リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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無印26 「剣と槍再び、です?」

 なんで自分は此処にいるんだろうか、とシロノは高町家の道場で向かい合う恭也を視界に入れながら思う。事の発端は昨日の件についてだった。翌日、ジュエルシード探索に向かおうとした際にばったりと、否、待ち伏せていてタイミングが良すぎる恭也と出会い、模擬戦をしようと有無を言わさず気迫で迫られたのだ。探索を優先するとシロノが言えば、本当に任せて良いものかと恭也は挑発。正直、その手の経験は腐る程あったシロノはしれっと流そうとしたが、恭也は忍から万が一にと託されていた伝家の宝刀を抜いたのだった。

 

「何も出来ずに負けたお前が何ができると言うんだ」

「……何処でやればいいんですか?」

「こっちだ」

 

 そう、シロノは根っからの武術精神を持つ人物であり、自分を負かした恭也に実力不足を指摘されれば受けざるを得ない。恭也は好ましくない台詞に内心躊躇いがあったが、実際シロノには効果覿面だった様でリターンマッチに乗る気概を見せた。内心ちょろいと思いつつも武を誇りにする姿勢に感心していた恭也の案内でほいほいとシロノは道場まで連れて来られたのだった。

 得物は先日と同じで木刀と木槍。距離は三メートル。違うとすればシロノが爆発的な成長を遂げている事に尽きるだろう。だが、武術的視線から見れば技法と技能に関しても恭也がリードしており、シロノは肉体面でのテコ入れとも言える夜の一族もどき化ぐらいしかしていない。しかし、シロノの戦術的にはそれだけでも十分な支援とも言えた。

 回避からカウンターの流れを主流にしているシロノにとって、握力と体力の強化は炭とダイアモンドくらいの変貌を見せている。恭也とて佇まいと歩き方や筋肉の動き方からシロノの成長を見抜いていた。けれど、見抜けたのは以前よりかは強いだろう、という程度のものであるため少し慢心を持つ事となるきっかけとなった。だが、その程度で勝てる程小太刀二刀流護神術の剣術家は甘くは無いと知っている。シロノは手元の木槍の具合を確かめてから相対する恭也に意識を向けた。

 

「さて、最近なのはが何かを探しに出かけている様なのだが知っているか」

「…………そ、そうきますか。案外卑怯ですね恭也さん。いや、入れ知恵ですかね。となると、忍さんですね……」

「すまないな。説教の代わりという奴らしい。まぁ、俺としても槍使いとの模擬戦は良い経験になるからな。一石二鳥という奴だ。諦めろ」

「はぁ、ぼくとしても武術の先輩である恭也さんとの模擬戦は嬉しいですよ。……純粋な戦いであれば、ですが」

「ふっ、ならば俺を倒してやるぐらいの気概を見せてみろ」

「言われなくともそのつもりですよ。此度は一撃は入れてみせます」

「……良い目だ。では、始めようか」

 

 先日の様に脇構えの姿勢で木刀を半身にして構えた恭也に対し、シロノは先日は見せなかった一面を露見させる。前回は意識を戦闘に切り替えただけだったが、此度は執務官の仮面を被った上で更に意識を切り替えた。それに反応した恭也から練り上げられる螺旋の様な覇気が滲み出る。シロノは無を瞳に写す様に一種のトランスへ入り、全てを凍て付かせる様な覇気が解き放たれた。

 その一瞬の代わり様に恭也は思う。前回は父である士郎の気当たりを受けていて無意識ながら冷静を欠いた状態で模擬戦を行っていたのだろうと推測する。つまり、今目の前に突きの姿勢で構えるシロノこそが本来の姿、闘争に興じる剥き出しの獣の姿なのだと理解した。

 背筋が震えるのは一種の武者震い。冷たい空気に振るわせたのではなく、近年では当たり得ない強者との戦いに恭也は心を奮わせた。

 

「行きます」

 

 その短い始まりの声によって戦いの火蓋が貫かれた。ゆるりとした足の構えから刹那で放たれた突きは一瞬だけ消える様に見えた。つまり、常人よりも視力の良い恭也でさえも捉え切れない速度で放たれたのだろう。否と恭也は加速する思考の中で見抜く。緩急という人間の性質を突いた技法で見失わされた突きの一撃だと言う事を。辛うじて胸を突く切っ先を避けた恭也はギアを二段階即座に上げた。

 円状の足捌きの技能によりゆらりと蜃気楼の如くブレるシロノの姿に恭也は度肝を抜かれた。その境地まで辿り着くために必要だった筋力を得たシロノの実力は一段階と言わず二段階は上がっていたのだ。言うなれば、恭也が立つ地に足を一歩だけ踏み入れたと言って過言では無かった。

 陽炎の様に揺れながら緩急という技法を取り入れたシロノの突きは視認するのが難しい。なまじ下地があったせいで恭也という強者と戦う事で成長を遂げたと言っても良い。恭也の鋭い一閃をバトンの様に回して流したシロノのカウンターを紙一重で避けるという前回とは真逆な展開が繰り広げられていた。それは、恭也が様子見という勢いを無くす腹積もりだったからこそ陥った不利な状況であった。

 ニィッと美由希と戦う時とは違う臨場感に燃え始めた恭也はギアと共に速度を上げた。御神流の徹という技術を混ぜて握力を潰す様な重い一撃を放ち、突きの体勢に入れぬ様に怒涛の速度で切り込む。その恭也の姿を美由希が見ていたのなら大人気無いと素直に思ってしまう程に痛烈だった。だが、的の中心を射る矢の如く刺突を放ち、当たる一撃を流して行くシロノの姿は別人と思わせる程の成長の姿があった。

 男子三日会わざれば刮目して見よと言わんばかりの四日という短期間での急成長に恭也は笑みが止まらない。バトルジャンキーである恭也からすれば、シロノはライバルとまではいかないが戦り合いたい一人にカウントできる実力を持つと認める相手だった。ならば、と使っていなかった技法の一つを解き放つ。

 恭也の斜め下からの斬撃に切っ先を当てて軌道を潰そうとしたシロノは、集中力が解けそうになる程の一撃を顎に貰ってしまった。意識が飛びそうになる中でシロノは第一サブを使って今の現象について思考する。夜の一族もどき化したシロノの鋭敏な空間把握力と微細な動きが出来る様になった筋力によって今の一撃は先程と同じく弾ける筈だった。しかし、切っ先が当たる寸前に木刀の切っ先が数ミリ単位でズレた事で強烈な一撃を貰ったという結果が残った。

 

(……まさか、今までの打ち合いで太刀筋を見切ったのか!? 恭也さんはマルチタスクができない筈なのに、同時進行で見切るだなんて非常識も大概にしろっ!!)

 

 お互いに一般人からすれば非常識極まりないのだがシロノはそんな事を棚に上げて憤慨するかの如く内心で毒吐く。蹈鞴を踏んでから距離が離れている事を再確認して律儀に獰猛な笑みのまま構えている恭也を視界に入れた。僅かに視界が揺れているのを微動だにしないポーカーフェイスで隠しつつ、シロノはならばと薙刀を持つ様に木槍を持ち替えた。

 それを見た恭也はシロノの状況判断力の良さに感心し、文字通り叩けば伸びる逸材だなと評価を上げる。そもそも、四日でここまで渡り合える様になった時点で合格点は既に越えていたが、自前の闘争本能により模擬戦を続行する恭也は正に戦闘狂極まりない。

 太刀筋を見切られたのならばその太刀筋を変えてやるとシロノは左足を踏み込み、まるで小さな竜巻の如く螺旋状に木槍を振るう。防戦にして難攻不落の防御の型から、竜巻に巻き込んだ全てを切り裂く様な攻撃の型へと切り替わったシロノに恭也は木刀を振るうが、強靭な腰の回転から生まれる発条を遠心力も加えて徐々に加速する乱撃に手が出せない。シロノが回転中に背中を見せた時や振り終えた瞬間を狙うが、シロノのそれは回避の技法の延長線上のそれであるため、オアシスに近付いた途端に遠くへ行っているかの様な錯覚を覚える。

 先程御神流の奥義の一つである貫を使って見せた恭也であるが、その貫を使う前提条件は相手の太刀筋を見切っている事であり、刹那的にズラすという神業めいた奥義なのだ。そして、目の前のシロノは太刀筋を見切られていると一合で見切り返し、剰え戦闘方法を切り替えるという時間を与えた恭也でさえ驚く事をしでかしてくれた。しかも、一撃一撃に腰と体重が乗っていて凄まじく重いのも加点の一つだろう。左右何方かの回転を軸とするため来る方向を上横下の三方向に絞れるが、此方が攻撃を放っても木槍のリーチギリギリから放っているために若干の距離があり、少し足を捌くだけで避けられてしまうのだ。そして、押して返す波の如く足を踏み込めばぐんっとリーチが伸びて恭也の服に掠らせる始末だ。

 もし、もしもシロノが恭也と同じ背丈になって基本のリーチが伸びた状態だったらどうなるだろうか。防御の型は陽炎の如く、攻撃の型は竜巻の如く。攻防一体の悉くを避け続け烈風の如く怒涛の乱撃を放つ武術家へと成長を遂げるに違いない。そんなシロノと戦ってみたいと恭也は歓喜の笑みを浮かべ続ける。だからこそ、手向けとばかりに御神流の技の奥義を開放する。

 ふっと視界から恭也が消えたと思ったらボディブロウの如く鋭く木刀の側面がシロノの腹を捉えていた。ほんの刹那の一撃にシロノは時が動き出したかの如く道場の壁に叩きつけられる。その様子を残心を残して額に汗を一筋流した恭也が見送った。

 御神流奥義――神速。脳のリミッターを数秒まで外し、常人から人外の域へと達する刹那の奥義である。過剰なまでの集中力を必要とするこの奥義は体への負担が大きいため滅多に使わないものだ。しかし、今のシロノならば良いだろう、と恭也が本気を一瞬出したのだった。正直に言えば、恭也からすればシロノの発展した技法により生み出された戦術を真正面から叩き潰す事はできた。しかし、今回の模擬戦の意味は実力把握だ。そのため、より多くシロノの技を出させる事が目的となる。もっとも、最後になるまで恭也は戦いを楽しんでいたのだが、見抜ける観客が居ないので問題は無いだろう。

 ぐったりと壁の染みの如く倒れたシロノに気付いた恭也は近付いて脈を取り、問題が無い事を確認して気絶している現状にやれやれと言った具合に肩を竦めた。数時間程で目が覚めたシロノはやけに痛む後頭部を擦りながら道場の端で寝かされていた事を把握した。

 

「あー……、何だあれ。瞬間移動か何かか……? 頭が痛いのは倒れた時だろうし、となると一撃は腹部に喰らったのか。アレを凌げる気がしないな……」

 

 誰も居ない道場でぼやきつつシロノはぐっと腕を伸ばして硬い床で寝ていて不調になった体の調子を戻して行く。シロノは今妙手と呼ばれる達人と弟子の間に存在する時期へと足を踏み入れたが、より先を行く恭也に此度もまた一撃を入れる事ができなかった。だが、掠らせる事はできた。ほんの少し前へ進んだ事にシロノは不敵に笑みを浮かべる。この場になのはが居たら「お兄ちゃんと同じ顔なの……」と遠い目で見られるに違いない表情で。


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