津山睦月は最初からこの副将戦を龍門渕透華と南浦数絵の一騎打ちになると想定して試合に挑んだ。
それは誰から見ても妥当な予測であって、どの高校もそう思ったに違い無い。
だけど、その予想は完全に外れと出た。
動き始めた龍門渕透華によって、少女たちは足踏み状態から抜け出せないまま時間だけが流れ、南1局から逃れる事を許さなかった。
河は上から下へと、左右に曲る事も無くただ真っ直ぐ海の底へ。
龍門渕透華の意思のまま。
他の相手など自分の席に囚われてるだけのようなモノ。
従姉妹の天江衣がその身には大きい過ぎる手を操り河を揺さぶっても海の底まで導くとするならば、龍門渕透華は真逆の形とも言える。
水面を淫らす微弱な風ひとつの存在も許さない麻雀、本当の意味で目覚めた龍門渕透華が作り上げた静寂を破るなど、彼女と肩を並ぶ怪物達にも出来なかったのだ。
その圧倒的な力を披露したその対局を、1年も前にちゃんと自分の目にした睦月は尚更承知の上だ。
彼女だけが突っ走る卓上に、鳴き声を響くなど有り得ない出来事である。龍門渕透華にとっては有ってはならない出来事。
なのに何故か、そのチャンスが睦月の目の前に現れた。
『勝ちへと繋がれる細い一筋の可能性が有るとしたらこれしか無い』と理性で判断するより一歩先に、津山睦月は「ポン」と高らかに発声した。
「トーカから逃げたな」
天江衣も
「ここに来てやっと、すか」
東横桃子も
「先にやらかしたし!」
池田華菜も
「……大丈夫かのう」
染谷まこも、その有り得ない場面を目撃した。
津山睦月の副露を合図にしたかのように、中継画面の前に集まっている全ての少女達の、それぞれの思いが交差する。
確率では説明がつかない異変が破れるという異変もまた一見信じがたいが、だからこそ誰もこれから起こる出来事など予測できない。
それは睦月本人も同じだった。
(龍門渕さんの支配が破られるなんて、こっちも思ってなかったけど……今はこれしかない)
一か八かで副露はしたものの、この選択に確信が有るのではない。
卓を囲んでいる二人、南浦数絵と吉留未春もさぞかし驚いてるのに違いなかった。顔から出ているから分かりやすい。
ただ一人透華だけが可笑しいくらいに、これと言った反応すら出さず平然を気取っているのは妙だ。
透華は淡々と、捨て牌を持ってかれた数絵と牌を切る津山睦月の手を眺めているだけ。
そこが逆に不気味な目線を受けながら、睦月は考え込んだ。
(さぁ、問題はこれから)
『桁違いの怪物達には敵わない』って事は、麻雀に関係してから今まで何度も経験済み。
あえて例える必要もない。今この卓で相手している3人からも、そういう思いをした経験は有る。器量の違いというのを何度も思い知ったのだ。
なのに今は、ここでたった一人だけが、他の3人に同じ思いをさせてくれている。
(見透かされているような感覚……でも、私なんか麻雀に置いて勝ち組ではないけど、そう簡単に勝たせてあげるつもりは無いよ)
聞こえるはずのない独り言と共に、睦月は確定してる役も無い手牌から浮いてる八索を切った。
鳴いてしまった以上、進められる完成形は制限される。今の牌で仕上げられる役が見えてないけど、どうせこれ以外の選択肢は無い。
(そもそも、このまま消極的に動いても前と同じ繰り返しになるだけだし)
どっちみち、睦月には悩む余裕も無い。
(点数なんか関係ない。特に今みたな状況には尚更)
一度逆に動き始めた歯車を元に戻すには、それを停止して逆方向へと動かす為にある程度の時間が必要となる。
止めもせずに動きを変えるなど、それこそ神の領域。
龍門渕透華がどれだけ強い化け物だとしても神には至らないだろうと、睦月はそう思って動いた。
また襲いかかる支配から勢いを失う前に、見えないゴールまで真っ直ぐ走るだけ。
「こまりましたね……」
そして、吉留未春はツモって来た牌を眺めながら、そう言ってみた。
(本来なら、これが津山さんの所に……)
手に持った生牌から意味を求める。
(龍門渕さんの『鳴かせない』と言うのは、やっぱり福路先輩の推測通りなのかな……)
未春は、福路先輩の『直接相手の口を塞ぐってのもないから正確な表現は、鳴く場面を与えてない』との言葉を思い返した。
何故今になってその異変が途切れたのかは分からないけど、今はそれを前提に考えるしかない。
手牌からゆっくりと捨て牌を選ぶのに時間を使うのは、和了る為の牌選びより、和了らせる為の牌選びの方が時間がかかるからだった。
未春に今の状況を完璧に把握する器量は無かったが、吉留未春だって空気も読めない間抜けではない。
(理由は分からないけど、この流れで和了らせるなら……これかな)
「ポンです」
睦月は風越からツモ切られた西を持って行く。
これで自風の役が確定。
見え見えのアシストをしてくれる未春のお陰で、睦月はもう一歩ゴールに近づけた。
これで二副露、一気にテンパイまで辿り着いた牌を和了らせるのには、そんなに時間を必要としなかった。
「ツモ、300・500の5本場は800・1000です」
なんて事のない和了を決めて、睦月はやっと一息入れる事だ出来た。
訳の分からなかった南1局をやっと終わり。
長かったトンネルを抜けて南1局から脱出した事で達成感までは感じ無いけど、これでそのまま潰れる心配は無くなった。
やっと龍門渕透華の右手が点棒を箱に仕舞い込む。
龍門渕透華は、支払いの為に箱から取り出した1000点棒を津山睦月の前に出しといて、突然口を開いた。
「南浦さん」
一見は柔らかそうな表情から出る声が向かったのは南浦数絵にだった。
「……何かようでも?今は試合中ですが」
前触れもなく、いきなり名前を呼ばれた数絵は、透華の方も見もせずに相当不機嫌そうな声で会話を拒むとの意思を表した。
数絵の答え通り、今は余計な話は要らない。
だけど透華はその言葉の裏が聞こえないのか、完全に無視して自分の言葉だけを喋り始める。
「貴方、逃げましたわね?この私から」
「……トラッシュトークにも限度と言うのがあります、龍門渕さん」
いささか険しい雰囲気を含んだ言葉に、数絵の声が低くなる。
他の人からだったらあんな薄っぺらな口ぶりなど浅い挑発だと受け入れて済んだ。
が、そうには成らない。
鋭く睨む数絵と目線が合った瞬間、透華は小さく笑った。
「ふふっ『くだらない挑発には乗りません』のつもりですか?全くガッカリですわね」
首を左右に振りながら言いたい事だけを勝手に続けた透華に3人の目線が集まる。
そんなのはお構いなく、透華はまた数絵の顔を真っ直ぐ直視した。
「私は貴方の麻雀に興味など有りません。自分の考えた通りに打つ事も出来ない者など、お引取り願いますわ」
その後、前半戦の残り3局は間も無くして終わりを告げた。
龍門渕透華の3連続和了、それもひとりに一回づつの出和了を取った。
安い手で人を玩ぶ行為すら、どこか綺麗に感じさせる打ちに文句を言える人など、この対局室には居ない。
前半戦終了と共に対局室全体の照明が戻り、また周囲は明るくなるが、その明るさは人には宿らない。
真っ先に椅子から立ち上がった龍門渕透華は箱を閉まい、卓を見下ろしながらこう言った。
「五月雨をあつめて早し最上川……それとも、ここでは河でしょうか?」
それだけを言い残した透華は、すぐ対局室を去った。
長野 団体戦 副将 前半戦 終了
1位 清澄 158000
2位 龍門渕 138100
3位 風越 72500
4位 鶴賀 31400