リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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無印24 「理想と現実、です?」

 眠りについた勇人を看病するアリスを部屋に残したシロノは私服姿で忍が待つリビングへと足を進める。ソファには笑ってない笑顔で腕を組んだ忍が微笑を浮かべるノエルとおろおろするファリンを後ろに待ち構えていた。宛ら勇者を待ち受ける魔王の様であり、放たれる威圧感は説教の時のそれと重なる。だが、忍の考えとは裏腹にシロノの顔は真剣なそれであり、普段の日溜りの様な印象が消え失せていた。

 

「忍さん。申し訳ありませんが今回の件は既に守秘義務が発生しているので、例え身内にも語る事はできません。ですが、魔法絡みの案件である故に執務官としての責務を果たす所存です」

「……そう、情報開示はどれ程までかしら?」

 

 冷徹の執務官の所以たる冷たい雰囲気を少しながら纏うシロノに合わせ、姉が弟を叱る様な説教を準備していた忍もまた月村家当主としての顔に切り替わる。忍の問いかけにシロノは数分の間で吟味した内容を語り始めた。

 一つ、魔力を濃縮した封印の解け掛けた青い宝石が危険物である事。

 二つ、今回の件は魔法絡みの案件の中でも危険に分類できるそれである事。

 三つ、既に負傷者が出てしまったために案件が終わるまで帰宅時間の約束は守れそうに無い事。

 四つ、この件に対しこれ以上伝える事は守秘義務及びプライバシーの保護に当たるため一存では不可能である事。

 以上の四件を忍に伝えたシロノは申し訳無さそうな表情で一礼し、事情聴取するため先程サーチャーにより覚醒を確認した勇人及びアリスの居る部屋へと戻った。その凛とした佇まいと風格から忍はどれだけシロノが厳しい世界に居たか知る事が出来た。守秘義務により愚痴として溢す事も出来ない案件を抱え、十三歳という年齢で黒き欲望が逆巻く世界を見続けている事を誰よりも感じる事が出来てしまった。それは、すずかにも隠している月村家当主としての役割がその様な世界に片足を突っ込むものだったからだろう。シロノがすずかに見せていた表情は本当に素だったのだと理解してしまうくらいに、今のシロノの表情は氷造の仮面にしか見えなかった。

 部屋へ辿り着いたシロノは中の様子をサーチャーで確認してからノックを三回、良い雰囲気だったらしい二人が慌てる様子に安堵しつつドアノブを回した。右腕を吊らせた安堵顔の勇人と傍らに座り赤面顔を背けるアリスを視界に入れたシロノはS2Uを起動し封絶結界を発動する。いきなりデバイスを出したため二人はギョッとしたが、他に聞かれて拙い内容だろうと短く紡いだシロノの言葉で納得の表情を見せた。

 

「……さて、今回の件は正直に言ってぼくも予想外だった。君たちはなのはちゃんと一緒に行動しているのでは無かったのか?」

「それは……、私が――」

「俺がジュエルシードの探索を勧めたんだ」

 

 アリスの言葉を遮った勇人の庇う様な分かり易い反応にシロノは内心で苦笑した。シロノは勇人がアリスに好意を抱いているのを知っているため、今の言葉は逆である証拠に成り得る内容だった。つまり、アリスがなのは不在の状態でジュエルシード探索に乗り出した、と言う事になる。驚いた様子でアリスが勇人を見ているのが良い証拠だった。

 嘆息したシロノはひらひらと手を振って冷徹の執務官としての仮面を取って雰囲気を霧散させた。勇人が恐らくその雰囲気のせいで警戒を促していたのだろうと察したからだ。そして、軟化した雰囲気にきょとんとする勇人にシロノは笑う。

 

「あー、勘違いしないで欲しいが、前に言った様にぼくは君らと敵対するつもりは無い。むしろ、影でこっそりとサポートするつもりだったんだ」

「は? あんたそんな事一言も言って無かっただろ」

「師匠が取った弟子を放逐するとでも思ったのかい? ぼくとしては逐一思考を止めずに考える環境を作っていただけだ。君らがぼくに対してどんな悪評や考えを持とうともそれが必要になると思っての事だよ。正直に言えば、今回の件はぼくとしちゃ自業自得のそれだ。そもそも、なのはちゃん無しで封印ができるのかい?」

「うぐっ、そ、それは……。ごめんなさい、無理でした」

「やはりね。だが、ぼくも若干読み違いをしていたから、すまない事をしたと思っている。君に貸したそれはなのはちゃんが居る状況を想定した力だ。ただの小学三年生が勝てる訳無いだろう。今回は勝ったがそれなりの代償を払っているんだ。死ぬ可能性もあったんだぞ?」

「……ご、ごもっともです」

「だからまぁ、ぼくとしては今回の件で水に流して欲しいのが本音だ。情報を止めていたのも要因の一つだしね。これからは転生者同士情報を共有する事にしよう」

 

 その言葉に過剰に反応したのは勇人だった。元を言えばこの世界についてシロノは勇人よりも先にチェックをかけていたのであって、ヒントを貰って思考を止めなかった勇人がショートカットして自覚したようなものだ。アリスは勇人の反応に首を傾げているので、きちんと理解しているのは男二人だけなのだろう。そして、この場には誰よりも空気が読めるシロノが居た。勇人の反応とアリスへの不安交じりの視線で殆ど察したシロノは先程よりも深い嘆息をして、これで貸し借り無しだ、と勇人に精神通話を送った。

 

「まぁ、これからについて、というよりもこの世界について少し分かった事がある。それは、この世界は『リリカルなのは』の世界と真の原作である『リリカルおもちゃ箱』の世界が混じった平行世界(パラレルワールド)だ、と言う事だね。ぼくの名前と言い、君らの名前からして察していたかもしれないが、この世界では“二つの原作に近い出来事が起きる確立が高い”ようだ。アリスちゃんが今生きていると言う事は親類か両親が亡くなった可能性がある。……だが、これについては回避しようの無いものだろう。この世界の歯車として転生者という存在があるのなら、転生者は物語の最後まで存在するのが基本ルールの筈だからね。幾ら自分を責めた所で何も変わりやしないだろうさ」

「……それじゃ、私はお母さんを殺してないの……?」

「“そうなるね”。言うなれば、筋書き通りだったんだ。恨むとするならば、この世界を造った神様や、戯れ目的で転生させた死神や、不手際で君を転生させた天使に恨むしか無いよ。もっとも、ぼくは出会ってない様だから居るかどうかはぼくは知らないけどね」

 

 シロノは勇人が懸念していただろうアリスの接触起爆式精神崩壊の要因であるトラウマを、両親又は親類が死ぬ事は第三者的存在により既に決定事項だったと言う嘘増し増しの内容で、接触する矛先を別方向へと向けさせたのだ。話が進むにつれて顔が強張る勇人と両親の辺りで雰囲気を暗くしたアリスの様子から爆弾のコードを切る事に成功させたシロノは内心で安堵の息を吐く。この手の精神誘導は執務官試験の一環にあり、誘導尋問や犯人への自供や自白を促すテクニックの一つだ。もっとも、シロノ的には一番苦手だった試験だったので、矛先を明後日の方向へ向けてくれた事に本当に安堵した。

 ぽろぽろと涙を溢して勇人に抱き付いて泣き始めたのをシロノは瞳を瞑る事で見なかった事にし、シロノの嘘で爆発までのリミットが延びた事に勇人は抱き付いてくるアリスを抱き締めながら良かったと笑みを浮かべる。精神は肉体に引っ張られる。そのため、中学生程に成長したアリスならこの問題に直視する事も出来るだろうというのが勇人の考えであり、それまでの時間を自分が稼いでみせると儚く感じるアリスを強く抱き締める。

 

「……ふぅ、ごめんなさいね。貴方は怪我してるって言うのに抱き付いて」

「いんや、構わねぇよ。俺がアリスの役に立てるなら本望ってもんだ」

「ふふっ、それなら無傷で私を護ってくれるくらいに強くなって貰わないと困るわね」

「ぐっ。い、いつか成ってみせらぁ」

 

 青春してんなーとシロノは普段自分のやっている事を棚に上げて思う。良い雰囲気で笑い合う二人は暫くしてから壁に寄り掛かっているシロノに気付いて、最初の時の様にお互いを意識してそっぽを向いてしまった。

 

(……こいつら体に精神が引っ張られ過ぎやしないか?)

 

 口から出掛かった言葉を飲み込みつつ、シロノはこの世界が平行世界(パラレルワールド)である事を仮定するとして、と違う言葉を語る。その内容に二人は頷いて、今回の件を思い出していた。そう、本来原作ではこの日はなのはが塾の無い日だった筈で、更には野良犬ではなくお散歩中の飼い主の居る飼い犬が一回りくらい大きくなって暴走する筈だった。シロノはS2Uから先程回収した二つのジュエルシードをアウトプットする。キラリと部屋の照明に輝く青い宝石にはⅤⅢとⅩⅥのシリアルナンバーが浮かんでいた。

 

「ぼくは昨日月村邸中庭に落ちていたのを回収した。だが、今日手に入れたものは本来怪鳥となる筈のシリアルナンバーのものだった。そして、発動場所は河川敷で対象はイモリ。そして、今回は飼い犬では無かった様だし、乖離している世界であると実証を持てた」

「……つまり、アニメの設定以外にも他の設定を含んでいるから物語が破綻している、って事かしら」

「そうなるね。もしかすると、居るか分からない神様からの手からも離れている可能性もある。そして、フェイト側にも転生者が居る事を仮定していたからこそ、ぼくは表舞台に出るつもりは無かったんだ。転生者全てが善人である事は人類が全て善人である事と同じくらいに在り得ないだろう。殺してでも奪い取る、だなんて頭がイカレているフェイトになる様に洗脳しているかもしれないし、はたまたフェイトを誘拐して監禁しているぶっ飛んだ考えをしているかもしれない。まぁその逆も然り、だけどね。……この世界がアニメとゲームの混じる世界であると楽観視していたぼくが言えた事じゃないが二人に協力して欲しいと思っている。もしかすると、一般人に被害が出るかもしれない事態に陥るかもしれない。アースラはぼくがクロノ経由で呼べるし、最悪民間協力者として参加する勇人君に手柄を任せれば問題無いからね」

「……なぁ、一つだけ聞いて良いか」

「なんだい?」

「あんたの言葉から常に最悪の事態を想定して、それが最善ってのが分かるんだ。でも、あんたが何処か保身に走っている節があるのは気のせいか?」

 

 勇人の真剣な眼差しが突き刺さり、瞳を閉じたシロノは転生者の一人という立場から、冷徹の執務官であるシロノ・ハーヴェイへと瞳を開いて切り替わる。その生身の刀の様な冷たい雰囲気に二人はゾクリと背筋を凍らせる。だが、シロノはそれを知った上で口を開く。語る言葉が全てだ、と言う様に。

 

「……そうだね。ぼくの信条は目の前の誰かを救いたいの一言に尽きる。そのために執務官という立ち位置は必要不可欠なものだった。更に加えれば、陸の、という肩書きが一番大事なんだ。海と陸の不仲によって起きるくだらない諍いを潰すのが目的だ。そのためにはタイミングを待たないといけない。ぼくとクロノがそれなりの地位に立ち、尚且つぼくが上層部の腐った根を断ち切る場所に居続けなくちゃならない。多忙過ぎて見失いそうになっていたけどね、背中を押してくれる人が居た。だから、ぼくはこれ以上選択を間違えちゃならないんだ。……それに、ぼくが執務官を止めたら密売や違法研究によって犠牲になる子供や被害者を救えなくなる。必要だと思われる三ヶ月休暇でさえ、今のぼくには色々と耐え難い時間なんだ。……もっともそれが免罪符になるとは思ってないけどね。実際ここ最近は日和っていたからね」

 

 両腕を上げて脱力する様に嘆息したシロノを見て二人は呆けていた。それは、同じ転生者という立場でこの世界に地に足を付けて目標に向かって生きているシロノの燻っていた魂が輝き始めた瞬間だったからだ。第三者に打ち明ける事でより強く意識する事になった、誰もが馬鹿げていると笑う平和を求める姿を実現させようとする気概に、文字通り度肝を抜かれたからだ。

 

「……さて、取り合えずぼくはクロノに連絡してくるよ。ゆっくりと考えると良い。日常へ戻るか、非日常へと飛び込むか。勇人君に書いて貰ったアレは今回の謝罪として破棄しておくよ。そのデバイスも持っていってくれて構わない。悔いの無い選択をすると良い。それじゃ、お大事に」

 

 S2Uを振って結界を解除したシロノは待機状態に戻してから、振り向く事もせずに部屋から出て行った。その背中を二人は見送る事しか出来なかった。そのあまりにも遠い背中へ、追い付く事すらも頭から抜けてしまう程に圧倒されてしまったから。


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