リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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2 「運命的な出会い、です?」

 シロノ・ハーヴェイは転生者である。つまり、前世の記憶がある。

 十八歳になる前に病死した前世の世界で見ていたアニメ『魔法少女リリカルなのは』の世界であると気付いたのはミッド語に慣れた生後二年後の事だった。ハーヴェイというとらいあんぐるハートのおまけであるリリカルおもちゃ箱のクロノの偽名である筈の家名に気付いたためだ。そして、クロノの反対とも呼べる様なシロノという名前が後押しした。んな偶然在り得てたまるか、とパソコンをこっそり使って調べた地名にクラナガンがあったのがトドメだった。

 『魔法少女リリカルなのは』の世界に転生した事実にシロノは素直に喜ぶ事ができなかった。stsまで視聴済みであるが故に尚更だった。管理局の脳味噌たちに支配された世界であると知っていたからだ。所謂アンチヘイト側の感情を持っていたのだ。しかし、父のクロウ・ハーヴェイは陸の執務官だった。父の生き様は本当にあんな自己中心的な感情で構築されているのか、と自問し見つめなおして、アニメの世界というフィルター越しで現実を見ていた事に気付けた。そんな自分が恥ずかしく思ったシロノは転生者であるのならば、世界の先を見据えて行動するよりも今、この瞬間の気持ちに正直になるべきだ、と答えを出した。

 陸の執務官になる。それがシロノの夢であり、父の生き様を追い掛ける目標になった。これと言ったレアスキルも無かったが、父親譲りの魔法の才能が開花し、執務官になる経験を積むために士官教導センターに入学した。もっとも、父の死という背景がある排他的な暗いクロノとルームメイトになるとは思っていなかったが。

 原作と呼ばれる道筋に関わる可能性があるという魅力的な選択肢に抗うために無心で自己鍛錬に励んでいたからか、クロノ経由でエイミィに出会い、無理矢理でも友人関係と呼べる関係になった時点で色々と諦めたシロノは目標である執務官の道に走る事になった。その甲斐があってか、十歳の若さで最年少執務官となり、試験に落ちたクロノを慰める嵌めになったのは良い思い出である。父であるクロウは闇の書事件での怪我で療養という引退を果たし、親友とお揃いだというS2Uをシロノは受け継いだ。陸の執務官の息子というコネでレジアス・ゲイズ司令の斡旋でゼストが所属する防衛隊で一年間叩き上げられ、立派な陸戦AAA+の魔導師になってからは沢山の案件によりクロノも吃驚なワーカーホリックな生活だった。

 そんな回想をしつつ日本の山の中に次元転移したシロノは山の中を歩いていた。と言っても富士の樹海の如く深い森ではなく裏山程度の森である。結局アースラは仕事の関係上御破算となり、レジアス司令が保有する次元航行艦により、こっそりかつ法に則り地球へ降り立ったシロノは街に向かっていた。

 

「おお……、これが海鳴市か。まぁ、時間軸的にはまだ先なんだけどもね」

 

 背の高い木に登ったシロノは海鳴市の美しい光景に目を奪われながら呟く。シロノの目的は海鳴市の翠屋に居る天使こと高町なのは――では無くシュークリームだ。地球の回線で検索した翠屋の評価は高く、絶品な甘味と若すぎる夫婦という謳い文句に惹かれたのがきっかけである。それに、なのはが美少女であれども小学三年生に欲情する十三歳では無い。シロノはどちらかと言えば魔法の常識を覆す様な砲撃バトルに惹かれた性質であった。なので、特段ヒロインズにこれといった感情を抱いていない。執務官の夢を叶えているが故に優秀な補佐官が欲しいとは思う程度で、彼女にしたいだとかは思っていない。ただまあ踏み台転生者みたいなのが居るならばしょっ引きたい気分ではあるが。

 数分程海鳴市の光景を見ていたシロノがそろそろ降りようかと思い視線を下げた時だった。何やらこちら側に走ってくる黒いワゴンを見つけてしまった。何処かにお出かけかな、と思ったが少し先の廃棄された様なボロいビルの前に止まったのを見て嫌な予感がした。視覚拡張の魔法を使って運ぶ何かを見れば、紫掛かった艶やかな黒髪の少女がぐったりとした様子で運ばれていた。

 

「あー……、誘拐現場って奴かな。確かに何かそんな設定あったね……」

 

 だが、目の前の世界は設定であれども現実に起きた誘拐事件である。そして、執務官という刑事と形容しても過言ではない立場であるシロノは、放っておくという選択肢を選べなかった。原作キャラとは言え小学生の女の子だ。シロノというイレギュラーが居る世界で、原作通りの展開が始まるから今は大丈夫だ、という楽観的な考えは愚考としか思えなかった。

 

「よし、やるか」

 

 直接的な魔法抜きでの潜入を決意したシロノは、バリアジャケットに追加設定にしてあったTシャツジーパンスニーカーという地球的に無難なファッションに身を包む。本来なら市街地見回りに使う言わば私服警官的なバリアジャケット設定である。この場面なら特段あるまいと自己完結したシロノは身体強化の魔法で跳躍し、廃ビルの屋上に降り立つ。探索魔法により内部の状況を把握したシロノは他の車が来ていない事を確認して、アンカーを壁に打ち込みその先に伸びるチェーンを使って地上に静かに降りる。使用したアンカーバインドは役目を終えて虚空へと霧散した。

 辺りを見回し武器になりそうな錆付いた鉄パイプを掴み、手に返ってくる感覚を確かめてから入り口に張り付いて中を見やる。左脇の懐を不自然に膨らませた黒いスーツの男は何処か暇そうに携帯を弄っていた。

 シロノは男が欠伸をして気を抜いた瞬間に進入し、後ろから頚動脈を極める様に首を絞めて失神させる。屋内に居る犯人グループを魔法反応が出る魔法を使わずに制圧する術をゼストより文字通り叩き込まれたシロノにとって余裕のスタートだった。寄りかかる男を床に下ろし、懐から拳銃を抜き去り弾倉を抜き取ってS2Uの収納領域へ放り込む。

 廃ビルの高さは三階。サーチの結果一階に一人、二階に三人、三階に三人が居ると把握しているシロノは上へ続く階段からの増援を気にしつつ一階を制圧。そして、一階にある脆い瓦礫を拾って階段へと放り投げた。鈍い音が階段に響き、様子を見に来た二人を天井の鉄骨にぶら下がったシロノは上から強襲する。

 

「こっちを見ろ」

 

 態と声を出して気付かせたシロノは、跳ね上がる様に上を向いた二人に手の中に残った瓦礫の砂を叩き付ける。男たちはサングラスを付けていたが真上を咄嗟に見た際に大きく揺れて、放たれた砂はサングラスを避けて目元へ直撃する。

 

「ぐっ!」

「うわっ!」

 

 痛む目を押さえた二人の腹を拳で強打し、痛みで悶絶した隙を付き両肘を顎に当てる。脳震盪で崩れ落ちた二人を一瞥し、再び探索魔法で小規模サーチ。二階の一人が階段を下りて来ているのに気付き、倒れた一人を引っ張り分かりやすい位置へ放る。シロノはすぐさま二階への階段の入り口付近の壁に張り付いた。

 

「サボってんじゃねぇよ。って、おい? どうした」

 

 床に倒れた一人に近寄ってしゃがんだ男を後ろから絞め落とす。どさりと男が倒れた際に仰向けに倒れベルトが目に入る。ベルトを引き抜いて三人の両腕を一纏めに固結びで拘束しておく。サーチして二階に誰も居ない事を確認した後に三階へと忍び寄る。肩越しに中を見やれば黒髪の少女は後ろ手を縛られた状態で壁へ寄りかかって寝かされていて、その姿を椅子に座った小太りなスーツの男がワイン片手に下卑た笑みを浮かべている。その後ろに巨漢の護衛が控えていた。

 

「くくく……ッ!! 漸くこれで夜の一族の遺産がわいのもんになる……ッ!! ふぅぅ……。さぁて、そろそろこの小娘起こしてやらんとなぁ。おい、起こせ」

 

 ワインの中身を飲み干してグラスを床へ放った男が顎で巨漢の一人を動かす。巨漢はのっそりとした様子で少女の肩を揺らす。ん、とうっすらと瞳を開いた少女は一瞬目の前の光景に唖然としてから目を見開いた。

 

「な、何!? あ、ああぁぁ……ッ!」

 

 徐々に誘拐された経緯を思い出した少女はキッと椅子に座る男を睨んだ。その様子に愉悦を覚えたのか、男はにたにたと下卑た笑みを浮かべて立ち上がる。少女を起こした巨漢の男がのっそりとその男の後ろへと戻る。成年した男から見下ろされた少女は睨みながらも目尻に涙を浮かべた。

 

「安二郎おじさん!? 何でこんな……ッ!」

「悪いなぁ。わいみたいな凡才で容姿も悪い奴は、金を頼みとしなければ幸せを掴むことが出来ないんや。だから嬢ちゃんからも言ってくれや。わいに遺産を寄越してあげてってなぁ」

「……そんなにお金が欲しいんですか?」

「そうや。なぁに、お前みたいな化物にはお金は要らんやろ? 血さえありゃ生きてられるんや。ええなぁごっつええやんけぇ。……ま、流石にあのガキも妹が壊れてくビデオでも見りゃ考えを変えるやろ。そう、その顔や。その顔が見たかったんや……ッ!! あの御神のガキはダミーの車でも追ってるやろし助けは来んよ」

「絶対お姉ちゃんは助けに来てくれるッ!! 金の亡者の貴方に屈しない!」

「……チッ、つまらんなぁ。まぁええわ。寝かせろ」

 

 巨漢が動き出した瞬間にシロノは飛び出す。巨漢の即頭部を鉄パイプで殴り飛ばし、少女の前に躍り出る。たたらを踏んだ巨漢はギロリと割れたサングラスを横合いへ投げ捨てる。いきなり現れたシロノに安二郎と少女は吃驚した様子で見つめる。しかし、鉄パイプを握る少年でしかないと安二郎は動揺した表情を戻し、ふっと鼻で笑う。何故ならシロノの手が震えて鉄パイプが揺らいでいるのを見たからだ。

 

「あん? なんや、お姫様ぁ助けに来た騎士君ってとこかいな。でもなぁ、手ぇ震えてるガキじゃ格好付かんわぁ」

「そうかい。悪いがね、誘拐された女の子を見捨てる程薄情な生き様はしてないんだ。既に連絡はついてるし、さっさと逃げた方が良いんじゃない?」

「ほぅ、何や自分御神のガキの知り合いか。そんなら……、自分いてこましておさらばや!」

 

 その合図で巨漢の豪腕が振り上げられる。キラリとその拳が差し込んだ日に輝き、シルバーのナックルダスターを嵌めているのが見えた。少女は助けに来てくれたシロノが殺されてしまうと悲鳴を上げる。だが、次の光景は全員の度肝を抜くものだった。

 鉄パイプを思いっきり安二郎へ投げ付けたのだ。

 巨漢は雇い主を護るために、振り下ろす予定だった右腕を庇うために鉄パイプへと伸ばし――、目の前に現れた拳に目を見開いた。視線を逸らした瞬間に飛び出したシロノの渾身のハンマーブロウが顔面に突き刺さり、鼻血を吹いて巨漢が倒れこむ。後頭部から崩れ落ちた巨漢は唸りながら気絶した。巨漢の右腕に少しだけ掠って弾かれた鉄パイプは安二郎の頭上を通り過ぎる。その一瞬の動揺を見抜いたシロノは巨漢の懐から引き抜いた拳銃を安二郎へと突き付ける。手が震えていたのも一連の油断を誘う罠であり、この程度の修羅場は飽きる程通り過ぎたシロノにはこの状況にするのは容易い事だった。

 

「チェックメイトだ、誘拐犯。悪いが騎士ってよりはお巡りさんだったりするんでね」

 

 カチャリとセーフティを外したシロノに安二郎は顔を引き攣らせる。腕が疲れぬ様に肘を曲げて両手で拳銃を突き付けている様子を見て銃の知識があると察したのだ。苦悶の表情で両腕を上げて膝を着いた安二郎にシロノは不用意に近付いた。それに笑みを浮かべ、タックルする様に抱き付いて銃を奪おうとした安二郎に「間抜け」と呟いてシロノはその顎を無慈悲にも膝で蹴り上げた。

 

「ま、抵抗しなくても気絶はしてもらう予定だったよ。ただ、痛くは無かっただろうけどね」

 

 どしゃりと床に倒れ伏した安二郎のベルトを抜いて両腕を後ろで縛ったシロノは拳銃のセーフティを戻して、収納領域に収納していた弾倉と共に新たに抜いたそれを窓の外へ放り投げた。流石に一般人が居る所で収納領域に収納する訳にはいかない。ぽかんとシロノを見つめる少女に近付いて床に突き刺さった杭に繋がっていたロープを解いて後ろ手を開放する。

 

「うおっと」

 

 人気の多い所に逃がしたらとんずらしようと画策していたシロノに少女が抱き付き、嗚咽と共に震えて次第に泣き始めてしまった。どうしたもんかとあやすように抱き締め返して頭を撫でてやる。暫くそのままで居たシロノは何時の間にか胸の中で寝てしまっている少女に気付き、改めてどうしたもんかと肩を落とす。こんな場所で寝かしておく訳にもいかないので、横抱き上げて一度外に出ようとした瞬間だった。風を切る音が聞こえてシロノはその場にしゃがみ込む。

 

「うぎゅっ!?」

 

 そして、タイミング悪く首に少女が抱きついた事でシロノは頬を引き攣らせる。壁に突き刺さる針を見て絶句する。釘打ち機の様な音が聞こえなかったという事は人の手で投擲されたものだ。そんな達人と魔法抜きで戦い抜ける程シロノは魔法抜きの戦いに慣れていない。最悪手元に武器があれば良かったが、あるのは柔らかくも温かい首に抱き着いた少女ぐらいだ。

 

(詰んだ。魔法抜きで解決するのは無理だこれ)

 

 手を上げると少女を手放してしまうのでゆっくりと立ち上がる。背中に触れている尖った切っ先からして刃物の類だった。バリアジャケットは防刃防弾仕様であるがここは管理外世界だ。怪我はしないだろうが、魔法抜きで真後ろの達人から今の状況で逃げれる気がしなかった。

 

「あー……、そこの安二郎ってのの援軍だったりします?」

「なに?」

「違うのなら切っ先退かしてください。自分は駆けつけた一般人Aなもんで」

「……すずかが誘拐した奴に甘えるとは思えんしな」

 

 シロノは切っ先が無くなった事に安堵の息を吐いた。だが、その吐いた息で「んっ」と身じろいで首の抱き締めを強めた少女によって首を絞められるとは思わなかっただろう。タップしようにも寝ている少女相手にやる訳にも行かず、細い腕の何処にこんな強い力があるのか分からないまま遠くなる意識の中で、シロノは少女が頭を打たない様に頭に手を添える事しか出来なかった。

 その一部始終を見ていた青年はぽかんと立ち尽くすしかなかった。


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