リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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~無印
1 「同期の戯れ、です?」


 遥か彼方より次元の波と呼ばれる空間を進む艦船があった。時空管理局本局次元航行部隊に所属するL型艦船に分類される第八番艦アースラである。幾多の次元航行任務で活躍した歴戦の老艦はリンディ・ハラオウン提督を艦長として受け継がれ、第二十三管理外世界航路に乗るため稼動していた。

 此度のアースラ艦の航行任務は管理外世界付近のパトロール。第一管理世界ミッドチルダ出身の魔導師による管理外世界への渡航及び転移を取り締まるのが内容である。リンディ・ハラオウンがアースラ艦の艦長に就任したのは約四年前の事であり、その息子である十四歳のクロノ執務官がアースラに乗る事は少なくない。

 経験を積むにはアースラ艦はクロノにとって最適な場所であるのは間違い無く、士官教導センター同期のアースラ通信主任兼執務官補佐であるエイミィ・リミエッタを加え、度々搭乗し気の知れたアースラスタッフとの関係が良好であるからだ。

 しかしながら、そのクロノは何故か悩む表情でありブリッジの一席に座って腕を組んでいた。

 クロノの悩みの種とは幼馴染である同年代の少年の事だと愚痴を語られるエイミィは知っていた。同じく彼も士官教導センターの同期であり、チームを組んでいた少年であるからだ。だが、彼は海ではなく陸、地上本部勤めの執務官であり、恩師であるゼスト・グランガイツが率いる防衛隊に叩き上げらえた時空管理局地上本部所属執務官として働いている。

 そんな彼、シロノ・ハーヴェイは白黒コンビと称されたクロノと同レヴェルのワーカーホリックであり、海に優秀な人材と取られる陸にとっては唯一の地上執務官でもあるため、激戦を強いられる最も危険な環境に居ると言って過言では無い。そんなシロノの有給休暇が一年程溜まっている現状に友人であるエイミィ経由でクロノに伝わったのが今回の悩みの種である。クロノも有給休暇が半年程溜まっているがエイミィやリンディにより適度な調整が行われているため、ストッパーの居ないシロノと比べればワーカーホリック度は低い。そのため、同期の友人として気の合うクロノにエイミィがクロノを頼ったのだ。クロノは自分の仕事がエイミィによりいつの間にか減っている現状に溜息を吐いた。

 

(……シロノは休みを取れと言ってもそう簡単に取れる環境では無い。さて、どうしたものか。最近エイミィの視線が痛いし……)

 

 そう、陸に居るシロノが自分で有給休暇を取らない限り、海の人間であるクロノたちからは越権行為と言われかねないので有給休暇を勧める事もできない。友人との世間話にしれっと入れる程度でしか説得は難しいのだ。それも海と陸の上官たちの諍いのせいであり、海に人材と取られる陸の希望になりつつあるシロノは過度な執務を放り出す訳にもいかない立場にあるからだ。

 仕事が悩みのせいで捗らない。気分を入れ替えるために悩みを解消しようと空中投影していた執務記録を保存して端にやり、クロノは長距離個人通信をシロノに繋げた。数コールの後、珍しくすぐに繋がって空中投影されたディスプレイに映った群青髪の少年にクロノは口を開いた。

 

「やぁ、お久し振りだねクロノ。ちっとばかし案件抱えててね、片手間で失礼するよ」

「ああ、突然にすまないなシロノ。率直に言うが休暇を取るつもりは無いか?」

「んー……、そうだねぇ。今の案件が山場だから終わったら取りに行こうかなとは思ってるよ」

 

 世話しなく投影したキーボードを打ちながら返事したシロノの言葉にクロノは耳を疑った。シロノは視線はやっていないがクロノの動揺を察した様で苦笑した口調で続けた。

 

「いやー、師匠経由で司令から命令来ちゃってね。三ヶ月程有給休暇消費しろってさ。なんかマスコミが最近ぼくの事を話題にし始めてね、悪印象の記事を書かれる前に一度休めってお達しさ。よし、これにてお仕事終了だ。そっぽ向いててごめんねクロノ」

「いや、こちらのタイミングが悪かった。気にしてはいないさ」

 

 クロノが一度執務官試験に落ちているために一年先輩な同期との会話は半年振りのものだったが、シロノの印象はあんまり変わっていない。だが、地上本部に執務部屋を持つシロノが映るディスプレイからクロノは察する。シロノの部屋には観葉植物で小さなサボテンが机の上にあるのだが、半年前に半分は見えていたそれが頂点しか映っていない。つまり、その高さ分シロノの目線が上がったという訳で。

 

「……シロノ。執務室のサボテンは変えたか?」

「んや? 変えてないよ。君から貰ったサボテンだよ? 激務でも枯らす訳にはいかないさ」

 

 シロノの友情的な笑みがクロノには見下ろすそれと重なってしまう。

 

(ぐッ。シロノめ、ついに僕の身長を越えたなッ!?)

 

 クロノとシロノは背が低い分類であったために、シロノよりも少しだけ身長の高かったクロノは低身長をあまり気にする事は無かった。だが、見ないうちに友人は二次成長の恩恵により身長を伸ばしていた。低身長同盟の裏切りを垣間見たクロノは若干成長に嫉妬したが、悪意のあの字も無い様子のシロノに毒気が抜かれた。事実シロノの頭の中はクロノとの久し振りの通信の喜びで低身長同盟からの脱退にかこつけてクロノを見下ろすつもりは無かった。そっと本心を隠したクロノは本題に思考を戻す。

 

「そうか、それは何よりだ。休暇は実家で過ごすのか?」

「んや、実家には里帰り程度で旅行でもしようかなって思ってるんだ」

「ほぅ、そうなのか。因みに何処に?」

「第九十七管理外世界――地球だよ。ちっとばかし興味があってね」

 

 そう語るシロノの瞳は何処か寂しげな色が見え、望郷と言った懐かしさを孕む口振りだった。クロノはそれに気付かず、第九十七管理外世界の事をマルチタスクで脳裏に浮かべていた。海の多い世界として魔法文化の無い分類に入る世界に興味とは珍しいとシロノの新たな一面に関心する。

 

「そうか。第九十七となるとアースラ経由になるかもしれないな」

「あはは、そうかもね。久し振りに顔合わせするのも良さそうだ。あ、そういえばエイミィもそっちに居るんだっけ」

 

 そうだな、と言おうとしたクロノの後ろから抱き付く様に現れた事により、言葉は詰まる。後頭部の柔らかい感触や時折異性として意識してしまう甘い女性特有の匂いにより、人物を特定したクロノは抵抗を止めて諦めた。シロノは前と変わらぬ友人関係に苦笑し名前を呼んだ。

 

「やぁエイミィ、お久し振りだね。元気そうで何よりだ」

「そっちも元気そうだねシロノ。お久し振りー」

 

 クロノに加えエイミィの登場にシロノは懐かしい気分になる。この三人で士官教導センターで主席チームになった事を思い出す。父の死により排他的であったクロノととある理由で我武者羅に自己鍛錬するシロノを、上手い具合に寄り合わせたムードメイカーなエイミィは姉的な異性だった。彼女のおかげで今のやや明るい関係があると言っても過言では無いので、クロノとシロノはエイミィに頭が上がらない。

 

「休暇のポーター利用でアースラに搭乗するかもしれないからその時はよろしくね」

「あれ、そうなの?」

「ちっとばかし働き過ぎってんで上司から強制休暇貰ったんだ。クラナガンが騒がしいから管理外世界にでも旅行しようと思ってね」

「あらら、お疲れ様。食事はちゃんとしてる?」

「まぁね。激務に耐えれる補佐官が居ないから自炊してるよ。今は地球料理にハマってる」

「へぇ、ならアースラに来た時にでも作ってよ」

「どうだかね。皮算用も結局は運次第だから期待しないでよ?」

「……それはどうかな」

「へ?」

「ううん、なんでもないよー。それじゃ、私は仕事に戻るよ。じゃあねシロノ」

「あ、うん。またねエイミィ」

 

 クロノはエイミィの呟きを確かに聞いているため、仕事ではなく私事を進めるのだろうと察していた。恐らくながらリンディに今の話をしてアースラにシロノを搭乗させる気なのだろう。シロノは陸戦魔導師AAA+、空戦魔導師AAA+のクロノと真逆な優秀な魔導師だ。流石に友情を出しに引き抜ける様な人物では無い事をリンディは分かっているが、一応それなりのアプローチをしなくてはならない立場なので仕方無くと言った具合にエイミィの相談に許可を出すに違いない。クロノの様子にシロノは何となくそれらを察して再び苦笑する。

 

「……ま、何かお土産買ってくよ」

「……そうだな。よろしく頼む」

 

 クロノはシロノとの通信を切り、苦笑しながら友人との再会を楽しみにしていた。もっとも、その際に身長という絶望にクロノが直視するのだがそれは余談である。


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