優希-Yūki-、再び全国へ   作:瑞華

53 / 57
第50話、君は私

 前半戦が終わった直後、真っ先に出て行った龍門渕透華に続いて他の3人も対局室から離れた。

 最後に南浦数絵が扉の外に足を運び、対局室には運営側の人だけが残る。

 誰も居ない雀卓と場内を照らす明るいライトの光が開かれたままの大きな扉から廊下まで漏れ出る模様から、数絵は虚しさを感じながら後ろを振り向いた。

 手に持ったリボンをぎゅっと握る。

 

「……くっそ」

 

 吐き出す様にそんな独り言を小さく口ずさんで、数絵は扉のすく隣で立ち止まってしまった。

 力は消えて抜け殻みたいな背中を壁にくっ付け、下がる頭を右手で支える。

 そのまま動きはしない。動けなかった。

 体は正常、頭も腕も足にも何処にも問題は無い。

 ただ、もう動けない。

 数絵は元々控室に戻るつもりは無かった。けれども息苦しい場所で呑気に休める性格でもない故に一応対局室から出たのだが、清澄の控室まで足を動かす力は残っていなかった。

 直前まで緊張感が満ち溢れていたど真ん中。そこで休憩を取れるかは、あくまで個人の気持ちの問題だけど、その面で数絵は精神的な頑丈さと鈍さ、その両方のどっちらかもお持ちでは無かったのだ。

 

 戦場のすぐ隣で数絵が固まっていたその時、少女たちの足音が消え去った廊下の向こう側から、今度は軽く素早い足音が対局室へと近づいて来るのが数絵の耳に入る。

 

「かずちゃん!」

 

 己の名前に引かれて顔を上げると、数絵の瞳に片岡優希の生々しい素顔が映る。

 

「……優希か」

 

 対局の中半から、戻らなければ必ず来ると予想はしていた。

 優希はそういう子だから。

 と言っても優希は、あまりにも数絵の予想とそっくりの表情をしてる。ちょっと心配そうな顔と、行き先を失った手と足はもたもたする。

 そんな優希にも目の前にはただ一人、数絵だけが映る。

 常時に孤高の武士を気取って近寄り難い雰囲気の少女は、今にも倒れそうな生色で顰め面をしていた。

 優希は控室から突っ走って来たのが見え見えの荒ぶる息を飲み込んで小さくなった声を出した。

 

「かずちゃん、大丈夫か?熱でも有るのか?」

 

 優希の声だとは思えないくらいの引け目でか弱いこの声は、よっぽどの出来事では耳にする事は出来ない。

 数絵は慌てて姿勢を正し、首を横に振った。

 

「私なら大丈夫、ちょっと目眩がしただけ」

 

 何時もと同じく腕組みをして、冷静で平然な姿を見せようとする。優希にはそう見えた。

 優希だって嘘臭い答えと何処か慌てる身動きなんかには、安易く騙されたりしない。

 でも、ここは安い子供騙しに騙された事にして頷いた。

 

「うん、他に何か問題有ったら言ってくれて良いんだじぇ?」

「問題が有るとしたら──」

 

 突然言葉を切った数絵は突然音もなくして軽く笑った。

 気持ちの込めてない空笑は長持ち出来ず、すく肌白い顔から消えてしまう。

 

「こめん、勝てるイメージが浮かばない」

「私は試合より体の方を聞いたんだじょ」

「……私は負けた」

 

 謝る数絵を見上げた優希の顔は少し固まってしまった。

 優希の知っている数絵は何処かに消えていたから。

 

「かずちゃん?」

 

 たった1メートルもならない距離、ハッキリと聞こえた筈なのに、数絵はまるで何も聞かなかったかの様に自分の話だけを続ける。

 

「半分しか消化してないのに、もう降参だなんて情けない。私にあの二人の代わりは無理だった様だ……」

 

「代わりってなんだ?そんな言い方はよくないじょ!誰もそんなに考えてない!」

 

 優希の怒鳴りが廊下に鳴り響く。

 滅多に怒るかキレる事の無い、そんな娘が似合わない大声を出したのに、それは仕方のない事だとでも言いたそうな数絵は目線を落とすだけだった。

 

「優希は考えなくとも、私にはそう。あくまで現実を言ったまで」

 

 それっきりで、数絵は黙り込んでしまった。

 優希は前半戦が終わってすぐ控室から飛び出し、ここまで走って来る間にも、ずっと否定していた。

 でも、これと言う時こそ悪い想像は何時も現実となる。

 数絵は自身と自信を失くしている。

 勝ちへの念が消えてしまった目で、誰も責めてないのに、下だけを見ている。

 

「もう1半荘で鶴賀を飛ばすのは無理だし、私は責務が果たせいのは明白だ」

「いや、またトップのままだじょ?残りは大将戦だけだし、ここでもっと稼いでくれればきっと」

「だとしても出来ない」

 

 目を合わせないまま優希の言葉を挟んだ数絵の拳がぎゅっと握られた。

 

「優希も知っているだろ?大将戦には天江衣が出る」

 

 続く言葉は冷静と言うより冷めている。

 

「それに対して私達の大将は初心者の先輩……断じて勝機は無い。最初から、この決勝戦に勝つ方法は、私がこの副将戦で鶴賀か風越を狙って飛び終了にするしか無いんだ」

 

 長い言葉を終えた数絵の手から、青いリボンが指をすり抜け落ちてしまう。

 それに気づいて無いのか、もう拾う気力がすら失くしたのか、数絵は壁に頼り立ったまま優希の方を向いた。

 

「でも、私はその期待に答える事は出来ないようだ。私には原村和や宮永咲、その二人より安定性も破壊力でも不足してる。それだけ」

 

 悔しさなのか悲しさなのか分からない感情が混ざって崩れる。

 

「弱者には誰も興味を持たない。私がそうだった様にね。優希も、こんな弱者にはもう興味など無くなった?」

 

 崩れる友達の前で、優希は1年前の事を思す。

 

 こんなの理不尽だ────何時も何時も、強い者こそ自分の弱さだけを語って、逃げる。

 最後まで足掻き踠く方法を知らない中途半端な強者達には、もう懲り懲りで、未賤が走り、居た堪れない。

 

 優希は一歩前へ、数絵の方へと近づく。

 面と向かって問い詰めるのでは無く、純粋に聞いてみた。

 

「だから、ここで諦めるのか?」

「諦めはしてない。現状で龍門渕に勝てないと判断しただけ」

「その気持ちは解るじぇ。かずちゃんの言う通り、今が絶望的な状況ってのも、先輩が勝つのは無理ってのもな」

 

 冷静に考えなくても直感とかでもなく、それくらいの事は誰でも解る事。

 

「かずちゃんが何方かを飛ばすつもりで打ってるくらい見れば解るじぇ。そもそも、うちの部員でオーダー組むなら、かずちゃんを大将にするのが普通だし」

 

 部長から今回のオーダーを聞いた時から、出場選手登録申請の裏くらいは優希にだってすぐ理解出来た。

 伊達で4年も麻雀してるんじゃ無いから。

 

「……先輩達は作戦に気を取られるより自分の試合一筋で在って欲しかったから優希には言わなかっだんだろう」

 

 竹井先輩と染谷部長の代わりに数絵は言い訳をした。

 その理屈にも一理はある。100点でも多く稼ぐだけで良い先鋒に余計なプレッシャーを与えるより、黙っておく方が正しい選択で有る事は否定出来ない。

 

「口にしなくても分かるものは有るもんだな。でもな?それでも敢えて言葉にしてくれて欲しいじぇ。信頼し合う仲間だから」

 

 本当は、それも含めて全部話して欲しかった。

 負担が大きくても、無理な頼みだろうと、『一緒に背負って』って言ってくれれば喜んでやる覚悟は出来ている。

 それが優希の本音。

 同時に、数絵に対しても同じ気持ち。

 

「私は、かずちゃんに興味津々だじょ?」

 

 もう一歩、数絵の指からすり抜け落ちたリボンのすぐ前に靴先が届く所まで近づき、優希はにっこりと微笑む。

 

「かずちゃんは、のどちゃんと似てる。それは仕方ない」

 

 右手を前に出して、指を一本つづ数え始める。

 

「心の強くて礼儀正しい娘。妥協しない己が決めた規則は絶対守る。他人には興味無さそうなフリしてるくせに、中身はちょっと寂しがりやさん。何より家族は大事、かずちゃんがお祖父さんの事気にしてる所、のどちゃんの家族思いと似てるじぇ。違うか?」

 

 優希の指はあっと言う間に薬指まで折れている。

 最後に小指だけを残して一応、数絵の顔を覗いてみるけど、何の反応も見せてくれはしない。別に返事は帰って来なかった。

 ならば沈黙は認めたのと同じ。

 反論する機械を与えたのに、その権利を行使しなければ、そこでお終いなのだ。

 優希は話を続ける。

 

「最後に、この優希様が大好きだな」

 

 自分の口からそんな事を言っといて、優希は絶対的な自信でデレるなどしない。

 

「でも、似た者同士なだけ。私にとってかずちゃんは、のどちゃんの代わりなんかじゃない」

 

 優希は語りながら腰を下ろすして床に散らばったままの数絵のリボンに手を伸ばした。

 

「私はな──、隣の友達に何時も一緒に居られる私よりも遠くに居る大切な人を応援してくれれば、それも嬉しく思える女なんだじぇ?けど、その友達は今は離れている懐かしい人達より一緒にいる私が『自分』であって『私たち』と言ってくれた……。だからかずちゃんはもう『私』なのだ。南浦数絵が片岡優希だ」

 

 ピッタリと囁き声でも届きそうな距離までまた一歩、数絵の前に立ち、優希は手のひらに解かれた濃い青色のリボンを乗せて、数絵の胸元に差し出した。

 

「誰も関係無い。今は、かずちゃんとの絆を深ませたい。私はもうかずちゃんを私だど思ってるし、インターハイの頂点までの道のりで一緒に行きたいし、かずちゃんにも片岡優希を南浦数絵だと思えるほど親友になりたいじぇ。のどちゃんも咲ちゃんも大事で大好きだけど、かずちゃんは私なんだ」

 

 解かれたリボンの持ち主は、自分に差し出された優希の手からまた目を逸らす。

 

「……それでも、私は勝つ事意外に私の価値を証明する方法を知らない」

「いや、私には解るじぇ。そんなの証明する必要は無い。もう知ってるからな。大丈夫、私達は友達だ」

 

 麻雀に強くても、団体戦でも強いとは限らない。

 団体戦は人を強くも弱くもする魔力を持っている。

 幸い、優希はインターハイ団体戦の先輩として言ってやれる言葉は用意していた。

 

「バケモノどもと戦ってる時は、最後まで全身全霊勝つ気で挑む!それでも負けた時はその時だ。私はそうするじょ。皆が何とかしてくれる。私と後輩と先輩が繋いだ点棒を使いな!かずちゃんも片岡優希なら出来る筈だ」

 

 脳内に積み込んでた言葉を使い切った優希は、数絵の手をぱっと掴む。

 

「はい、早く取りな。本当は雰囲気に乗って私が結んであげたいけど、立ってると身長の問題が有るから出来ないじぇ。自分でやりなさい!」

 

 優希に無理矢理押し付けられて数絵はリボンを手に持つし無かった。

 爽やかに笑う友達の笑顔から

 

「勝てるかは分からない」

「それで良いじょ。勝負は時の運だってな。知らなくて同然だじぇ」

 

 話と言葉で何とかなるのは夢物語。

 後ろを向いた数絵は自分の髪の毛をすっと持ち上げる。

 

「……行ってくる。勝ちに」

 

 背中まで届くいつものポニーテールがゆらゆらとなびく。

 キリッとした背中を見て、やっと優希は本当の意味で笑えた。

 

「よかった。それなら部長から伝言があるじぇ」

 

 未だに竹井先輩を部長と呼ぶ優希は、控室から飛び出そうとしてた時に頼まれた竹井久からの言葉を思い返す。

 

「龍門渕は今暴れてるだけ、麻雀をしていない。その隙に一発喰らわせてやれ。倒すんじゃなくて、数絵は数絵の試合で勝って来いってな!」




今回は、この物語を書き始めた時に優希を語るならば絶対にやりたかった話でした。
片岡優希は友達思いの優しくて良い子だと思います。
私の中では、清澄で友達になりたい子1位です。
ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。