リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り) 作:不落閣下
暴れる黒い塊を前にしてわーわーぎゃーぎゃーと騒いでいる三人と一匹を、電柱の上で肩に棘突起の無い白い執務官服を纏ったシロノが視覚拡張の魔法を使わずに暗視していた。シロノ自身初めはこの異常に上がったスペックに戦々恐々としていたが、魔法反応を残さないから便利だなと考えを改めて開き直って、観察という記録をしている背中は何処か腹黒く見える。しかし、シロノはかぷっとされた影響で疲労困憊の状態なので何処か疲れているようにも見えた。
「うおわっ!? このっ!!」
「が、頑張りなさい勇人!」
「え、えっと……、我、指名を受けし者なり。契約のもと……」
暴走体から触手を鞭の様に叩きつけられながらも、勇人は展開したディフェンサーで受け止め、横へ頑張って流した後にオフェンサーを起動し勇敢に立ち向かっていた。そんな勇人をアリスはなのはの姿を隠す電柱に隠れながら応援し、なのはは地面に立っているフェレットもといユーノによってレイジングハートを起動するための呪文を詠唱していた。
現実で見ると結構カオスだなーとのんびりと録画しているシロノは、隣の電柱から左肩に飛び乗った一匹の猫に驚く事無く、若干足を踏み外しかけたのを隠しつつも平然と挨拶した。
「こんばんわ、アリアさん」
「こんな夜に何がって思ったら、面白い事になってるわね……」
アリアの登場にシロノは察していた。というよりも、夕飯を終えた頃に猫部屋から個人的に放たれたSOSシグナルを受けて行ったらアリアが居たのである。何でも、シロノに会いに来たらノエルに背後を一瞬で取られて放り込まれたらしい。そして、苦笑しつつシロノと談笑した後にお別れしたので、まだ海鳴市の近くに居たのならこの騒ぎを見に来るだろうとは思っていたからだった。
なのはの初めての変身シーンとも呼べる晴々しくも初々しいその瞬間を取っておいたらすずかが喜ぶかなーと思った結果、盗撮もとい記録しているシロノとすればアリアに見られようが問題無かった。むしろ、数年後になのはに見せて笑ってやろうという魂胆すらも少しあったぐらいなので、共有する人数が多ければ、更にはその人物が身内ならば尚更面白い事になるに違いないとも思っていた。
「ええ、中々案外愉快ですね。ほら、あそこで試作品のデバイス振ってるのがぼくの未来の補佐官ですよ」
「ふぅん? ……は?」
「実はあの三人は顔見知りでして、というか居候先のお姫様のお友達でしてね。ガッツのありそうな男の子に魔力資質あったんでスカウトしたら見事にあんな感じに巻き込まれまして。いやー、これは大変だなー、弟子にするしこれぐらいなら手を出せないなー」
「……いや、確実にシロノ分かっててスカウトしたわよね。あんな風に巻き込まれるからって」
「ありゃ、バレました?」
「当たり前でしょう!? というか殆ど自白してたもんじゃないの! しかも棒読みだったじゃない!!」
ふしゃーっと左肩に座ったアリアが威嚇するようにツッコミを入れた。シロノはですよねーと苦笑しつつ、腹の内を少しだけバラした。
「一応ぼく陸の人間ですし、というか今回面倒なんでいざと言う時に横槍を入れられる立場に居たいなーって。そしたらほら、ねぇ?」
「分かるけど、分かるけども……」
「ああ、アリアさんグレアムさん家の使い魔ですもんね。一応海の人間ですし、流石に横槍入れます?」
「……因みに入れたら?」
「家猫にします」
「飼われるの私!?」
「アリアさんならいつでも歓迎しますよ」
「え、えっと……」
少し考えさせて、と一考する辺りアリアのシロノへの好意が高いのを示しているが、当人たちは助手を雇う雇われる程度の感覚で話しているので色気のいの字も無い。そんなラブコメ臭のする遣り取りをする二人の傍らの道路は佳境に入りつつあるようで、桃色の光柱が海鳴市の夜空の一角を穿った。推定魔力値Sにもう一歩で届かんとばかりの魔力量に、シロノとアリアはうわぁと顔を引き攣らせた。管理局の一%にも満たない才能の原石が管理外世界で見つかるとは先を知らねば分かるまい。というよりも、分かっていても絶句する光景であった。衝撃的な展開に顔を見合わせた二人は話す事を止めて顛末を見届ける。
「高町ぃい!! 俺が隙を作るからぶっ放せ!」
「分かったの!」
剣道小学生大会優勝者の実力は確かなもので、振り下ろされた触手を面に見立てて避けた勇人は、その隙を掻い潜りカウンターの逆胴を放ち一刀両断する。深く切られたために再生しようと動きを止めた暴走体へ、なのはが杖状のデバイスであるレイジングハートの切っ先を向けて詠唱した。
「リリカル・マジカル! ジュエルシードXXI――封印!」
桃色のミッド式魔法陣が展開され、解き放たれた膨大な魔力の一端が噴射する。一瞬にして桃色に吞み込まれた暴走体は、外装であった黒い獣の様な部分を剥ぎ取られて本来の姿を露にされてから封印された。キンッと良い音を立てて地面に落ちたそれは宙に浮いて留まり、ユーノの指示によって差し出されたレイジングハートの収納空間へ格納された。一件落着と安堵の息を吐いた三人は、遠くから聞こえてくるパトカーの音に慌てて近くの公園の方へと走り出した。
その姿を見送ったシロノは彼らが範囲外へ出て行く瞬間に張っておいた結界を解除した。すると、先程まで荒れまくっていた道路やペット診療所が何も無かったかの様に元通りになる。因みに最後のパトカーの音は偶然の賜物であり、シロノは関与していなかった。
「……流石ね。入り込んだ事も展開された事も分からない隠密な結界を張れるなんて」
「努力の賜物って奴ですね。ほら、クロノが結界魔法が苦手でしょう? なら、相方だったぼくは必然的に覚えとかなきゃいけなかった訳で」
「ふぅん? あ、そう言えば結局同じ術式なのに名称が違うってのはどうなったのかしら?」
「あー……、そこはほら個人の趣味嗜好って事で一つ」
「単純に、お揃いが恥ずかしかっただけでしょ貴方たちの場合」
「あ、あはは……。流石アリアさん、お見事な御慧眼をお持ちでいらっしゃる……」
図星であった。シロノとクロノの魔法術式は共同制作のため全てが同じであるが、唯一魔法名だけが違うのはペアルックみたいなのが嫌だったためであり特に意味は無い。そして、シロノはその共同制作した時の経験を活かして更に新たな魔法術式を個人研究していたりする。その結果が結界魔法と魔法応用の特化に繋がったのだった。先程のそれは隠密結界という相手を知らず内に確保するための結界である。言うなれば内側に変化を気付かせない魔法だった。この結果により、まんまと逃げ果せたとドヤ顔の犯罪者に向けて砲撃魔法で一発KOな逮捕をしてきたためその効果は抜群である。結界やバインドなどのサポート系魔法が得意なユーノが完全な状態であったら少しだけ違和感を感じる程度の完璧さである。もっとも、外側からの干渉には弱いので援軍には要注意であるが。アリアが入って来れているのがその証拠である。
逃げ出した三人を追う事はせず、執務服から普段の私服へ戻ったシロノはアリアを左肩に乗せたまま身体強化した脚で跳躍し、夜空の下で冷たい風を切りながら月村邸へと帰った。その途中で下車したアリアに手を振って、シロノは私服姿のバリアジャケットを破棄して寝巻きへと戻り、すやすやと眠るすずかの横に潜り込んで枕に頭を乗せて落ち着いた。
「ふぅ……、すずかが寝てる深夜で良かった」
そして、月村邸に張っていた結界を解除してシロノはS2Uを待機状態に戻して枕元に置いた。漸く寝れると言った様子で瞳を閉じた。後数十秒もすれば意識が落ちるという微睡みの中、きゅっと抱き付いてきたすずかの温かさに安堵して、数秒後にシロノは寝息を立てた。
「……ふふっ、シロノさん。気付かれないと思ったのかな、わたしはこんなにも疼いて仕方が無いのに……、ふふふ……、でもかぷっとはしませんよーっと♪」
瞳を開いたすずかはニンマリと猫の様な笑みを浮かべてシロノの胸元に頬を擦り寄せる。流石に三度目の吸血は拙いし、それにシロノの意思を無視する気がしてできないが、こうやって甘える事はできた。この人は自分のものだと言わんばかりにすりすりとマーキングするすずかはご満悦の表情であり、同時に恍惚とした悦びの顔でもあった。擦り寄るすずかがむず痒いのかシロノはぐいっとすずかの肩を右手で抱き込み、左手で後頭部をホールドした。腕の中に居る状態になったすずかの乙女ゲージがマッハで上限に達し、尻尾があればぶんぶん振る様な感情が精神リンクによって流れて行く。
「ん……、すずかは甘えんぼだなぁ……」
という寝ぼけの台詞で妄想ゲージがカンストしノックアウトされたすずかは大変嬉しそうな表情で眠りについた。そして、翌日の朝に腕の中に居るすずかに驚いたシロノが慌てるのは余談である。