む。よっぽどの悔しさの現れだった。

 基本エースは先鋒、競技としての麻雀は先鋒で1位を取れるかによって戦法が大きく変わる。 逃げて守りを固める相手を、簡単に攻略出来ないという特性が先鋒にエースを置く以外の選択肢を消してしまう。

 三箇牧は、何時もそのセオリーを守って来たが、今回の準決勝に来て突如オーダーを変えた。

 

「火力が強い天江さんの相手に憩さんを置いて、副将までは4校で混戦に持ち込む作戦辺りが上手く効いた結果ですか。なるほど」

「春季大会はオーダー変更が自由やから、監督の器量も試されるねんなぁ」

 

 絹恵の頭の中に赤坂監督の顔が浮かぶ。

 ぼさっとしてるのにしか見えないし正直な所何を考えているのかさっぱり分からぬその人に大将を任されて、上手くやってるのか分からないまま半年が過ぎている。

 大将というポジションは重い。

 

 その重さを知らないのか、知る必要も無いのか、画面の中のネリー・ ヴィルサラーゼは簡単に試合を終わらせた。

 

『試合終了──! 決勝に進出するのは臨海女子高校、圧倒的な力の差を見せつけました!』

 

 もう何も言うこと無しの試合が終わって、福与アナウンサーの声だけが部屋の中に響く。

 

(私はあんな怪物と張り合えるんやろうか)

 

 

 これに感想など要らないくらいの大差。 最後まで攻撃を諦めなかった鶴田姫子の複雑な感情を堪える顔が画面に大きく映し出されてる所で、透華はテレビの電源を落とした。

 

「では、暗くなったところですし、お開きにしましょうか」

「はいー、賛成」

 

 普通なら試合の感想を交換したりするかもだけど、透華は場を速やかに場を締めようと席を離れる。

 一応は透華なりの憧への心遣いだと、憧はすぐ気づいて自然に携帯を取り出す。

 

「皆はホテルに帰てるかな……」

「わざと訊かへんかったけど明日試合やのに別行動して良かったん?」

「一応は各自最終調整のつもりですけどね」

 

 試合に備える方法は皆それぞれ、逆に麻雀を手の近くにも取らない人だって有る。

 だけど絹恵は出発前から上重主将に添削と検討を求められた観光日程を思い出してしまい、少し落ち込み気味に成ってしまう。

 

「ああ、うちはな……負けてから悔しがるのもそれっきりで、皆して観光しに行っとんねん……」

「準決勝終わってから廊下で悔しがってるの見たんですけど!? 切り替え速ッ!」

 

 早速実行したチームメイト達に向けて絹恵が軽くため息を突きながらそう言うと、やけに憧の方がもっと驚いた。

 

「それが大阪のノリって物ですね」

「流石にそれは偏見かと思いますが……」

「やけど、完全には否定出来へん……」

 

 北海道の天然娘を前にして、絹恵に出来る事は無いらしい。

 そんな絹恵の為に、近畿地方の仲間として全く他人事とは言えない憧も助け舟を出す。

 

「実の事を言うと、うちらも明後日からは東京見物部になっちゃうんです」

「良いですね、東京見物部。私も入部を希望します」

「由暉子も、今年から東京住まいじゃん。そんな部に入部しちゃ駄目でしょう」

 

 すぐどうでもいい話に流れてしまう気楽な女子高生たちを前にして、透華はため息が似合う顔で、おでこに指を当てた。

 

「次の為に実力を高めようとする方は有りませんのですか?」

「まず、うちらが居るですよ」

 

 

 

 

 真屋由暉子は、透華と二人っきりで夜の国道を走る車の中にいた。

 町中で見かけたら長いという感想しか持たなそうな桁違いの高級車のなかで違和感を感じながら外を眺める、こんなの一生縁の無い筈だったのに。 先までいたホテルだって、多分二度と入る事は無い。

 由暉子はただ簡単な表現で、可笑しい気持ちになりながら座っていた。

 

「私はバスでも良かったんですが」

 

 由暉子は小さく不満げな声でそう呟いた。

 けれど、透華はそんな程度では動じない。

 

「こんな夜中の都会に、お嬢さんを一人で歩けさせるには行きませんわ。 それに今から衣の迎えに行くんですから少しの回り道をしたって大差は無くってよ」

 

 由暉子は最初、憧、絹恵と一緒に戻ろうとしてけど、透華はその二人を車に乗せて送り、別の車に由暉子を半強制に乗せて自分も乗った。

 二人が泊まってる日比谷公園近くのホテルは、透華が取ってるホテルと試合会場を挟んで反対側だが、別に遠くは無い。 二人には歩いてもすぐの距離だったけど遠慮する由暉子を捕まえる言い分を作る為にも、そうさせてもらったのだ。

 太陽はとっくに落ちてるので暗い筈なのに、目が眩しいくらいの東京の夜中の光が前から後ろにきえてゆく。 黒い湖に浮いてる気分、透華のせいで、由暉子の眼には非現実的な光景だらけだ。

 このまま外を眺めていると、長くても20分で由暉子の住んでる寮に着く。

 

「龍門渕さんは何時までここに居るんですか?」

「特に決めてはいません、衣が帰ろって言い出したら帰るって感じですわ」

「そうですか」

 

 話は続かず途切れてしまった。

 二人っきりと言うのは、とてもおかしな事だ。

 透華と由暉子は知ってから長くない。 それに学年も違うし、住んでる所も違うし、多分性格も違う。 何も合ってる事が無かった。

 麻雀をしている高校生たという点を除けば何一つまで違う。

 結局の所は、知り合いの知り合いと言う、とても曖昧な関係。 憧や絹恵と一緒の時はもっと親しい感じもしてたけど、曖昧な空気が流れる。

 中を繋いでくれる誰かが居ないと、二人の関係性に残るのは一つしかいない。

 

「また、麻雀打ちたいです。 次は公式戦で」

 

 前兆もなく由暉子の口から飛びかかった言葉に、透華は頬杖を解いた。

 

「ええ、夏こそは必ず。 私も臨海から世界の壁を感じて見たいし、楽しみでしてよ」

「メグさんも、龍門渕さんと打ちたかったと、何度か言った事があります」

「メグ? ああ……臨海のアメリア人留学生ですか」

 

 臨海女子の副将だったMegan Davin、その名前を思い出した透華は目を細めた。

 

「たった一回の試合でも、この私を強敵と感じるには充分な時間だという事でしょう。 よく覚えてませんけど……」

 

 負けた試合の話を自慢げなエピソードに書き換えては最後に語尾を濁らした透華を、由暉子は黙ったままじっと見つめた。

 透華から聞きたい事はそれでは無い。

 その目線に気づいてからも透華は黙ってる考えだったけど、あんなり長く続くので、仕方なく由暉子の方に顔を向いてしまった。

 

「な…何ですの?」

「偶に龍門渕さんのスタイルが極端に変わるのと関係ありますか?」

「……手の内は教えられませんわよ」

 

 透華はそう言い切る。

 目玉を隠すしてる匂いを出しながら恍けるが、由暉子だって最初からそう安々と本音を言ってくれるとは思ってない。 直接戦ったメガンさえもその時現れた透華の本質は見られなかったと、由暉子は聞いていた。

 だが今はそれは良い。

 

「コーチから他校の戦力分析データを見た事がありますけど、龍門渕さんの事も見てもらいました」

「ほおぅ……東東京の名門、臨海直々の戦力分析で見た私ですか」

 

 透華は興味津々な声に変わっていた。

 お金で高校麻雀界を動かす臨海女子高校、世界に一番近い臨海が作った自分への分析と聞いて興味が注がらない筈が無い。

 透華が龍門渕高校として全国の表舞台に出て3年目、龍門渕高校も秋季地区大会である北信越大会を去年見事に制した以来からは、長野を越え北信越地区の王者と認めつつあった。 龍門渕高校の分析資料、寧ろ有って同然。

 なのに由紀子の口から出た言葉は透華の期待からは何光年も離れていた。

 

「原村和の真似をするって書いてます」

「何でそこで原村和の名前が出るんですか!」

 

 その名がでる土壇、透華はかっとムキになったけど、由暉子はそこで止まらず、顔色を変えないまま蒸発するような口ぶりを取った。

 

「龍門渕さんの事を知ってる人なら誰でもそれくらいは解ると思います」

「それは聞き捨てなりませんわね……。 真のアイドルをこの私でしてよ! もう麻雀界から去った人など、語る価値も御座いませんわ!」

「でも私は、原村さんにまた戻って来て欲しいです」

 

 由暉子はそう言って、透華の揺れている眼を直視した。

 

「龍門渕さんも、まだ原村さんの事を気にかけてますよね?」

「私は……」

 

 71回インターハイの決勝戦が、初出場でありながら決勝まで駒を進めた清澄高校麻雀部の最後の舞台になった今、長野県内に龍門渕高校に勝ち越出来る学校は存在しない。 昨年の夏まではマスコミから地域のレベルを疑われてた長野県だったが、大きくその地位が変わっていた。

 でもそう変わったのは、龍門渕の手によってではない。

 そう変えたのは清澄だ。

 同時に龍門渕は、幻の様に消えた清澄の影の中に閉じ込められたまま。

 王座を取り戻したのでは無く、王座の主が消えただけ。

 そこに透華は取り残された。

 

「先も言いましたけど、もう去った人です。 原村和の人生は彼女の物、自分の人生への選択に他人からの口出しは御無用ですわ」

 

 透華がまだ子供として出せる大人らしい結論には正しい。

 

「私だって、自分のエゴを押し付けたくはないです」

 

 どっちが正しいのか、由暉子だって知っていた。

 少し大人になりながらペンギンとエトピリカのお話が変わって見えるように、世の中は見えるより深く複雑に絡んでいるから。

 だけど由暉子はまだ、大人ではない。

 

「それでも、エトペンはエトピリカに成りたい筈です」

 

「エトペン?」

 

 ペンギンの事を語る由暉子は、眼を光らせている。

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