夢軛のシールス   作:波打ち際

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夢軛は「ゆめくびき」と読みます。よろしくお願いいたします。


寄せては返す、その途中。

 宝石には声がある。そう、夢を見るように、夢で呟くように、あるいは、夢に浮かれるように彼女はそう言った。悲しい事に、私にはそれの意味なんてこれっぽっちもわからなかった。苦しい事に、彼女はそれをあまり気にしていないような、ううん、諦めたかのような顔で、大丈夫、とだけを呟くのだ。

 仲の良い、と言える間柄であったと思う。親友と呼べるほどには、互いを知らな過ぎたけれど、いつも一緒にいて違和を覚えないというか、用事も無くふらりと遊びに来ては、何もしないで帰っていく。それが、何の苦痛にもならないくらいには、仲が良かった。

 

 彼女に出会ったのは、幾年か前のお墓参り。祖母のお墓参りで、祖父のお墓参りに来た彼女と出会った。

 彼女の母親が、彼女の背を押していたのを覚えている。私の父親が、私の肩をぽんと叩いたのを記憶している。それで、お掃除はやっておくから、行ってきていいよ、と。そう、確か、そう。

 挨拶もそのままに、私は、彼女の瞳を褒めた。何をしているんだろうと今でも思うし、思い返して恥ずかしくなるけれど、青い、鉄紺の瞳は、あまりにも深い海のようで、あまりにも遠い空のようで。

 

 すごく、きれいだった。

 

 けれど彼女は、海や空にたとえた私の称賛を、しかし、受け取らなかった。

 

 ──"石がいい"。

 

 海よりも空よりも、石が良いと、石にたとえて欲しいと。

 そうしてくれたのなら、私は、何よりも嬉しいと。

 

 

 これが私と彼女のなれそめ。

 あるいは、成れの果て。

 

 2020年の4月1日より先に続かないこの世界の、そこに至るまでの、少しのお話。

 

 

 

*

 

 

 

 コールコール。聞こえていますか、もしもし。

 短いメロディの流れる事三度、不可視の糸の先にいる彼女は未だ沈黙。

 やっぱり、まだ寝ているらしい。約束の時間は30分前に立ち尽くしている。通り過ぎてしまった私は、仕方がないので、お手紙書いた。もとい、彼女の家に行くしかない。

 カフェ、このままだと混んじゃうだろうし、今日は諦めたほうが良いかな。

 

 コールコール。静寂を守っていた端末が突然声を上げる。

 まだ手に持っていたから、すぐに出る。

 

「もしもし?」

 ──"ごめんなさい"

「今起きた?」

 ──"すごい、エスパー?"

「じゃあ全人類が超能力者だ」

 ──"全員同じなら、それは超でもなんでもなく、普通だと思う"

「それじゃ、超能力者さん。瞬間移動で今すぐに来れる?」

 ──"30分くらいかかるけど行ける"

「瞬間、随分長くなったね」

 ──"あと30分待っていただけますでしょうか"

「うん、待ってるよ」

 

 通話、終了。

 30分ならまぁ、うん。

 短い方だ。今までの彼女を思い出せば……遅刻常習者の彼女は、1時間とか、ザラだし。

 

 それを良しとしてはダメな気もするけど、それはまぁ、おいおいね。

 

 それじゃあ後30分、どうしようか。

 周囲──私達が行く予定だったカフェと、コンビニと、腕時計のお店と。

 

 宝飾店がある。

 ……入らないけど。

 

 ガラス越しに見える店内は少しだけくらい。だからこそ煌びやかな宝石たちが照明に照らされて輝くのだろうけど、どうも、傍から見ると、洞穴のような……誘い手招く危ない場所のような、そんな印象を受けてしまう。まぁ、とはいえ、というべきか、中は冷房の快適な、酷く過ごしやすい場所ではあるんだろう。

 どうしたって、どうしたところで、これは結局"私には手を出せないもの"に対するやっかみというか、嫉妬というか、そういう、実感の得られないものに対する不明感でしかないのだろう。

 

 あと、30分。ぼーっと突っ立っているのもなんだか勿体ないし、宝飾店や腕時計のお店には入れない……入りたくない。用も無いのにコンビニに行くのは余りに邪魔で、先にカフェに入っているのもなんか違う。

 勿体ないけど、ぼーっとしているのを選ぶのが無難か。立っていると疲れるから、ベンチでも探して。

 

「ところで」

 

 背後。後ろ。

 口が前についているから発したのは前方にだけど、声を掛けたのは後方。

 

「何か用?」

 

 華麗なターンで振り向けば、そこには高校生くらいの……物凄く怯えた目をした少女が立っていた。

 うわ、やめてよ、なんか虐めてるみたいじゃん。

 

 

 *

 

 

 夢で見た人が本当にいてびっくりしたと、少女は語った。

 なんでも連日連夜、続き物の夢を見ているらしい彼女は、その中に出てきた二人の女性に一目惚れをしてしまったらしい。自分の夢に恋をするなんておかしな話ですよね、なんて自嘲気味に言っていたけど、うん、その通りだと思う。その通りだねって言った。

 それで、その二人の女性。それが私であると。そういうのだ。

 

「12点」

「う……」

「ナンパ文句にしてはファンタジー過ぎ」

「で、でも本当で……」

「15点満点中、12点ね」

「わぁ高評価」

 

 さらに聞いていけば、もう片方の女性というのは、今まさに待っている彼女らしいのであるから驚きだ。流石に完全な妄想で性格の特徴までもを当てるのは至難だろうし、何よりこちらに疑う理由がない。何かを求められている、というわけでもないんだし。

 

 少女はヒナと名乗った。

 

「私の自己紹介は、必要?」

「いえ……その、夢で、知ってます」

「いよいよ怖いね、それは」

「ミツギさん、ですよね。満ちるに継ぐと書いて、ミツギ」

「そう。苗字はわかる?」

「……夢では、出てこなくて。お二人は互いを名前で呼び合っていたもので」

「それは逆にリアルで怖いね」

 

 当たり前の事らしい、というのが印象だ。作り話として思い出すのではなく、言っていたかどうかを思い出すという行為は、酷く現実味を帯びている。疑う理由がないといったけど、信じる理由も無いと思っていただけに、真実があやふやに刃を突きつけてくる。

 

「それで、どう?」

「どう、とは」

「実在していた私を見て、何か、思う所。ないかなーって」

「……その」

 

 言い淀んで俯く。その動作は憚られるそれではなく、恥じらいによるもの。今その顔をみれば頬に朱を浮かべているのではないかと思うほど、わかりやすく、もじもじとして──口を開いた。

 

「夢の中の、ぼんやりとした視界で見るより──ずっと、綺麗です。可愛いし……一層好きになりました」

 

 その恥じらい様はなんだったのかと思うほど、直球も直球なストレートボール。歯に衣着せぬ物言いは、なんだかこちらの方が恥ずかしくなってくる。なんだろ、最近の子、進んでるなー、とか。みたいな?

 勢いそのままに、意地悪のつもりで質問。

 

「じゃあさ、私と──付き合ってみたい?」

「はい!」

 

 まるで、待っていたかのように。今までのドモりとかキョドりとか怯えとか、そういうのが全部嘘だったんじゃないかと、演技だったのではないかと疑ってしまうほど、食い気味に来たその返事は、「それを待っていたんです」とでもいうような……なんだか、ちょっと悔しくなるような色を持っていた。

 

 ヒナちゃんは、言う。

 

「それを待っていたんです」

「あぁ、やっぱり」

「今日の事も──夢で見ました。でも、夢の中では、ここに座っていたのは私じゃなくて」

「……」

「お二方、どちらも好きです。大好きです。けど……どちらに()()()()のも、私はイヤで」

 

 少しだけ目を細めた。

 なんだろう、この違和感。

 

「だから、お願いします。付き合ってください。大好きです」

「……」

 

 是も非も。

 YesもNoも、言う前に──彼女の背後に影が揺らいだ。随分と、急いできたらしい。

 

 彼女は幽鬼のように音もなく歩み寄って──ベンチに座る、私の方へ鼻息荒く上体を前屈させているヒナちゃんに対し、後ろから目隠しを敢行した。

 敢行して、言う。

 

「私の満継をナンパするとは良い度胸だな狼藉者め」

「えっ、あれっ、そこは"昼間から高校生をナンパ? やめときなって"じゃないんですか?」

 

 ……んー?

 

 

*

 

 

 ヒナちゃんは、彼女が──彼女の名前が、標辺であることも知っていた。"ミツギさんとシルベさん。"と、親し気にそう呼ぶのだ。先ほどまでの怯えはもう見られない。

 どこか旧知の仲を思わせるような。けれど、私も、彼女も、ヒナちゃんの事は知らない。

 

 とりあえず、カフェへと入る。予定していた人数よりは多くなってしまったけど、別に、予約を入れてるわけではないので問題は無い。予約を入れていたならそもそも遅刻した時点でアウトだし。

 お洒落な、と表現するには些か素朴な内装は、けれど、私と彼女に通ずるそれの界隈にとっては有名なものだ。過ごしやすい空間。シンプルで、それでいてゆったりとした店内で飲むのは勿論。

 

「う、苦い……」

「コーコーセーには珈琲は無理だったんじゃない? 大人しく砂糖とミルク入れなよ」

「この苦さの奥にある深みが感じられぬというのかー」

 

 私と彼女の共通の趣味は、珈琲。コーヒー。

 こうして、よく。二人であちらこちらのカフェに行っては珈琲を飲む。

 別に何か用事があるとか、予定があるとか、イベントがあるとか、そういうわけではない。強いて言えば珈琲を飲みに来ている、のだけど。でもまぁ、本当に、飲むだけだ。

 

「……良い」

「うん?」

 

 そんな、私達二人をぼーっと見るヒナちゃん。

 見るというか見つめるというか、何かを思い出しているというか。珈琲の苦みは受け付けなかったのだろう、カップの中の白は未だ1割にもなっていない。

 

「それで、この子は?」

「さっき、ナンパされた。名前はヒナちゃん。高校生だってさ」

げっ、まさか私のせいで一個消えた……?

「ふぅん。まぁ。ナンパは程々にするといいぞ若者。藪をつつけばバジリスクが出てくるやもしれん」

「そ、それは、ミツギさんがシルベさんの、だから……ですか?」

 

 随分。

 踏み入ったことを聞く。いやまぁ、先ほど彼女がそう言ったからなのかもしれないけど、そんな、恥ずかしそうに、嬉しそうに、気になって仕方がないという様な顔で言う言葉ではないだろう。

 ヒナちゃんは、少々食い気味に、身を乗り出して問う。

 

 それに対し彼女は思案顔を一つ。ああ、これは一切考えてないな。

 

「そうであり、そうではないと言えよう。満継は私のものだが、私は満継のものではないからだー」

「いらないよ、標辺なんて。持て余すって」

「えっ」

 

 肩を竦めてみれば、ヒナちゃんはひどく驚いたような、傷ついたような顔をした。いやはや、ヒナちゃんの夢の中の私はどんな奴だったのやら。この分だと、標辺に首ったけな女だったと見える。それは正しく妄想だと断じてあげよう。

 

 コーヒーカップをソーサーに置いて、人差し指は下唇の下に。

 

「そもそも標辺には、私じゃない、もっと可愛い恋人。いるでしょ」

「ふふん、まぁね」

「えっ」

 

 言えば、さらに大きく傷付いた顔をするヒナちゃん。

 その夢の的中率は50%といったところだろうか。夢は夢。現実とは違う。

 

「だ──誰と、誰とお付き合いされているんですか、シルベさんは!?」

「おおう、情緒が不安定だな若者。しかしそれは個人情報というものだー。何故会ったばかりの誰とも知れぬユゥマの骨に教えてやらねばならんー」

「宇宙人に骨があるって?」

「タコ型はステレオタイプだぞー満継。グレイを見習えグレイを」

「それも随分古いような気がするけど」

 

 先ほどまで頑張って飲もうとしていた珈琲も目に入らぬ様子で、何やら指を折り数えつつヒナちゃんは俯いている。ああ、そうだ。お返事がまだだった。

 

「自分で振っておいてなんだけど、ごめんね。ヒナちゃん、君とは付き合えない。だって私にはもう、好きな人がいるから」

「えええええっ!?」

「ここ、喫茶店だよ。静かに静かに」

「あ、え、その、誰ですか!?」

「静かに」

 

 店員さんの目が痛い。お客さんはまばらとはいえ、ううん、だからこそみんなゆっくりしに来ているはずだ。こんなキャイキャイ騒がれたらたまったものじゃない。

 勿論私達にとっても、そう。

 巻き添えで出禁にでもなろうものなら最悪だ。草の根は横に広い。最悪の最悪まで考えてしまう。

 

「う……すみません。余りの衝撃で……」

「ちなみに誰かを問うても無駄だぞ若者。なんせ、この私が何度問うても答えは返ってこなかったからな」

「シルベさんが聞いても……。それじゃあ、私なんかには教えてくれないですね……」

「そういうワケで、どう。夢に私達の恋人は出てきた?」

「……いいえ。やっぱり、夢は夢だったみたいです。……すみません、この辺りで失礼します」

 

 言って、とぼとぼと。

 一人会計を済ませて店を出て行くヒナちゃん。ああも落ち込まれると悪い事をした気分になるね。気分になるだけで、特に謝ったりはしないんだけど。

 

 そうして、ようやく訪れた平穏に、一杯。

 

「ふう」

「お疲れ様、満継。それとごめんね、遅れちゃって」

「問題ないよ。どうせ朝帰りだったんでしょ? 研究、忙しいの?」

「全然。でも、やらなくていいからってやりたい事には変わりないから。止められてるのに残ったのも、残った結果寝不足になったのも、寝不足になって約束に遅れたのもぜーんぶ私の責任。もっと責めてもいいんだよ? 約束の前日くらい早く寝ろ、って」

「責めないよ。標辺がそういうヤツだってわかってる。待ち合わせに遅刻された回数で言えば、日本でも上位に入る自信があるよ」

「それなら私も、待ち合わせに遅刻した回数で言えば、日本でも上位に入る自信があるなぁ」

 

 黒い液体を啜る。苦みが思考をクリアにする。

 日差しを遮る植物が揺れて、遮られた日差しが床に不可思議な文様を刻み上げる。まるで川や海の水面のように、あるいは天の川のように。静かな時間だ。 

 会話の途切れが沈黙を生む。

 けれど悪いものではない。観葉植物の揺らめき。美味しい珈琲。静音にて回るファン。時折聞こえる、カップとソーサーのぶつかる音。

 

「ね、満継」

「ん」

「明日空いてる?」

「お昼からなら」

「じゃあ、デートしようよ」

「またあそこ?」

「うん」

「いいよ」

 

 くい、と。

 カップに残った最後の数滴を嚥下する。同じくして標辺も飲み終わったようで、一息。

 

「良い味だったね」

「星5つ」

「いつもじゃん」

「星5つのお店しか行かないから」

 

 そんな軽口を叩いて。

 

 ごちそうさまでした。

 

 

 *

 

 

 途中までを同じ道で、つい先ほど別れた標辺の背中を見送りつつ私も帰路へ就く。

 夢。夢に出てきたと言っていた。私と、標辺が。反応をみるに、夢の私は標辺に首ったけで、標辺も満更ではない様子、と。

 ……まぁ、あり得たかもしれない、と思う。

 けれどあり得ない事だ。もう、あり得ない。

 

「宝石には声がある」

 

 呟くのは、過去に彼女が言ったコトバ。空よりも海よりも石が好きだと言った彼女のコトバ。

 

「いつか私にも聞こえるのかな」

 

 その時。

 彼女は私の傍にいるのだろうか。

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