優希-Yūki-、再び全国へ   作:瑞華

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第54話、廃幕

 あの時も、あの時も、私は何度も最後には届きませんでした。

 私がまだ未熟だったからと、生やさしい理由で片付ける気はありません。

 その場に居た皆さんが私より強かった。それだけの事ですから。

 自分にだけ甘い考え方は駄目ですよね。

 

 決して謙遜して言ってるじゃないですよ?

 私はそんなに良い子ではありませんから。

 

 楽しかったですね、霞ちゃん。

 私達が一つになって楽しく遊ぶ事ができました。

 勿論、優勝出来なかったのは残念ですけど、あんなに手強い人たちと一緒の卓に座れただけで光栄ですもの。

 素敵な思い出を残して本当に、本当に楽しかったです。

 宮守の皆さんと遊んだ事も素敵な思い出になりましたし。

 

 泣いてません!

 霞ちゃんは意地悪です。

 

 すみません……。

 本当は、泣いてます。

 私達が一緒に遊べたのはそれで最後だったのに……それがふっと浮かび上がると、やっぱり悔しいです。

 最初はとても楽しかっただけで、悔しいとか無かったのに。

 

 霞ちゃん。

 私も今の気持ちが何なのかよく分かりませんが、勝ちたかったようです。

 

 霞ちゃん。

 欲張りな私を叱ってくれますか?

 

 あと一年、

 行って参ります。

 永水女子3年の神代小牧として

 

 

「───神代先輩ッ!!」

 

「はいッ───!!」

 

 目を覚ました神代小牧は叫び声を上げながら起き上がる。

 眠りから浮かび上がった小牧の横には赤いセーラー服の女の子が一人。

 小牧と同じ永水女子高校の制服を着てる彼女は腰に手を当てて見下ろしていた。

 

「やっと起きてくれましたか、先輩」

 

「あぁ…(めい)…さん」

 

 起きたばっかりの小牧は後輩の名前もちゃんと呼べなかった。

 眠気で腑抜けた顔で周りを見回してみたけど、霧の中みたいに薄ぼんやりとした視野では、声だけははっきり聞こえてる後輩の顔すら見分けられない。

 

「……もう私の出番なんでしょうか?すみません。早く準備しないと。遅刻は駄目ですから」

 

 このままでは理牌まともに出来ない状態だけど、小牧は今日のやるべき仕事だけは忘れてなかった。

 起きたばかりなのでまだ重い体でベッドから出ようとすると、この後輩さんは呆れた声で溜め息をつく。

 

「はぁ……試合ならとっくに終わってますよ」

 

「え?」

 

 試合が終わったなんて……。

 逆に何を言い出すんやらの顔をしてる後輩を見上げる小牧は精一杯頑張って記憶を探ってみた。

 前日と同じく今朝には試合会場に行ったちゃんと覚えてる。

 それから何事もなく順調に鹿児島県大会決勝は開幕して、次鋒戦と中堅戦の間にお昼ご飯も食べた。

 確かお昼は控室で弁当だった。それは結構美味しかったが……そこから記憶が途切れている。

 多分、その後から食後の眠気に逆らえず昼寝をしたらしい。

 こうなったら恐る恐る尋ねるしかない。

 

「記憶に無いんですが……もしかして大将戦の前に終わったんでしょうか?」

 

「記憶にないって……大将戦で神代先輩直々2校も飛ばして勝ちましたよね?」

 

「え……」

 

 初耳の事実にまだ半分は寝てる小牧の脳が追いつかなかった。

 知らないうちに無事鹿児島県代表として全国へ行けるようになったのは良かったと言えるけど、嬉しさよりはまだ実感が湧かないのでボーッとしてる。

 

「試合はもういいですから、夕食の支度が出来たので寝るのは夕食の後にしたらどうです?」

 

「あ……はい。今は何時ですか?」

 

「そろそろ6時半は過ぎてると思いますけど」

 

「そんなに?」

 

 考えてたより遅い時刻を聞いて小牧の目が丸くなる。

 記憶が吹っ飛んでるので、お昼の直後に夕食を食べるのを進められてるにしか思えないし。

 でも人間の体は寝ている間にもエネルギーを消耗するのでお腹の状態は食事の連荘くらい平気でこなせるので、食事の時間がどうかは別に良い。

 小牧は今更感はあるけど聞かざるを得ない質問を一つ追加する。

 

「ちなみにお聞きしますが……ここって何処でしょう?」

 

「私の実家です。どうせ明日からまた学校ですし、近くだったので来てもらいました」

 

「そうでしたか。家までお招き、誠にありがとうございます」

 

「どういたしまして、お粗末様です」

 

 二人は礼儀正しく挨拶を交わした。

 

「でも、そんなにお行儀の良い言葉をベッドに入ってる人に言われるのは新鮮ですね」

 

「……はい?」

 

 その言葉がもう一度小牧の脳内で再生される。

 後ろに見える爽やかな白をベースにした部屋のインテリアと少女趣味の小物は確かに年頃の女の子の部屋。

 ほんの少しだけ重さを感じる布団の柔らかさが下半身を包んでいる事にも気がついた。手元に置いてるぬいぐるみなんかは先まで抱いて寝ていたらしい。

 すると小牧が寝ていたこのベッドの主は目の前にあるこの娘って事になる。

 

「はあッ!!す、すみません」

 

 小牧は観てはいけない物でも見たように赤くなった自分の顔を隠した。

 今だけは知らない部屋の知らないベッドでもぐっすり眠れる体質を恨みたい。

 

 

 

 

 

 

「団体戦2連覇おめでとう」

 

 その呼び声が刻み足で体育館から駐車場へと繋がれる階段を降りていく阿知賀女子の子達を呼び止めた。

 階段の端っこから、憧には聞き慣れた声と見慣れた顔がうす黒い影から灯の光の下に出る。

 

「初瀬」

 

 ライバルでもあり友でもある彼女が見えると、憧の声は分かりやすく喜んでる。

 試合が長引いて大将戦が終わったのも普通よりは遅かったしそれからも優勝校として短いけどインタビューも受けたのでもう随分と遅い時間になっているのに、待っててくれたのは純粋に嬉しい。

 

「ちょっと話てくから先に行ってて」

 

「うん、わかった」

 

 穏乃たちと岡橋初瀬は軽く目だけの挨拶をしてすれ違った。

 阿知賀女子声たちが遠ざかり街灯の下に二人だけが残る。

 久々に顔を合わせたが、憧はヘラヘラと笑うだけだった。

 

「何笑ってるのよ。気持ち悪いわね」

 

「そう?確かにそうかもね。あたし別に活躍もしてないし。でも、ありがとう初瀬」

 

 口ではそう言っても、悔しいだけではわざわざ待ってたりはしない。憧はそう考える事にした。

 初瀬の性格はよく知っている。伊達に3年間も一緒に麻雀してた訳ではない。初瀬がツンデレっぽく出るのは当たり前。

 岡橋初瀬は憧の読み通り、勢いよく復讐を誓う。

 

「今はこうなったけど、まだ終わってないよ。また土曜からは個人戦、もちろん私も出るから!」

 

「こ……個人戦か」

 

「団体戦ではまだ阿知賀に先越されたけど、個人戦であなた達を倒して全国に行く。私達が直接ぶつかったら覚悟しといて」

 

 昨年は阿知賀女子からは誰も個人戦にエントリーしなかったが、初瀬は憧たちも登録してると当たり前のようにそう言った。

 なのに憧は明快な答えをしなかった。

 

「そう…だね」

 

 個人戦という単語が出た土壇、聞いてはいけない物を耳にしたように憧の顔色が急に悪くなる。

 初瀬がそれに気づかない訳が無い。

 

「どうかしたの?もしかして今回も個人戦にはエントリーしてないって訳じゃ無いでしょう?」

 

「いやいや、今回はあたしも出るよ。うん、お互い頑張ろう!」

 

 気持ちが込めてないとしか考えられない憧の返事に、初瀬の目が鋭くなる。

 

「また一人で何か変な事考えてるんでしょう?憧は何時もそうなんだから」

 

 傷口を抉るような言い方だけど、憧は言い返さない。

 言い返す必要はないから。

 憧はペコちゃん表情の真似をしてみる。

 

「……バレた?」

 

「バレバレ。私を誰だと思ってるの?3年も憧の友達やってたから。始まる前から自信無くしたの?」

 

「そうだな……正直な所を言うとね、自信なんかないよ」

 

「それは答えになってないじゃん」

 

 当たり前な事を言ったって初瀬は納得出来ない。

 

「私も自信ないよ。誰だって本当はそうだよ?みんな同じ条件でしょう?」

 

「違うよ、初瀬。だって全国行きの切符は一つしか残ってないもの」

 

 憧は、笑ってるけど、笑ってない。

 

「今年奈良県の個人戦代表になりたいなら2位狙い。1位はもう決まったのと同然だから」

 

 

 

 

 

 

 空は真っ黒となった夜、竹井久は塩尻駅で帰りの電車を待っていた。

 特急なら塩尻駅から立川駅までは2時間ちょっと。予想以上に遅くなったけど帰ってすぐ寝れば明日の授業くらいは大丈夫な限度には行けそうだ。

 見事優勝を果たした後輩達へのお祝いも、自称ではありながらも監督としての仕事なので。

 

「薄着過ぎたのかしら」

 

 夏が目の前だと言うのに、夜の風をまだ寒く感じる。

 出発から着替えを用意してないので、今は女子高生コスプレの上にテーラードジャケットだけ。このまま家まで帰るしかない。

 幸い、外見だけでは変に見えないだけ大丈夫。

 久はジャケットのボタンを全部はめて、スマホを取り出した。

 あれこれメッセージや電話の着信記録が、みんなでお祝いの夕食をしてた時間帯に残っている。

 長いページの中で一つのメッセージが久の指を止めた。

 発信から2時間以上過ぎている。

 電話を掛けてもすぐ出るとは思えないが、久は迷わず発信ボタンを押した。

 何秒かですぐ久々の声が聞こえる。

 

「──Allô?Hallo?もしもし」

 

 1ヶ月ぶりに聞く変な挨拶、この外国人さんは誰からの電話か知りながらもこれだ。

 久は用件よりまず、まえふりから入る。

 

「全国進出おめでとう。祝うまでもないだろうけど」

 

「どもありがとうございます。ヒサちゃんも、母校の全国進出おめでとうございます」

 

 明華は長野の結果もチェックしたらしく、祝いを返してくれた。

 でも、久はそれが素直に喜べない。

 

「ありがたいけど、でも私は当事者じゃないし」

 

「またまた。清澄の県大会2連覇はヒサちゃんの功績だと思いますよ?少なくとも私はそう思います」

 

「いやいや、私の布石はハズレばっかりだったし、だめだめ。私の事より咲はどう?そっちに馴染みそう?」

 

「サキちゃんなら元気ですよ。ヒサちゃんの大切な後輩だからでしょうか?ヒサちゃん並に可愛いいです」

 

 明華のしょうもない話を聞いてるだけで、空笑うが出る。

 このリーダが仕切る臨海の雰囲気が全く想像出来ない。

 

「キツい冗談だけど……とにかく咲の事、よろしく」

 

「フフフ、私は嫌な女なので」

 

「へぇ──そう?到底私には及ばないと思うけど?」

 

「私たち、気が合いますね」

 

 二人の笑いが携帯を越えて鳴り響く。

 見た目は違うタイプの二人だが、久明華から度々自分と同じ匂いを感じる。

 柔らかそうで芯だけは強いタイプだが、その中身はどんな人の前でも己の方が上だと確信する強さを持ってる。

 やっぱり敵に回したくない。この程度の距離がちょうどいい。

 

「あんたって子と友達でよかったわ。で、私に聞きたい事って何?メールでは駄目なの?」

 

「それですよ、ヒサちゃん」

 

「え?何?」

 

 明華のちょっと高くなった声が久の想像を刺激したけど、次の瞬間台無しになった。

 

「私たちは、お友達ですよね?」

 

「……何よ?今更年上扱いしてもらう気なんか無いんだけど?」

 

「あの、ユキちゃんが変な事言うんです」

 

「ユキ?真屋由暉子さん?」

 

「はい、知ってますよね?丁度ユアンちゃんにも連絡しようとしたら、ユキちゃんに止められたんです」

 

「………あ……そう……それか……」

 

 どうでもいい話に、久は通話を切りたい衝動を抑えた。

 

 

 

 

 

 

「衣、入りますわよ」

 

 龍門渕透華はノックをして、国広一が扉を開いた。

 中は明かりも付けてない暗い部屋、扉の外からさす光だけが非常に大きいベッドの上の人影まで届く。

 いつもなら眠りに着く時間だけど、衣はうさぎのぬいぐるみたちの真ん中に座っていた。

 不気味なオーラと共に。

 

「どうしたのです?」

 

「何が聞きたい?」

 

 目を閉じてる衣は透華に向きしないまま、質問に質問で答えた。

 透華は冷静に質問を返す。

 

「何を聞いているのかは明確でしょう?」

 

 透華が聞きたいのは何か、そんな事同然衣だって知っている。

 最後の試合が開始する前に衣は独断で試合会場から去った。副将戦を終えた透華が控室に戻って来た時にはもう。

 

「トーカ、試合は楽しかったか?」

 

「ええ、さぞかに楽しませて頂きましたわ」

 

 衣のそれが追及だと知りながらも、透華は堂々とそう答えた。

 透華の嘘に、衣は強く舌を打つ。

 

「……戯言を。トーカは自分の手で終わらせた筈だ。なのに最善を尽くさなかった。この衣の存在がそれを正当化したのだ。人を弄び、蹂躙する行為を」

 

「それがどうしたって言うのですか?」

 

「どうした?そんなの昔の衣と同じだ。それは麻雀を打ってるんじゃない。麻雀に打たされているのだ。衣は妹のそうような真似には付き合えない」

 

「試合を放棄したのも変わらない行為なのでは?あれもこれも全ては衣の為にやっている事ですわよ?」

 

「話にならないな」

 

 お互い一歩たりとも譲る気は無い。

 透華と衣の間で国広一は口を挟まずただ見つめた。どっちが正しいかは、一が判断する部分ではないから。

 沈黙の中では距離がますます離れでいく。

 

「仕方ない。衣も個人戦に出よう。衣との約束の為など妄言など言わせはしない。ハギヨシ!」

 

 衣の呼びに現れたハギヨシはだけが衣の部屋の中に足を踏み入れる。

 

「はい、衣様」

 

「お前はトーカの命令を優先するだろうが、それを承知の上で命令する。これから衣の屋敷に龍門渕の娘を近寄らすな」

 

「……はい、分かりました。透華様のご命令が無い限り」

 

 ハギヨシは主である透華の許可を得る前にそう答えた。

 明らかに主に逆えろとの命令に、透華は何も言わない事でそれを認めるとの意思を見せる。

 

「……衣がそのつもりなら分かりましたわ。ではこっちも一に命令します」

 

「と、透華……?」

 

「個人戦まで衣に付いていなさい。それまでには衣の好きにさせますわ」

 

 透華はそれだけを言い残し、ハギヨシと共に屋敷から出て行った。

 

 

 透華と衣の意思で決められた事に雇われたメイドの一が口出し出来るのはない。

 友達としてならなんでも言ってやるだろうけど、今一に出来るのはこの1週間の内に解決する事を祈るだけ。

 たちまち諦めた一は衣の部屋に布団を敷いながら愚痴を言う。

 

「なんでこうなるのかな……」

 

「こういう面白さ有っての人生だ」

 

 一の独り言に、衣はそう言った。

 でもそれは凡人である一には出来ない考え方だ。

 

「頼むよ。衣」

 

「光風霽月。終わりよければ全てよし」


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