リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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3 「テンプレな展開、です?」

「凄いわね、地球上の物質では在り得ない硬度と柔らかさを重ね持っているわ。恭也が違和感を持ったのにも頷けるわね」

「そんなに凄いのか? 見た目は普通の服にしか見えないぞ」

 

 海鳴市の一角に存在する月村家の屋敷の部屋で当主である月村忍は、マッドな笑みを浮かべてモニターに移るデータに興奮していた。そんな恋人を見る高町恭也は苦笑しつつも、今もベッドで気絶している少年の正体を疑う。疑わざるを得なかった。

 恭也たちがすずかの携帯を乗せたダミーの車を見つけ一網打尽にしたのは良いが、肝心のすずかが街外れの廃ビルに運ばれたというのを尋問して発覚し、その時点で既に十数分経ってしまっていた。そのため、最悪の場合を頭に置いて向かった廃ビルで一階と二階に誰かに制圧された様子を見て首を傾げ、更には倒れている巨漢の男と安二郎を見つけた後に視界に入ったすずかを抱き締める少年に驚いた。

 本来ならば少年に礼を言う立場であるが、この制圧は普通の少年に出来るものではない。他の刺客という選択肢を入れて先が潰れた飛針を放ったがこれを回避、そして戦闘に移行しかけた時にすずかが前に屈んだ少年の首に腕を回して抱き付いたのだ。夜の一族でもその血の濃いすずかは小さな体とはアンバランスな身体能力を有しているため無意識に力を入れた場合大変な事になる。そして、目の前で「うぎゅっ!?」と明らかに想定外の出来事に少年も絶句していたが、その隙を逃す御神流剣士ではない。肋骨から外れた場所に小太刀の切っ先を当て、簡易的な尋問をしようとした際に安二郎の援軍かと尋ねた少年がすずかに危害を加える輩ではないと確信した。が、まさかすずかに首を絞められ気絶するとは思わなかった。背中から倒れた少年はすずかを護る様に気絶していて、恭也は溜息を吐いて合流した忍たちと一緒に少年を連れて屋敷へ戻ったのだった。

 安二郎一派は忍の叔母である綺堂さくらにより色々とコテンパンに処理されたらしく、氷村遊は既に成敗されているため表立った者からの月村家への襲撃は収まったと言っても過言では無い。

 そして、残った最後の問題がこの少年であった。群青色の髪をうなじで束ねただけの中学生程の身長の少年。目が覚めたすずか曰く颯爽と現れたお巡りさんという若干耳を疑う内容だった。自分で騎士ではなくお巡りさんだと言ったらしく、すずかは自分を助けてくれたとっても格好良い人という好印象だった。

 恭也からすれば礼を言うのが筋であるが、続々と発見される少年の異常な点が素直に礼が言えない状況だった。意図不明の黒いカード型機械や防刃に優れ防弾にも長ける地球外素材の衣服。そして、裏を征する夜の一族が一つ月村家の情報力でさえも少年の戸籍が見つからないのだ。財布には日本円が数万入っていただけで身分を証明するようなものは無かった。

 

「……まぁ、目が覚めた様だし本人に聞きましょうか」

「そうだな」

 

 月村家のメイドであるノエル・K・エーアリヒカイトという自動人形に連れられて来た少年へ視線を向ける。少年は何処かバツが悪そうにそしてがっくりと気落ちしている様に見えた。後からノエルの妹機であるファリンに連れられたすずかが少年と忍たちを見て何処かすまなそうな表情になってしまった。

 

「あ、取り合えず黒いカードを返して欲しいです。あれ、父さんから受け継いだものなんで」

「……すまない。これだな」

 

 恭也は机の上に置いてあった待機状態の黒いカードを少年に手渡す。形見かもしれないものを交渉前に手渡すのは愚行ではあるが、父から受け継いだという点で恭也は共感してしまったのだ。ああ、と解析不明物体という珍しい物を手元から離れた忍が名残惜しそうにしていたのは恭也は目を瞑った。少年はほっとした様子でカードをジーパンのポケットに仕舞い込み、改めて恭也と忍と対面した。

 

「まぁ、立ち話もなんだからそちらに座ってくれ」

「そうですね」

 

 少年と対面する形で忍とすずかをソファに座らせ、恭也はいつでも動ける様に横に立つ。メイドであるファリンは後ろへ下がり、ノエルはティーポットから人数分の紅茶を入れて差し出した。どうもとあっさりと紅茶を口にした少年に忍と恭也は若干戸惑った。自分たちならばこの雰囲気で相手側が出した紅茶を素直に飲む事はしないからだ。そして、今の遣り取りで少年のそれは敵対の意志が無い事を示唆した行動であると忍は察する。

 

「おお、この紅茶美味しいですね」

「ありがとうございます」

「ありがとノエル。それではお話しましょうか。私は月村忍。この屋敷の当主よ」

「わ、わたしは月村すずかです。お姉ちゃんの妹です」

「高町恭也だ」

 

 三人の挨拶の後に少年はチラリとノエルたちを見た。本来ならメイドである二人は自己紹介をしないのだが、お客様の疑問に答えるのもメイドの務めと口を開く。

 

「ノエル・K・エーアリヒカイトです」

「ふぁ、ファリン・K・エーアリヒカイトです」

「お気遣い感謝します。ぼくの名はシロノ・ハーヴェイです」

「シロノさん……」

 

 シロノと名乗った少年はその名を小さく反復するすずかにふふっと笑みを浮かべた。聞こえていたと気付いたすずかは赤面し俯いてしまう。妹のそんな初々しい姿が見れてしまった忍は当主の威厳が若干薄れかけたが、咳払いした恭也のおかげで何とか取り繕う。

 

「初めにすずかを助けてくれてありがとう。姉として感謝するわ」

「いえ、見て見ぬ振りが出来なかった格好付け屋ですから、礼はそれだけで十分ですよ」

「あらそう? なら、少し教えて欲しいのだけど安二郎……、あの小太りの男とすずかの会話を聞いていたかしら?」

 

 相手はお金持ちだし豪勢な謝礼でも来るのだろうと構えていたシロノからすれば、忍のあっさりとした切り替えに本題はこちらだと察する。正直に言えば目が覚める前から聞いてましたと言うべきだろう。だが、前世の記憶がそれに警鐘を鳴らしている。月村家にそんな危ない橋なんてあったか、と疑問を感じるシロノだったが、ここで嘘を吐いて関係を曲げるのも得策では無いと素直に肯定の頷きを返した。

 

「そうですね、夜の一族、化物、血で生きていられるという単語から貴方たちはこっそり暮らす吸血鬼の末裔だったりするのですか?」

「……ええ、そうよ。私とすずかは夜の一族という吸血鬼よ」

 

 すずかは何処か不安そうにシロノを見やるが、当の本人は続きを促す様子だった。つまり、反応無しである。これには忍たちは面食らう。そして、その様子に首を傾げるシロノにすずかは純粋に尋ねてしまった。

 

「こ、怖く無いですか? その、化物なんですよ?」

 

 その言葉にシロノは困った風に苦笑してしまう。目の前の可愛らしい女の子が化物であり、恐れる対象になるかと問われてしまったのだから。答えは、否であった。

 

「ん、すずかちゃん。正直言ってぼくは君を怖がる事はしないし、むしろ可愛い女の子にしか見えない君をどう恐れれば良いのか教えて欲しいくらいだ」

 

 そう面向かって微笑み混じりに返されたすずかは、可愛いという単語で気恥ずかしくなり再び赤面してしまう。そんなすずかを安心させるかのようにシロノは続ける。

 

「人が化物を恐れる前提条件として、自分の命に関係するかどうかなんだ。例えば、怪獣が北極に居るからといって怪獣が駆除されるまで露骨に毎日怯えはしないだろう? 何せ怪獣は目の前に居て自分に危害を与えようとしていないのだから。そして、今に当て嵌めるとだね……。すずかちゃんは自分は化物だからぼくの血を一滴残らず吸って殺してやるって思ってたりするの?」

「そんな事思ってません!」

「だろう? なら、ぼくが化物と卑下する君を恐れる理由は無いんだ。何せぼくに敵意を抱いていないんだから変に怯える必要は無い。……もっとも、君の姉と護衛のお兄さんはどうかは知らないけども、ね」

 

 その言葉に忍は上手いと感じた。恭也とて今の言葉に敵意は無いがしてやられた感がある。シロノはすずかに優しくフォローするのと同時に味方に付けたのだ。忍と恭也がシロノに敵意を抱いた瞬間にお前は化物であると断定する式を組み上げたようなものだ。これで忍はうかつに吸血鬼というアドバンテージにして諸刃の刃であるそれを有効に使えなくなった。自身を化物であると肯定して暴力で脅した場合、同じ吸血鬼であるすずかさえもまた化物である肯定している事になるからだ。

 先手を取られたと忍は内心シロノの評価を上げる。すずかの不安げな視線が胸に突き刺さるのを我慢しつつ、忍はならば相打ちにすると言わんばかりに口を開く。

 

「そうね。すずかは少し考え過ぎよ。恭也やシロノ君の様に私たちを肯定してくれる人も居るのだから。……そうね、私たちが貴方に敵意を抱くとするならば私たちが不利になる事をした時だわ」

「つまり?」

 

 ここからは自分のターンと言わんばかりに忍はシロノへ視線を向ける。

 

「先ず、私たち夜の一族は一般人、つまり人間との関わりを減らしているわ。秘匿性然り、安全面然り、ね。そう、例えば戸籍も経歴の無い自称一般人Aさんは信用ならないのよ。例え、大事な妹の恩人であっても、ね」

「お姉ちゃん!?」

「ごめんなさいねすずか。これは姉である月村忍ではなく、夜の一族当主である月村忍の言葉よ。貴方の恩人であるシロノ君を疑わなくちゃならないのは心苦しいけども仕方が無い事なのよ」

 

 その言葉に反論が出来なかったすずかを見てシロノはアドバンテージが潰えたと認識した。ここからはすずかを出しにしても忍を揺るがす一歩にならないと理解する。そうして、常識という法の攻撃にはシロノは滅法弱い立場であるのが災いと化した。一気に不利に傾いた。詰む一歩手前とも言う状況である。恩人である筈のシロノがうっすらと冷や汗をかいた。

 

「……率直に聞きましょう。何を提示しますか?」

「私たち夜の一族のルール、よ。貴方には二つの選択肢を選んで貰うわ。盟約の規定によりすずかの生涯の伴侶となるか記憶を失うか。どちらかを選んで頂戴」

 

 その言葉に硬直したシロノは口元を引き攣らせて面食らった事をバラしていた。正直に言えば、シロノの中で吸血鬼との契約と言えば、安全と引き換えに血を差し出す行為や監禁等の後ろめたい古代西洋チックな内容。つまりはファンタジー要素のあるものだった。それに引き換え、将来性が明るい小学生程の可愛い少女と婚約者になるか記憶を失うか、という何処かズレているものを出されてしまった。頭が痛いと言った具合に顔を手で覆ったシロノにすずかは不安げに見つめてしまう。

 

「あー……、ぶっちゃけぼくがその二つの選択肢から選ぶのは在り得ません」

「つまり交渉決裂という事かしら?」

 

 忍の凄みにシロノは呆れた様子で顔を上げた。

 

「阿呆か。それ以前の問題だ。生涯の伴侶って事はすずかちゃんにとって内容はとても大事な事だ。あまつさえ二桁にも達して無さそうな女の子を十三歳のぼくの伴侶にするだと? 夜の一族だとか当主だとか関係無く愚考極まりない内容だ。そして、その選択権をぼくに渡している時点で正気を疑うんだけども」

 

 シロノという少年の素が垣間見れる口調と内容から、忍は何と言うか真面目な優しい子だなと思ってしまう。正直に言えば忍とて大事な妹を夜の一族という秘密を知った何処ぞの馬の骨にくれてやりたい気持ちは無い。だが、目の前に居るのは少年だ。すずかと年が五歳前後離れている故に自分たちで性格の矯正や下種であれば記憶を奪うつもりで居た。だが、シロノは真っ向から自分の安否ではなくすずかを優先した。残念ながら忍はシロノを気に入ってしまった。それを察せない程機敏を知らぬ恋人ではない恭也も、シロノの嘘偽りの無い蒼い瞳に揺らぎ無しと感心していた。

 ぶっちゃければ即答する様なロリコンであったならすずかの預かり知らぬ所で記憶を奪って、適当にでっち上げて放り捨てるつもりだったのだ。本来ならば盟約は言わば口約束の延長線上、つまりは別に「言わない」と誓ってくれれば友人という関係でも良いのだ。

 しかし、忍はすずかのために一人で窮地を助けに行ったシロノに少し期待をしていた。それは、すずかが人と接しなくなった頃の経緯を知っていたからだ。化物と呼ばれても可笑しくは無いすずかを肯定してくれる内情を知らぬ第三者。特に異性の歳が近い少年であれば尚更に良かった。そして、そんな条件に見合った少年が目の前に居る。それも、戸籍も無い絡み手で組しやすそうな優しい性格をしている少年が、だ。駄目だったらこっそりと記憶を消して無かった事にしてしまおう、そんな気持ちで忍は盟約の内容を少し変えて提示したのだった。

 

「ふふっ、つまりシロノ君は選択肢をすずかに委ねる、と?」

「まぁ、そうなりますね。記憶を奪われるのは嫌ですが、かと言ってすずかちゃんに婚約を自己保身で求める程下種じゃありません。……そうですね、三ヶ月、です」

「三ヶ月?」

「ええ、ぼくは休暇のためにこの地に来ました。その最大日数が三ヶ月なんです。というよりもですね、初対面のぼくだから判断材料が足りないんです。それに、三ヶ月後はぼくが気をつければ一生出会う事は無いでしょうし、婚約という束縛をしなくても吹聴する様な性格では無いと判断したら、無かった事にして見逃して貰えませんかね」

 

 一生出会わないと聞いて焦ったのはすずかだった。そう、恩人であるシロノは化物であると卑下していた自分を肯定してくれる初めての他人だった。そして、シロノの嘘偽りの無いすずかを思いやる言葉に胸がときめいていた。だが、心地良くドキドキしていた感情がジェットコースターの如く落ち込むのに、精神的に聡いすずかは気付く。嗚呼、これがお姉ちゃんが抱いていた感情なんだな、と。すずかは冷静に自分の感情の名前に気が付けた。一目惚れという様なものだろうか。状況が状況故に吊橋効果も付属しているだろう。けれど、このままシロノと別れるのは嫌だった。話を詰めようとする二人に割り込む様にすずかはなけなしの勇気を振り絞った。

 

「わ、わたしは!」

 

 突然の横槍の声にきょとんとした様子で二人がすずかを見つめる。頬が熱いし、鼓動はバクバクしている。だけど、すずかは言わなくちゃならなかった。夜の一族として、いや、月村すずかという九歳の少女の初恋をここで終わらせたく無かったから。

 

「嫌、じゃないです。シロノさんのお、お嫁さんになるの……」

「……へ?」

 

 顔を真っ赤にして潤む瞳でシロノを見やるすずかに、忍はあらあらと自然と口角が上がってしまう。夜の一族という事を嫌っていたすずかは自然と化物である自分に人を近付かせる事をしなかった。仲の良い友人が出来た時はぴょんぴょんと跳ねて喜ぶくらいに実は寂しがり屋だった。そんなすずかが勇気を出してぶっちゃけたのだ。姉としてすずかの気落ちに気付いた忍は唖然としていた大人びた対応をしていたシロノに視線をやる。そう、追い討ちをかけるために。

 

「あら、なら問題無かったわね。シロノ君が言う様にすずかは貴方を旦那様にしたい様だし、三ヶ月も必要無かったわね」

「…………あ」

 

 チェックメイト、である。今からこの盟約を蹴るためにはすずかと結婚する意志が無いと突っぱねばならない。しかし、如何見ても恋する乙女な表情でもじもじとするすずかを真正面からお断りする程シロノは冷徹になれない。いや、しかし、と脳裏で延々と言い訳を考えるが、切り札とも言える身元もこの少女には通用しないに違いない。シロノはメリットとデメリットを考える。……可愛いお嫁さんに安全な生活に明るい未来。デメリットよりも先にメリットを考えるんじゃなかったとシロノは轟沈する。何処かぷすぷすと白い何かが出ている気がするが気のせいにしておきたい。

 

「いや、その、ほ、本当にぼくなんかで良いのか? 何処ぞの馬の骨だぞ? 身元不明の一般人Aだぞ?」

 

 相当切羽詰っているのだろう。支離滅裂に緩やかに移行して行く姿は忍たちからすれば微笑ましいそれだった。けれどすずかはコクコクと頷いてしまう。シロノの勝利はすずかの心に傷を付ける以外に存在しなかった。

 

「……よろしくお願いします」

「はい!」

 

 シロノの完敗である。忍と交渉していた時の気概は何処へ行ったのか。ソファにぐったりと座り込んだシロノに恭也は男として同情と苦笑を隠し得ない。こうして月村家に新しい家族が増えたのだった。もっとも、シロノの受難はこれからであるが。


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