「これ、美味しすぎじゃない?」
残りのショートケーキを前にしてフォークをくるくると回す淡はとてもご機嫌が良さそうだった。対面で静かにコーヒーだけを飲んでる和と淡は対照的なやり方で休憩を取っている。
日が暮れてから随分と駆け回ると疲れるのも同然だった。この後、淡を新宿駅まで送ると今日の遊びも終わる。夕食を済ませてすぐ帰るつもりだったけど駅前のカフェに入ったのは和が両親から遅くなるという連絡を受けたからだった。
楽しげに携帯をいじりながら選別した写真の転送を終えた淡は写真を撮る時と同じくVサインを見せた。
「これでシズノも私達の勝利だと解った筈」
「勝ち負けではありませんけど」
「やるなら勝つ!テルも全部勝ち続けてる見たいだし私に負けはありえないから」
宮永照、高校1年の個人戦以外全ての優勝を勝ち取って団体戦と個人戦を含め6個の優勝の中で5回を得た元インターハイチャンピオン、お姉さんを追い全国への道を共に歩んだ宮永咲との因縁が始まった切っ掛けとなった人、そんな彼女に和は越えられなかった。
だからついつい目で追ってしまう、今もそうだった。
「その照さんなら今日も大活躍みたいですよ」
「え?テル?どこどこ?」
和は淡からは後ろ方向のカフェの済で音声無しに画面だけが流されてるテレビを指差した。そこには確かにふたりに見慣れた顔の宮永照が写っていた。
「チームは2位だけど、まるで照さんだけは勝った様な扱いですね」
高校時代と変わらない表向きの営業スマイルでカメラフラッシュを浴びながら取材を受ける場面は白糸台の制服からスーツ姿に変わった事以外は全く同じ感じだ。カメラの向こう側にいるファン達に軽く手を振る姿と大人げな私服のせいか変わった雰囲気が混ざって優しいお姉さんにしか見えないけど、直接対局した者たちにはとても恐ろしい光景だ。
ひとり、淡だけがその例外だった。
「へー、テルが勝つのは同然だよ、私がプロリーグに入る前まではね」
「すごい自信ですが、去年の私達は照さんに歯が立たないくらいの格の違いを見せつけられましたよ」
「それは時期と時間の問題もあったし、もっとα星がよく感じられる時ならテルさえも私の領域に踏み入る事は出来ないよ?」
「星占いもあるまいし……」
「いや、本当だってば」
「そんなオカルトありえません」
「ちっ、私の麻雀に関する話、ノドカとはもうしないから」
自分の麻雀が星占いにされた淡はすねった表情でケーキの残りを口の中に入れてモグモグとクリームの甘さに包まれる。
淡はまだ私なら宮永照を超える事が出来ると確信している僅かな高校生だった。元々自分の方が宮永照より上だと思ってる筈の臨海女子高校の留学生たちを除けば昨年のインターハイを経験した高校2年生以上の中で宮永照相手に勝てると思ってる者はどれほどだろうと言う疑問に和は答えを出せなかった。
「ノドカもサキもやらないんなら私がやってやるだけだよ」
「諦めが悪いですね」
「不満?」
「いいえ、素敵だと思います」
自信に溢れる淡を前にしてあやふやな考えをしていた和は目を閉じてコーヒーを飲み干した。
和も淡も食べ終わる頃、静かだった淡が牌に触る時みたいに目を光らせる。
「やった、シズノから回信来たよ、ようやく負けを認めたのかな?」
和は多分そうではないだろうと考えたけど、言わない。
ふっふっふんと楽しげな鼻歌と共に穏乃からのラインメッセージを確認した淡は急に不機嫌になった。
「何これ、これって競争しようと言う事じゃない?」
和に見せてあげた淡いの携帯画面の中ではほっぺたをくっつかせて、淡が送った無数の写真と同じくVサインをいる穏乃と憧がいた。
淡は『こっちもデート中だよ』とのメッセージに対して明らかに妬気持ちを焼くあまり燃えている。
「私達も送りましょツーショット!今考えたら先の写真全部私ひとりのもんだよ」
「なら今度は私に送らせて下さい、穏乃にまともに返事もしてませんでした」
「いいよー、ノドカにしては不思議に積極的だね、一緒に奈良の田舎娘たちに勝つ気になった?」
「それは違いますけど、自分で送りたい気持ちです、変ですね」
「そんなの変でもなんでも無いじゃん、当たり前だよ、友達だから」
今までと散々田舎なのショボいなど貶んだのに、阿知賀の二人も友達の範疇には入れている淡を見て和はふっと笑ってしまった。
「そうですか、そうですね」
久しぶりに吉野の写真を見て嬉しくて懐かしいとの内容を、燥ぐ淡とふたりで撮った写真と共に送った和のメッセージへの回信は憧から届いた。それはだだ短く『夏には東京で会おう』との事だった。それは再会の約束でありながら阿知賀女子の奈良県予選突破を宣言する言葉でもあった。今の阿知賀なら出来るだろう。
今年は多分阿知賀の皆も個人戦に出場する、面白くて期待となる話に淡の手と瞳が蠢いた。
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その日の夜、和は携帯で長い時間をかけてメッセージを書き込んだ。けれどそれは、書いたら消してまた書くと修正で段々短くなる繰り返しで、最後には短くて短編的な言葉でしか残らなかった。その後も送信のボタンを押すだけを残しては何分も何十分も押せなかった。
夜の1時頃を過ぎ、和は部屋の灯りを消してエトペンを抱いたけど長く眠れなかった。