リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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無印15 「お家で遊ぼう、です?」

「と、言う事で今日はすずかの家に突撃よ!」

「えぇ……?」

「うん、なのはもお兄ちゃんが言ってたシロノさんの事が気になるの」

「……なのはちゃん、ちょっとお話しよ?」

「まぁまぁ、落ち着いてくださいましすずかさん。そういう意図はありませんわよ。ねぇ?」

 

 ガクガクと言った具合で縦に頷くなのはを見てすずかはそっかと黒いオーラを霧散させた。なのはがすずかちゃんが物理的に黒いの、という意味不明な証言をしたが、現実的に在り得ないと言う事で審議は無し。ただ、全員一致でその手の話題には気をつけようというのが暗黙の諒解に足される事となる。

 アリスは物語が思わぬ伏兵により終わりかけてしまうと戦慄しつつ、苦笑いしている黒髪美形な勇人を連れて約束(強攻)した通り、すずかの家へと赴く事となった。勿論ながら、なのはとアリサも一緒に、だ。そのため、丁度良いのでノエルに連絡し長いベンツでお迎えに来て貰ったのだった。

 

「うぉぉ、高級車ってこんな中してんだな……」

 

 普通な家系に産まれた勇人は初めてのベンツに驚きつつ乗り込んですぐに、一対四という居心地の悪さに呻くのだった。勿論ながら、勇人には男友達はスポーツ経由で多い。しかし、かといってこの四人と仲良くできる猛者は居なかった。それはそうで、この四人は学年でもトップ4、むしろ同率一位の美少女たちだ。加えてリアル上級階級の三人が居るので尚更に入り辛い。そんな中にアリスに見えない鎖の様な有無を言わさぬ威圧感で引き摺られる勇人は勇者とも言われている。哀れ、というのが男子たちの総意であり、羨ましいという感情は無い。なので、女の子の良い匂いがする車の中で勇人の精神はマッハで削れて行く。早く着いてくれ、と言う勇人の視線を察したノエルは少しアクセルを――弱めた。

 神は死んだ、と言わんばかりの絶望した様子にノエルは口元を少し上げてしまう。シロノが来た事でノエルという自動人形は新たな感情が芽生えたようだった。良い方向にかは分からないが。

 四人にはいつも通りな、一人にとっては地獄と天国な空間から解き放たれたのは二十分後の事だった。げっそりとした内心を隠しつつ、豪邸である月村邸に驚く元気も無い勇人はアリスの後ろに付いて行く様に四人の歩みを追った。

 

「すずかお帰りなさい。あら、なのはちゃんたちを呼んだのね」

「ただいまお姉ちゃん。シロノさんに紹介するつもりなんだ」

「あら、そう。シロノ君は」

「テラスでしょ?」

「そ、そうね。其処に居るわ。ノエルとファリンにお茶を持っていかせるから、ゆっくりしていってね」

 

 自分の部屋へ上がる所だった忍と出くわしたすずかはリンカーコアのパスの行き先からシロノの場所を特定して声を遮った。忍はその様子に苦笑しつつも、四人へ笑顔を見せて階段を上って行った。初めて見た年上のお姉さんである忍に若干見蕩れていた勇人はアリスに恋人が居るわよと現実を突き付けられて若干遠い目でですよねーと言わんばかりに肩を落とした。先へ進む三人の後ろでアリスがふむと若干目を細めたのは一瞬の事だった。

 それからすずかを先頭にして、テラス付きのいつもの遊び部屋であるリビングへ四人は着いた。そして、テラスの椅子に座っている群青色の髪をうなじで緑色のリボンで纏めたシロノの後ろ姿を見た。すずかはトリップする様に頬を染めて、アリサとアリスは今朝の人物だと認識して、勇人は黄昏ている姿が似合ってるなと大人びた印象を見受けた。

 

「……ん? すずかちゃんお帰り」

「ただいまです、シロノさん」

「そこの子たちが仲の良いっていうお友達かな?」

「はい。なのはちゃん、アリサちゃん、アリスちゃん、勇人くんです」

「……そっか。ん、ぼくがここに居るのはお邪魔かな?」

「いえ、上がらせて頂いているのはこちらですから」

「そうかい? んー、まぁぼくは空を見上げてるから問題無いかな」

 

 すずか以外の四人はシロノに色々な印象を受けた。なのはは恭也の言っていた様に気さくで優しそうな人、アリサは大人びたを通り過ぎた達観している人、アリスはロリコンのレッテルを張った自分が恥ずかしくなるくらいに常識的な人、勇人は何もかも諦めていたのに希望を得て輝く瞳をしている人という印象だった。

 空を見上げて昔の自分に近かったシロノはすっと瞳を閉じて甲を向けた片手でひらひらとすずかたちに構わなくて良いとアピールした。四人は年が離れているからと納得したが、すずかだけが違った。ぷくーっと頬を膨らませていた。

 シロノは即座にその空気を察した、否、感情が流れてきたので慌てて振り向いた。

 

「あー……、いや、その、だね? すずかちゃんと一緒に遊びたくないって訳じゃないんだ。先ずはそこの誤解からを解こうか」

 

 この人将来尻に敷かれるタイプだな、と四人は心を一つにする。飄々とした雲の様な様子がいきなり崩れて、子供をあやす様な慌てていながらも冷静さを欠かない雰囲気に一瞬でなったからだ。それも、後ろを向いていたすずかの機敏を察して、だ。空気を読む達人か、とアリスは内心呟いた。

 

「……分かってますよ」

「そ、そうかい」

「はい。わたしに気を使ってくれたのは分かります。けど、傍に居たいわたしの気持ちを察してください」

「……はい」

 

 拗ねた雰囲気のすずかに屈服したシロノに四人は何と言うかラブコメを見ているんじゃないかってぐらいに苦い顔をしていた。そう、甘ったるいのだ。この二人の雰囲気がかなり甘い。今すぐにも真っ黒に炒った珈琲を飲みたいぐらいに甘ったるい。新婚夫婦かってぐらいに甘いのだこの二人の作り出す空間が。

 ぶっちゃけ、ノエルやファリンは忍と恭也の逢瀬により慣れているし、忍としても微笑ましい先輩風を吹かせられるから問題無いのだ。それに、良いなと思えば恭也に愛に行けば良い。誤字では無く、愛に征くのだ。

 そのため、その耐性の無かった四人は少なからず精神的なダメージを負う。もっとも比較的軽症であるのは良い雰囲気だなぁと頬を染めているピュアななのはで、次点がすずかを取られた気分になっているアリサ。残った二人は言わずもがな前世での経験を含めて吐血するレベルでの大ダメージを受けていた。

 

(ぐっ、べ、別に良い男が近くに居なかっただけなんだから。二次元(あっち)側には沢山恋人が居たし。……言ってて久し振りに死にたくなったわ)

(そういや俺。前の時童貞で死んでんだよな……。せめて彼女作ってから……、あれ、この感情があの時あったなら俺立ち直れてたんじゃねぇ?)

 

 それぞれブーメランの如く自爆してその場に膝を着いた。その様子に隣のなのはとアリサが驚き、シロノとすずかは平常運転で見詰め合っていた。結局、その甘ったるいカオスが元に戻ったのは十分程時間が経った後だった。

 三時半の目盛りを過ぎた時計が視界に入る。リビングにある大きな薄型テレビの前に陣取る小学生sをシロノは後ろで胡坐を掻いて、その隙間にすずかが当然の様にインしていた。

 元々すずかは遊ぶなのはとアリサとアリスを後ろから見ながら、ゲームの助言をするタイプの遊び方をする子だったので、特に問題無い。むしろ、後ろのカップルを直視しない様に熱中する二人に巻き込まれるアリサとなのはが大変だった。ボムを置かれて他のプレイヤーを焼くゲームだったり、カカッとハイスラから追撃グラヴァする格闘ゲームだったり、貧乏な神を押し付け合うゲームだったり。廃人の如く極めているアリスと何とか着いて行こうとする勇人に、人外魔境だよぉと若干涙目ななのはと在り得ないわと呟くアリサの背中が煤けた姿があった。

 

「……ん、すずかちゃん、ちょっと下ろすよ」

「あ、はい」

「(話、あるんだろう? 着いてくると良い)」

 

 すとんと自分の膝からすずかを下ろしたシロノは立ち上がり、振り向き様に勇人へ精神通話を繋げた。ぎょっとした様子で勇人は驚きつつも、お手洗いの場所を聞くという言い訳でシロノへ着いて行った。勿論だが、その際にアリスへ一言残して行っているのでアリスは着いて行かなかった。だが、少し心配そうな表情が一瞬見えたのが勇人の後ろ髪を引いていた。リビングから離れ、内装も高級な男性用トイレへ入った二人はお互いに雰囲気を変えた。

 


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