「おおっ!プリンみっけ──!」
全国高校生麻雀選手権大会西東京地区4年連続優勝はもはや確実とも言われている白糸台高校、そのエースとして先鋒を務める大星淡は、プリンひとつに大喜びしていた。
まるで宝物でも見つけ出したかの様に、コンビニのプリンひとつにも眼を輝かせる。
「淡ちゃん、大勝利!」
そろそろ暑くなりつつある6月の日差しには構わず、満面の笑みのまま大量のお菓子が詰まっている袋を膝の横に置いといて、淡は勢い良くバーンと立ち上がり髪の毛を靡かせた。
「そんなに嬉しいですか?」
「私、プリン大好物だし。やっぱりテルは気が利くね」
そう言った淡は即ざ礼儀正しく座り、プラスチックの蓋を開けながら純粋な笑顔になる。お子様のような淡だから故に、高校100年生という子供地味な自称が逆に相応しい所であった。おそらく今年からは101年生になったはずだけど、100も101もあんまり変わらない。
そのお偉いさんの隣で原村和は複雑な笑いを作りながら、足元の袋を覗いてみた。
白糸台高校のOGとなった宮永照から淡に渡す事を頼まれた、お菓子いっぱいの袋の中身は本当にお菓子だけらしい。せめて飲み物はと思った和だったけど、宮永の子達はあんまり器用じゃないみたいだと、自分ひとりで質問を完結し勝手に納得した。
足を組んだ和はその膝の上に頬杖をして、プリンの甘さだけで幸せそうな淡の顔を見つめる。
「何?食べないの?ノドカも食べてよ」
今日中には食べ切れない量が詰まっているビニール袋からは何も取り出さ無いのを疑問に思った、淡はそう言った。
けど、和は作り笑いで顔を横に振るだけだった。
「私は大丈夫です。昼ごはんも食べたばっかりですし」
「そう?」
甘いお菓子とデザートに限るなら女子高生にそれはありえない。自分もテルもそうだし、菫も違うふりするけど本音は変わらない。大星淡は勝手にそう考えていた。
すこし考え込んだ淡は自分の口に入れようとしてたスプーンの方向を変えた。
「でも少しなら良いよね? ほら、あーあん」
「え…?」
白い生クリームと黄色いカスタードプリンを乗せたプラスチック製のスプーンが止まる気配もなく無防備な和に直進する。
少しの迷いなど無しに自分の口元まで近づいて、やっと和は頬を真っ赤にし慌てながら淡から離れ後ろに逃げた。
「……そ、それは遠慮して置きます!」
和の可愛い反応に、淡はにししっと笑ってからスプーンを自分の口の中に入れる。
「本当、照れ屋さんなんだから」
口の中に入れる土壇すぐとろけるプリンをもぐもぐしながらそう言った。
二人はしょうもない事で暇を潰す。宮永照からの差し入れには、その値段の分は働いてもらった。
だが、照からの差し入れを口実にしてここに居座っているのも、長くは出来ない。
最初、和はこれを淡に渡して控室まで見送ってから帰宅するつもりだった。
昼の休みにやっと電話に出てくれた淡を呼び出して廊下で会ったのまでは良かったものの、なんだかんだで淡のペースに巻き込まれたら、ここで訳の分からないピクニックみたいな事をする羽目に陥たのだ。
和は、素早くプリンを空にした淡に、控えめな声で問いかけた。
「戻らなくても良いんですか?」
「何が?」
知らないふりをして聞き返す淡に、和は小さくため息をついてから話を進める。
「控室に戻らなくても大丈夫なのかと訊いているんです。まだ試合中でしょう?」
先鋒で出場した淡の出番はとっくに終わっているから、ここでサボっていても問題は無いけど、普通はチームメイトと一緒に居るのが常識だ。だから照もこんな大量のお菓子を用意したのだと和は考えた。外に出回る淡をチームに留まってもらう為に気を使ったかもと。
そんな和に、淡はすっとぼける顔でニヤリと笑う。
「ノドカも一緒に来るなら戻っても良いよ?」
得意気な顔をする淡だったが、それは聞けない相談だ。
「私が入れる訳が無いじゃないですか……」
当たり前だけど出場選手でも付き添いの部員でも無い和は選手控室には入れない。松庵女学院の麻雀部員でもない訳だし、それは明らかに無理がある話だ。
淡はそれを知ってる上に話にもならない言葉を口にした。すると、和が呆れたという表情になるのは同然な帰結。
「なら、ここで良いじゃん」
そんな和に淡はそう言い放ち、何時の間にか手に持ったウエハースチョコの中身を指で取り、また口に入れた。
大会の真っ最中だと言うのに、その会場の体育館の裏庭で人気の無い建物の陰の下に隠れお菓子を食べる。どう考えても可笑しい。
それに、二人がこっそりしているここも体育館の人たちが出入りする裏口なだけで裏庭も何でもないけど、淡に取っては和と二人で静かに居られる場所なだけで良い所だった。体育館の空気調和設備がうるさいけど、淡にそれは我慢出来る範囲だった。
「これで良いのやら……私には分かりません」
そこそこ食べ終わって、指先に残ったウエハースチョコの粒を舐めた淡は、和と目を合わせる。
「私は任された分はきちんとやっておいたから。テルの居ないチーム虎姫は虎姫じゃないよ」
その言葉にこもった淡の冷ややかな態度に、和は何も言い返せなかった。何時も一方的な熱情を配る反対に存在する無情さにすこし驚く。
すると、淡はすぐ手の平を変え笑顔を作った。
「そうだ、ノドカー!」
「な、何ですか?」
「やっぱノドカがこっちに転校しなよ。それで全国制覇!今年は無理でもまた来年が有るしね」
これはまた困った話を突如言い出す淡だった。はしゃいだ声は和の気には関わらず話しを続ける。
「私もテルみたいに3年連続全国制覇したいからさ。私だって今よりは後ろにノドカがいる方がたら安心するな。あ、先鋒は私の分だから、それ以外は出番は自由に選んでも良いよ? シズノと当たりたいなら大将なんてどう?」
やるとは一言も言って無いのに得意気な淡は、もう来年のオーダーまで提案した。
チームの構成とオーダーを自分たちで決める、それは強豪校では見られないけど白糸台では可能だ。
けど、その提案への答えは決まってる。
「私なんて弱いですよ」
和はそう短く簡単な言葉で済ませた。
なのに淡は寧ろ興味津々な顔に成る。
「へェー、私はもう麻雀はしませんって言わないの? 本当に嫌ならそう言うでしょう?」
「どう考えようが淡の勝手です」
「そう?ならポジティブに考えちゃうよ?和なら長くブランク有っても守備だけなら、うちのセーコより固いだろうし大丈夫そうね」
「流石にそれは……先輩に失礼だと思いますよ……」
年長者への尊敬など一切持たない発言に少し引いてしまう様子だったが、逆に淡は笑う。
「大丈夫、大丈夫! 私だって空気くらい読めるようになったし、他の先輩相手には言わないよ!」
何が大丈夫なのか意気揚々とした面構えの大星淡。
ズレてる思考パターンから根本的な異常さを感じる。
「でも、その口の聞き方は悪いと思います。そんなんでは部活どころか友達すらまともに出来ませんよ」
「和だって私と変わらんでしょう!今日だって、どうせ和も学校の友達のいる所には行かないでしょう?気まずいから」
「それは……まぁ……否定はしませんけど」
意外と鋭い淡の言葉に、和は咳払いをして話を続ける。
「最初から淡が無理矢理呼び出さなかったら、来なくても良かったんですよ。毎回懲りもせずに押しかけて呼び出して」
「まるで私がワガママ言ったような言い草じゃん!」
「その通り、今日みたく無理言って呼び出すのもワガママですよ。淡はもう少し大人になるべきです」
和にとっては普段から溜め込んで来た不満の一部をぶつけだまでの事、けど淡は黙っては居られない。
ほっぺたを膨らませた淡は舌打ちした。
「どうせ来なかったらお家で一人しょんぼりしてるだけのくせに」
「それは関係無いでしょう! はァ……もういいです」
そう言った和は顔をそらしてため息をつく。
ここで淡と言い争いを続けた所で、得られる物などひとつもない。
話が途切れて一瞬の、音のないざわめきが二人の中を遠ざけると、淡は不安そうな表情を隠せなくなった。
「……拗ねたの?」
「拗ねてません」
和はそう否定したけど、淡の眼にも拗ねてるのが分かる。図星を指されで明らかな嘘を着くようにしか見えない。
弱い所は否定出来ないくせに、誰から見ても不機嫌で拗ねてるのは違うって白を切る頑固な性格のこの子が少しややこしい性格だと淡も分かっていた。
「分かった分かった、私が悪かったよ。ごめん」
軽く謝って、淡は襟を正した。
「とにかく、私はノドカが欲しいから。今日もテルと会ったんでしょう?テルから聞いてるか分からないけど、テルはノドカの事高く評価してるよ?」
浮かない顔のまま、和は流れる雲を見上げる。
今の高校生達に宮永照は絶対的強者で覇者だ。高校生としてのキャリアで泥を塗られたのはたった一度、プロの舞台ではその戒能良子との再戦に向かっている。
そんな彼女に認められるなら負けた者だって嬉しいだろう。
それでも、今更そう言われても嬉しくはない。
「高評価しすぎです。その照さんに去年のインハイでボロ負けしたのに」
「テルは観たから分かるもん、ノドカは強いって」
「観たって、私の試合の話ですか?」
「ああァ──、これだから和と麻雀の話だけはしたく無かったよ」
淡には、そこを疑問に思う和を理解出来ない。
宮永照の眼から逃れた者は一握り、直接宮永照と同じ卓に座った者なら誰しもそれが理解出来なくてもその気配だけは悟る。淡の経験的にはそうだった。
なのに和には何も感じ取れず見え無かったようだ。
大星淡と原村和は、ひとつの競技を、全く違う方向で理解してる。
淡の眼に映る景色が和の眼には見えず、和の眼に見えるものは淡の眼には映らない。
「デジタル打ちの子は皆ノドカ見たいなの? デジタルでも龍門渕のアイツとはもっと話が釣り合った気がするんだよね」
「あ、アイツはもうデジタルじゃないか」
・
長野 団体戦 副将戦 前半
[東4局]親、吉留未春
(私の親番か……)
東4局、吉留未春は前半戦と言う坂を登っている。
苦しいく一打一打牌を切りながらも、順位変動が期待出来ないままだ。
4位の鶴賀と点数を合わせても2位の龍門渕より劣り、その龍門渕すら1位の清澄には大差を付けられて遠いまま。
その龍門渕透華が未だに動かないのを、吉留未春は可笑しく考えていた。
長野県の大会で副将の重要性が高くなったのは、生憎にも天江衣のせいだ。この龍門渕透華という県内屈指のデジタル派が基本副将に座ってるのは、従姉妹の天江衣を大将にするしかないからだと、今になっては知れ渡ってる。
なのに今は、まるで覇気のない麻雀をしてる。
1位狙いの2位がする麻雀とは思えないまま、巡は流れて行った。
(同然天江衣が勝つと思うから無理をしないの?それとも無視してる?)
素早く牌を切る下家の透華の顔を覗いても、その無表情からは何も読み取れなかった。
静かに流れる局の中、清澄が山から牌を持って行く。
吉留未春からして対面の清澄高校の副将、南浦数絵。
(ここが流されたら次の局から南場、また一気に追い上げに来る……)
去年の個人戦最後の対局では、その宮永咲と一緒の卓で打った。まさか団体戦でまた再戦する事になるとは想像もしてなかったけど。
今年、未春が副将を任されたのは、去年の団体戦で良い成績を残したのは未春しか無かったのが大きい。
去年は福路美穂子先輩が作ってくれた大きいリードを渡されて、殆ど失わず中堅に繋ぐ事が出来た。
その次鋒戦で未春は染谷まこにも沢村智紀にも勝てたのだ。勿論、その試合で本当に勝ったのは2半荘で+30600を記録した妹尾佳織だったが、未春だけはその嵐の中で守り切った。
なのに今は、今年の未春には、その二人と直接張り合って勝てる可能性など全くもって感じられない自分がある。
先鋒からの大きい点差のアドバンテージ、妹尾佳織と言う素人に翻弄されデータによる打ちをする二人は自分の実力を出し切れなかった。その時、未春に有った利が無かったら、果たしてその試合で区間2位になれたのかと、そんな焦りが頻りに湧いてくる。
二人とは年も同じ、宮永咲や天江衣のような理不尽な麻雀をする打ち手でも無い。
なのにも感じる二人と自分の差、全国の強者達と相まみえる舞台が与えてくれる経験は、実力もメンタルもどれほど成長させてくれるのか、一度だけは経験したいと思ってしまう気持ちが、未春の心を揺さぶる。
(なら、この親はそう簡単には渡さない)
「リーチ」
東場なら守りを固めるはずの南浦数絵からもデジタルの龍門渕透華からも出和了は期待出来ないのなら、いっその事前に出るだけ。
未春はそう考え、牌を曲げた。
曲げた牌は、誰も鳴かないまま、次巡の透華は山に手を伸ばして持って来る。
「あら、すみません」
透華は、一度手牌の上に乗せたその牌を取り直し卓の上に、表側でさっと降ろした。
「和了ですわ。ツモ、700・1300」
龍門渕透華の平和ツモドラ1が、未春を止める。
淡と和は、結構気合ってる感じがします。