リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

27 / 50
無印27 「家族という温もり、です?」

 痛む頭と腹部にシロノが呻いて寝ていた頃、高町家の良心にして癒しを振りまく純白な天使こと高町なのははユーノを肩に乗せて、ジュエルシードの探索をしていた。事の切欠は先日、勇人が暴走体と戦っているという事を精神通話でアリスから塾の中で聞いた時はさーっと青褪めた時の気持ちからだ。早退しようと慌てて準備をしようとしたら、再びアリスからシロノによって間一髪の所を救われたという報告が来て脱力した。数分と経たずに解決したシロノに魔導師としての尊敬とやっぱり良い人だったんだという安堵感で、何やらそわそわしているすずかを一瞥して溜息を吐いた。

 自分にできる事をできる人になりなさい、という父の教えを真っ直ぐに受け取ったなのはは、唯一人の家で寂しさを良い子という仮面で隠し切った経緯がある歪な少女だった。けれど、正義感の強い兄の背を見て、そんな兄を追う姉を見て、なのはは曲がる事はしなかった。いや、出来なかった。既に誰も見られずに曲がってしまっていて、歪に真っ直ぐに愚直に進んでいたのだから。

 アリサとすずかという友人が出来た時もそうだった。カチューシャを取られて泣いているすずかと表情をやや戸惑わせつつもやけくそ気味のアリサの姿を見て、なのはは後ろからすっとカチューシャを抜き取ってからアリサを羽交い絞めにしたのだった。「ひゃあっ!?」と可愛らしい声で驚いたアリサを見てすずかが笑い、臨界点を越えたアリサが暴れ出して紅茶を買っていたアリスに止められた。

 何事も真っ直ぐにぶつかるなのはは妥協や諦めが嫌いだった。それは、自己暗示に似た脅迫概念の様なものだ。良い子で在り続ける事が自分のできる最善だと勘違いして生きてきた。それは誰にも気付かれずに、何時の間にか自身でさえ分からなくなるぐらいに影へ落ちていった。

 敏感な感覚でジュエルシードが魔力を膨れ上がる波動を感じたなのはが駆け付けた先は、自然公園から少し離れた場所にある雑木林の中。黒い紋様と白い紋様が混ざるキメラの様な暴走体となった猫だったと思われる翼が生えた虎と対峙した。ユーノが広域結界を展開し、レイジングハートを一振りして制服を模した純白のバリアジャケットに身を包んだ。両手でレイジングハートを握り締め、いざバトル、と言った具合の時だった。

 

「サンダー・スマッシャーッ!!」

 

 ――金色の閃光が虚空を迸った。

 可愛いと綺麗の間の凛とした鈴音の様な声と共に放たれた魔力の雷がなのはの視界を焼く。弾ける様に拡散した雷は不意を撃たれてキメラを呑み込む。キンッと封印付与がされた先程の砲撃によってジュエルシードを吐き出した。そして、目をぱちくりさせていたなのはの前に黒いレオタードに白いフリルの付いた黒い外套型のバリアジャケットで体を包む金髪のツインテールの少女が降り立った。その光景はまるで女神が降臨したかの様な幻想的な瞬間に見えた。絵画に残して置けそうな綺麗な横顔になのはは見蕩れる様に動きを止めてしまう。少女はジュエルシードを黒い戦斧槍型のデバイスに仕舞い込み、辺りの被害を確かめるために周辺を見渡した。

 

「……あ」

 

 目が合ってしまった二人はどうしたものかと見つめ合いながら内心でわたわたと慌てていた。地面に降りた少女の行動を封切りになのははレイジングハートを抱き締める様にしながら恐る恐ると言った様子で近付く。金髪の少女もまた律儀というか根が真面目と言うか同じく近寄る。そして、五十センチ程まで近付いた二人はハッとお互いに近付き過ぎた事に気付いて止まる。

 生まれた沈黙に二人は口を閉じてしまう。数秒、数分と流れて行く様な感覚に二人はフリーズしたパソコンの様に固まっていた。

 

「えっと」

「あの」

「そ、そっちから……」

「いえ、そちらから……」

 

 再び、沈黙。残念ながら何方も譲り合い精神があった様でどうぞどうぞと譲り合う。暫くそんな茶番めいた遣り取りをして、意を決した様に金髪の少女がふっと息を吸って吐いてからなのはに口を開いた。

 

「もしかして、管理局の方ですか?」

「ふぇ? えっと……、違います?」

「……あれ?」

「その、私はユーノ君のお手伝いでジュエルシードを集めてる民間協力者? っていう感じです」

「あ、そうなんですか。私はお母さんの療養の地の近くに危ない物が落ちたから回収してました」

「そうだったんだ……。目的は同じみたいですね」

「ふふっ、そうみたいですね」

 

 少女の柔らかい微笑みにつられたなのはもにゃははと微笑みを返す。二人は殆ど無かった警戒を解いてバリアジャケットを解除した。すとんと少女は黒いワンピース姿に、なのははオレンジ色の上着と赤いスカートという私服姿へと戻る。ジュエルシードによって暴れようとしていた虎模様の猫はにゃあと言って森の奥へ逃げてしまった。フェイト・テスタロッサと名乗った少女と共に、自然公園のベンチに座ったなのははユーノの存在を素で忘れてお喋りをしていた。

 

「へぇ、フェイトちゃんも双子のお姉ちゃんが居るんだ」

「うん。母さんが言うにはこの前まで植物状態だったみたいなんだけど、そんな風に見えないくらい元気な姉さんなんだ」

「そっか……。私のお姉ちゃんは私と違って運動が得意なの。この前もお兄ちゃんと猛禽類みたいな瞳で模擬戦して楽しんでたくらいに」

「えっと、す、凄く元気なんだね」

「うん、そうなの」

 

 ほのぼのとした雰囲気でなのはとフェイトは微笑む。ぽかぽかとした陽気な自然公園の風も相まって和み度数が上がって行く。近くに居た猫の話やコンビニで美味しかった肉まんの話、商店街で御使いを褒められて驚いた等の世間話に花を咲かせる。あははにゃははと微笑み合う二人の姿は微笑ましい光景だった。もっとも、その光景を遠目で疎外感を感じながら見つめるユーノの円らな瞳があったのだが、二人はそもそも眼中に入ってすら居ない様でお腹が空いてくる時間まで楽しくお喋りを続けていた。

 

「……イトー。フェイトー! 何処に居るんだいー!」

 

 迷子になった子供を捜すような口調で声を張り上げる橙色の長い髪を揺らす臍だしルックの活発そうな女性の姿がなのはの視界に入った。その声にハッと気付く様にフェイトは振り向いて、さーっと青褪めて少し離れた時計台を見て「連絡忘れてた」と呟いた。フェイトの名前を呼んで探していた女性はベンチに座る金髪という特徴的な背中を見つけて近寄った。

 

「フェイトッ! 大丈夫だったかい!?」

「あ、アルフ……。ご、ごめんなさい!!」

 

 心配して近付いて突然謝られたアルフはきょとんと目を丸くした。フェイトが頭を下げた事で後ろに居たなのはと目が合い、お喋りしていて時間を忘れて序でに連絡も忘れていたのだと察した。おろおろした様子で語り始めたフェイトの説明で推測が正解だった事を呆れたアルフは嘆息してからわしゃわしゃとフェイトの頭を撫でた。

 

「まったく……、でもまぁ、新しいお友達が出来たようだしあたしの説教は無しにしとくよ」

「ごめんね、アルフ」

「あはは、大丈夫。リニスが代わりに説教してくれるだろうからさ」

「あぅぅぅ……」

「にゃ、にゃははは……。どんまいフェイトちゃん」

「うん……、でも心配させたのは悪いと思ってるから大丈夫……」

 

 家に帰ってから叱られる事を幻視したフェイトはへんにゃりと項垂れた。その様子になのはも苦笑する事しかできず、アルフに至っては笑っていた。なのははその二人の在り方に良いなと小さな波紋を心に浮かべた。なのはには確かにその様に心配や笑顔を向けてくれる人たちが居る。けれど、その大半は友人のアリサとすずかだった。家族に心配されたのは魔法の力を受け取ったあの日の晩くらいで、それ以外は心に残っている様な出来事は無かった。

 良い子として生きてきた弊害がなのはの心を揺さぶる。目の前の家族という在り方に嫉妬してしまう。愛されているとは思う。けれど、その愛は何処か遠くて、まるで目の前の誰かに与える筈だったそれのおこぼれを貰ったかの様な感覚だった。高町なのはは良い子である事を貫いて、歪に曲がりながら真っ直ぐに進んでしまっていた。だからこそ、目を離していた時に曲がったそれを誰も見つける事が出来なかった。自身の感情を良い子という蓋をして隠していた頃に漸く目を向けられたのだから。

 その直視すればゾッとする様な感情に無意識に蓋をしてなのはは笑みを作る。誰にもバレなければ誰もが自分を良い子として褒めてくれるから。褒めて、自分を見てくれるから。

 

『君が必要なんだッ!!』

 

 そうユーノと出会った時の言葉を不意に思い出す。あの時、本当に必要だったのはなのはの魔力の才能であったが、それでもユーノはそれを行使する勇気を持ったなのはを確かに求めてくれた。初めてだった。これが今もユーノを手伝う理由であり、アイデンティティとなった魔法を手放さない理由だった。シロノという人物を知った時になのはは内心焦った。自分の居場所が取られてしまうのではないか、と怖くなった。まるで雨に打たれて緩くなった地盤の様に足元が崩れ落ちるかと思った。

 けれど、そのシロノは前に現れなかった。まるで、自分の居場所を認めてくれたかの様に。決してそんな甘い考えではないと、肯定し切れない思いを抱えながらもなのはは確かに喜んだ。

 ――これでわたしを見てくれる。

 だから、なのはは頑張った。けれど、崩れ落ちるのも早かった。アリスたちと別れて塾の授業を受けている間の出来事。勇人が負傷し、シロノが介入した事実をユーノから聞いてなのはは折れ掛けた。自分だけを護っていたなのはに、他人を護るだけの余裕は無かったという事実が圧し掛かる。もしも、シロノがその場に来なければ勇人は、友人は死んでいただろう。そんな自己嫌悪と罪悪感を感じてしまった。今日もジュエルシードを探索していたのは罪滅ぼしの様なものだった。早く、直ぐにジュエルシードを集め切って平和を、と。そしたら、ほら。平和を与えてくれたなのはに誰もが褒めてくれて、寂しい思いをしなくなる。

 

「仲良しさんなんだね」

「うん、家族だから」

 

 そのフェイトの言葉が何よりもなのはの心を穿った。良い子になるために心配を掛けさせる事を拒否するなのはだからこそ、その言葉はとてもとても痛かった。ズキンと疼く胸を自然な動作で手を当てる仕草で隠したなのはは「そっか」と返した。自分が求めていたものを持つフェイトが、とても羨ましく思えた。それからなのはとフェイトはアルフの付き合いの下で翠屋で夕方までお喋りを沢山した。けれど、フェイトとアルフを見送った後もなのはの胸の痛みは取れる事は無かった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告