優希-Yūki-、再び全国へ   作:瑞華

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第46話、オカルト

長野 団体戦 副将 前半戦

南1局4本場 親、龍門渕高校

1位 清澄  162600

2位 龍門渕 130900

3位 風越   73800

4位 鶴賀   32700

 

 

「大丈夫かのう……」

 

 染谷まこの口から柄にもなく細い声が漏れた。

 その不安そうな声に反応するように、横に座っていた竹井久は右手を口元に当てて独り言を吐き出す。

 

「龍門渕さん、まるで別人になってるわ。たった1ヶ月の間に何故……?」

「まァ、確かにそれは謎だな……」

 

 まこは前に練習試合で手合わせをした時の対局を思い出しながら頷いた。

 透華の様子は中継画面を通しても十分にその可笑しさが伝わっている。強い打ち手なのは以前にもそうだったが、今は強いだけっていう言葉では説明がつかない。

 

「どっちかって言うと、従姉妹の方が見えとるんじゃ」

「数絵の調子は大丈夫なのに、これだけ差が出るとは……」

 

 久は後ろの言葉を口の中で相当に濁したけど、その声は他の皆にもちゃんと聞こえていた。

 でもその感想に反論など浮かばない。久の目に数絵の調子に狂いは無いように見えるのと同じく他の誰の目にも同じ、どう見ても数絵は今本調子だ。

 終わってない南1局がここまで来る間、数絵は何度もチャンスを手にしている。今の4本場もそれは同じだ。

 今の数絵の手牌は「四赤五六八②②②⑨23467」赤ドラが1枚含まれた一向聴、またしても良いそうな牌を仕上げている。

 中継映像に映し出されている、この手牌を見て、数絵の調子が悪いなどとは言えない。

 東場を得意の領域とする優希と裏表のように、数絵には南場がそうだ。そのオカルトでしか説明出来ない数絵だけの流れを失ったのでは無いのは確かだ。

 それに連れて優希も、またその牌に期待してしまう。

 

「おっ、かずちゃんの手がもっとよくなったじょ!行けるじぇ!」

 

 九筒を処理して三四赤五六八②②②23467に手替わり。向聴は進まないが絶好のツモだ。

 今の4本場に入ってツモ番が5回、間無駄ヅモも無くして数絵の牌は良い所まで来た。

 河に出され出る字牌は北と中だけ、序盤で字牌整理をした分以外に字牌をツモる事すらなかった。最初の配牌から結構にも搭子が揃っていた上に字牌すらほとんど含まれてない配牌は、南入して一気に追い込んでくるいつも通りの速さのパータンを見せてくれる時と同じだ。

 

「こんどこそ頼んだじぇ!」

「俺も応援くらい頑張るぜ!」

 

 優希と京太郎が声を上げるが、久はそこに水を差す。

 

「だと良いんだけど……そう思うままには行かないわよね」

「否定できないのう……」

「もっと前向きに考えようじぇ!部長ども!」

 

 優希はそう言ったけど、まこは久と同じくそう簡単に喜ぶ事は出来なかった。

 ネガチブな考えは好きじゃないけど、やっぱり今までの流れから嫌な予感がまた、まこの脳裏をよぎる。

 ここでわざとメガネを外して視界をぼやかさなくとも、まこは以前の局が瞼に浮かんでいる。

 やけに軽い手さばきが山の端から牌をツモってくる一瞬の姿を見ていると、何故か苦笑いになってしまうのが堪えない。

 

 二三四②④④④⑤23南南南、ツモ牌1

 誰よりも先にテンパイへ届いたのは誰でもない、龍門渕透華だった。

 

「この流れって……」

「恐ろしいわね、また一歩先を取られた。今も数絵に牌も答えてくれているっていうのに、それでも完全に格上って言うの?」

「こっちが早うテンパっても、またその上を行っとる……。手も足も出ないってのはこういう時の為の言葉じゃな」

 

 悪い予感は何時も当たってしまう。

 前の局と似たような形に近づいてゆくのは、もう否定出来ない。

 速攻で終わらせようとする数絵が、これと言う場面で待ち構えていた透華の手に落とされるパターンの繰り返し。

 今回もまた龍門渕透華に一歩先を取られた。

 

 誰にも自分のテンパイを悟られる事なく一歩先を行った透華は顔に何の変化など出さずに、手だけを動かす。

 

「これは……またリーチは掛けずにダマにするか?」

 

 京太郎だけが浅い知識で予測を言葉に出して、控室の全員の目は透華の手牌から出る筒子に集まる。

 素早く捨て牌を抜き、河に置く牌から指を離す最後の瞬間まで透華は牌を曲げず、そのまま手を放した。

 それは思った通りだったけど、久とまこ、そして優希の三人は最後の瞬間、驚いてしまった。

 

「あれ一体何なんですか?」

「狂ってるじゃろう……」

 

 透華が河に出したのは、二筒ではなく五筒。

 ②④④④⑤から三五六筒待ちではなく二三筒待ち、河に和了の目が死んでいるのでもないのに、透華はそれを選んだ。

 

 敢えて待ちが少ない方へ手牌を進める理由など何処にも無い。

 そのようなめちゃくちゃの悪待ちは竹井久のお株であって、龍門渕透華とは釣り合わない。

 二人の打ち筋は何一つ似ていないし、龍門渕透華の気まぐれでデジタルを捨てる場合はもっと分かりやすい利益が見える。

 なら透華に取ってありえる解釈として、五筒は安牌だと見せて二筒が溢れ出す事を狙い撃ちするのが狙いだとしたら、その対象は勿論二筒を暗刻で持っている数絵になる。

 けれど、それもまた難問だ。生中継と解説を観ながら全員の手牌を把握してる外野とは違って、龍門渕透華には他家の牌が分からない筈。よって特定の相手から溢れ出す牌を狙い撃ちするなどは不可能で、単に五筒で筋引掛けを企んでるのならリーチを掛けるべき。

 なのに透華は同然の如くリーチを掛けないまま送った。

 だったらもうめちゃくちゃ、まこの考えは一気に飛躍してしまう。

 

「相手の牌が見えているとしか思えん」

 

 僅か0.何秒くらいの刹那で、そこまで考えがたどり着いたまこは久の方を振り向いた。

 

「久、あんたもワシと同じ考えか?」

 

 まこの声は感情を殺してるけど激情的な内心は隠し切れていない。

 少し跳ね上がった声の質問に、久は少し合間を取ってから腕を組み、ゆっくりと言った。

 

「それは数絵の牌、見てから言えるわね」

「何じゃ、それは」

 

 そう言いながらも、まこは久がテレビの方に目をやるのに連れてそっちに目線が動く。

 龍門渕の下家に座っている数絵のツモ番、数絵の手牌の上に乗せられてるツモ牌は七萬だった。

 テンパイに取れる牌。

 

「あれは……!」

 

 三四赤五六八②②②23467と七萬

 切る所は決まってる。五八索待ちの2面張、ここで数絵が引く訳ない。

 

『リーチ』

 

 数絵は何時もと同じ、速攻で行く。

 が、それが通される事はない。

 二筒が河に出して、数絵の手がまだ箱に戻ろうとする時、龍門渕透華は手を開いた。

 

『そのリーチ棒、取る必要ありませんわ』

 

 二三四②④④④123南南南

 場風牌の1翻のみ。

 

『ロン──2400の4本場は3600ですわ』

 

 和了を決める瞬間だけ、またしても不気味に笑う龍門渕透華に鳥肌が立ってしまう。

 テンパイと放銃まで1巡も回らず、ほんの一瞬の出来事に、清澄の皆は大声すら出なかった。

 

「また振り込んじゃったじぇ……」

「これ、大丈夫でしょうか? もう心配っすけど」

「数絵は何時もと同じく出来る範囲で押した。今の判断は間違ってないわ」

 

 久の言う通り、確かここで押す数絵が間違ったとも言いづらい。

 追い風に乗った数絵は、和了に繋がれる確率が非常に高い牌を次々と呼び寄せて速く強く押しつぶす。それが何時も数絵が通す戦い方だ。

 今はそのやり方が龍門渕透華との力比べで押し負けているだけの話、麻雀に正解など無い。

 

「でも、これはもうオカルトじゃろ!」

 

 表情を隠している数絵の画面越しの様子から今の考えまでは分からないが、多分本人も翻弄している。まこはそう見えた。なのにやれる事はない。

 

「テンパイ出来る目のどっちが入るか次第じゃった。二筒を頭にするテンパイになったのは運の……」

 

 出来る事が有るとしたら、本人が居ないここで抗弁する事だけだ。

 久だって、喧嘩でもするように声が大きくなってるまこの気持が分からないのではない。

 

「先の話に戻るけど、龍門渕さんの性格を考慮すれば理由のない行動を取ったとは思えない」

「じゃなんだ?アレは、アイツは本当に透視でも出来るようになったのか?」

「いいえ、それだけじゃないわ。数絵の牌が本当に見えているなら二筒を暗刻で持っている数絵から和了が塞がれる可能性も考えるべきよ」

 

 理解出来ないって顔をしてるまこと目が合った久は、もう少しヒントを与えた。

 でも、まこはそれだけでは理解出来ないらしい。

 

「龍門渕さんは基本効率優先のデジタル、私みたいに感覚で悪待ちはしないよ。それを前提にして、あの形が効率的ってんなら何が必要か?」

「ワシには分からんが」

「相手の牌が見えるとしても、ツモる確率が低い方を選ぶ筈がないじぇ。どう考えても確率が高い三面張にする方が効率的だじょ」

 

 優希までも食らいつき声を上げて来ると、久は薄く笑う。

 

「数絵が手持ちの二筒を切ると確信があるなら話は別よ。今みたいな牌が来るなら、ね」

 

 龍門渕透華は効率重視のデジタルの打ち手、あくまで合理的に自分に最大の利益になる選択をする、次に数絵が二筒が要らなくなる確信。

 これはもう一つしか無い。

 

「手牌も、次に来る牌も知った上で打ってるのか」

 

 その言葉を吐いた瞬間、まこは自分が何を言っているのか、呆れた顔になる。

 数絵が二筒を切るしかない形で牌をツモると知ってるとしたら、確かにそれが合理的だ。

 次に来る牌が見える。そんな恐ろしい領域を想像したまこは、画面の向こう側の龍門渕透華を睨み付けた。

 

「そうなって当たり前、それはこれからの牌が全部見えて、何が来るかも知っとるちゅうのか?」

 

 久は右目だけを顰めるまま答える。

 

「そうだろうね。全部ではなくても、ある程度は……ね」

 

「そんなのありえないじぇ!」

「何言ってんですか先輩……冗談は程々にしてくださいよ」

 

 優希と京太郎はそう言ったが、まこはもう反論する気にはならなく、そのまま目を瞑る。

 

「あっさりと言うな、ハハッ」

 

 まこは冷静を気取ってるけど顔に出る感情は完璧には消せなかった。

 

「なら、どうしようもないじゃねぇか」

「でも……」

 

 優希はまこの悲観的な話に反論したかったけど、うまく言葉が出なかった。心の中ではまこと同じ事を感じてしまた以上には仕方ない。

 片岡優希は、あまりにも遠くに居るように感じるかずちゃんを信じる事しか出来ない。


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