リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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無印29 「泥棒猫、です!」

 裏山の魔力反応を感知してから一週間が経つ。けれど、未だにジュエルシードの数はなのはが回収した三つ、フェイトの二つ、シロノの四つ、という結果だった。封印の解け掛けと環境に差異があるため発見が容易で無いのだ。四日前に右腕を完治した勇人は朝と夜にシロノの訓練を受けていて、その間にアリスとすずかが自主練習という形で鍛錬を行っており、たまにユーノとフェイトに鍛えられているなのはが参加したりと、案外暢気な生活を送っていた。

 土曜日という休日のお昼頃、シロノはぼんやりと中庭の椅子の上で空を見上げていた。心と頭の中を空っぽにして脱力するリラックス法らしく、これが地味に気に入ってしまったシロノはよくこうして黄昏と項垂れの間を行き来していた。ゆっくりと動いて行く雲を見送り、青い空の深さに没頭し、日の温かさにぽかぽかと眠気を誘われるという最高の環境であった。微睡みという一番心地の良い瞬間を長々と享受するシロノの姿は気の抜けた炭酸飲料の如くである。

 そんなシロノを部屋から見ていたアリアはその様になっている背中にふふっと笑みを作る。中庭だけでなく屋敷全体に解き放たれた猫たちに紛れ込んだアリアは後ろから近付いて驚かしてやろうと画策していたのだ。驚く顔を脳裏に浮かべたアリアはそろりそろりと近付いて――隣をしれっと通り越した影を見やった。

 群青色のワンピースに身を包んだすずかがちらっと横からシロノの様子を見てから、ぽふっと膝の上に座ってだらりと伸びていた腕を前に回してむふぅと満足げに笑みを作った。その顔に何処か胸の奥が苛ッと来たアリアはすずかを睨み付ける。

 

(そこは私の場所なのに……ッ!!)

 

 何時の間にかグレアムの膝よりも甘美な場所となっていたシロノの膝を取られて少し不貞腐れたアリアはくるりと踵を変えそうとした。だが、後ろ髪を引かれる思いが働いたのか尻尾が椅子に巻きついていて離れるのに少し遅れてしまった。真上から聞こえる会話を聞いてしまうのも仕方が無いと開き直ってアリアは座り込んでシロノとすずかの会話をピンと立った耳で聞くのだった。

 

「ねぇシロノさん」

「んー?」

「そういえばわたしシロノさんの事あんまり知らないなって思いまして」

(ふん、シロノの事は私の方が知ってるわよ……)

「だから、お話しましょう」

「ふむ、それも良いかもね……」

「初恋の相手は誰でしたか?」

「ぶはっ!?」

(えぇ!?)

 

 最近どうよ、と言わんばかりにしれっと話題を振ってきたすずかの言葉にシロノだけならずアリアも戸惑った。アリアからすればどうしてこの場を離れなかったのかというきゅぅと胸を締め付ける何かと、聞いてみたい知りたいという期待感が競合いを始める。だが、期待感の倍率ドンッと言わんばかりの圧勝でその場に踏み止まるアリアの頬は若干朱に染まっていた。もっとも、猫の素体なので全く持って分からないが。

 シロノはすずかの言葉に「え、えーっと」と言葉を濁したり違う話題へ移そうと頭を働かせるが、振り向いたすずかの有無を言わさない純粋無垢な瞳に見つめられて陥落した。背中を凭れてがっくりと腹を決めざるを得なかったシロノはぼそりと呟いた。

 

「……リーゼアリア・グレアム」

 

 その言葉に誰よりも反応したのは椅子の下に居た本人である。完全に硬直しシロノの言葉をリピートしてしまう。シロノが言うリーゼアリアさんとは誰だっただろうか、と考えてしまう程に良い意味でショックを受けた。そして、段々と考えを咀嚼して「もしかして本当に……」とアリアは顔を真っ赤にして俯いた。恥ずかしくて尻尾が丸くなり、胸の奥から溢れてくるような感覚に悶えた。シロノは恥ずかしそうに頬を染めて頭を掻いた。

 

「第一印象は色々とアレだったけど、暫くして右も左も分からない環境でぼくの愚痴を聞いてくれる良い人だなって思って……。いつしか孤立無援の四面楚歌な環境に居た頃の清涼剤だったんだ。もっとも、ぼくの初恋はその本人に砕かれたんだけどさ。微笑浮かべて坊やには興味が無いわって言われたし……」

 

 過去の年上の出来るお姉さん風を吹かす自分に言ってやりたい。それは逆効果だ、と。当時、その言葉と笑みで自分の年齢を振り返って落胆したシロノが、アリアとの接し方を近所のお姉さんから頼れる先輩にチェンジした瞬間の事である。何とも言えない擦れ違いにアリアはがっくりと肩を落とした。けれど、初恋の人物という確かな事実が震える四肢に力を入れてくれていた。

 

「まぁ、今じゃ背中を任せられる人って感じかな。局員の中で師匠の次に信用と信頼してる。四歳下の彼女が出来たって言ったら笑われるだろうなぁ……。それでもアリアさんは――」

 

 下で唖然としてます、とは流石にアリアは口に出せなかった。つまり、先程からシロノの膝を、アリアの定位置を奪った少女こそがその話題の人物であると崩れ落ちそうなアリアでも分かる。執務官として働くシロノと定期的に時間を見つけてアリアは出会っていた。そして段々と凍って行く表情を溶かそうとしようと考えていた色々な事が、グレアムのお願いで地球に行かねばならなかったのもあってご破算になったショックにアリアは打ちひしがれる。恨むぞお父様、という感情が精神リンクに乗って執務中だったグレアムを「ふぁっ!?」と驚かせるがアリアは動じない。因みに片割れであるロッテも感情を拾ってビクンと背筋を凍らせたらしいが余談である。

 

「――たまに見せる可愛い一面が、こう、良くてね。だから、いつかグレアム提督に頼み込んでアリアさんを癒し担当として補佐に出来たら良いなって思ってるんだけど……って。すずか?」

 

 大変嬉しそうに長々とアリアの良さを語るシロノに嫉妬心を揺さぶられたすずかから黒い波動が波打つ。若干黒っぽい紫色なので恐らくすずかから溢れた魔力の余波なのだろう。何かやばいと流石に空気を読めるシロノは原因を考えるが嫉妬という単語が出てこなかった。そう、シロノは他人の感情に機敏ではあるがその内容までは読み取れない。特に、笑いながら目が笑ってない人物への対処なんて知りようも無かった。

 

「ふふふ……、そっかー。リーゼアリアさんって言うんだ……、ふふふ……ッ!!」

 

 数分程褒めちぎりっ放しのその人物に対しすずかはかなり嫉妬していた。そして、いつか出会ったら言ってやりたいと思っている。「この人が私の自慢の夫です」という絶対にして究極の一撃を。椅子の下に居たトリップ中のアリアはゾクリと悪寒に背筋を跳ねさせて正気に戻る。「わ、私が可愛いだなんてシロノったら……♪」とかなり上機嫌だったアリアは今度食事に誘ってそれとなく誘導してみようと決意した。正妻の位置はくれてやるが、相棒という名の愛人の居場所をぐうの音も出ないくらいに勝ち取ってみせると。

 地味に乙女に板挟みになっているシロノは嫌な予感と共に、何処か良い事がありそうな予感を感じていた。複雑として混沌とした形容し難い内容ではあるが、ハイライトを消してトリップしてしまっているすずかからそれと無く視線を外して空を仰いだ。ジュエルシードも集まっていないのに何故か変なフラグが立ってしまった様な気がしてままならない。外出して家に何かを忘れてしまったかの様な不安が過ぎってしまう。

 そんなカオス極まりない状況をソファに座って紅茶を飲んでいた忍がくすくすと笑う。本当に仲の良い二人と一匹だな、と。シロノに関して甘えたがる一匹の猫の模様は特徴的なので覚えてしまっているし、すずかに関しては超監督撮影係ファリンによって編集されたビデオがあるので言わずもがな。若くして色々な壁にぶち当たりそうなシロノに幸あれとほくそ笑む。

 同時刻、道場で小太刀を振っていた恭也が悪寒で背筋を凍らせて辺りを見回したのは余談である。

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