変身ヒロインが守る世界にて十人の変身ヒーローは戦う 作:庫磨鳥
おかげさまで20話を超えていた事に気付きませんでした!( ̄▽ ̄)おかげさま?
内容が内容だけに、前書きはこのへん本編をにてお楽しみ頂けたら幸いです。
※アビスの台詞を追記しました。
「……困ったね」
「困りました」
階段を降りて短い通路を進むとエレベーターがあり、さらに降った先にあったのは、もはや秘密基地と言っても差し支えない地下空間であった。
「対応が迅速だったね」
「はい」
エレベーターから出てすぐに、連絡を受けてアルバトロスの応援に行こう集まっていた魔装少女たちに囲まれてしまい。アビスたちはオルクスの壁を透過する魔法などを駆使して強引にその場から逃げた。
「第8支部もそうだったけど、ここでもこれだけ広大な地下施設があるなんてね。誰が作ってるのかな?」
「分かりません。あとで調べます」
「単なる独り言だから気にしないでいいよ……心当たりはあるしね」
「え?」
「なんでもない。それにしても、ここに隠れるのはやり過ぎたかな?」
「いいえ、念には念を入れた適切な判断です。第3支部の魔装少女は私たちを二度見逃しました」
「そう言ってもらえると幸いだよ……。撒いたみたいだし外に出ようか」
「はい」
飾り気がなく殺風景を思わせるが、ベッドやパソコンデスク、水は補充されていないがウォーターサーバーの機械がある私室、その押し入れの中にアビスたちは隠れていた。オルクスは畳まれた布団の間に、アビスは段ボールと天井の隙間に入り込んでおり、部屋に入ってきた魔装少女たちも、隠れていると考えが及ばなかったのか押し入れの中を見ることは無かった。
「……出れないです」
「ここで寝るには物が多すぎたね。いま引っ張るよ……よっ」
「ありがとうございます」
魔法を使えば簡単に出られるのだが、ここに来るまでに魔法を多用したため、節約を意識しないとまでに魔力が減っていた。そのためオルクスはアビスに引っ張ってもらい外へと出る。
「提案します。こうなっては私たちを探している魔装少女を捕まえて情報を得たほうがいいかと」
「……捕まえるのはともかく、魔装少女に話を聞くのが最善かな」
「もしもの場合はお任せください。そういうの得意です」
「頼もしいね。いつものことだけど」
無表情であるがどこか得意げなオルクスに、アビスはマスクに隠れて苦笑する。
+++
地下エリアの正体。それは第3支部に所属する魔装少女たちに用意された『地下寮』である。そのためアビスたちがすぐに魔装少女たちの集団に鉢合わせたのは仕方のないことだった。
「ねぇ、不法侵入してきた不審者って誰か分かったの?」
「なんでもブレイダー・アビスらしいわ。先行組がばったり出くわしたって」
「ええ!? それが本当ならヤバイじゃん!」
地下エリアを回りアビスたちを探す数人の魔装少女が、緊張感に疲れ始めて口を動かし始める。
「だ、第3支部の魔装少女が何か悪いことしたのかな?」
「それは分からないけどブレイダーって、いま秋葉にいるんじゃ? アビスも試合にでるんでしょ?」
「もしかして、地下寮の調査とかじゃない? ほらここって普通じゃないし」
「あー。ありそう。慣れちゃったら快適だけど客観的に見れば犯罪的だしね」
地下寮での魔装少女生活は窮屈で閉鎖的である。日常的に外へと出られる瞬間は支部専用車での学校の送り迎えのみであり、決められた時間と共に食事や就寝を行わなければならず、まるで自衛隊や囚人のような生活だと思う子も少なくはない。
しかし、慣れてしまえば食事は朝昼晩美味しい物が食べられて、風呂はともかくシャワーは何時でも入れて、シャンプーなどの消耗品も完備。事前に頼めば、その銘柄を支部が用意してくれるほどだ。外出に関しても支部での活動を除いた日は、事前に報告を行い門限さえ守れば出来る。
魔装少女の中には、自分がこっちに来る前に通っていた私立女子高の寮に比べれば楽園だという意見もある。しかし、年頃の魔装少女に半ば軟禁状態で地下に住まわせていると言われれば否定は出来ず。そんな客観的視点を自覚しているだけあって不安の種は成長する。
「それ関係ある? アビスの標的って魔装少女だけでしょ?」
「でも、いま『協会本部』と争っているんだし……もしかしたら、第8支部みたいに襲撃しにきたのかな?」
「ちょっとやめてよ。第8支部は単に閉鎖になっただけでしょ? ブレイダーが関わってるってあくまで噂でしょ? 本部も違うって否定しているし」
「でも、絶対なにか隠してるよねー。『協会』これからどうなるんだろ……」
「――問題ありません。アビス様たちがきっとよりよいものにしてくれます」
「ブレイダーたちが私たちの上司になるってこと? ……まあ、そっちの方が私はいいかもー」
「まっ、なにかあれば最悪魔装少女を引退すればいいだけだし……ねえ、今知らない声混じって無かった」
聞き覚えのない声にようやく気付き、その声がしたであろう背後に全員が振り向く。そこに居たのは目元を黒帯で隠した魔装少女。サイレント・オルクスと――。
「やあ! ボクはブレイダー・アビス!」
そして、ブレイダー・アビスが立っており、仲間たちが聞けば頭でも打ったのかと疑われるほどの陽気な挨拶をする。
「出会い頭で申し訳ないんだけど、ちょっと聞きたい事が……」
「きゃ、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「やっぱり駄目だったみたいだね……逃げようか」
「はい」
「あ、ちょっとまてー!?」
殺人鬼にでも出会ってしまったかのように魔装少女の一人が叫んだことで、アビスは絶叫を聞きつけて集まってくるであろう魔装少女たちが来る前に逃亡を行う。
「――曲がる時に使います、フェイントをかけてください」
「わかった、最初は左に行くよ」
「はい……〈
腕を振るい綺麗なフォームで走るアビスに、オルクスは跳ぶよう併走、T字通路の突き当たりを左に曲がった瞬間、オルクスは『固有魔法』を発動。アビスたちは身体を反転させて右の方へと進路を変える。
「ま、まてー!」
「このまま追っていいの!?」
「わかんないけどとにかく今は言うとおりにするしかないでしょ!?」
アビスたちを戦々恐々としながらも追ってきた魔装少女たちは“左”に向かい、そのまま見えなくなったアビスを反対方向に逃げたとは知らずに追い続ける。
オルクスの『固有魔法』である〈リバーリーフ〉は他者の視覚に干渉を行い、自分に対する認識を調整する事ができる。内容こそ地味ではあるが、人数制限はなく、適応範囲も自分を認識できる距離であれば対象とにすることができ、それこそ魔力さえ消費していれば彼女と対象者は誰にも感知されない石ころにも目を奪うアイドルにもなれる。
ただ普通の人間や生物、グレムリンなどは魔力を消費し続ければ持続して効果を発揮するのだが、魔装少女だけは効果が適用されてから二秒過ぎてしまうと無力化されてしまう。
――魔装少女が、その子の
「話しかけるって難しいね」
「あのまま問い掛けてもよかったのでは?」
「どうだろう。下手に囲まれちゃうと戦うことになりそうだったし、退いて正解だったと思ってるよ」
流石に悪い事をしていない魔装少女に『奈落の炎』を使うのは烏滸がましいが過ぎると考えていた。なによりアビスの戦意を下げていたのは、魔装少女たちの
「大人たちの指示に従っているってだけでボクを捕まえるのに疑いを持っていた。だから怖がらせるのは、ちょっと罪悪感が凄くてね」
「あの北陸支部の魔装少女に色々と聞けばよかったです」
「たぶん、なにも知らないんじゃないかな?」
アビスの予想は正解であり、アルバトロスは第3支部の事情は殆ど知らなかった。どこまでも日給三万円に惹かれて規則を破った阿呆鳥なのである。
「せめて案内板でもあればいいんだけどね」
「……護衛を受けずに全員で来るべきでした」
「うん? 護衛?」
「あ、いえ……なんでも……はい」
オルクスはあまり役に立ててないと歯痒さに負けて口を滑らせてしまう。現在、『元懲罰部隊』の残り二人は正義に頼まれて、第十支部のリーダー兼代表であるヴァイオレットの護衛をしているのだが、アビスはその事を知らされていなかった。
「そう、危ないことはしていない?」
「……はい、あくまでも念のためとのことです」
「ならいいけど、あの二人は無茶をしやすいから少し心配だね」
「はい……あの、聞かないんですか?」
「悪い隠しごとはしないと知っているからね」
何事に対しても
保護した時、彼女たちの心は火種ほどに消耗しており、自分の言葉一つ無ければなにもしない子たちだった。“まるで昔の自分”のようであった彼女たちにアビスは様々な経験させた。美味しい食事を食べること、ゲームをすることなど、命令でしか動かない彼女たちに敢えて有り触れた事をさせるために命令を行った。
そんな彼女たちが自分に隠し事をした。趣味を見つけるまでに至った彼女たちの
――頼りになる仲間たちも居るし、例え自分が居なくなったとしても彼女たちは生きていけるだろう。
「アビス様?」
「いや、なんでもないよ」
「アビス様、間違っていたら申し訳ありません。ですが今日のアビス様は少し様子がおかしいように思えます」
「……そうかい?」
「なにか不安なことがあるのですか? まさか体調に問題が?」
「……そういうのじゃなくてね。実は個人的な理由でシスター・イースターと接触するのを今まで避けていたんだ。それが影響しているのかもしれない」
「……個人的な理由がなにかお聞きすることは出来ませんか?」
「ごめんね。ボクだけじゃなくて、他人のプライバシーに関わることだから」
いつものように穏やかではあるが、はっきりと拒絶を示すアビス。シスター・イースターに会うのを躊躇っていた。それだけで察する事が出来るものがあるために、オルクスは内容の重さに口が動かなくなった。なによりアビスがまるで蝋燭の火のように今にも消えてしまいそうなほど希薄に見えてしまったことも理由にあがる。
「アビス様……」
「オルクス、魔装少女だ」
オルクスが悩んでいると、カランカランと杖についた鐘をならしながらひとりの魔装少女が曲がり角から現れた。
「――ここにいましたか~」
のんびりとした空気が抜けている声は聞く相手の敵愾心を薄めることだろう。派手な柄が入ったモンゴルの民族衣装風の魔装の上にコートを肩に掛けるように羽織っている。また全体的に綿毛の装飾が目立ち巻角が映えた帽子を被っていることから、どこか羊飼いと羊を足して割ったような印象を受ける。
「アポなしで来る悪い人、ようやく見つけましたよ~」
「すまないね。時間が無かったもので無理は承知だったんだ」
「そうなんですか~? ではしかたないんですね~。でしたら~……改めてご連絡してから来てくださいね~」
「そうは行かなくてね。申し訳ないけどボクの話を聞いてくれると助かるよ『スレプト・シェパーデス』」
「おや~。わたしのこと知っているんですね~。呼びづらかったら、スレプトでもシェパーでもデス子でも呼びやすい名前で呼んでくれていいよ~」
「どれも素敵な愛称で迷いそうだ」
「アビス様」
「大丈夫、ちょっと下がってて」
オルクスはアビスを守るように前に出ようとして逆に後ろへと下がるように窘められる。
「それで、どうして第3支部に来たんですか~?」
「ちょっと気になる事があってね。問題が無かったらすぐに去るさ」
「――それはシスター様に関わること~?」
「……そうだね」
威圧混じる微笑みをアビスは正面から受け取る。アビスは最初から狂うように捻れた
「シスター様の『
「そうかもね」
「じゃあ、なにが問題なの~?」
「それを確かめるために行くんだ」
「あっそ~。じゃああなたの冒険はここでお終いだよっ」
スレプト・シェパーデスの足下に魔方陣が浮かび上がる。『固有魔法』であると見抜いたオルクスが止めようと魔力を込めようとするが、それをアビスが手で止める。
「君の魔法は知っている。だから提案だ……それを使わないでもっと平和的に話し合わないかい?」
「もう遅いよ! 気が済むまで羊でも数えなさ~い! 〈
スレプト・シェパーデスの『固有魔法』は相手に睡眠を付与して自由に夢を見させる事が出来る。対象となったアビスの意識は時間を掛けることなく朦朧としていき視界が揺らぎ意識が落ちた。
気がつけば見覚えのある狭く綺麗な部屋に居た。『』と心配そうに母親に呼ばれたので「なんでもないよ」と返す。それでも心配は消えず母親は過保護気味に『なにかあればすぐに言うのよ?』と台所に立った。鼻歌を歌いながら包丁で野菜を切っている母親からテーブルに目を向けると真っ白なケーキが用意されており、これが何かを問い掛けると『大事で可愛い息子のおやつ』と冗談交じりで言った。それを聞いてそういえばそうかとラップを剥がし、フォークで食べる。口の中に生クリームと卵の甘さが広がり、どうしてか苦い味がすると想像していたので反射的に「甘くておいしい」と呟いてしまい、聞き耳を立てていたのだろうか母親が『ケーキだからね』と笑った。一口を大事に大事に食べていると玄関のチャイムがなった。それにボクは驚きながらも、ようやく来たんだと嬉しそうに玄関まで掛けよって誰かを確認せずに鍵を開けた。ガチャリと扉が開き、そこに居たのはモニカだった。「いらっしゃい」と言うと彼女はにこりと笑って中に入る。もう数なんて覚えてないほど家に来ているモニカは自然な足取りで自分の隣に座りスマホを母親のスタンドに設置して見せたかった動画を流し始める。物静かな自分たちが時折笑い声をだすため気になった母親が『なにを見てるの?』とモニカとは反対に座り三人で動画を見ることになった。これがボクたちの代り映えのしない幸福に満ちあふれた日常。ふとモニカに「魔装少女は上手くやれている?」と尋ねると、モニカは充実していると言わんばかりにどや顔で笑った。そんなモニカに苦笑をしながら充実した学校生活の事を話す、体育の授業ではたくさん走ったと語った。すると『頑張ったね』と母親が頭を撫でてくる。それに気恥ずかしさを感じながらも止めることはなく、『ご褒美に今日の晩ご飯は豪華にするね』という言葉に素直に傾いた。『モニカちゃん』も夕飯食べる?』と母親が言うと、モニカはにこりと笑って頷いた。ごちそうになりますと笑う彼女は悪戯っけがあって、それが可愛いと思えてしまうのは惚れた弱みと言うべきなのだろうか、いつか告白の一つでも出来ればいいなと思うが、平和な日々はこれからも続くんだゆっくりと―――――――
「――奈落様!」
「っ!?」
オルクスに名前を呼ばれたアビスは意識を覚醒させる。そして目に飛び込んできたのは自分の両手がスレプトを壁に押しつけて、その細い首を絞めている場面だった。
「か……かっ……!」
「このままでは死んでしまいます! 手を離してくださいっ!!」
人に死に敏感なオルクスが脅えて叫ぶ。そのことでようやく思考が働き出したアビスは慌てて手を離した。
「……ごめん、ありがとう」
アビスは心の底から謝罪と感謝を送る。もしあのまま必殺技を発動してしまっていたら魔装が焼かれ、ただの少女となったスレプト・シェパーデスの首をへし折っていた事だろう。夢現の狭間で人を殺しかけた、その事に冷や汗は止まらないものの、アビスは心のどこかで“それでもよかった”という考えが湧き出てきて、それを念入りに奥底に埋めた。
「……自分で考える以上に地雷だったか……」
「いったい何があったんですか?」
強烈な眠気に襲われて抗っているとアビスがゆっくりと動き出して、スレプトの首を絞めだしたのだ。すると瞼が一気に軽くなったオルクスは訳も分からず、このままでは人が死ぬという恐怖に従いアビスの事を止めに入った。
「スレプト・シェパーデスの『固有魔法』は、どうやらスキルの影響か魔法の掛かりが中途半端だったみたいだ。その結果、夢遊病のようになり感情のままに行動したんだろう」
「ど、どうし……え?」
「うっ……うっ……」
騒ぎを聞いたのか、それともスレプトが事前に呼んでいたのか第3支部の魔装少女集まってきた。しかし壁の隅に蹲り啜り泣いているスレプト、そしてそれをじっと見やるアビスという光景を見て動揺のあまり立ち止まる。
「うっ……ご、めん、なさい……ごめんなさい……ごめんなさい!!」
必至に謝りだすスレプトに、オルクスは殺されかけてトラウマを植え付けられたと判断したが、それは間違いであったとすぐに分かる。
「……本当にごめん。君のことはよく調べていたんだ。君の『固有魔法』は相手を眠らせただけではなく、“幸せな夢”限定だけど自由に見せることが出来る」
淡々とした口調ではあるが、アビスは押しつぶされそうなほどの罪の意識を感じていた。それは“殺し掛けた”こともそうだが“魔法を発動することを無理にでも止めなかった”という思いのほうが強いモノだった。
さらに言えば、自分が燃やしてきた魔装少女は、簡単に言えば感情が消えうせるほどの非業を行ってきたものたちであったが、スレプトは違う。彼女はグレムリンと戦うものは少ないものの定期的に睡眠セラピーを開き〈メリーハッピーランド〉を使い、不眠症や鬱病を患っている人々に癒やしを与えてきた彼女に苦痛を与えてしまったことが辛かった。
――強く止めなかったのは“夢”を見たかった。それだけだった。その結果が、“彼女”のように誰かを救う魔装少女を一人奈落にたたき落としてしまった。やっぱりボクは烏滸がましい死者でしかないのだろう。
「その代わり――君は魔法で眠らせた人の記憶を得ることになる」
それはデメリットではなく“仕様”と呼ばれるもの。眠らせた後に見せる夢を作るには対象者の
「うっ……うえっ!!」
「無理に話さない方がいい……ごめん、味の濃い飲み物と桶を持ってきてあげて、普通の水と白色の飲料は駄目かも知れないからそれは避けて」
「は、はい!」
「アビス様」
「オルクス。彼女を抱きしめて背中を優しくさすってあげて」
「はい」
さすがに侵入者がどうとか行ってられる状況じゃないと、第3支部の魔装少女たちはアビスの頼みに動き出す。アビスは自身の記憶からスレプトの症状に対応する。
「ううっ……知らない、こんなの知らない! ……どうして腐ったカップ……ううっ、いやッ! 天井を見せないでっ!! ……うっ! お願い……お願い……します、名前をよんで……わたしはたまじゃ――」
「落ち着いて、それは君の記憶じゃない」
「いい子いい子」
オルクスがスレプトの事を強く抱きしめて背中を撫で続ける。時間が無いことには変わりないが、錯乱している彼女を放っておくことは出来ずはずもなく、落ち着くまで寄り添う。しばらくすると、ほんの少しだけ落ち着き始めたスレピトは、恐る恐るアビスに問い掛ける。
「あなたは……どうして……こんな地獄に居て死のうとしなかったの?」
「自分で死ぬという考えに至るには、満ち足りていた過去が必要なんだけどね。ボクはそれが無かっただけさ。それに垂れていた蜘蛛の糸に触れているだけでボクは幸せだった」
アビスの答えを聞いたスレプトは、震えた指先を通路の奥に向けた。
「シスター様はあっちの扉の先にいる……注意書きがあるからすぐに分かると思う……」
「どうして居場所を?」
「――モニカさんに会ってきて」
スレプトはそれだけ言って第3支部の魔装少女たちの手を借りながらその場を去った。二人きりとなった空間で、オルクスはなんども口を開いては閉じてを繰り返す。
「どうやらゴールは近いらしいね。行こうか」
「……はい」
その様子に気づきながらもアビスは触れず、スレプトが示した道を歩き出した。オルクスは躊躇いがちにその後ろを付いていく。
――目的の魔装少女にもうすぐ出会う。
+++
――ボクの生まれたアパート周辺は、はっきり言って異常だったのだろう。なにせその近くにあったゴミ捨て場に、一日中焼却炉前で座り込む子供が居ても誰も反応することはなかった。
まあ、それに関してはボクの事を知っていたからこその態度だったのだろうけど、それを抜きにしても悪いほうの人間味が満ちあふれて、誰もが大事な物を無くした。まさに地獄と呼ぶに相応しい環境だった。
ボクもそんな地獄の空気に当てられた人間だった。生活環境がそのまま影響しているということもあるだろうが、当時の少年は間違いなくネコにも劣る下等な生物でしかなかった。
傷口に塩を塗り込まれることが分かりきっている学校に行くなんてもっての他で、知識が無いながらも今日を生き残るために大人との接触を避ける。そのため匂いと汚さを嫌って、誰もがすぐに去るゴミ捨て場に目を付けたのは、我ながら生存能力が高い選択だったなと時折思い浮かべては笑ってしまう。
それでも、何れはそのまま息が止まってゴミの様に死んでいくのだろうとは自覚しており、それでいいかと夜が訪れるまで捨てられていた段ボールを適当に焼却炉前に敷いて何もするわけでもなく、ただ毎日毎日空っぽに生きていた。それは誰から見てもゴミそのものだったと思う。
――そんな、静かに朽ち果てるだけの息をするゴミが、人のようなものに変わった転機が訪れたのは切っ掛けというものがない
ゴミ捨て場に通りかかった彼女がボクを見つけたのだ。
彼女の名前は『モニカ』。名字もそれが本名かどうかも知らない。
ボクがモニカに関して知っている事はあまりにも少ない。なにせ彼女は自分の事は殆どなにも言わなかったし、自分も聞くという発想そのものが無かった。
だから、毎日のようにゴミ捨て場まで来て日が暮れる前まで居続けて、ボクに様々なものをスマホで見せてくれた。その一連の行動の理由を最後まで知ることはできなかった。
モニカは滅多に言葉を口にすることは無かったが、代わりに感情が強く表に出ていた。泣ける映画では五分もせずに涙を浮かべてボクの服で拭いたり、心霊スポット巡りをする配信者の動画では始まる前から脅えて、ボクの腕をぞうきんみたいに引き絞り、そしてよく笑いよく怒った。
そうやって感情に触れて感情を知り、知識を得て徐々に人ということを知っていく、彼女もボクに教える事が自体が楽しいと感じてくれたのか色々な事を教えてくれた。
漢字、かけ算をボクに教えるモニカはとても楽しそうで、でも割り算は彼女も苦手だったらしく、説明を聞いたらボクの方が早く覚えた事は今でもちょっとした自慢になって、たまにそれを思い出してボクが言うとむっとする彼女が好きだった。
――好きだった。恋か愛か依存か名前を付けられるほどの経験が無かっために最後の最後まで気付くことが出来なかった気持ちは膨れ上がり自立心と欲を育てる。そして向上心に従うままに教育を受けるようになって夢を見るようになった。
――夢を見た。それが覚めるものだと知らずに。ずっと……夢を見ていたんだ。ほんの十秒ほどのモノに君を犠牲にして。
+++
秋葉のビル地下にある穴場のバー。本来であれば開店は夜からだが、悪魔は顔見知りのマスターに頼んで特別に開けて貰い、自分の対戦相手であったアルテメット・アイドルの姉。惹彼琉想衣と会話を弾ませていた。
「アイドルって幼稚園のころからやってんのか? すげぇな」
「テレビでアイドルを見てから憧れちゃったみたいでね。お母さんもノリノリだったこともあって動画デビューしたんだよ。そしたら人気に火が付いてそのままって感じかな」
「天才って聞いてはいたが正しくだな」
「三日で百万再生行ったときはほんとびっくりしちゃった」
妹のことを語る想衣は誇らしげで楽しそうだった。
「あ、ごめんね気がつけばずっと妹の話ばっかりしちゃってた」
「むしろ助かる。正直言っちまうと俺はコミュ障でな、だから人の話を聞いているほうが好きなんだ」
「ふふっ、それ本当? 見た目からして毎日女の子を口説いているって言われたほうがしっくりくるよ?」
「カタギじゃないとはよく言われるが、ナンパ師って評価は初めてかもしれんな」
「ほんと? やった、悪魔さんの初めて貰っちゃった」
「どこかしら表現に含みがあるのは気のせいか?」
「深読みのしすぎだよ。ふふっ、でもこれは妹には話せないかな」
話し始めてしまえば悪魔と想衣は相性がよかった。会話のテンポやペースが丁度良く、気を遣いながらもちょっとした所は遠慮が無く軽口を言う。そんな想衣との会話は楽しいものであるが、悪魔はやけに口寂しさを感じた。
「煙草、吸っていいよ」
「いいのか?」
「私は気にしないから、むしろ周りに吸う人いなかったからちょっと興味があるかな?」
「つっても未成年だろ? 悪いお子様とは言え気にしちまうな」
「えー。これでも私20歳なんだけど?」
「……まじか、高校生ぐらいだと思ってたわ」
「んん? 19だっけ? ……忘れちゃった」
「人のことは言えんが普通忘れるかね?」
「てへっ」
首をこてんと傾けて誤魔化す想衣。悪魔は煙草に火を付けて吸い込み、出来るだけ煙が広がらないように換気扇に向かってゆっくりと吐く。
「美味しい?」
「美味い」
「へー……一口貰っていい?」
「自分で買ってくれ。結構高いんだよ」
「悪魔さんは意外とけちんぼだなー」
膝を枕にしてこちらを覗き込む想衣に記憶の陰が重なる。そして同時にどうして出会ったばかりの彼女と、こんなにも話しやすいのか納得する。
「想衣はあれだな、俺の
「……それって老けてるってこと?」
「ちげぇよ。つっても言葉じゃ上手く説明できないが……性格とかは全然だがなんだか雰囲気がな。見ていたら思い出しちまった」
「……ねえ、悪魔のお母さんっていまどこに居るの?」
そう質問されて悪魔はまずったなと内心で悔やみながら、灰皿に煙草の灰を落とす。
「……数年前に亡くなった」
「そっか……。ごめんね」
「いやいい。
「ううん、悪いことなんてなにも無いよ」
そこで会話は一旦止まり流れているBGMに耳を傾ける。想衣がなにか言おうとしているのを悪魔は待った。
「――ひとみはシスコンなんです」
「お、おう」
「私が傍にいられる数日は、いつもべったりで仕事も減らして、その仕事の時でさえも私の傍から離れないの。私の言うことなら何でも聞いてくれて、服とかも私の選んだのしか着ないし……昔一回だけ私の冗談を真に受けて大事な仕事をドタキャンした時は流石に怒っちゃった」
「正直、想像以上でどう反応して良いかわからん」
「当の姉としては中学生になったし、そろそろ姉離れして欲しいなって思うんですよ。もしもこのままだと妹の将来はどうなるんだろうと考えると心配で心配で……」
「まぁ、聞いている感じ結婚しても姉と一緒に暮らすって言いそうだな」
「そこまでは無いと言えないのがうちの妹です。――ほんと、なんでこうなっちゃったんだろうね」
恥ずかしそうに、嬉しそうに、そして辛そうに、悲しそうに想衣は言った。
「ひとつ聞いていい?」
「なんだ?」
「悪魔さんは、お母さんと一度だけ会えるなら会いたい?」
「そりゃそうだ。恥ずかしい気はするが話したいことが沢山ある」
「じゃあ。“魔装少女協会第3支部”って知ってる?」
吸おうとしていた最後の一息が止まる。
「……最近知った」
「そっか、なんだかタイミングが良いね」
「……あくまで噂なんだろ?」
仲間が現在進行形で関わっている事を悟られないように言葉を選ぶが、サングラスで隠れている視線を逸らしてしまう。
「――ねぇ、ブレイダー・デビル。一生のお願いがあるの――妹を救ってください」
アビスはスキル関連以外に特別秀でたものは(多分)無いので。なのでオルクスが居なかったら、そもそも逃げるのも難しかったり。こいつ、そんなんでよく一人で来ようとしてたな←
今回はいままでで一番の難産でした。情報開示の具合や描写の取捨選択に正解はないですね……。
次回から三回戦ですが、特殊タグやプライベートの事情もこみでかなり遅くなるかもしれません。お待ちになって頂けると幸いです。それでは