リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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12 「落ちて、溺れて、です?」

 シロノが目を覚ましたのは高そうな壁時計の針が三時を示す頃だった。眠い頭で布団を抱き込み、ふと香る甘い匂いに恍惚のすずかの顔がフラッシュバックする。がばっと起き上がったシロノは顔を真っ赤にして、脳裏に浮かんだ映像を首を揺らして振り消す。不覚にもぐっすりと眠れてしまったシロノは気まずい気分でベッドから抜け出して、ふと自分の体に違和感を覚える。朝の鍛錬で酷使して筋肉痛のある筈の腕や脚に痛みが無いのだ。首を傾げながら熟睡できたからその分体が休んだのだろう、と思考を止めて部屋から出る。

 歩いていく先はリビングでは無く猫部屋であった。部屋の中心に寝転んで仰向けになったシロノは群がる猫の波にすぐに呑まれた。もふもふとした冬毛をノエルのブラッシングで優しく抜かれて良い感じの毛並みな猫たちはシロノの腹に乗っかったり、隣に寝転んだり猫ぱんちして遊びを強要し始める。そんな猫たちの温もりともふもふの中でシロノは良い感じに思考没頭し始めた。

 

(可愛かったな……)

 

 そうぼんやりと首筋の二つの特徴的な傷跡を撫でてしまう。あの時の快楽の一端がぴりっと傷跡が疼いて思い出として浮かび上がる。精神年齢は肉体に引っ張られるというのは案外間違った事では無いようで、中二病準備期間真っ盛りな年齢であるシロノはぼーっとすずかの色香に脳内をやられたままだった。命の源とも言える血を吸われた事で生存本能が活発化し、後世に種を残そうとする三大欲求が一つ性欲が爆発しかけたのだ。絶え間ない快感が脳髄と溶かし、がりがりと理性を削って行くあの感覚は拙い。本能に忠実なグールの如く小学三年生の女の子の体を性的に貪るというのは執務官として、というかノーマルな男としては非常に拙い。よく理性が持ったもんだとシロノは自分を褒めていた。

 ごっそり持ってかれた魔力がとくんとくんと戻って行く感覚が心臓の鼓動に重なって疼く。魔力を与える魔法はある事にはある。しかし、それを魔法無しに行ったあれは使い魔との契約を果たした時に構築されるパスの様なそれだった。体の一部が触れている間のみに開かれるパスは精神通信の直接通話により魔法技術としては解明されている。だが、今もシロノはすずかとリンカーコアでパスが繋がっているのが魔力の流れを感じれる。二本の紐を端で繋いだ様な不思議な感覚は何処か心地の良いもので、魔力の繋がりを認識している間は胸の奥が暖かくなる感じがした。

 誰かと繋がっている。本来なら目に見えない筈の繋がりが実感できてしまう。それは、あの頃の孤独を癒す二歩目には十分なものだった。客観的に見れば繋がっているすずかの魔力を余剰魔力と認識して引き出す事もできるだろう。だけど、シロノはそうは思わなかった。すずかと魔力によって繋がっているだけで、常に背中を押して貰っている様に感じられる。

 

(あー……、だめだ。ぼく、すずかちゃんに溺れてる。クロノに知られたらロリコンと言われてしまうかもしれない)

 

 十三年という緩やかな死へと向かうあの日々と異なる時間を生きて、漸く気付いた人を好きになるという感情にシロノは気付いてしまった。すずかに背中を押してもらうのを期待している自分が居て、隣に居て欲しいと願ってしまう自分を認識してしまっている。もう駄目だった。性欲では無く、愛情がすずかが欲しいと叫んでいる。底無しの愛情に足が沈んだ気がして、シロノは右手を上げて天井へと伸ばす。

 ぼんやりと手を伸ばす光景は、全てを諦めて下ろしたあの時の手と真逆だった。

 どうしよう、とシロノは恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じた。すずかの顔を見て普段通りで居れる気がしない、と冷徹とまで言われたシロノは唸ってしまう。すずかには格好良い所を見せ続けていたい。そんな男の意地とも言える心情が今の現状に困っていた。目があったら赤面して逸らしてしまうんじゃないか、とシロノは伸ばした手を顔に置いて静かに悶える。にゃあにゃあと猫たちが遊んでくれないシロノから離れて行く。けれど、温もりは感じたままで。

 シロノは暫くぼーっと余韻に浸ってから魔力の繋がりを辿ってすずかの場所を探して見る。方角と距離からしてリビングに居ると分かったシロノは探す時便利だなーと嘯く。

 

「(あー……、すずかちゃん聞こえてる?)」

 

 返事は返ってこないが、パスから伝わる感情から酷く動揺している様子が手に取る様に分かってしまった。やっぱりこれ使い魔の契約パスみたいなものだな、と当たりを付けたシロノは苦笑して精神通話を続ける。

 

「(これが精神通話だよ。地方によっては念じて通じ話せるからって念話とも呼ぶけど。ぼくに心で語りかけるようにしてみてくれる?)」

「(……え、えっとこんな感じですか?)」

「(そうそう、出来てるよ。さっきリンカーコアを活動状態にした時にぼくの魔力を取り込んでたよね。それでぼくとすずかちゃんの間には魔力のパスが出来てるんだ。感情もそれなりに伝わるから気をつけてね)」

「(え? じゃ、じゃあもしかして……)」

「(あー……、うん。すずかちゃんがぼくがどれだけ好きなのかこれでもかってぐらいに伝わってきてるね)」

 

 リビングの方からドタバタする音が聞こえる。そして、パスから繋がる感覚からあぅあぅ言っているのがシロノには伝わっている。可愛いなぁと本心で思ってしまったシロノのそれがすずかに伝わり、またしても繋がるパスは大きく揺れ動く。感情のラインが正確にお互いの心情を教えてしまう現状にシロノは苦笑せざるを得ない。

 

「(あはは……、これ調節しないと日常生活に支障が出そうだね)」

「(あ、あぅぅ……、何とかなります?)」

「(これって案外イメージで何とかなるタイプの魔法でね。あー、今はぼくに電話をかけているって思ってみれば良いかな。電話じゃ感情は伝わらないよね?)」

「(こ、こうかな……? どうでしょう?)」

「(うん、感情のパスがピンと張って動きが分からなくなった。上手い上手い)」

「(えへへ……)」

 

 シロノに褒められて嬉しいという感情が揺れるパスからすずかから伝わってくるのに苦笑しつつ、マルチタスクの訓練からするかなとシロノは今後の予定を考える。シロノとすずかはパスを利用した精神通話に慣れるために談笑を始めた。もっとも、リビングに居るすずかはマルチタスクを習得していないため、いきなり慌てたり赤面したりとトリップしている状態にしか見えず、忍たちに微笑ましい表情で見られていたが。

 結局すずかは一定値越える感情が流れるという癖を治す事はできなかった。というよりも、すずかが可愛い過ぎるのでシロノが黙っとく事にしたのだ。どうですか、と照れながら尋ねてくるすずかに、出来てる出来てると褒め称えた。シロノ的に感情の波長が流れ込むのはパスの繋がる自分だけだろうという考察があったためでもある。

 

(極上の癒しだし、このままにしとくか……)

 

 しれっと本心を隠して惚気たシロノは流石に余韻も冷めたのを実感した。中学超えたら我慢出来なくなるかもしれないな、と将来の自分にエールを送りつつすずかもクールダウンしただろうとリビングへ向かう。案の定其処にはカオスが広がっていた。忍の膝の上に乗せられて至れり尽くせりなすずかと完璧な仕事をするノエルにビデオカメラを回すファリンという光景があった。

 シロノからすずかの場所が分かるように、すずかからもシロノの場所を特定出来る様になったのだろう。リビングに現れたシロノへえへへと嬉しそうな笑みを浮かべるすずかに、シロノは胸が撃たれるかの様な衝撃を受ける。隣に座りながらシロノはポーカーフェイスを決める。その隣に膝から降りたすずかが擦り付く様にちょこんと座り直した。

 

(これが萌えって奴か……。 前世で佐々木が熱烈に演説していた理由も今のぼくなら分かる気がする……)

 

 顔は冷静であるがかなり悶絶しているシロノは感情を流す様なポカはしない。しかし、忍はそのシロノが漏らした一瞬の顔を機敏に察知し、夜の一族というアドバンテージを無駄に有効活用してその心を看破する。口元に手を当ててニヤリ顔で忍はシロノへ絡む。

 

「ふふっ、すずかの魅力に気付いてしまったようね……。盛大に歓迎するわ、シロノ君。明日の朝に、お楽しみでしたね、と言ってあげるわ」

「だからあんたは子供にナニやらせようとするんじゃねぇよ!?」

 

 ――完璧に陥落したわね。

 口に出さず唇で言葉を紡いだ忍のそれをノエルとファリンは把握と言った具合に頷いた。外堀が流石月村家と言わんばかりの速度で埋まっていくのをシロノは感じる。会話に付いていけていないすずかは小首を傾げており、性の暗喩などは徹底管理されているらしい。耳に壁あり其処にファリン、と言った具合に閲覧制限はきっちりとされているようだ。ノエルは忍の、ファリンはすずかのメイドであり、生活のサポートと屋敷の維持が仕事だ。もっとも、ノエルは半々きっちりと、ファリンは前者に偏りつつあるらしいが。

 

「そういえば、すずかがいきなり可愛くなったり、やっぱり可愛くなったりしたんだけどシロノ君が何かしたのかしら?」

「其処は突っ込む所ですかね。……まぁ、そうですね。ミッドチルダ式テレパシーの精神通話でお喋りしてたんですよ。すずかちゃんの魔法の資質は高いです。頑張れば指をこう突きつけて魔力弾撃てますよ」

「何それ凄いんだけど。因みにシロノ君は出来るのかしら?」

「できますよ。昨日の朝食の席でやったあれの本来の使い方ですね。あれは空っぽの風船で、それに魔力という火薬を込めれば爆弾や弾丸になります。所謂シューティングゲームの通常ショットですね」

「よく分かったわ。魔法の訓練は……、そうね、中庭が良いかしら」

「はい。まだ初心者ですから魔力の操作からやるつもりです。今日は初歩の初歩である生活魔法に分類される精神通話を教えました」

「うん! シロノさんと面と向かって話してるみたいにお喋りできるんだよ!」

「へぇ……、それは便利ねぇ」

 

 家に居ながら電話を使わず恭也と話せるのは良いな、と忍も羨ましがりながらご機嫌なすずかに微笑む。面と向かっているどころのレベルじゃないとは流石にシロノは言えなかった。心と心が常に繋がってます、だなんて言ったら恥ずかしくて死ねるとも思っているからだ。ただでさえ、機敏にすずかを意識し始めてしまったシロノにはハードルが高かった。そして、そんなシロノに追撃をかける様に忍がニヤッとしてシロノに囁いた。

 

「で、どうだった? 気持ちよかったんでしょ」

「――~~ッ!?」

 

 その一言であの時の映像が脳裏に鮮明に浮かび上がる。ボッとマッチに火が点いた様に顔を真っ赤にしたシロノの様子に、ありゃと忍は予想外そうに驚いてからニンマリと笑みを浮かべた。咄嗟に無意識で反応してしまった首筋を左手で押さえたシロノに若いって良いわねぇと忍はからからと笑う。すずかはシロノが手をやった所を見て、かーっと頬を染めてしまった。

 

「(あの、その、そ、そこって……)」

「(……お察しの通り、かな)」

「(ご、ごめんなさい?)」

 

 その精神通話での謝罪にふっと笑って、すまなそうに、けれど何処か恥ずかしそうなすずかにシロノはでこぴんした。あうっと軽く仰け反ったすずかは両手でひりひりするおでこを押さえる。

 

「(……ま、すずかちゃんの初めてを貰った訳だ。嬉しいに決まってるさ)」

 

 自分でもくさい台詞だと分かっているのだろう。シロノはそっぽを向いて未だに赤い頬を隠す様に顔を左手を覆う様に置いた。その台詞にストップ高へ振り切るくらいに満面の笑みに変わって行くすずかは感極まって右腕に抱き付き、溢れるくらいに迸る喜びの感情がパスを通じてシロノの心に直撃する。恥ずかしさ、更に倍、と言わんばかりにシロノは頬を真っ赤に再び染まる。

 そんな関係の急発展に驚いたのは忍たちだ。精神通話の事を知っているが故に、二人の間で密かな会話があったのだろうとは分かる。だが、すずかがこんなにも甘えるくらいの台詞をシロノが言ったのだろうが、二人だけの精神通話故に聞けなかったのでかなり気になる。けれど、無言でいちゃつく二人の仲に入る訳にもいかなかった。結局撮影をファリンに任せたノエルが作った夕食まで二人は頬を染めていちゃついていたのだった。

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