リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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無印21 「屋上でのお話、です?」

 管理局の白い魔王もとい翠屋の純白な魔法少女が爆誕した翌日、午前中の授業が終了した五人は屋上のテーブル席でお弁当を食べていた。授業中にユーノによってロストロギアであるジュエルシードの説明と魔法の説明がされていたが、マルチタスクの訓練を行って第一サブを習得した三人は何とかノートを取る事ができた。もっとも、同じクラスにシロノによって第三サブまで取得したすずかが居たりするのだがそれは言わないお約束である。

 先日の封印の後で、話題になってしまったのは意外にも勇人であり、それはシロノから渡された試作品デバイスのせいだった。それにより、ユーノとなのはにシロノが魔導師である事が暴露され、更に倍率ドンとばかりに管理局の執務官である事もアリスがバラしたので特にユーノが唖然としていた。なのはは魔導師の先輩が近くに居る事に驚いていた。何処かズレているなのはは置いといて、勇人はアリスにシロノとの契約の事を自白し、爪先見てアッパー余裕とばかりにアリスにボコボコにされて、只管謝り続ける夫婦漫才が繰り広げられた。

 結局、理由であるアリスを護りたいという事を隠し切った勇人は内心安堵しつつ、良いボディブロウを貰った腹の痛みに悶絶しながら、話題は魔法の話へ……、と言う所でなのはを迎えに来た兄鬼が襲来。妹をこんな時間に連れ出すとは良い度胸だ、とアリスと勇人に言外に殺気の抜けた気当たりで疲れも相まって気絶し、お開きとなった。アリスと勇人は結局朝になるまで起きなかったので高町家に泊まったのは余談である。

 

「それでね、シロノさんがわたしの名前を呼び捨てにしてくれるようになってね。なんかこう……ゾクゾクってお腹の下辺りから痺れが上ってきてね」

「へぇ、そうなんだ……」

「(アリサが良い感じに犠牲になってるから今の内に話しとくわよ)」

「(意外とお前薄情だよな。こういう生死に関わらない辺りだと特に)」

「(にゃ、にゃはは……。すずかちゃんが幸せそうだから良い話なのかな?)」

「(う、うーん。女の子じゃないから僕には分からないなぁ。取り合えず、授業中にジュエルシードの危険性と魔法の有効さを分かってくれたと思うんだ。だから……)」

「(シロノに協力を仰ぐ、ってか?)」

「(うん……。僕の怪我から分かる様に、魔法に非殺傷設定があってもジュエルシードの暴走体にはそれは無いんだ。昨日怪我が無かったのは……、勇人のアレはノーカウントで、運が良かっただけだと思う。あれは純粋な暴走体、つまりは知能を持たない本能の化物だったから助かったんだ。でも、この世界には知能のある生物が野良で存在してる。犬とか鳥とかがジュエルシードによって暴走したら……、怪我どころじゃ済まない可能性があるんだ)」

「(でも、わたしはユーノ君のお手伝いしたいな。シロノさんにも手伝って貰おうよ)」

「(多分無理よ。突っぱねられるとまではいかないけど、それとなく否定されるでしょうね)」

「(え? ハーヴェイさんは管理局の執務官と言っていたんだろう? 助けてくれるに決まってるさ)」

「(それがさ……、昨日言ってた契約がそれに当たるんだよ。あいつは俺にデバイスを貸し出す事で言外にこう言ってるんだ。それを使って解決してみせろって、な。管理官補佐になるんだったらこれぐらいやってみせろって事だろうよ)」

 

 勇人はミニハンバーグを頬張りながら肩を落とした。精神通話の内容になのははパチクリと驚いており、それはシロノへの不信感めいた疑問と昨日自分を護ってくれた勇人に力を貸してくれた事への期待が半々と言ったものだった。

 

「(……まぁ、すずかに事情を説明してお願いして貰ったら一発でしょうけどね)」

 

 アリスのその言葉に全員が納得した。もっとも、その場に居らずシロノに会った事の無いユーノは文字通りに小首を傾げていたが。しかし、現実に行動した後が怖い勇人はそれは止めようと断固として阻止の構えに出た。補佐官の仕事は主に執務官の補佐事務だ。ありったけ出されたら帰る事すらできなくなるに違いない。あのドSなら絶対やりかねない、と勇人の頑張りによりアリスの提案は渋々と流す事になった。

 

「(なぁ、アリス。もしかしてさ、シロノって月村の家に落ちたジュエルシード持ってるんじゃないのか?)」

 

 勇人の個人精神通話にアリスは一瞬きょとんとしたが、シロノがすずかの家を拠点にしているなら有り得る話だと納得して、数秒後に絶句した。そう、アニメではターニングポイントであるフェイト襲来のジュエルシードだった筈だからだ。アニメを主軸に置いて考えを纏めているアリスからすれば、なのはとフェイトの友情が育まれないのは何か嫌だった。現実に置き換えれば些細な事なのだが、決定された未来というアニメ知識を持っているのが仇になっているのだろう。

 

(……いや、でも温泉の時でも会うのよね。そしたら、その時に同い年の子供って事で仲良くすれば良いかしら)

 

 案外上手く行きそうな思案に頷くアリスを見て、勇人は多分こう思っているんだろうなと先読みする。忘れているかもしれないが、これは家族絡みの旅行だ。月村家にシロノが混ざる可能性が九割以上だと勇人は考えている。そもそも、勇人からすればシロノが今後どう動きたいのかを知っていないのが致命的な点だ、と思考を深める。一度対面して喋ったがあの時は初対面である事に加えて、デバイスというアドバンテージを持ってして主導権を取られた話し合いだった。言うなればワンサイドゲーム、シロノの圧勝であった。辛うじて勇人はシロノがアリスと勇人に危害を加える輩ではないとだけ持ち帰れただけなのだ。

 デバイスという目の前の餌に飛びついたに過ぎない前回の失敗を振り返り、勇人はもう一度シロノに接触しようと思案する。題目は訓練辺りが妥当か。魔法一年生とも言える貧弱な勇人が昨日の様な化物からアリスを護るためには必要なものだった。

 上の空で雲を眺めてしまった勇人をアリスはぼんやりと見つめる。アリスにとって、勇人は都合の良く近くに居た転生者である少年でしかなかった。いつからか辛辣な事を吐ける様な信頼関係を築いて、いつのまにか隣に居るのが当たり前になりつつあった。

 ふと思い出すのは、昨日の出来事。

 レイジングハートを構えたなのはと共闘する勇人を見て――苛ッとしたのを思い出した。逆胴を決めて暴走体を倒したんじゃないかって思った時は格好良く見えていた。そういえば、その瞬間は苛々していなかった気がする。そう形にならない心から漏れ出る感情の発露にもやもやした気分になるアリスは、勇人から視線を外して小さな溜息を吐いてミニハンバーグを口にした。勇人の弁当箱から、だ。

 

「……ん? って、アレ!? 俺のハンバーグが消えているだと!?」

「あら、先程から上の空でパクパク食べておりましてよ」

「そ、そうだったっけ……? でもまぁ、アリスが言うならそうなのか……」

「……ばか」

「何か言ったか?」

「いいえ、何でも無いわ」

「そっか」

「そうよ」

 

 小首を傾げる勇人とそっぽを向くアリスの姿は鈍感彼氏と恋する彼女のカップルにしか見えなかった。けれど、その二人を見ているのはなのはだけで、良い雰囲気だなぁとトマトをぷちっと食べていた。春が近付いてきた季節の涼しい風が温かい日溜りを撫でて去って行く。

 こんな平和が続けば良いのにな、と勇人は思う。冷えたのか耳の赤いそっぽを向いたアリスを見やって、勇人は表情を切り替える様に真剣なものへと変わる。

 

(俺はアリスを護る。この志は変わらない。なら、やれる事をやるだけだ)

 

 グッと右掌で拳を作った勇人は決意を誓った。誰よりもアリスの傍に居たいからこそ、手を伸ばし続けて何もかも掴み取ってやる、と燻る火種に炎を灯した。手始めに勇人はユーノへ精神通話を繋ぎ、魔法の訓練メニューを考えて欲しいと願い出る。

 そして、ユーノがトチって三人にも繋いだので秘密特訓は合同特訓へと変更されたというオチがあったが、勇人は強くなれるなら変わらないと羞恥心を胸の内にそっと仕舞い込んだ。


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