君と僕とが並んでみられるような。
#イデア版ワンドロワンライ 参加。使用お題:眼鏡。
もうそれ眼鏡じゃないよね、って感じのAR仕様眼鏡(形状だけ)を作っちゃったイデア・シュラウドと友情出演:ジャミル・バイパー。タイトルは途中で出てくるゴーグルの方。※ツイステ受動喫煙※ワンライでは全くない

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たとえばあの4.3光年先のハビタブル・ゾーンを

 ナイトレイブンカレッジの学生寮の設備は寮ごとに大きく異なるが、中でも寮食堂ではなく共用キッチンで数十人に上る寮生全員分の食事を楽々と作れるのはスカラビア寮のみだろう。更に言えばその大規模キッチンが毎日のように稼働しているのも。

 

 自らの主人にしてスカラビア寮長であるカリム・アル=アジームの催す宴のため定期購入している食料品の受け取りに向かう途中のジャミル・バイパーは、放課後とはいえ日中に出会うには珍しい人物を目の端に捉え、顔を上げた。

 

「イデア先輩、こんにちは」

 二人以外に人影のない廊下で呼びかけられたイグニハイドの寮長は白衣を纏った肩をびくりと震わせ、それから挨拶してきたのがよく知る人物であることに気付いて安堵の息をついた。

「あ、ジャミル氏。部活?……にしては遅いか」

 この先輩になら言っても問題ないだろう、とジャミルは判断した。そもそも熱砂の国と嘆きの島(を含む天界山周辺)の関係は現状でも悪くないうえ、シュラウドとアジームの関係自体はないに等しいのでイデア・シュラウドがカリム・アル=アジームを暗殺する利点は全くない。むしろ取り入る利点もないくらいだ。富の主人の末裔たるシュラウドは、現世(ちじょう)の権威と権勢に支えられ同時に狙われるアジームよりも余程財と資源に困らない(実際の保有量こそアジームの方が上でも、尽きる心配はシュラウドの方が少ない。このあたりは神族が今も確かなものとして在る熱砂の国や天界山の麓でしか分からないだろう)。

「宴用の食材の受取に……購買から常時転送できるようにするのはリスクが高いので」

 確かに単発の転送陣を都度破棄した方が危険度は低いでしょうな、と青く燃える炎が縦に振られる。複数人で運ぶとするとそれだけ異物(毒物)混入の危険が上がり、かといって一人で運べる量でもなし、となれば防護魔法を組み込んだ単発転送陣で送り込むのは理に適っている。勝手に送られてくるとすり替えが発生しうるので、逐一ジャミルがミステリーショップまで赴くのも。

 

 それにしても、とジャミルが言う。ジャミルが持つ尖晶石(スピネル)の灰紫と同様、地下(ハデス)に眠る黄金の色をしたイデアの目も決して矯正を必要とするようなものではなかったはずだが。

「珍しいですね」

「へ?」

 とんとん、とジャミルが自分をこめかみあたりを叩く。それに釣られたイデアが自身のこめかみに伸ばした手が、金属のフレームに触れる。眼鏡である。度が入っているわけではないのでイデア自身すっかり付けているのを忘れていたが、思い出した。部屋を出る前はこれのチェックをしていたのだ。

 

「あっ。……あー、これには海より高く山より浅い理由がありまして」

「逆では?」

「いや合ってる。オルトに『一緒に星が見たい』って言われたんだけど、あの子と僕だと視覚の解像度が違いすぎるから、同じものが見られるように作ってみたんだよね、VR眼鏡」

 オルト・シュラウドの視界(センサ)であれば、たとえ常用機体(アーキタイプ・ギア)であってもどんな人間より、それどころか夜行性の獣人よりも遠く暗く光る星を捉えられる。天体観測用機体(スターゲイズ・ギア)であれば更に遠く遠く、天体望遠鏡でしか見ることの適わない何十億光年の向こうを。異端の天才(イデア・シュラウド)最高傑作(おとうと)は、世界最小の宇宙望遠鏡でもある。

 

 君と同じものが見たい。たとえ機械(オルト)(イデア)でなくてもそれは、決して叶わない夢だ。脳も光彩も水晶体も、一人として同じものはないのだから。いずれにせよ同じ場所に立つことはできないのだから。それでも、同じものを見ようとすることはできる。

 

 その手段の一つが、一つにはアズール・アーシェングロットのするような視力矯正器具であり、衛星から送られ世界中で共有される観測写真であるのだろう。たとえば言葉尽くすよりも、イデアにはその方が簡単だった。この目に、この脳裏に、映るものを現実にしてしまう方が、有象無象に説明するよりもずっと楽だった。オルトに積んだ観測機器と同じ機能を持つものをつくってしまう方が、言葉で二つの視界をすり合わせるよりも、ずっと容易だった。

 

「で、そっちはこのゴーグル型なんだけど、作ってるうちにちょっと楽しくなっちゃって」

 白衣のポケットから取り出されたゴーグルが、きっとそれなのだろう。天体望遠鏡(スターゲイズ・ギア)とまでは行かなくても、高出力移動砲台(バースト・ギア)くらいの望遠機能をゴーグル一つへ落とし込めたのなら、また一つ世界が変わる。

 

 つくづくこの男が富に興味のない──あるいは興味を持つ必要のない人間でよかったと思う。たとえばライフルとゴーグルを連動させて、風向と重力と到達時間までのターゲットの移動予測まで考慮した狙撃地点を計算させることだって簡単にできてしまうのだろう。小口径高出力の魔導エネルギービーム砲が、静音性と光学迷彩と重力取捨による浮遊まで個人魔力に依らないドローンが、世界を変えてしまったように。魔法士にとって、魔導機や完全機械式の銃器を用いた暗殺を防ぐのは、毒や魔法による暗殺よりもずっと困難だ。魔力は、魔法による隠蔽そのものも結局は、魔法士の感覚で捉えられる痕跡を残すが、機械は機械でしかないから。

 

「AR機能付き眼鏡。とりあえず試しに全校生徒分顔と名前の判別と世界地図アプリ連携の道案内機能入れてみて、あと何付けようかか迷ってるとこでござる」

 イデアは、別に覚えようと思えば人の顔と名前を一致させるのに苦労はない。ただ、それに脳の容量を割くのが無駄だと思うだけ。外注できるのなら外注してしまいたいだけ。道案内も同じことだ。それを横着だとか怠惰だとか呼ぶ人間もいるけれど、テクノロジーの半分はそういうものだろう。洗濯を機械任せにするように、目的地まで歩いて行く代わりに魔導二輪車(マジカルホイール)に乗っていくように、自動化できる作業はそうしてしまうべきだ。どうせ百年先にはそれが当然のことになっているのだから。それで浮いた時間できっと、人の知恵と技術とがまた僅か、前へ進むのだから。

 

 地図アプリとの連携には、ジャミルの食指は動かなかった。ただ、さすがのジャミルも自寮生ならばともかく全校生徒の顔と名前を一致させているわけではない。ぱっと見で制服とマジカルペンさえ揃っていれば、それで学内の人間だと考えてしまう。それで去年は痛い目を見た。

「……それ、名前が出なかったら外部の人間ってことですか?」

 スカラビアの寮服の丈がきちんと合っていたので、実習先から戻ってきた四年生だと思った男はカリムの命を──あるいは生殖能力を──奪うために送り込まれた人間だった。幸い魔法頼りに至近距離で行動に移してくれたので当然阻止はしたが、かなり厳しい戦いになった──なにせ、一見すればスカラビア寮生に見えるので侵入者ではないと主張したあげくに周囲を盾にし始めるのだから。

 

「意識作用の幻覚はともかく、肉体変化とか光作用系は防げませんぞ、残念ながら」

 結局のところ、可視光と赤外光、それから電波反射くらいしか判断材料になるものがない。肉体を直接変化させる変身術(多くは禁術だがユニーク魔法は規制が甘いので警戒必須)でなくても、現代魔法解析学は自身が反射する電磁波を弄るタイプの幻術の開発を可能にした。非常に面倒な計算が必要ではあるが、理論上は魔法士なら誰でも使えるような魔力消費量で、誰にでも使えるような魔術構築で。

 

 それでも、仰々しいゴーグルではない、細フレームの眼鏡一つの効果としては、ある種の意識干渉型の幻術に対策できるのは十分すぎる。

 

「いえ、十分です。……メモ機能欲しいですね」

「口頭起動になるけど、え、要る?」

 そんな程度のものならいくらでも付けられる。さすがに脳波感知型では難しいが、起動を口頭で、対象指定を視線で行うのであればなにも難しいことはない──イデア・シュラウドは違いなく、疑いなく、天才であった。

 

「買います。おいくらですか」

 ジャミルのその言葉に、イデアは少し困った。同志──なにせイデアは筋金入りの陰キャなので友人と言い切れるだけの自信はない──ジャミル・バイパーから金銭を受け取るのはあまり気が進まなかった。妥当な金額とやら考えるのも面倒なら、それでジャミル以外が同じものを求めてくるのも嫌だった。

「い、いや、試作品だからお金はちょっと……あっじゃあ今度がけものツアーDVD観賞会やりたいんだけど……完徹で……空いてる夜ある?」

 物を受け取るのは、結局のところ金銭と同じだ。だから換金できてしまうものではなくて、経験を。同じものを崇める一人と一人のファンとして、同じ体験を。新規が推しに狂っていく姿は幾ら出しても購えない最高の娯楽なので。

 

 この人の世界には、友人か、でなければ敵しかいないのだろう。イデアのことを傷つけ、見下し、あるいはイデア・シュラウドを搾取する、敵だけしか。イデアの趣味を嘲い、魔導工学のプロメテウスの作品を買い叩こうとする人間だけが目に入り続けた時代が、あったのだろう。プログラムだけが裏切らないのだと思うほどに。電子の海を隔てた向こう岸としか、手旗信号(ゼロとイチ)を使ってしか、会話ができなくなるほどに。

 

「ありがとうございます。今週の土曜なら。夜食持っていきますね」

 正直なところを言えば、ジャミルは金銭が絡んだ方が気が楽だ。友情よりも雇用関係の方が信用できるし、やる気にもなる。相手方に騙す気さえなければの話だが。クラスメイトの蛸の話だ。閑話休題。

 けれど、一度でもそれをしてしまえばきっと、イデアから見たジャミルの区分は大きく替わってしまうのだと思う。趣味だけで繋がれて、ジャミルが「ジャミル・バイパー」である必要も、イデアが「イデア・シュラウド」である必要もないこの関係は、粉々に砕けてしまうのだろうと思う。それは嫌だった。まだ行く機会も可能性も考えられないけれど、ライブ会場はきっと、誰一人「ジャミル・バイパー」を知らない場所だ。そんなことを気にもしない場所だ。あの場所ではジャミルは別にジャミルと名乗ってもいいし、ウミヘビと名乗ってもいいし、ジャファー(グレートセブン)アラジン(マーベラスセブン)を名乗ってもいい。スマホの液晶の中、ジャミルの手の中にそういう場所が存在すること自体に、ジャミルは救われている──現代の女神(モイラ)たちを名乗る彼女らである必要があるのだろう、イデアとは違って。

 

「ありがとうはこっちの台詞ですぞ。ではメモ機能付けて土曜に渡す感じで」

 開発費が幾らで制作費が幾らだとか、利用価値がどうで市場価値がどうだとか。そういうことを考えなくても生きていけるのは、偏に自分の才能が突き抜けているからなのだと、イデア・シュラウドは知っている。知っているけれど、考えたくないものは考えたくないのだ。それが、自分に価格を付けているように感じられるから。オルトの機体(からだ)に値段を付けることが、オルトの人工知能(こころ)の値段を決めることが、オルトの命に値札を付けることが、可能なのだと思えてしまうからイデアは、自分が造った物に値段を付けるのが苦手だ。

 

「はい。それでは俺はここで失礼します」

 ほんの僅かだけ頭を前へ傾げて、ジャミルがそう言う。今日もカリムの分の夕食は作らなければいけないので、あまり遅くまで話し込むわけにもいかない。イデアも黄金を細めて、笑って手を振った。

「ジャミル氏乙〜」

 土曜の夜には何を作ろう。まだ火曜なのにそう思う。カレーが食べたいのでカレーでもいいだろうか。オクタヴィネルの蛸と被るのは癪なのでシーフードは避けるとして、鳥か、羊か、なにがいいだろう。

「豆でもいいな。どうせなら三種類くらい作っていくか……」

 余ったらイデア先輩の冷蔵庫に入れていけばいいだろう、と口中で呟く。いつ見てもまともな食事が入っていたためしがないが、オルトから聞く限り置いてさえいけば食べはするようなので。崖っぷちもいらずのリアルライブに連れて行って貰う(時期未定の)約束があるので、それまでは元気でいてくれないとジャミルだって困るのだ。


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