リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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11 「初体験、です♥」

「確か、今日がすずかちゃんの休みの最後の日だっけ?」

「はい。昨日デパートに行く通りの先にある小学校が私の通ってる所です」

「へぇ、見れなくて残念かな。春休みっていうとクラス替えが終わった頃だっけ。仲の良い友人は同じクラスになれた?」

「はい! 去年の秋頃に仲良くなった三人一緒です。あ、一人は恭也さんの妹で、なのはちゃんって言うですよ」

「お、そうだったんだ。なら、昨日は擦れ違ったのかな。後の二人はどんな子なんだい?」

 

 三人という時点でシロノは予感していた。転生者が一人混ざっている、と。悪質なタイプならば人生の先輩として説教も辞さないという雰囲気をサブに流し、メインで楽しそうに聞いているシロノは続きを促す。

 

「えっと、アリサ・バニングスちゃんとアリス・ローウェルちゃんです。アリスちゃんはアリサちゃんの家の養子の子で、デイビットさん、あ、アリサちゃんのお父さんの妹さんの娘だそうで、色々あってアリサちゃん家の養子になった女の子だそうです。アリサちゃんとアリスちゃんは姉妹みたいに瓜二つで、アリサちゃんが強気な性格で、アリスちゃんは猫被ってお淑やかな振りをしてる黒い性格の子です」

「あ、うん。そ、そうなんだ」

「そうなんです。アリスちゃんったら素は苛めっ子で、いっつもアリサちゃんと勇人くんをからかって遊んでるんですよ。この前もわたしもからかわれましたし……、まぁ、根は優しい子なんです。たまーにぐさっと来ますけど」

「あはは……、それはまた難儀な子だね。勇人くんってのは?」

「赤星勇人くんですね。隣のクラスなんですけど、アリスちゃんの友達みたいでよく混じって遊んでる男の子です。……あ! 別にわたしは勇人くんを異性としてみてませんから!」

 

 小振りでありながら確かに成長している胸を張ってすずかはアピールするが、流石に四歳下の同級生に嫉妬する程恋焦がれちゃいない。すずかを意識はしているが、愛していると囁く程まで関係は進んでいない。恋に落ちるのは一瞬であっても愛は溺れるものだからそう簡単なものじゃない。ここまで必死にアピールされたのなら男冥利に尽きるというもので、シロノはすずかが可愛いなぁと微笑み、すずかが冷静になって赤面する流れは若干お約束になりつつあった。

 そんな和やかな雰囲気で、シロノはサブのマルチタスクでアリス・ローウェルと赤星勇人という人物に脳内検索と考察を始めていた。ローウェルという名は確かアニメ版では変わったアリサの元の名前だった。そして、内容がアレだったなというのを思い出して一度切る。赤星勇人という名前で連想されたのは、赤星勇吾という恭也の高校の友人である剣道少年だった。『リリカルおもちゃ箱』で一度だけ狐の久遠とイデアシードを探していた時に出会う人物だった筈だ、とスケベな友人の一人から手渡された一枚のCDに感謝する日が来るとは、ともシロノは感慨深く思う。

 

(転生者はぼくだけじゃない、か。つまり、原作知識はカンペのチラ見程度にしか意味が無くなった訳だ)

 

 発見されていない転生者によって既に原作の状況が乖離している点を自分を棚に上げて考えるシロノは真剣な表情をしていた。もっとも、タイミング的にすずかの好感度が人知れず上がってしまうのだが、婚約者なので無問題だろう。むしろ良い方向へ繋がるに違いない。

 

「そっか、なら安心かな。その勇人君は何か武道をしてたりするかい?」

「えっと、確か……剣道をやってるって言ってましたね。小学生大会でも上位に居るとか」

 

 シロノは憶測の転生者名簿にアリスと勇人の名を付け足した。すずかの反応からしてニコポナデポの様な神様転生に有り勝ちな最低能力を持っていない事を察したシロノは、転生者は自分と同様に死を節目に転生しているのかもしれないと考える。そもそも、転生した理由が分からないのだから、神様の不始末で、という有り勝ちな展開はむしろ奇妙なものでしかない。頭大丈夫か沸いてないか、と素で尋ねかねない。もう少し思考を進めれば、もしかすると現世の世界も次元世界の何処かであり、違法魔導師の実験か何かで転生という奇跡体験を果たしたのかもしれない、と現実的な考えも浮かんでくる。いや、それだと可笑しいので、別次元のまた別次元……、平行世界での出来事かもしれないな、とシロノは考察を終えた。不毛な内容を考えていても始まらない、とサブを切ったシロノはそうなんだとすずかへ無難な答えを返す。

 

「シロノさん?」

「ああ、いや。すずかちゃんの事まだ良く知らないなって思ってさ。友人関係から少し思考してたんだ」

 

 遠回しに君の事が知りたいと言った事に気付いていないシロノに、恥ずかしそうにすずかは緩む口元を頑張って上げて笑みを返した。そして、不思議そうに見るシロノにすずかは気付く。この人天然誑し系だ、と。不意に思い出すあの笑顔や今のさり気無い言動。明日から学校に通い、近くに居れない事を凄く焦るすずかに、小首を傾げたシロノはふと魔法の資質開花の事を思い出す。昨日は結局色々とあって出来なかった遣るべき事の一つだ。だが、口を先に開いたのはすずかだった。

 

「シロノさん。魔法ってテレパシーみたいなのもあるんですか?」

「う、うん。あるよ。精神通話っていうリンカーコアの波長を合わせてする電話みたいなのが」

「それ! それ使いたいですわたし!」

「そ、それじゃ、先ずすずかちゃんのリンカーコアを活動状態に促そうか」

「お願いします!」

 

 休眠状態のリンカーコアを目覚めさせるのは案外簡単だ。外部及び内部からの魔力による刺激を与えれば良い。シロノはそっと右手を差し出して、重ねる様に指示を出した。細く柔らかい小さな掌と重なった少しゴツゴツした男の子らしい掌にすずかは少しドキドキしていた。

 

「それじゃ、今から魔力を流してみるから押し返す様にイメージしてみてくれるかな?」

「はい。やってみます」

「行くよ……」

 

 胸のリンカーコアから腕をケーブルにしてすずかに流す。その様なイメージで魔力をデバイス無しで操作したシロノの技量は高いものだ。デバイスを使う事に慣れた魔導師はこの様な自身による魔力操作の練習を怠る節があり、万年手足不足な管理局の魔導師ランクが上がらない原因でもある。子供を笑わせる様な操作の練習をしているうちに上達したシロノの精密な魔力コントロールの糸は、すずかの胸奥に眠るリンカーコアへと真っ直ぐに進んで行く。触れた腕が段々とむず痒くなるのを我慢して、すずかは流れて来るシロノの魔力の存在を捉えた。そして、リンカーコアと思われる変な感覚の手前ですずかがした事は、シロノに言われた様に感じた自分の魔力で押し返す事ではなく――ぱくっとリンカーコアでシロノの魔力を食べてしまう事だった。

 

「んなっ?!」

 

 急激に魔力が吸われて行く感覚にシロノは吃驚の声を上げ、すずかは胸奥に流れ込む暖かな魔力の感覚に酔う。リンカーコア同士にパスが繋がり、触れた手を経由して渦巻く魔力がお互いを行き来したりと忙しない。どくんと脈動して活動状態になったすずかのリンカーコアから漏れ出す青紫色の魔力が右腕を覆う様にオーラの様に浮かび上がる。それに共鳴する様に重ねた右腕に青白い魔力光を纏ったシロノもまた不可思議な現象に唖然としていた。重ねた掌の甲の上に互いを追い掛ける様に渦巻く魔力の輝きにすずかは目を奪われた。まるで恋人がじゃれあう様な動きに見えたからだ。小学三年生とは思えぬ色香が頬を染めたすずかから解き放たれ、瞳がうっすらと金色を帯びる。ざわりと空気が震え、少し伸びた犬歯が開いた小さな口から垣間見れる。

 わくわくしてすずかの魔法開花の瞬間を見ていた忍はすずかの雰囲気の様変わりにあららと微笑んだ。そう、魔力という異性の生き血とは違う異性のものを取り込んだ。その結果、すずかという夜の一族の血を色濃く受け継いだ少女が真の意味で夜の一族となった瞬間だった。恍惚とした表情でシロノに抱き付いたすずかは、熱い吐息を吹かせてから舌を這わせて愛しそうに首筋にキスをした。

 

「良い意味で暴走してるわね。そうそう、因みにその状態の事を夜の一族(わたしたち)は」

 

 ――発情期と呼んでいるわ♪

 と、忍はノエルとファリンを連れて、良い笑顔で去って行った。ちょ、と手を伸ばすシロノであるが、首筋をぞくぞくする吐息を漏らす艶やかな小さな口でぺロリと舐められて逃げ場を失う。寄りかかったすずかの力で床に押し倒されたシロノは、自身の腹に乗っかる艶やかな色香に包まれた恍惚の表情の金瞳のすずかに見蕩れてしまった。人はそれを魅了(チャーム)と言うがシロノは本心からその姿に見蕩れた。つまり、すずかが一目惚れした様に、シロノもまた一目惚れの様なときめきをしてしまったのだ。論理的に拙い、と瞬時にサブへと感情の行き場を切り替えたシロノは溶ける様な快楽めいた残滓に当てられてしまう。生身で吸血鬼の腕力に勝てる訳も無く、成す術無くシロノへ倒れる様にすずかは体を落とした。目の前には切なそうに瞳を潤むすずかの顔があり、シロノは第二サブへ感情を分割する。だが、分割してもぶっちゃけ性癖的に好みである表情をしたすずかの表情だけで思考の防壁はボロボロに近い。舌で自分の犬歯を舐めたすずかが口を開いて耳元に囁く。

 

「良いですよね?」

「あー……、ご賞味あれ?」

「いただきます♪」

 

 それがすずかという吸血鬼の初めてをシロノが貰った瞬間であり、首筋から進入した快楽の業火により身を焼かれるという不思議な体験をした始まりだった。数分という短い間ながら、第三、虎の子の第四サブにも分割したというのにぎゃりぎゃりと侵す快楽に溺れぬ様に自制するシロノの理性の頑張りにより、くたっと幸せそうに胸へ倒れて寝てしまったすずかの貞操を護る事に成功。立ち上がった際のパンツのぐちゃっとした感じにシロノはですよねーと先程まで理性を焼いていた快楽を思い出しながら未だに荒い息を整える。リビングルームで大変にこやかにお茶していた忍にすずかを任せ、シロノは顔を片手で押さえながら本日二度目の風呂へ直行。その疲れている後ろ姿にふふふと笑う主従と幸せそうに眠るすずかの姿があった。そして、こそっとビデオカメラ片手にダイニングから戻ってきたファリンが合流した。ぐっと親指を突き出したファリンの様子に忍は満足げに頷いた。

 すずかの吸血初体験がしっかりと記録に残った瞬間であった。

 暫くして忍の膝枕で目が覚めたすずかは、段々記憶を思い出していって、不意に頭が沸騰したかの様にぼんっと顔を真っ赤に染めた。シロノは自己鍛錬の疲れと快楽との戦いによる疲弊により、足をがくがくさせてベッドに倒れる様に寝てしまっているのでこの場には居ない。今すぐ自室のベッドで悶えたいという思いもシロノという一番の難関がすずかの足を止めさせる原因となっていた。

 

(し、シロノさんの魔力を貰ってから体が火照って……、もっと欲しいって思っちゃって……、驚くシロノさんの顔が可愛くて、愛しくて、欲しくなって……、そ、それからわたしは……ッ!!)

 

 吸血衝動というよりも求愛衝動にしか思えない自分の行動にすずかはあぅぅと恥ずかしい思いと、あの時の悦楽感の思いが混ざって大変可愛らしく悶えていた。特に忍の膝の上という事を忘れてごろごろと恥ずかしがっているあたりがかなり配点が高い。可愛過ぎるすずかの言動に忍は鼻を押さえてしまう。ファリンはその可愛らしい主を良いですねー良いですねーとこっそりビデオカメラを回していた。

 ノエルはこの現状に微笑みを浮かべながらシロノが居るであろうすずかの部屋の方角に小さく一礼する。今夜が楽しみですね、と意味深な発言を残して。


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