変身ヒロインが守る世界にて十人の変身ヒーローは戦う 作:庫磨鳥
「――あとちょっとで終わりか、広い割にはすぐ終わってなによりだぜ」
四回戦が終わったあと、ブレイダー・ジャスティスは変身した姿のまま秋葉から魔装少女協会第3支部。最初に奈落が訪れた場所へと来ていた。
そんな第3支部の中でも上位の関係者のみが立ち入ることを許されるエリアにジャスティスは居た。彼の周辺には数十人の人間が倒れ伏しており、それぞれ違う体の部位を痛がりながら呻いていた。
そんな地獄絵図と言っても過言ではない場所で、ジャスティスは蹲って震えている中年女性に向かってショットガンの銃口を合わせ引き金に指を掛けていた。
「さて、なにか言いたい教えでもあるなら最後に聞いてやってもいいぜ? 教祖様」
――お高いスーツを着て宝石が付いた装身具を数多く身につける中年女性は第3支部の代表。シスター・イースターが主と呼ぶその人であった。
彼女をひと言で表わすならば正しく金の権化である。大金を手に入れる事こそが最重視するべきもの。大金を手に入れられるのであれば、それ以外は軽視する。そういった人間である。
代表に抜擢されるだけあって他者との付き合いは大得意であった彼女は、シスター・イースターの存在を知った時金になると判断して、紹介してきた“とある魔装少女”に言われるがままに管理を引き受けた。
元から精神が崩壊していた彼女を洗脳するのは容易く、経験と才能をフル活用した彼女は口先だけであっと言う間にシスター・イースターを首輪付きの怪物へと作り上げた。
「や、やめ……て……」
「はっ」
そんな元凶と言うほかない怪物クリエイターが震えて脅えている。どれだけの事をしでかしたとしても、彼女は普通の人間でしかない。それが分かる反応にジャスティスはわざとらしく鼻で笑った。
「仮に俺が引き金を引かないって言ったとして、お前はどうするつもりなんだ?」
「自首……自首する……警察に自首……するわ! ちゃんと国の法に基づいた罰を受ける!」
「――ふざけんな!」
第3支部代表の発言に待ったを掛けたのは、ばら撒かれる弾丸に偶々当たらず残骸化したテーブルに隠れ潜んでいた運営スタッフのひとりだった。
「こ、こうなってるのもお前が全部悪いんだろ!? なに一人だけ助かろうとしてるんだよ! そんなこと許されると思ってんのかよ!! ……な、なあ。俺は何も知らなかったんだ! 俺だってあれは無いだろって思ったんだ。だ、だから……」
「つってもな。シスター・イースターの件は本当に知らなかったとしても、それ以外ではかなり甘い蜜嘗めまくっていたんだろ?」
ここに居る時点で、命乞いしてきた運営スタッフは代表の側近である事は間違いなく、数多くの代表の行為に関して知らないことの方が多いのかも知れないが、ジャスティスの言うとおり、数え切れないほど手を貸して、その見返りとして沢山の礼を受け取ってきたのは間違いなかった。
彼が無傷なのは本当に運が良かっただけでしかない。隠れ潜んでいることはバレており、出てこなければテーブルごと撃ち貫いていた。
「ひっ! あ……た、たすけ――!!」
見逃されることはない事を察した運営スタッフは唯一の出入り口である扉に向かって駆け出した。愚かにも銃を持っている存在に無防備な背中を見せる形で。
「やめ……やめて……わ、私は人を救ってきたのよ。た、確かに“ちょっと”褒められないことをしたけども、みんなから感謝されたし、死人と再会できることに嘘はなかったわ!?」
恐怖のあまりパニックを引き起こした第3支部代表は、自分のやってきたのは正しい行ないだったと“
「それに死人を殺しても罪にはならないわ!」
所詮は思考がまともではない状態、本音と言うべき持論が無自覚に漏れる。彼女は大金を手に入れることが最優先、道徳が欠けている事を除いても、犯罪者になって自由に浪費できない環境に身を置くのは嫌だった。
罪にならないと思ったからやった。死人を殺しても殺人にはならない。これこそが第3支部代表が絶対的に信じる免罪符。第3支部代表は死人を効率的に殺せる今の形態を考えついた時、虫を殺めたところで裁かれない、誰も見てないのならば赤信号で進んでも捕まらないという意識の下、躊躇いなく実行に移したのである。
「人を殺すのはなんであれ罪だから“殺人罪”なんだぜ? まっ、土塊の存在を人間として扱うかどうかは議論は必要になってくるとは思うが……もしかしたら、あれは単なるオリジナルに寄せたコピーでしたなんて言い張ればとりあえず殺人罪は回避できちまうかもな」
「でしょう!? そうでしょう!?」
ジャスティスの言葉に必死に同意する第3支部の代表。だからそんなごつい銃で撃たれるのは罪に比例して罰が重すぎると訴えようとする。相手が敵だからという理由で罪のない警察や自衛隊、果ては他国に対して攻撃を行なった
「俺は別にお前の事を敵とは思っていないからな。警察の手柄にしてやってもいいんだが――それだと都合が悪いんだよ」
「……は?」
「やりすぎたのさ。お前も『協会』も」
『戦争決闘五番勝負』によって露わになった『協会』の不義。トドメにシスター・イースターの倫理から外れた所業。これが教会だけに対する不信感になるのならばジャスティスにとって万々歳であったが、社会というのはそう器用にできていない。
一般人は魔装少女に強い恐怖心を抱くことになるだろう。それは確実に排斥思想を過激化させて、『協会』の大人たちだけではなく、それこそ罪のない普通の魔装少女を燃やしはじめる。それが原因で数多くの魔装少女が戦わなくなるのがジャスティスにとって最も避けたいことである。
だから国の司法に任せるなんて選択肢は初めからなかった。裁判は長い時間が掛けて行なわれる。その間に事件が風化してしまい魔装少女の恐怖だけが静かに根付いてしまう可能性が高いこと、また普通の人間同士と言うことで第3支部代表たちの発言を聞いて同情したものが、魔装少女を敵対視するなんてこともあり得ない話ではなく、刑務所送りにするよりも、口封じも兼ねて半永久的に続く痛みを与えて病院送りにしたほうが面倒な問題を起こしにくいというのがジャスティスの考えだった。
もはや『戦争決闘五番勝負』の勝敗関係無く、第3支部の大罪が露見した『協会』は、改革は確定事項であり、秋葉に居る有罪確定の上層部などは既に『落葉会』、『秋葉自警団』と連携したヴァイオレットによる“事情聴取”が行なわれているが、人々の溜飲を下げるには、それとは別に目立った生け贄が必要だった。
倫理に反した行ないの全ての元凶の一人であり、そうした理由は金を稼いで贅沢をすることだったと社会的な面からしても極刑を与えなければ法の存在意義が疑われるほどの罪人。それも変哲もない人間である。これ以上の適材は居ない。
それだけではなく、ジャスティスが派手に第3支部を強襲したのは自分が関与していることを大々的にアピールするためだ。こうすることでブレイダー・ジャスティスという存在は身勝手な憶測や感情的な行動に対する強い抑止力となる。
そして後にアンギルを通さずジャスティス本人から、シスター・イースターの一件に絡んでいる奴は全員撃ったと声明を出しつつ、代表や運営スタッフたちの後ろ暗いネタを報道陣営に流すことで、ヘイト管理をしやすい環境を作り、さらには『アーマード』が戦争を引き起こした明確な大義名分として宣伝してしまおうと計画を立てていた。
ーーだから、ジャスティスは撃つのだ。
「これを罰とは言わねぇよ。だが“夏休みを最後”にしないためにも、お前には地獄を味わってもらうぜ」
PAIN LOOP TIME →→→→→→→→→.10s. |
|---|
「今から散弾を体内にぶち込む。それによって発生する痛みは十秒経てば消えて、また十秒後に発生する。それが死ぬまでループだ。痛みが発生した直後、誤認識によって心臓が一瞬、止まったりするらしいぜ?」
淡々と、これから自身の身に起きるであろう地獄に代表は、いっそ殺してと懇願するがジャスティスは無視する。
「医者は死なせないためにもお前をヒモか何かでベッドに括り付けるだろうよ。といっても肉体に強い負荷は掛かり、その分寿命は縮むだろうから想像よりかは早く終わるかもな」
檻の中だろうと、病院のベッドの上だろうと、永遠に続くと思われる激痛の中で自死を選ぶことは“社会”が許さない。
「最後になにか言いたいことはあるか?」
――最後の慈悲というわけでは無く、必ず“使える”から聞いた。なにせこういった人間の言う事なんて決まっているのだから。
「……わ、私は悪くない! 私は悪くない!! 私はわるく――」
――ドォン!
「……その言葉、しっかりと皆に伝えてやるよ」
――事が終わり、外へと出るために出口に向かって歩き始めたジャスティス。来たときと同じ道には警備員などやスタッフが痛みによる統一性のない悲鳴を上げていた。その中には真実を知って力無くへたり込んでいる信者などもいる。
そんな自分も関与している阿鼻叫喚の光景が第3支部のそこら中で広がっているが、ジャスティスは無い者の如く扱い、歩きながら『バックルピストル』の側面、つまり『B.S.F』の画面を見始める。
ジャスティスは“作業”をしている間もアビスから送られてくる視点映像を中継して全世界に流しており、自身もマスクの裏に表示させて見ていた。現に今もアビスとモニカの二人が炎に包まれたのを最後に暗転したままの映像をそのまま流していた。
ジャスティスは『戦争決闘五番勝負』の話し合いの最中、当時はまだ確信はしていたがあくまで予測の段階であったシスター・イースターの所業をアビスから聞いていた。なので四回戦が終わった後、アビスとシスター・イースターの対決とは別に、ジャスティスが第3支部へ赴くのは決定事項となっていた。
――なのでアビスは自分の死後の諸々の後始末やモニカとオルクスの保護などを全部ジャスティスにやってもらおうと考えていた。本来の目的を伏せていたので約束などはしていなかったが、『アーマード』のみんななら必ずどうにかしてくれると信頼しており、その考えは正しいと言えるものだった。
「あん?」
状況把握のために監視カメラにハッキングしようした矢先、唐突に視点映像が復帰し、馴染みのある声が聞こえてきたことで足を止める。
「……生きてるじゃねぇか」
予想を外したジャスティスの声色は明らかに上機嫌と呼べるものだった。
+++
――肉体という器に入る魂は原則ひとつ……だったんだけどね。今や『セフィロト』が破壊された影響で、世界が定めた法則はかなり融通が効くようになっちまった。恐らくあたしのこの状態だって、『セフィロト』が無いからこそ成り立った結果さね。
七色のトラブルに巻き込まれてしまった魔装少女。サンシャイン・ピーチこと桃川暖子の中には鬼美という別の心が存在している。その事を彼女を直接目にしたことで知った奈落は、自分の魂を別の人間に移動させる魔法の詳細を尋ねた。
――別に原理だけで言えば難しいことはしてないさね。この子の中……正確には母親にだけど自分の魂を入れる器を作ってその中に自我と記憶をくっ付けた己の魂を入れたのさ。
それ以上は教えてやんないよと話を強引に閉じられてしまい詳しいことは聞けなかったが、この些細な知識こそが奈落を現世へと繋げる要因となった。
生きることに未練があった。家族を置いて逝きたくないと思った。なによりも好意を寄せている異性と両思いだと知ったのだ。死にたくないと純粋に思った。
だから奈落は咄嗟の判断で、一か八か鬼美から聞いた話を元に、己の魂に自我と記憶を“溶接”した後、心身と繋がりがある『B.S.F』を器にして現世に留まることを選んだ。
「オルクス」
アビス≓アウターライトに変身した姿はモニカの体であるため、女性的なフォルムなのだが、その口元から発せられた声は男性の、つまり奈落の声だった。
現在、変身した事で魂が入れ替わり、人の肉体に奈落の魂が、『B.S.F』の中にモニカの魂がある状態となっている。それによって身体の主導権も奈落に代わっていた。
「え……は、はい!」
「心配掛けてごめんね」
「……っ! そんな……簡単に言わないでください!」
「ご、ごめん」
オルクスに初めて大声で怒鳴られ、さらに心中ではモニカから、それはあんまりじゃないの? と批判され、奈落は恐縮するしか無かった。
だからといって気の利いた事が言えるわけでもなく、悩んでいるとモニカから提案される。最初は戸惑った奈落だったが、モニカに何かあった時は私も一緒だと言われて奈落は観念したかのように決意を込めてオルクスに告げた。
「――もう死のうとは思わないから」
「……はい! ……一緒に帰りましょう、妹たちも待っています」
「うん……。――そんな顔だったんだね」
「アビス=アウターライト様、もしかして目が?」
「そうだね。君の顔がはっきりと見える。あと、アビスか奈落でいいよ」
アビス≓アウターライトの視界は今までのとは全く違うものへと変わっていた。まず生物が炎に、空が火の海に、そして無機物などは色がない景色ではなくなり、炎がなく色がついた、いわゆる普通の人間が瞳に写す景色となっていた。
そして今まで見えていた
――大切な家族の顔が見れる。当たり前の事が奈落にとっては、とてつもなく嬉しかった。しかし素直に感動に打ち震えていられる状況ではなく、奈落は思考を切り替える。
「……モニカ。ボクはブレイダー・アビスとして、『アーマード』として、やらないと行けないことがあるんだ……いいかい?」
【いいよ】
――奈落とモニカの精神は繋がっている。その影響は様々な所で現われており、記憶の共有も、そのひとつである。奈落はモニカの気持ちや自分に会いに来てくれていた理由を知った。そしてモニカは奈落の気持ちとブレイダーとして行なってきた活動を知った。
モニカはそれを踏まえてアビスの行なってきたことを肯定し、それが罪と言われるものだとしても一緒に背負うと、迷い無く断言したのだ。奈落はもうちょっと考えて欲しかったとも思ったが、同時に即答してくれたことに嬉しくなった。
【一蓮托生だよ!】
「うん、そうだね……一蓮托生だ」
シスター・イースターを見やる。こちらを見る彼女の
「君には心の底から感謝をしている。借りだと言わればそうだね。なんでも願いを叶えたい気分だ……でも、ボクはボクのやってきたことを否定しないと決めたよ」
シスター・イースターがそもそも存在しなければ、モニカを完全に復活させる手段はなく、どこかで転生を果たすかも分からない彼女のために永遠に魔装少女を燃やすだけの存在になり果てていたのかもしれない。
であれば、世間的にどれだけ許されないことをしてきた存在としても、奈落にとってシスター・イースターは正しく恩人と呼ぶべき存在だった。
それでもアビスは生きていくことを選んだ。それが誰にも望まれない、母と同じく自分勝手に他人の人生を踏みにじる行為だったとしても。自分が定めたブレイダー・アビスとしての役割を、モニカと共に最後まで全うする道を選んだのだ。
「ボクはこれからも魔装少女を燃やし続けるよ……ブレイダー・アビス=アウターライトとしてね」
アビスの背中に入る炎で出来た蝶の翅が広がり、淡くも優しい光が舞台を照らす。
「――烏滸がましい奈落の“使”者【と私が!】……全てを終わらせよう」
「――――残念です」
敵対の意志をハッキリと見せたアビス≓アウターライトに、シスター・イースターは心を動かして本当に残念がる。逆に言えばそれだけである。たとえ夢にまで見た完全なる復活の体現者であれど、明確に害してくる相手は処理しなければならない。それが
「魔装の神の信仰を疑う冒涜者よ。代弁者としてあなたに神罰を執行します。〈
シスター・イースターは躊躇いなく、相手を殺し得る魔法を唱えた。
敵対者と認識したアビス=アウターライトに切っ先を合わせた十にも及ぶ螺旋状の槍が空中に出現。高速で回転すると石突きが爆発、銃弾の如く加速した。
シスター・イースターは自分の身が危険に迫った時の対処法もしっかりと教え込まれていた。彼女が記憶している攻撃魔法の数々は魔装少女を殺すものであり、そして物理法則を利用する事で人間をも殺せるもので揃えられていた。
――しかし、相手が悪すぎた。アビスが仰々しく両手を広げると蝶の翅から炎色の光が帯状に広がっていき、光の壁を作る。螺旋状の槍は光の壁に触れた部分から瞬く間に灰となって焼失した。
「熱くない? ……それどころか魔力が回復してる?」
光に当たったオルクスは疲労が抜けていき、さらには微量にだが魔力も回復しつづけている感覚に見舞われる。
害になるものを燃やす炎と、慈しむべき存在に癒やしを与える光。二つの側面を持つ『スキル』こそアビス≓アウターライトとなったことで手に入れた新たなる力である。
内心で奈落はスキル名を『奈落の炎』改めて『奈落の光』と改名する。モニカから安直すぎない? と指摘されるが、悠長に議論している場合じゃないと話を打ち切った。再考する気は無い。
「〈
シスター・イースターに対策を行なう発想はなく、ただ教えられた通りに順番に殺傷性の高い魔法を唱えていく、しかしそのどれもが空しく翅から放たれる炎色の光によって等しく焼失する。
「――無間に墜ちた怪物よ」
アーマーの表面から湧き上がる炎が蝶の形となる。一匹、二匹と数え始める頃には無数へと膨れ上がり、空へと自由に羽ばたいていく。
「くるりと廻れ」
【コンテニューロード!】
蝶の大群がシスター・イースターに迫り来る。回避や防御を行なうという発想ができずあっと言う間に飲み込まれた。
「――――――きれい」
蝶の群れ、その中身はまるで炎の中のから見える景色にも思えて、シスター・イースターは思わず呟いた。熱く息が出来ない、心の芯が溶けていき、自分を確立するものが順番的に無くなっていく感覚に見舞われる。同時に居心地の良い懐かしさを抱き、微睡みに抵抗せず瞳を閉じた。
アビス≒アウターライトはゆっくりとした動作で手を開いた。手の平に灯されたのは楕円状の炎。それをじっと見つめ――。
――手の平を優しく閉じて炎を握り潰した。
+++
シスター・イースターは夢を見た。自分が魔装少女となる以前の掠れた記憶の断片を再生するだけの、そんな夢。父と母、そして自分だったであろう小さな女の子を客観的に見る。笑って怒って泣いて……そして幸せそうにする少女をただ見続ける。気がつけば少女たちは居なくなっており、見覚えがある道で三つの影を踏んでいた。
道と影は次第に燃えて消えていく、それが何だか嫌で燃える影にそっと触れたが変わらない。最後には“無”としか表現できない空間でひとりとなったシスター・イースター。己の腕を見ればいつの間にか燃えており、瞬く間に全身に燃え広がる。
シスター・イースターは静かにそれを受け入れて微笑んだ。そして瞳から一筋の雫を流しながら灰も残らず完全に消え去った。
――なにも存在しなくなった“無”の空間に、どこからともなく一匹の蝶が現われて、ひらひらと当てもなく飛び続ける。いずれ宿り木となるものが生まれるまで。
+++
魔装少女の力を失いシスター・イースターだった無地のワンピース姿の少女が瞼を開き、瞳を動かして左右を確認する。次第に顔を歪ませていき、両腕を伸ばす。その姿は誰かを探しているようだった。
「――あ、あう! あうあ~! あ~~!!」
誰かを求める“産声”に答えて、黒い手が彼女の頭を優しくなで始めた
「あい~」
「――元気だね」
なでられることがとても気に入ったのか、嬉しそうにはにかむ彼女に、アビス≓アウターライトはできるだけ優しく撫で続ける。
「……終わったんですか?」
「そうだね。シスター・イースターという怪物はボクが燃やした。ここに居るのはただの女の子だよ」
――魔装少女の力だけではなく記憶を、経験を、人格を全て燃やされきった少女の心は純粋無垢な赤子同然となった。怪物であったシスター・イースターは死に、『三途の川』へと還ることなく名前も定まらない少女に生まれ変わったのだ。
少女は無邪気な笑顔でアビスの手を握る。
【かわいいね】
「うん。そうだね」
心だけが赤ん坊となった少女がこれからどうなるかは分からないが、怪物になることなく出来る限り優しく幸せな人生を送れるようにと、奈落とモニカは静かに祈りを捧げた。
「ふぅ……」
――とても長い一日だった。身体を動かしたくないほど疲れるのは何時ぶりだろうかと考えて、こんなに清々しい気分で疲れたのは初めてかと思い至る。腰を下ろして天上を見る。
「……きっと外の世界は綺麗なんだろうね」
「――はい、とても綺麗です」
奈落の代わりに
「でも、正直な話……暫くはここに居たいかな……」
「え? どうしてです?」
「……いま疲れすぎて、事情を話したりするの色々と億劫で……」
「えぇ……」
夢を叶えた奈落にはこれからブレイダーや『アーマード』としての後始末という現実が待ち受けている。この件についても詳しい説明をしなければならないだろう。心配を掛けたのでみんなに怒られるのも想像難くなかった。
少女が目覚める前に視点映像を切ったのだが、それからというものの通話や通知などがガンガン掛かってきており、奈落は現実逃避気味にふかーいため息を吐いた。
「――なんて思うのは烏滸がましいかな?」
「はい、その通りです。みんな心配していますよ?」
「ちょっとだけ休憩したら頑張るからさ。それまで大目に見てよ」
「もう……仕方ないですね」
以前では考えられない奈落のちょっとした我が儘に、オルクスは困りながらも笑みを浮かべながらそう答えた。
――こうして最終戦はブレイダー・アビス≒アウターライトの勝利に終わり。『戦争決闘五番勝負』は三勝二敗にて『アーマード』の勝利で幕を下ろした。
【はい、もしもし?】
「あ……」
【――うん、わかった。アビス、代わってってー】
「……今から帰るのでちょっと待ってって伝えて……」
モニカが通話に出たことで観念した奈落は仕方ないと外へと歩き出したのだった。
いつも以上にアレな文章になっている気がするのですが楽しんでいただけたのならば幸いです。
次話で2章は終わります。その時活動報告で色んな余談や3章についてなど書いていきたいなと思いますので、それまで前書き後書きは控えめにいきます。一般のスレ回は番外編で書きたい……書けるかこれ……。