リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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無印~
無印14 「アリスと勇人の関係、です?」


「えー、以上で始業式を終えます。生徒は一年一組、四年一組から教室へ戻ってください」

 

 校長の在り難くもかなり長い話を終えて始業式が終わり、すずかたちは三組のプレートの教室へと談笑しながら戻って行く。先生たちの小会議が終わるまでは三十分程暇になる時間で、まだ遊び盛りなクラスメイトたちはわいわいと騒ぎ始める。すずかは何処かぽけーっとしているなのはの所へ近付き、アリサたちも気付いたのかなのはを囲む様に集まっていた。

 

「どうしたのなのはちゃん。寝不足?」

「う、うーん。何か変な夢を見たの……」

「夢? どんなのだったのよ」

「えっと……、確か、青い宝石が流星群みたいに落ちてくる夢だったかな。最初は綺麗だなーって見てたんだけど、いきなり場面が変わって黒いもやもやと白いもやもやが激突してから一緒に襲って来て……」

「其処で起きた、と言う事でしょうか」

「うん……」

 

 不思議な夢だと同意するすずかとアリサと違い、嘘んとアリスは口元を引き攣らせていた。青い宝石も黒いもやもやも一応白いもやもやも何となく分かっていたからだ。

 

(ジュエルシードとその暴走体……。けど、白いもやもやって、……まさか、ね?)

 

 ジュエルシード。それは『魔法少女リリカルなのは』の無印と称される最初の事件の始まりの名前にして、なのはが白き管理局の魔王とステップアップする物語の要とも呼べるアイテムだ。二十一個のジュエルシードを発掘した若きスクライア一族の少年であるユーノとの出会いにより、レイジングハートと呼ばれる悪魔デバイスもとい高性能インテリジェンスデバイスを手に入れて覚醒を果たすのだ。

 そして、原作の経緯を知っているが故にアリスはこの展開が、在り得ない方向へ進んでいる事を自覚した。そう、転生者(イレギュラー)を孕んだ物語が正常に進む訳が無い、と嫌な警鐘が鳴り始めたのだった。

 

(本来ならその夢はもう少し先だった。そして、ユーノが戦っている内容じゃない別物の内容……。成る程、既に誰かの手によって賽が振られている状況なのか。拙いわね。そうなると、今日の帰りにでもユーノを回収するのかしら?)

 

 しかし、なのはの語る夢にはユーノが出ていない。まさか、既に他の転生者によって消されたのか、と嫌な勘繰りをしてしまうのも仕方が無かった事だ。転生者が全員が善人である保障は無い。シロノ・ハーヴェイの様にミッドチルダ出身、又は違う世界で転生者が産まれている可能性もある。原作知識が白紙になりつつある状況に内心アリスは歯噛みする。出遅れているってもんじゃない、と危機感を覚えたのだ。

 

「アリスちゃん?」

「あ、いえ。夢とは古くから物事の啓示であると言われていましたから、どのようなものかなと考えていたのですよ」

「ふーん? それにしちゃ結構悩み込んでたみたいだけど」

「まぁ、良いではありませんか。もしかしたら、良い出会いがあるという啓示かも知れませんよ?」

「青い宝石だもんね。夜空にキラキラして落ちてきたら綺麗だろうなぁ」

「にゃはは、うん、凄く綺麗だったよ」

 

 そう、確実に必然的な出会いがあるに違いない。そうアリスは断言できた。だから、今やれるのは日常を護る事と、なのはの覚醒への道筋を作る事だった。フェイトが来たのは中盤、つまり、その間にジュエルシードが暴走した場合大変な事になる。大切なアリサが巻き込まれてしまうかもしれない。それがアリスにとって一番の懸念だった。言わばアリスは原作沿い派となるしかなかった。悔しい事に魔法も武術も九歳の体には中途半端なものでしか備わっていない。剣道しかしていない馬鹿である勇人なら尚更肉壁にしか使えないだろう。

 

(……そうなると、シロノ・ハーヴェイという人物にコンタクトを取るしか無い。魔導師である事が好ましい。……そして、すずかが魔法に目覚めているという時点でそれはチェックが付けれる)

 

 そう、デバイスの無いアリスは独学ながら魔法に目覚めている。そのため、胸奥の茜色のリンカーコアがすずかの大きな力を感じ取っているのだ。そのため、シロノはすずかの魔法資質を見抜ける魔道師である事が高い。更に『魔法少女リリカルなのは』では存在しない筈の『リリカルおもちゃ箱』内の名前からして転生者である事が遥かに高い。……もっとも、すずかから聞き出すためには惚気という幸せオーラを直視せねばならない苦行があったりする。アリサかなのはがやらかしてくれないかな、とアリスは少し期待しつつ、教室に現れた久方振りに見る女性担任の高橋先生を見やるのだった。

 

「はいはーい、皆席に座ってー。一週間振りのホームルーム始めるわよー!」

 

 高橋先生の声に従った皆々が自分の席に座り、連絡事項やこれからの予定を静かに聞く姿は優等生のそれだ。私立聖祥大附属小学校は大学までエスカレーター式の格式の高いお嬢様&お坊様学校だったりする。そのため、全国平均テストでも上位を飾っている生徒が居たりとかなり有名な学校でもある。むしろ、私立聖祥というブランドを持つ進学校でもある。小学校受験のある学校と言えば察せるだろうが、生徒の質は良い意味でも悪い意味でも良いのだ。模範的な優等生と頭脳の良さを絶対の自身にする輩まで居るため、ホームルームや授業を受ける態度は頗る良い。

 四組に居る勇人の様にスポーツ推薦枠もあり、奨学金生徒も勿論存在する。そのため、勇人は原作の赤星の如く優等生の分類に入る。成績も良く、剣道も強い、模範的な文武両道少年である。同学年の女子からモテている様だが、アリスという女帝もとい友人が居るので手が出し辛い状況らしい。そして、それを内心でおませな子たちねぇと笑うのがアリスだ。

 ――剣道に影響が無きゃ構わねぇよ。

 と、協力者になった時に言うぐらいの剣道馬鹿な勇人だから、精神年齢と環境もあって恋愛には興味が無い姿が手を出し辛い原因の後押しをしていた。露骨なアピールをして剣道の邪魔だ、とばっさり切り捨てられた女の子も居た事から、勇人を狙う女の子は剣道部のマネージャーというよりは勇人のマネージャーというアプローチで今も頑張っているらしい。もっとも、勇人からすれば至れり尽くせりで楽だな、としか思っていないのでご愁傷様なのであるが。

 

「さて、重要な点はこれで以上かな。と、言う事で恒例のー!」

 

 ドンッと教卓の上に置かれたのは大量の原稿用紙。それを見た全員がうわぁと嫌な顔をした。例え、優等生めいた生徒たちであろうとも子供は子供だ。面倒なものを嫌うのは当たり前な事だった。しかし、その顔を見てふっふっふと笑みを浮かべる高橋先生。大変良い笑顔でドSの片鱗が見える。

 

「春休みには何をやったかな? 題名は、ぼくのわたしの春休み! 原稿用紙二枚まで使って先生に教えてね。あ、これは他のクラスもやってるから文句は私じゃなくて文部科学省の人にね♪」

 

 態々逃げ道を潰す辺り良い性格をしている高橋先生である。しかしまぁ、そんなオープンで嫌味が嫌味に聞こえない性格が慕われる一端となっているようで、高橋先生に中休みや昼休みから放課後まで、相談や談笑をする生徒は多い。ブーイングをしつつ、なら仕方が無いなぁという雰囲気で生徒たちは配られた二枚の原稿用紙に鉛筆を向けるのだった。

 

「それじゃ、三時間目と四時間目が作文に当てられてるからゆっくり思い出して書いてみてね。あ、終わったら先生に渡しに来てね。楽しい思い出を聞かせて欲しいな」

 

 ふわりとした大人びた笑みが高橋先生の魅力であり、何処か親しみが持てる雰囲気なのだ。そのため、高橋先生は学年の先生の中でも人気のある先生一位(非公式)に君臨していたりする人気先生である。はーい、と返事をしてカリカリと手元を動かして行く生徒を見回して、よしよしと高橋先生は教卓の裏にある椅子を引っ張り出して文庫本を読み始めるのだった。

 そんないつも通りな高橋先生を苦笑したアリスは予め用意していた原稿用紙を取り出す。そこには既に二枚以内に春休みの事が書かれた完璧な作文があった。小学三年生らしくも淑女の誇りを忘れぬといった綺麗な字で書かれているものが、だ。

 

(さて、三時間目はゆっくりと……)

 

 アリスは目を瞑って四組の後ろ側の席に居るであろう勇人の黄土色のリンカーコアの存在を意識する様に認識する。何かが繋がった感覚と共にアリスは瞳を開いて然も書いてますと言った振りをし始めた。

 

「(テス)」

「(……あー、テス)」

「(念話感度良好。勇人、私が言った通りだったでしょう?)」

「(ああ、予め用意してて良かった。大分楽だったぜ)」

「(……今朝、すずかの所で転生者を見つけたわ)」

「(何、本当か? そいつは、えっと……、テンプレオリ主って奴なのか?)」

「(其処までは聞いてないけど、その……、すずかが惚れ込んでるみたいで、しかも相手も満更じゃないみたい。因みに十三歳で、シロノ・ハーヴェイって名前のようね)」

「(……通報するべきか?)」

「(いや、どうも惚れたのはすずかが先みたいなのよ。だから、詳しくは分からないけど、ロリコンというよりは、好きになった女の子がロリでしたってタイプだと思うのよ)」

「(それはまた……、難儀、いや、羨ましいと形容するべきかね?)」

「(さてね)」

 

 念話をしつつアリスはペン回しを華麗にしているアリサを見て、うんうん唸っているなのはを見て、ぽけーっとトリップしているすずかを見た。完全に一人だけ色気というか惚気のオーラが出ている。それぐらい春休みの生活が幸せなものだったのだろう。シロノの評価を少し改めるべきかしら、とアリスはシロノの素性が分からない事に歯噛みした。

 

「(それで、本題は朗報というか悲報と言うべきか……)」

「(そんなに拙いのか?)」

「(なのはがね、例の夢を見たそうよ。しかも、内容が原作とは違うみたい)」

「(え? そうなのか。アリスが言ってたのは確かもう少し先の事だろ?)」

「(馬鹿ね。転生者(イレギュラー)が居るのよ? この世界じゃない場所で更なる転生者(イレギュラー)が何かをしている可能性が高いわ。因みに、夢の内容はジュエルシードが夜、つまりは昨夜に落ちたというのと、黒いもやと白いもやが争ってからなのはを襲ってきたという内容だったわ)」

「(あれ? ラッキースケベマスコット型淫獣ユーノ君は何処に行ったんだ)」

「(あ、その渾名は二次創作でのおふざけな名前だから無視していいわ。現実に会ったら真面目で視野が狭いへタレユーノ君と覚え直しておきなさい)」

「(……それもまた中々辛辣じゃねぇ? まぁ、いいけどさ。俺たちはこれからどうすんのよ)」

「(え? 何もしないけど?)」

「(…………は?)」

 

 四組に居る勇人は一瞬口から声が出かけたが、一単語だけだったので何とか誤魔化せた。対する三組のアリスは然も当然と言った様子でしれっとしていた。友人をスケープゴートにする気満々であったのだ。その時、なのはがぶるりと背筋を震わせて辺りを見てから小首を傾げていた。若干、その様子を可愛いなと思ってしまうアリスだったが、心を鬼にして精神通話を続けた。

 

「(忘れたのかしら? 私が動くのはアリサのためよ。なのはが良い感じに解決してくれるなら任せるに限るでしょう。レイジングハートも一つしか無いんだから、中途半端な私たちが行っても何も変わらないわ)」

「(そういや、そういう奴だったなアリスは……。なんだっけ、レズって言うんだっけか?)」

「(可愛らしく百合って言いなさいな。まぁ、冗談だけど。命の恩人ってだけよ。異性が好きに決まってるでしょう)」

「(ああ、うん)」

 

 声がマジトーンだったので本当に冗談だよな、と勘繰ってしまう勇人だった。それから二人は三時間目を使って話し合い、エンカウント次第で原作参入という方針が決まった。勇人からすれば、安全なストーリーがあるとは言え危険の可能性があるのを見過ごすのは、と若干顔を顰めていた。しかし、アリスに小学三年生程度の力で化物と戦えるのかと問われて言葉に詰まる。そう、赤星勇人という少年は剣道の才能はあるが、魔法の才能は一応精神通話が出来る程度のものだった。更には、二人してデバイスが無い事が不参戦への後押しとなってしまう。

 

「(……ならさ、月村の家に居るっていう転生者にコンタクト取ってみたら良いんじゃねぇか?)」

「(勿論、考えたわよ。でもね、すずかを落としているロリコンよ? イケメンでも、ロリコンなのよ?)」

「(えぇ……? 考え過ぎじゃねぇの? 月村聡いじゃん。流石に悪人に惚れやしねぇだろ)」

「(……それもそうね。確かに決め付け過ぎたかしら。取り敢えず、今日にでも遊べるかどうか、いや、問い詰めるべく行動をしてみるわ。まぁ、帰り道にフェレットもどきを拾っちゃう可能性もあるけどね)」

「(あいよ、了解)」

「(承知しました、でしょう?)」

「(イエス、マムッ!!)」

 

 ドスの効いた声に勇人は即座に返した。宜しい、と一言残してアリスからの精神通話が切れた。はぁと溜息を吐いた勇人は何処か疲れているように見えた。地味にアリスに対して下僕精神が癖になりつつある勇人は机に突っ伏して、三時間目が終わる頃に書いておいた作文を担任へと提出して、改めて突っ伏してぐったりとしていたのだった。そして、携帯で何を失敗したのか調べて、了解と承知の違いを知った勇人は、やぱりあいつは金色の悪魔だ、と呟く様に愚痴ったらしい。


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