原作女の子主人公(ミヅキ)がアニポケ世界のスクールに入学して自分の夢を探す話 作:きなかぼちゃん
マツリカから見てミヅキは、人あたりがよく元気なようで、どこか自信なさげなところが垣間見える少女だった。
(たぶんアローラに引っ越してきたばかりだから、どこか遠慮がちなところがあるのかな、って思ってたけど)
そうではないのかもしれない、とマツリカは思う。
根本的にミヅキはなにか自信が無いように見える。昨日、ピカチュウとトゲデマルの気持ちを読んでいた時もそうだった。ヤトウモリの気持ちも読んでみようかと誘ったとき、ミヅキの瞳は揺れていて、どこか恐れのような気持ちが見えた。
ポケモンと一緒にいながら、ポケモンのことを知るのが怖い。
ミヅキはきっとそう思っている。
たった今、ヤトウモリの頭に乗って羽を震わせるアブリボンを通して、ヤトウモリの気持ちを読み取っているマツリカはなんとなく「そうなんじゃないかな」と思っていた。
ヤトウモリが抱えている感情はピカチュウやトゲデマルのように単純な指向性があるわけではなかった。複雑で説明がうまくできない。
「うーん、これは難しい……いや……ミヅキとヤトウモリ……絆がないわけじゃない……でもちょっと違う……」
「違う……?」
「まだ2人はお互いのことを分かり切れてないのかも。詳しくはわからないけれど」
マツリカが言うと、ミヅキの表情に影が差す。
ミヅキは「もしかしてそうなんじゃないか」とは思っていた。
自分はまだヤトウモリに信頼されていないのだと。
元のトレーナーの元へ帰りたいのだと。
なのにさも自分がヤトウモリのトレーナーかのように振る舞うのは、愚か以外の何物でもない、そんな気がする。
「やっぱりそうなのかぁ……」
ミヅキはヤトウモリの顔を見た。ちらつくのはスクールのみんなと、パートナーの顔。たとえばサトシはバトル中にピカチュウの考えてることがだいたい分かるという。
(わたしはそんなこともできそうにない……)
「ねえ、ミヅキ。よかったらなんだけど、ミヅキも一度ヤトウモリの気持ちを読み取る練習をしてみない?」
ミヅキが沈んだ顔をしているのを見かねて、マツリカは突然そんな提案をした。
「え、わたしでもアブリボンみたいに、ヤトウモリの気持ちが分かるんですか……?」
「うん、そうだよ。あたしだっていつの間にかアブリボンの気持ちが分かるようになったから。それはね、きっとポケモントレーナーならみんな意識せずやっていること。これを見て」
マツリカは目を細めて微笑むと、傍らに立たせたイーゼルに飾ってある絵を指さした。そこには洞窟の中で走る躍動感のあるヤングースの絵が描かれていた。この絵の場所はどこなんだろう、なんてミヅキは思う。
「ミヅキ、物体を本当に理解するには、それを描き実像を捉えることが大切。実際にどんな形をしているのかは、何気なく見ているだけじゃ分からない」
「物体? 実像?」
「おぉ、ちょっと難しかったかな。要するにヤトウモリをよく観察することで、新しい発見があるかもということ」
いけないいけない、つい難しい言い方をしてしまう。とマツリカは申し訳なさそうに笑うと「はい、これ」とスケッチブックと鉛筆をミヅキに手渡した。その意図がわからないままミヅキはおずおずとそれを受け取る。
「今からミヅキにはヤトウモリを模写してもらう。ヤトウモリの姿を隅々まで観察して、その姿をできるだけ正確に写しとってみよう」
「え、でもわたしそんな絵うまくないですよ?」
「大丈夫。技術的な上手い下手は関係ない。どれだけ時間がかかってもいいから、今のミヅキがゼンリョクでできる模写を見せてほしい。そうすれば何かがきっと見えてくる」
「うーん……そういうことならやってみます」
ミヅキは受け取った真っ白なスケッチブックの紙と鉛筆を見つめながら、ミヅキは半信半疑で頷いた。ヤトウモリの絵を描くことに特別深い意味があるとはあまり思えなかったけれど、せっかくマツリカが提案してくれたことなので乗ってみようと思ったのだ。
(絵なんか習ったことないし、上手く描ける気はしないけど……)
自分を見るマツリカの見守るような穏やかな視線はまるで先生のようだ。とミヅキはなんとなく思った。授業をするククイ博士の姿がなんとなく重なる。
なんだか授業みたいだな。なんて内心思いながら、ミヅキは真っ白なスケッチブックを開いた。
▼ ▲ ▼
「ぐぬぬぬぬ……」
ミヅキは鉛筆を握りながら、眉間に皺を寄せながら難しい顔をしていた。
その目線の先には丸まって芝生でリラックスしているヤトウモリがいる。
スケッチブックの上にはへなへなとしたヤトウモリらしき輪郭だけが描かれている。
ミヅキの鉛筆を握る手は完全に止まっていた。
上手く描けない。
(ヤトウモリの模様ってよく見たことなかったけどこんな形だったっけ? 肌もよくよく見るとてかてかしてる。あー、見れば見るほど今まで気づかなかったことばっかりだよ……)
「ちょっと休憩にしようか。お腹すいたでしょ」
「あ、はい……」
ミヅキが煮詰まっているのを見たマツリカは芝生にビニールシートを引くと、カバンの中からタッパーの中に入った、厚切りのハムが乗った変わったおにぎりを大量に出した。数えると10個くらいある。見た目はどこかお寿司みたいな形をしていた。
「そ、そんなにいつも食べるんですか? ていうかもうすぐ夕方ですよね」
ミヅキはスクールが終わってからここに来たので、昼食の時間には遅すぎる。
「絵に集中してるとお腹がすくからね。おやつみたいなものだよ。ふふふ、でも今日はきみにもおすそ分けしよう。ミヅキも集中してお腹すいてるんじゃない?」
「あ、そういえば……」
絵を描くのに集中しすぎて気づかなかったけれど、言われてみれば別に運動したわけでもないのに異様にお腹がすいている。不思議だった。
(でもお肉のったおにぎりなんて食べたことないなあ。アローラでは一般的なのかな)
ミヅキはマツリカが差しだしたハムおにぎりをやや躊躇しながら口に運んだ。すると口の中に肉のうまみと一緒に塩気が広がって、お米と一緒に噛みしめると、すとんと食欲がお腹の中に落ちた。
「え、これおいしー!」
「ふふふ。よく味わいたまえ。あ、でもお腹いっぱい食べるのは禁止。食べすぎると絵の続き描くとき眠くなるからね。晩ご飯も食べられなくなっちゃうよ?」
「あ、はい……っていうかマツリカさんはそんなに食べてもお腹いっぱいにならないんですか……?」
ミヅキが不思議に思って突っ込むと、マツリカは少し面食らった表情で顔を赤らめた。大食いと言うことがバレて恥ずかしかったのかもしれない。
「お、おぉ……絵を描くのに集中してるときは凄くエネルギーを使うから、つい食べ過ぎちゃうかな……ハハ」
ミヅキは思った。これはスイレンと同レベルの大食いかもしれない(スイレンはクラスメイトの中で一番の大食いなのだ)。スイレンにしてもそうだけど、こんなにスレンダーなのに人の身体ってふしぎ。ちょっぴり羨ましいなあ、と思いつつミヅキはおにぎりをモグモグと味わっていた。
『シュウウ』
ヤトウモリもミヅキが休憩に入ったと分かると、傍らに寄ってきて唸り声を上げた。
こういう時はきのみが欲しいという合図だ。鞄に入れてあるオレンの実を投げると、ヤトウモリは器用に飛び上がって口でキャッチしてモシャモシャと飲み込んだ。
「おぉ、器用だねえ」
「アハハ、食い意地張ってるだけかも」
ミヅキはちらりとヤトウモリの表情を見た。いつも通り澄ましたような目をしている。こいつはなにを考えているのだろう。
『シュ?』
「あんたはいつも通りだなあ」
肩をすくめながら、ミヅキはヤトウモリの頭を軽く撫でた。最近のヤトウモリはわたしに撫でられることに抵抗はなくなったみたいだ。そう思うと、ほんの少しだけ心がすっとした気分になる。
その時だった。
「なに~この子! かわいい~!」
いきなり聞き慣れない黄色い声がすぐ側で聞こえた。思わずミヅキが声の方に目をやると、イーゼルを止まり木代わりにして休んでいたアブリボンが柄の悪そうなピンクの髪の少女に絡まれているのが見えた。その側には同じような黒い服装をした2人の少年。
3人ともバツ印が描かれた黒いシャツを着ていて、胸元にはドクロのネックレス。口元をスカーフで覆っている。見た目からして反社会的チーマーグループだ。
「ね、アニキ! あたしこの子欲しい!」
『りぼぼん……?』
アブリボンはよく分かっていない様子で首を傾げた。人のポケモンを取るのは泥棒なので、物事を知らない幼い子供でない限りは、他人のポケモンを堂々と欲しがる人間はそうはいない。
「な、なにこの人たち」
「おぉ……? スカル団だね」
「スカル団……?」
ミヅキが引きながら言うと、やや間延びしたいつもの声音でマツリカは答えた。ただその表情はやや硬くなり、瞳は剣呑な色を見せていた。
アローラ地方にはスカル団と呼ばれる、いわゆるごろつきのグループがある。
ミヅキは全く知らなかったが、そのほとんどはアローラの雰囲気や風習になじめずにスクールからドロップアウトしたり、親元から家出した子供の集まりである。
彼らは総じて社会に適応している人間たちを疎んでいる。そして主にターゲットになるのは、敷かれたレールの上でうまくやっているように見える同年代の子供であった。
「ちょっとやめてよ。アブリボンはマツリカさんのパートナーなんだから」
ミヅキは頬を膨らませながらスカル団たちにそう言い放つと、内心あまり怖がっていない自分自身に驚いていた。
ミヅキはロケット団と関わるうちに、こういう手合いに対して慣れ始めていたのである。
「なによエラソーに! アタイたちは泣く子も黙るスカル団! 素直に従わないと大ケガするよ!」
「そうっスよ! 楯突いたらどうなるか、スカル団の力、見せちまいましょうよアニキ!」
少女に続いて、もう一人の太った少年がミヅキにメンチを切ると、リーダーらしき青い髪をした痩せ形の少年をチラリと目配せした。こいつがリーダーか。ミヅキはなんとなく理解した。
ミヅキはリーダーの少年の顔を見たが、その視線はアブリボンでもミヅキでもなく、別の所に向けられていた。
「……あん? オマエもヤトウモリ持ってんのかよ」
少年はミヅキの傍らにいたヤトウモリを見ながら、そういった。
「持ってはない、預かってるだけ。保護してるんだよ」
「保護してる……ねえ。もしかしてそいつオスか?」
「そうだけど、何」
探るような質問に、ミヅキはなんとなく嫌な予感がした。
「はん、ヤトウモリのオスは進化しねえ役立たずだよ! オマエ、弱いポケモンを育てるなんて物好きな奴だなあ?」
「は?」
なんなのこいつ。
スカル団のリーダーらしき男があざ笑うようにそう言うと、素直にミヅキは表情を険しくしてムカついた。ミヅキは別に気が長い方ではない。バカにされたら普通にイラつく。
「スクール通ってるし、ヤトウモリのオスが進化しないなんてそのくらい知ってるよ。それでもわたしはヤトウモリと一緒にいる。何か悪いわけ?」
「あぁん? スクールに通ってんなら、お前ポケモントレーナーなんだろ? 進化できるはずなのに、できないポケモンなんてトレーナーにとっちゃ役立たずじゃねえか」
「はぁ? ポケモントレーナーだからってバトルしなきゃいけない決まりなんてないでしょ。それにポケモンの強さなんてバトルせずに一緒に暮らすだけなら関係ないじゃん。あんたみたいなのがいるから……」
あんたみたいなのがいるから、ヤトウモリは捨てられたんじゃないの?
横目でヤトウモリの姿を見ながら、ミヅキはその台詞をすんでの所で飲み込む。こんな言葉をヤトウモリに聞かせるわけにはいかない。
「とにかく、アブリボンはマツリカさんのパートナーだし、ヤトウモリをバカにするのも許さない! わかったらさっさとどっか行ってよ!」
「は! ポケモンは一緒に暮らす友達ってか? そんな甘いこと言ってるからこれからオレたちスカル団に痛い目に遭わされることになんだよォ! 出てこい! ヤトウモリ!」
「行くぞダストダス!」
「ズバット! このナマイキな女やっちゃって!」
スカル団の3人は次々にポケモンを繰り出した。ミヅキのヤトウモリがミヅキを守るように前に出た。そしてハッとする。
(なんでヤトウモリについて絡んでくるのか不思議だったけど、そういうことか……)
おそらくこのリーダーの少年のヤトウモリはメスなんだろう。とミヅキは予想した。だからこそ見下すようなことを言ってきたのだと。
「……仕方ない。ねえ、そこまでにしておいてくれるかな。友達に危ないことするなら、あたしたちにも用意があるよ」
一触即発の雰囲気の中で、今まで後ろで口を挟まなかったマツリカがきっぱりとした口調でそう言った。いつものふわふわとした雰囲気はもはや完全に消えていて、ミヅキから見ても明らかに怒っていることがわかった。
ミヅキはマツリカが怒ったどころか、機嫌の悪いところすら今まで見たことなかったので、面食らってマツリカの顔をつい見つめてしまう。
「マツリカさん……?」
「ミヅキ、ここはあたしに任せて」
『りぼぼぼん』
マツリカはミヅキに安心させるようにいつも通り微笑んで、アブリボンと一緒にミヅキとヤトウモリの前に進み出ると、キッと鋭い視線でスカル団の3人を見据えた。
「なんだ、オマエもやるってのか?」
「こっちは3人スよ? 女2人でスカル団に勝てると思ってるんスカ」
「そうだそうだ! だから大人しくその子をあたしによこしな!」
「イヤだって言ったら? それに1対3でも構わないよ」
安い挑発だ。それでもスカル団を怒らせるには十分だった。
「くそが、舐めやがって! ヤトウモリ、はじけるほのお!」
「ダストダス! ヘドロばくだん!」
「ズバット! ちょうおんぱ!」
怒りが放たれた。危ない! とミヅキが叫ぶ間もなく3つのワザは全てアブリボンに向かう。マツリカの表情は崩れない。
「乗ったね? アブリボン、連続でかふんだんご! 全部打ち落として!」
『りぼんっ!』
アブリボンの両手には紫色の毒々しい花粉の固まりが既にあった。そしてそれを回転しながら遠心力でいくつも投げ飛ばすと、それは正確無比に3匹のワザを全て打ち落とした。
「3匹分の攻撃を打ち消しただと!?」
「驚いてる暇はないよ。アブリボン、とびっきりのお団子を味あわせてあげて!」
スカル団の視界からアブリボンの姿がブレて消えた。上位の素早さを持つ虫ポケモンの高速飛行は人の目には捕らえられない。
「ヤトウモリ上だっ」
存在にスカル団とミヅキが気づいたのは、アブリボンが空高くから再び紫色のかふんだんごを3つ一気に投げ飛ばした後だ。
皮肉にもリーダーの少年の声に3匹のポケモン全ては反応し、その顔面に毒花粉の塊が直撃した。アブリボンの作る花粉の毒を凝縮したかふんだんごは、ポケモンが飲み込んで摂取すれば一撃で戦闘不能になる猛毒である。
そしてアブリボンの恐るべき制球力で口の中に猛毒を突っ込まれたヤトウモリも、ダストダスも、ズバットも、その一撃で失神しあっという間に戦闘不能となった。
「ヤトウモリ?! おい! 立てよ!」
「ダストダスゥ! 大丈夫っスカ!?」
「あーん! あたしのカワイイズバットちゃんがー!」
(すごい……一撃で3匹とも倒しちゃった……Zワザってわけじゃないのに)
エリートトレーナーもかくやという恐るべき手際であった。ミヅキもサトシとカキのバトルをいつも見ていたが、マツリカは2人と同じか、それ以上に洗練されたポケモントレーナーであるように思えた。
スカル団の3人が戦闘不能になったパートナーに駆け寄るのを確認すると、マツリカはミヅキに向き直る。
その表情はいつも通りの柔らかいもので、たった今圧倒的なバトルをしたトレーナーと同一人物とは思えない。ミヅキは言葉を忘れて目をただぱちくりさせていた。
「アブリボン、ありがとね」
『りぼぼぼん!』
ふわふわと空から降りてきて、マツリカの指にとまったアブリボンが機嫌良さそうに声をあげた。
「なんなんだよお前! そんなボーッとしてやがるのに、Zワザもなしに強いって反則だろうがッ!」
背後からリーダーの少年はマツリカに向かって叫んだ。流石に1対3でZワザもなく一瞬で蹴散らされるとは思わない。
アローラ地方ではしまめぐりという他地方でいえばジムバトルのような儀式があり、それをポケモンと共に突破した者にZリングとZクリスタルが与えられる。この2つのアイテムが揃って、ポケモントレーナーとポケモンはZワザという強大なワザを使うことができる。
しまめぐりを突破できる子供はアローラ地方でも将来を嘱望されるエリートトレーナーとして扱われる。スカル団の構成員にはしまめぐりに挑戦して突破できなかった者たちも多くいた。
『自分たちとエリートトレーナーの差はZワザにある。Zワザは卑怯。あれさえなければ自分たちだって強いトレーナーとして扱われるはずだ』
スカル団の構成員たちはそう思っている。
しかし、目の前のこの女はZリングもないくせに圧倒的に強い。
「ポニの自然で育った子はみんなこのくらいは強いよ。年下だけど、あたしよりもっと強い女の子だっているからね。それにキミの気持ちはわかるけれど、
「何だと……?」
リーダーの少年は訝しげに呟く。ZリングとZワザがあるヤツが強いなんてアローラじゃ当たり前のことだろうが。反論しようとした時、遠くからサイレンの音が聞こえた。バトルを見ていた誰かに通報されたのかもしれない。少年は舌打ちをする。
「アニキ! ヤバイっスよ。通報されたみたいっス。ジュンサーが来ます」
「チッ、わかってる! 今日はこの辺にしといてやるよ!」
「ムカつく! 強いからってチョーシ乗ってんじゃないわよー!」
各々の捨て台詞を吐きながらスカル団は走り去っていった。それを見てマツリカとミヅキはほっと一息つく。
「はぁ、やっとどっか行ってくれた……っていうか、マツリカさんってすごいトレーナーだったんですね。今のバトル、すごかったです!」
「あぁ、うん。でもすごいって言われると、どうかな……。あたし、昔からバトルを挑んでくる友達がいてね。それで自然とバトルがけっこう得意になっちゃったみたいなんだよね」
マツリカはアブリボンの頭を撫でながら照れくさそうに言う。
今のように他の島に滞在しながら絵を描いてモーテル暮らしをすることも多いが、マツリカの実家はポニ島にある。ポニ島はアローラ地方でもとびっきりの過疎集落であり、もちろん子供だって少ない。マツリカには同年代の幼馴染みはいなかったし、一番歳の近い子供も、ちょっと離れた年下のハプウという少女だった。
ふとマツリカは思う。そういえばハプウもミヅキと同じくらいの歳だったかな。
マツリカはミヅキのことをすでに友達だと思っている。年下にも関わらず素直にそう思えるのは、ハプウと日常的に関わっていたからかも、なんて。昔は遊ぶ度にバトルを挑んできたっけ。
バトル、その単語でふとマツリカは疑問が沸いた。スカル団のリーダーと口論していたときにミヅキが言っていたこと。
「そういえば、さっき言ってたけどミヅキはバトルはしないの?」
「あ、はい……わたし、ヤトウモリをボールで捕まえてるわけじゃないんです。トレーナーにはなりたいっていうのはホントだけど、捕まえてないポケモンをバトルさせるのも可哀想な気がするし、それにバトルする理由みたいなのが、見つからなくて……」
「うーん……そうだったんだね」
その時、ヤトウモリが何か言いたげな視線でミヅキを見ていることにマツリカは気づいた。そしてその理由をすぐに察した。
(ああ、たぶん、さっき読み取れなかったヤトウモリの気持ちは……)
「ミヅキ……あのさ、あ、いや、なんでもない」
「えっ?」
マツリカはヤトウモリがミヅキのことをどう思っているのか、その答えを伝えようとして、やっぱりやめた。
たぶんこれはわたしから伝えるべきことじゃない。自分で気づかなければならないことだ。この模写がそのきっかけになってくれるだろうか?
「さ、お腹も膨れたし、スカル団もいなくなったし、模写の続きをしようか」
▼ ▲ ▼
「終わったー!!!」
そう言うと、ミヅキは両手を勢いよく上げて伸びをした。手を動かしすぎて左腕の筋肉がじんじんする。空を見上げると既に夕焼けになっていて、太陽は地平線の向こう側に沈みそうだった。
目の前のスケッチブックには丸まっているヤトウモリの姿がぎこちないながらも、それと分かるようなタッチで描かれていた。ところどころその輪郭はすこし黒ずんでいて、何度も消して書き直した努力の跡が見える。
「ふふ、お疲れ様、ミヅキ。今日一日模写してみてどう思った?」
それを見てくすくすと笑いながらマツリカが声をかけた。
「すっごく難しかったぁ……。ヤトウモリの背中の模様が微妙に赤じゃないとか、肌はつるつるで光を反射してるとか、目の色はすっごく鮮やかなこととか……そういうこと、今まで全然気づかなかったなって」
ミヅキはヤトウモリを見た。輝く夕日がヤトウモリの黒色の肌に反射して美しくきらめいていた。なんとなく見ていたヤトウモリの姿が、より鮮明に見えるようになった気がする。
「そう、ものごとの実像を捉えるにはそれほど集中力がいるということ。ヤトウモリを模写する中でどこが難しかったか、色、形はどうなっているか、どんな表情をしているのか……普段意識しないことを模写を通してミヅキに気付いて欲しかった」
「はい、マツリカさんが言いたいこと、なんとなくだけど分かった気がします。あと集中するとすごくお腹空くってこともはじめてだったな……動いてないのにすっごく疲れたし!」
そう言ってミヅキは照れくさそうに笑った。ヤトウモリは仕方が無いやつだなあ、と言わんばかりに目を細めた。
本当はそうじゃないかもしれないけれど、ヤトウモリはきっとそう思っている。そんな気がする。
少しは距離は縮まったかな。なんて思う。
「うん。ミヅキがヤトウモリを模写して理解しようとしたように、ヤトウモリもまたそんなミヅキのことを見てる。人とポケモンは話せないけれど、お互いの表情や動作を観察しながら少しづつお互いの性格や思っていることを理解しあう。それが、パートナーなんじゃないかな」
『りぼぼん!』
肩にとまったアブリボンの頭を撫でながら、ふふっとマツリカは柔らかい笑みを浮かべた。
「ミヅキ、そのスケッチブックはキミにあげる。これからも気が向いたら、ヤトウモリのことだけじゃなくて……歩いてるときにふと気になった景色とか、人やポケモンが暮らしてる姿とかを、描いてみて。きっと楽しい。そしてそれを見せてくれたら、あたしもうれしい」
「……はい! 次来るときは、なにか気になったもの描いてきます!」
「うんうん、楽しみにしてる」
ミヅキはぎゅっとスケッチブックを持つ手に力を込めた。今日初めて頑張って絵を描くという経験をした。そしてそれは大変だけれど、気づくことも多くて面白いことだということも知った。
「じゃあ、マツリカさん、ありがとうございました! またきます!」
もうすぐ夜だから帰らなきゃ、とミヅキはぺこりと礼をして帰路についた。そして思い出したように振り返って大きく手を振るミヅキと側のヤトウモリに向かって、マツリカは両手の親指と人差し指で四角を作った。それで二人の姿を覗き見る。
「もう少し、かな」
ミヅキは気付いていないが、多分ヤトウモリはミヅキのことを認めている。そうでなければ何時間も絵のモデルの役などやらないだろう。あとはヤトウモリの気持ちにミヅキが気付けるかどうか。
マツリカは人に絵を教えるということをしたことがなかったけれど、これはなかなか面白くいい気分だった。
楽しむために重要なのは、ポケモンと深く触れ合いたいと思う人間のリリカルな感情だ。それを見るとマツリカにも新たなインスピレーションが湧いてくる。
「あたしも絵画教室でもやってみようか? アブリボン」
『りぼぼぼん』
「おぉ、アブリボンも賛成? さっきの楽しかったよね」
『りぼんっ!』
アブリボンはマツリカの周りをくるくると飛び回った。
今までは自分のために絵を描いていたけど、人のために絵を教えるのも悪くないかもしれない。楽しいことがまた一つ増えた。
やがて特別講師としてポケモンスクールにマツリカがやってくることになるのだが、それはまだ先の話。
▼ ▲ ▼
ハウオリシティからミヅキの家までは、リリィタウンを通り越していかなければいけないのでそれなりに距離がある。
帰り道、家の近くまでくるともう太陽は沈み、空は限りなく黒に近い藍色になっていて、空にも星が瞬いていた。
「今日は遅くまで遊んじゃったね~。またお母さんに怒られちゃう」
『シュウウ……』
「あはは、だいじょーぶだよ。ご飯抜きなんてことはないからさ」
やや心配そうに鳴くヤトウモリを見てミヅキはくすりと笑った。
(……ほんとに無いよね? 前も真っ暗になってから帰ったことあるからなあ……)
怒られることを想像して、ミヅキがほんの少し不安になると、突然ヤトウモリが足を止めた。
「ん? ヤトウモリどうしたの……って、ここか」
ヤトウモリが足を止めたのは、かつて自分が傷だらけで倒れていた柵のそばだ。そしてヤトウモリは柵の向こう側に広がる林に目を向けると、何を思ったか突然その中に向かって走り出した。
「ちょ、ヤトウモリ!? こんな夜に林の中入ったら危ないって!」
ミヅキは慌ててヤトウモリを追う。林の中は暗くあまり周りが見えない。でもなんとかまだ真っ暗にはなっていないので、草のこすれる音とヤトウモリの背中の赤い模様のおかげで何とか追いかけることが出来た。
(いったい急にどうしたのよ……)
よく分からないまま追いかけっこしていたヤトウモリとミヅキはやがて林を抜けて広場に出た。ヤトウモリはそこで足を止めた。月が出ているので、樹で隠れていない場所は夜でもなかなかに明るい。体力のないミヅキの息は切れていた。
「はあ、はあ……急にどっかいかないでよ。びっくりするじゃん……って」
『シュウウ!』
ヤトウモリが鋭い鳴き声を出し戦闘態勢に入る。
広場には先客がいた。
『ヤグ……』
(ヤングース……? 野生の?)
ミヅキはついさっきマツリカが描いた絵の中にヤングースがいたことを思い出した。次に出てきたのは、いやそんなことはよくて、林に入ればそりゃ野生のポケモン出てくるよね。という納得。
(ええと、それよりも……野生のポケモンに会ったら……バトル?)
『シュウウ!』
『ヤアアアッ!』
「え、ちょっとヤトウモリ!」
ミヅキがあれこれ考えている間に、ヤトウモリとヤングースは勝手にバトルを始めていた。そしてミヅキはびっくりして目を見開く。
ヤングースのひっかく、かみつく……それに対して指示されるまでもなく、ヤトウモリはひのこやスモッグで応戦している。
ヤングースにひのこが当たったと思えば、次の瞬間にヤングースはヤトウモリにかみつく攻撃をして飛びかかっていく……。トレーナーに指示されない、ポケモンだけの戦いがそこにあった。
昨日までのミヅキなら、ヤトウモリにバトルをやめさせたか、そうでなくても自分が指示をしていたかもしれない。でも今日は違った。今日のミヅキはヤトウモリを隅々まで観察したことで、新たに見えてくるものがあったからだ。
(ヤトウモリ、あんたって、もしかして……)
今のミヅキには、たったいま戦っているヤトウモリの姿が、とても楽しそうで、美しく、充実感に満ちているように見えていた……。
バトルはやがてヤトウモリが優勢になり、とどめのひのこがヤングースにヒットすると、ヤングースは敗北を認めたのか、そのまま林の中へ消えていった。
ワザの応酬が繰り広げられていた広場は再び静寂に包まれ、風が頬を撫でて、さらさらと木の葉が揺れる音だけが残される。
そしてその中で、ヤトウモリはややダメージを負っているものの、満足そうな顔で、どこか見せつけるような表情で、ミヅキの目をまっすぐに見据えていた。
ミヅキもまた、今はじめてヤトウモリの瞳をまっすぐに見た。鮮やかな宝石のような薄紫の瞳が輝いている。ああ、ヤトウモリの目って夜見るとこんなに綺麗だったのか……。
『―――ミヅキはバトルしないの?』
ミヅキはマツリカが言ったその言葉を思い出す。
(あのときマツリカさんはわたしとヤトウモリが分かり合えてないって言ってた。わたしはバトルをしたいとは思ってない。前にリーリエの家でバトルをしたのもただのなりゆき)
でもヤトウモリはそう思ってるのかな?
危ないし、意味がない。そんな風に自分の中だけで納得しながら、ヤトウモリの気持ちを、わたしは考えたことがあったのだろうか……。
「ヤトウモリ、もしかしてあんたバトルが好きなの……?」
月明かりの下、ヤトウモリは静かに頷いた。
▼ ▲ ▼
『―――ミヅキ、バトルしようぜ!』
ふと考える。あのときリーリエの家でサトシがわたしにそう言ったとき、サトシにはヤトウモリの表情が見えていたのかもしれない。
▼ ▲ ▼
次の日。スクールに登校したミヅキは、開口一番サトシへ告げた。
「サトシ、お願いがあるの。今日、わたしとヤトウモリとバトルして」
燃え尽き症候群でめっちゃ更新遅れましたが再開!再開です!
あと1話で1章終わりって感じです。
・設定変更点
アニポケではタッパ(スカル団のアニキ)の手持ちはヤトウモリのオスで、オスのヤトウモリが進化することすら知りませんでしたが、このSSでは「タッパはオスのヤトウモリは進化しない」ということを知っているという設定にしました。エンニュート使いのプルメリがいるんだからそのくらい知ってても当たり前だよなあ?
あとタッパはこれからも出番が増えると思います。