リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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無印20 「師匠と言う鉄壁、です?」

 シロノ・ハーヴェイが陸の執務官となったのは今から三年前、十歳の時だった。そして、クロノにリーゼ姉妹を師匠にする経緯と似た様に、ゼスト隊と呼ばれる管理局最強の騎士と名高い男が隊長を務める部隊に一年だけ執務官と兼任して隊員となったのは。

 ――畜生、クロノは美人姉妹なのに、ぼくは筋骨隆々の最強漢か。

 そう思っていたシロノは初日から吹っ飛ばされる事で考えを改めた。吹っ飛ばした相手は管理局最強の騎士ゼスト・グランガイツ。マジキチ揃いのベルカ式と詠われる原因の一因にもなっている人物であり、シロノはその圧倒的な強さに憧れた。

 父には生き様の背中を、ゼストからは雄々しき武の姿を、目標にしたくなった。

 次の日からシロノは変わった。別に不真面目だったから真面目になる、という訳では無く、ゼストの技術を貪欲に吸収し始めたのだ。しかし、ゼストからすれば子供の背伸びでしかない。けれど、光る物はあった。ゼストがシロノを教えるに当たって観察眼に感心した。初日で物理的にボコボコにしてやった、さて、どう立ち上がる。そうゼストは考えていた。

 だが、シロノは前日のゼストの足捌きを拙いながらに真似て訓練の際に挑んだのだった。

 たった一度、しかも体格が違うのと技術も腕力も無い素人が強者にフルボッコにされていた筈だった。ゼストはその成長を見て考えを改めた。

 ――こいつはあいつの息子だ、間違いない。

 父であるクロウの面影が見えるシロノの勇ましい向上心にゼストは口元に弧を描いて――やる気になった。よし、どうせなら管理局最強の名を受け継ぐ弟子に仕上げよう、と。そして、その日からシロノは向上心と共に耐久値が上がる日々で血反吐を吐いた。

 クロノの執務官服を白く染めて肩の棘を丸くした物がシロノのバリアジャケット。その状態でシロノは早朝の中庭に立ち尽くす。外への隠蔽性を高めた結界、封絶結界と名づけたそれを中規模に展開する。

 

「……シミュレーション、ゼスト・グランガイツ師匠」

 

 マルチタスクの使い方は千差万別であり、インテリジェンスデバイスなら更に増えるだろう。シロノは今、マルチタスクによるシミュレーション訓練を行っている。メインタスクで現実世界を見て、第一サブで見る視界には現実世界に投影したダークブラウンのバリアジャケットに鋼色の籠手と脚装を装備したゼストの姿が浮かび上がる。自分を客観的に見る、という言葉がある。それをシロノはする事をできた。最大四つまで同時稼動できるマルチタスクの才能により、第一と第二サブで自分と相手を見る観察眼を磨き、第三サブで反省と改善策を考える。第四サブは他のマルチタスクに接続してメモリを増設する役割を持った。

 それに加え仮想敵を網膜に映し出すデータをS2Uに任せる事により、今の環境を生み出している。原作で行ったレイジングハートの仮想訓練をマルチタスクで再現する事ができるが、それは魔道師だから意味があるのだ。シロノはベルカ式とミッド式を同時展開する異端の魔導騎士、現実に体を動かなくては意味が無いのだ。技能の反復は頭ではなく肉体によって成立するとシロノはゼストから叩き込まれているので、これ以外の仮想戦闘訓練を行う事は無い。

 

《Let's Show time》

 

 S2Uの電子音声により戦闘が開始、そして、ゼストとシロノは一瞬で鍔競り合った。ギィィンッと金属音が封絶結界の中で響く。グレイブ状のアームドデバイスと槍頭が鋭いスタンダードな槍状のS2Uがぶつかり合い、一瞬の瞬きでお互いに払い除ける。バックステップで距離を取り、お互いの制空権を奪うかの如く鋭い刺突の雨が放たれる。

 体格さがあるのに一進一退の戦いをするシロノに仮想上のゼストが獰猛な笑みを浮かべる。

 加速する刺突の壁がシロノへ迫る。だが、シロノとて穿たれまいと足を円状に捌いて後退しながらその悉くを払い除ける。ぐっと重心を落とした後ろ側に置いた右足を踏み込み、手首の回転と同時にS2Uの先端の二股を開放、突如槍から長刀へリーチを変えた薙ぎ払いにゼストは笑みを消した。搗ち上げる様にデバイスを振るい、薙ぎ払いの勢いを増させる形で直撃を避けて、懐へ入ろうと前へ出る。

 

「……レイデン・イリカル」

 

 詠唱を紡いだシロノにゼストは突こうとしていた動きを払う様に戻す。キンッと空中に浮かび上がる円環状のロックバインドが標的を外した。しかし、シロノはそんなのは当たり前だと言わんばかりに、長刀のS2Uにより斬り込む。普段なら受け止めずに流す一撃だが、此度のゼストは受け止めるしか無かった。夜の一族化の恩恵により筋力が上がった事により、振るうその速度も上がったためだ。

 緩急のある薙ぎ払いの螺旋はシロノが回避技能の円の足捌きから生み出した技法だ。回避運動を攻撃モーションに加える事で一撃離脱も追撃も可能な要塞と化す。だが、その要塞の壁を毎度穿つのがゼストの刺突だった。パキィンと青白い魔力刃が半ばから砕ける。そして、リーチが短くなった事により、ゼストの間合いへ入り込まれる要因となった。

 

「ぐっ、流石師匠。最新のこれを折るとか化物だな本当にッ!!」

 

 クラッシュシミュレートによる魔力刃の破壊にシロノは仮想敵である師匠の化物具合に口元を引き攣らせる。今のゼストは浮かび上がる投影でしか無いので実体は無い。だが、クラッシュシミュレートを組み込んだ事により、更にリアルな戦闘訓練が可能になったのだ。つまり、現実の本人も折る事ができるという判定結果。一年もデータを取っているので、その審議は正しく公正なのである。

 距離を詰めてきたゼストに対し、シロノはS2Uを先程の槍状へ戻して迎撃する。放たれる刺突と薙ぎ払いを円を描く様に流すが、流石に劣勢ではその真価は発揮できず、ツォンッと弾ける音がシロノのバリアジャケットから聞こえてくる。

 

「蒼穹の矢よッ!!」

《Strike arrow》

 

 詠唱により発動を短縮した魔法陣が拳銃の形にしたシロノの左手の人差し指に浮かび、デバイスを放つために一度引いた瞬間を狙ってぶっ放つ。矢の形をした魔力弾が拡散する様に八つ放たれ、目の前で散弾を撃たれたゼストは堪らず防御の構えを取る。一瞬の攻防で自身に当たる二発を防いでカウンターに石突の突きを放つゼストの化物具合にシロノは師匠の壁はまだ高いと歯噛みする。

 再び交差するデバイスが鳴り響く。シロノはそのタイミングで詠唱を紡いだ。ゼストのデバイスを搗ち上げた瞬間に、遅延発動させたストライク・キャノンによる抜き撃ちをぶっ放した。シロノの視界が青白く染まり、ヒュパッという何かを切り裂く音が何故か聞こえた。シロノはすぐさま回避運動を行ったがその選択は遅過ぎた。

「ぐはぁっ!?」

 

 ゼストがやったのは単純な事だ。刃先を上げられた勢いを増させてくるんと回し、そのまま振り上げる形でストライク・キャノンをぶった切ったのである。そして、裂けた合間からゼストは砲撃の線上から外れ、撃った格好で立ち尽くすシロノの胴へ突きを放ったのだった。

 この間、僅かに一秒五コンマである。

 完成したベルカの騎士は魔導師百人と渡り合い悉くを捻り潰すとまで言われている。その生きた証拠こそがシロノの師匠であるゼスト・グランガイツという男である。幾多の実戦模擬戦で一度たりともシロノはこの人物に勝てた事が無い。そして、今回の模擬戦ですらもゼストは一度も魔法を使用していないのが良い証拠である。

 

「何回やっても師匠が倒せない……ッ」

 

 砲撃をぶった切るとか人間技じゃないとシロノは打ちひしがれる。射撃系魔法を切り裂くなら分かる。だが、シロノの主力砲撃魔法をぶった切るとは如何いう事だ。

 それすなわち肉体が魔法を凌駕した瞬間である。勝てる気がしなかった。原作のヴィータに互角だったのは一度死んだ身で、更に身体がもう保たないギリギリの状況だったからだ。つまり、全盛期とも呼べる現在のゼストを仮想敵にした場合、シロノが惨敗するのは当然の結果であった。

 シロノとて、現実のゼストに零距離砲撃をS2Uを叩かれて回避されたり、撃つ一瞬でしゃがんだり横へ回避されたり、S2Uを真正面から刺突されて砲身がイカレたり、というまだ妥協できる方法で負けた事はあった。だが、夜の一族もどき化により加速する思考による詠唱によって抜き撃ちしたのだ。絶対に回避できない零距離で、ぶった切られた記憶は一度たりとも無かった。

 つまり、ゼストにシロノが勝つためには魔法抜きでの純粋な戦闘力での凌駕しか在り得ないという結果が待っていたのである。シロノに降りかかる絶望めいたガックリ感は一入である。

 

「在り得えねぇ……。師匠、データ上で砲撃魔法ぶった切れるのかよ……」

 

 暫く師匠の人外具合に頭を抱えたシロノであったが、打倒師匠という目標に更に気合が入った。迂闊に魔法なんて使ったから負けたんだ、と魔導師が二度見して絶句する結論に陥ったシロノはぶつぶつと呟きながらS2Uの内部メモリから接近戦用のベルカ式魔法をメインに、遠距離用のミッド式魔法をサブに切り替えた。

 

(もういっそ、ベルカ専用のデバイスを作るか……。幸い資金は腐る程あるし……。名前は……、そうだな。Song to you を真似てSong for you……、S4Uにしよう)

 

 シロノは未だに引き落とした事の無い通帳を全プッシュしてやろうと虚ろな瞳で誓った瞬間であった。その後、朝の挨拶に来たすずかに慌てて駆け寄られて、目に光が灯るまで熱烈に励まされた事を追記しておく。その様子を微笑ましい表情でノエルが見ていたのはもはや言うまでも無いだろう。


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