リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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無印34 「温泉旅館蜜草湯、です?」 

 ゴールデンウィーク。それは学校に通う子供にとっては○休みと付く休業時期の一つとして楽しみにする連続した休日だ。走行の面ではなく装甲としての面で著しく高そうなワゴン車三台が連なって目的地の都市から少し外れた旅館へと向かっていた。

 この旅行は元々高町家による家族旅行であったが、なのはに友人が出来た事でバニングス家と月村家、そして赤星家の家族付き合いにより大人数の旅行計画となった経緯がある。そして、此度はテスタロッサ家が加わり、人数的に三台となったのだ。一台目のワゴン車のドライバーは高町士郎、二台目にはノエル、そして、三台目はバニングス家の執事長である鮫島が担当している。

 士郎の所は助手席に桃子が、二列目に美由希、忍に挟まれた恭也。三列目には乗り切らなかった手荷物等が占領していた。

 ノエルの所は助手席にファリンが、二列目になのは、アリサ、アリスが座り、三列目にはアリシアとすずかに挟まれて膝をアリアに占領されたシロノが座っていた。

 鮫島の所は助手席にリニスが、二列目にはアルフと談笑するフェイトとそれを見るプレシアが座り、三列目では「ウソダドコドーン」と呟く勇人とそれを見て苦笑するペットもといユーノが居た。

 集合場所はワゴンを二台所有する月村邸となり一台は高町家の物だ。バニングス家にはベンツはあるがワゴンは無く、テスタロッサ家は言うまでも無いだろう。席順の際にシロノの隣を譲らないアリシアの「や!」によりプレシアが轟沈。フェイトに宥められた姿を見たアリスが頬を引き攣らせたのは良い思い出の始まりと言えよう。もっとも、周りからすれば微笑ましい光景でありながら、若干瞳の怖いすずかの雰囲気によって適度に冷められた空気であったが。

 高速道路に乗った三台の様子は概ね変わらずと言って良かった。恭也は何故か美由希のスキンシップに対抗する忍という図で士郎と桃子を苦笑させ、後ろから漂うラブコメ臭を何となく感じながらも無邪気に笑うなのはとアリサをアリスが「良いわね」と眺め、すずかの真似をするきゃっきゃっとしたアリシアの無邪気な悪戯に、すずかが反応をしてドンドン加速して行く混沌空間に両腕を取られたシロノが力無く苦笑し、元気なアルフとくすりと笑うフェイトを見て和むプレシアと何時の間にか不憫同盟を組んだ勇人とユーノの姿があったりと中々に充実した車内光景であった。

 

「やっと着いたか……」

「そうですね……」

「ふふふっ、綺麗な場所でしょ?」

「うん! これって空気が美味しいって言うんだよね!」

「フェイトちゃん!」

「なのは!」

「何か疎外感を感じるわね……」

「ふふっ、わたくしが居るじゃない」

「よっしゃー! 温泉だ!」

「きゅきゅー!(楽しみだなー!)」

「あらあら、元気一杯ね」

「あはは……、恭也は兎も角シロノ君も大変そうだね……」

 

 姦しさに押し倒されかけた恭也とシロノが温泉に入り甲斐のありそうな表情で嘆息し、仲良くなったアリシアと手を繋いだすずかが微笑み、なのはとフェイトは「れっつごー!」と楽しげにして、そんな二人を見てアリサが遠い目をしてアリスが宥め、ユーノを頭に乗せた勇人は空元気に叫び、保護者たちはそんな子供たちを見て心配したり微笑ましい表情で引率していた。

 海鳴から少し外れた県境の温泉旅館蜜草湯は和風の落ち着いた趣のある和式旅館であり、二泊三日の団体さんも受け入られる老舗旅館の風格があった。数年来のお得意様であるらしく、士郎を筆頭にした全員を前にした妙齢の女将さんがにっこりと微笑む。その際にシロノは「あっ」と何か察して桃子を見やり、笑顔が笑顔じゃない表情を見て士郎に内心合掌した。

 部屋は二つ取ったらしく、大人部屋と子供部屋らしい。それを聞いて二人と一匹が「え゛」と声を漏らしたが、何処か悟った顔をする恭也の顔を見て「無理かぁ」と諦めた。三コンマの出来事である。リニスとアルフが子供部屋の方で過ごす事になり、片やアリシアのお守り、片や精神年齢的に子供であった。大人部屋へ美由希と忍にドナドナされた恭也を見送った子供たちは多数決で疲れを流す意味合いでお風呂へ向かう事になった。

 

「人数分存在している……だと?」

 

 そして、どうせだし浴衣を着用しようと思い立ったシロノがクローゼットを開いて絶句しつつ、人数分を手渡して、リニスを保護者にお風呂へとお風呂セットを片手に七人と二匹が歩いて行く。お風呂に入れなければペット同伴も可、との事なのでアリアをすずかに手渡したシロノは確りとユーノを掻っ攫って一番槍と言わんばかりに後ろのブーイングを無視して男風呂へと入っていった。

 

「た、助かりました……」

「構わんさ。……覗きなんざさせねぇよ」

「し、師匠? キャラなんかブレて無いっすか?」

「……いんや、別に問題無いさ。ま、今日は日頃の疲れを流すとしよう」

「そうですね。なのはたちもここ最近張り切りっ放しでしたし、ゆっくりして欲しいな……」

 

 お風呂場らしく空ーんと貸しきり状態な風呂場を一瞥し、シロノたちは服を脱ぎ始めた。そして、シロノの歴戦の風貌と言った背中の火傷痕や裂傷痕に勇人とユーノはぽかんと見つめてしまう。その殆どが凶悪なテロリストや違法魔導師たちとの戦いの痕であり、時に被害者を時に一般人を身を挺して護った際の傷痕が背中に未だ残っていた。それはミッドの医療でなら人工皮膚による手術で治るようなものであり、ゼストの様な格好良い背中を目指しているシロノは敢えて勲章として断った。どうせ、背中を見れる様な関係を作らないだろうし、それなら漢気を高めた方が後々のためになるという打算でもあった。だが、すずかという恋人兼婚約者が出来てしまい、お風呂場でばったり出会った際に涙目で背中を擦られた時の表情を思い出してしまい、消してと言われたら消そうという程度の物になりつつあったが。

 

「ん? ……ああ、これか。歴戦の勲章という奴だ」

 

 そうふっと大人びた笑みを浮かべ逞しい肢体を晒して風呂場へと歩いて行ったシロノの格好良さに、弟子とフェレットもどきは「おお……」と大人の貫禄に憧れたそうな。

 同時刻、お隣では衣擦れの音を鳴らす美少女たちの楽園もとい脱衣所が騒がしかった。特に、つるんぺたんななのは、アリサ、アリスと、小振りでありながら成長しているすずか、フェイトが見蕩れてしまう様なスタイルを晒したリニスと、我侭パワフルボディなアルフの裸を見送ってからの事だ。

 

「……いったい何を食べたらああなるのよ」

「恐らく、リニスさんは健康的かつ計算された食事でアルフさんはガッツリ食べて動いて寝るスタンス、かしらね」

「あはは……」

(お姉ちゃんくらいあったな……)

(……言えない。二人は自分の体を魔力で変化させてるだなんて……)

(……ま、簡単よねぇ。あれぐらい私もあるし)

「んー? お風呂行かないのー?」

「あ、ごめんねお姉ちゃん。それじゃ、行こうか」

「そうだね。楽しみだなー」

 

 ぺたぺたと胸を落ち込んだ様子で触れる三人を置いていったすずかとフェイトはアリシアの手を握りながらお風呂場へと向かった。その下には「にゃー」と鳴くアリアの姿もあった。置いてかれた三人が正気に戻ったのは肌寒さを感じての事だった。「なにやってるんだろ」と追撃の落ち込みをしつつも三人と一匹を追った三人は体を洗ってからゆったりとする三人の近くへと足を入れて湯へ浸かった。

 「ふぅ」と息を吐いた三人は何やら先に行っていた三人がそろりそろりと男湯とを隔てる木製の仕切りの方へと向かって行くのを見て興味本位で近付いてみる。すると、微かながら男湯から響く声が聞こえてきた。

 

「――で、だ。爆弾を仕掛けた犯人が逃げ込んだシェルターを氷付けにして、冷凍保存されたマグロみたいになった犯人を逮捕した訳だ。いやー、あの時の犯人の顔は傑作だった。自分から閉めといて寸前まで出ようと頑張ってたみたいだし」

「何それ怖い」

「あ、あはは……。そ、そういえばシロノさんはどうして管理局へ?」

「それ俺も気になりますね」

「ん、んー……、んん? ……まぁ、いいか。単純な話だよ。父さんの背中に憧れたんだ。いつも前向きで逆境すらもぶっ潰す壁にしか思ってなかった父さんが断念した夢を引き継いだってだけでね。今の場所に立つまではその程度の認識だった。ゼスト師匠に弟子入りして現実を見つめなおして、現場に出て理想を思い返して。……此処に来て自分の本音を知った。本来ぼくは表情が薄くてね。あちらでは冷徹少年だなんて呼ばれてたし。……まぁ、もっぱら犯人からの畏怖からだったけどね、それ。そういえば――」

 

 そこで途切れたシロノの声に気になった美少女ズは湯から乗り出す様に仕切りへと近付いて――突如として鳴ったパァンッという破裂音に「うひゃうっ」と驚いた。アルフとリニスは何だかニヤニヤしていて、まるで誰かが盗み聞きに気付いていると分かっていた様だった。

 

「(きちんと肩まで、ね?)」

 

 そして、すずかとアリアは愛しのシロノから精神通話が来てびくーんと跳ねた。それはもう「ばれてた!?」という内心の声が重なってしまう程に驚いていた。そのシンクロを見ていたリニスとアルフはくつくつと笑みを隠さざるを得ない。反対側のシロノの行動に驚いた様子も無い勇人とユーノは苦笑していた。何せ、シロノは語り始めた頃から場所を動いていて、片手で沈黙のジェスチャーを唇に当てていたのだから。そして、聞こえなさそうな位置まで動いた二人と一匹は悪戯が成功した様に屈託の無い笑みを浮かべる。

 

(というかすずか、リンカーコアがリンクしてるの忘れてるよね)

 

 シロノはそんなお茶目な恋人の失敗に可愛らしいと笑みを浮かべる。その笑みは本心から出る作り笑いじゃない笑みで、いつもと何処か違うその笑みを見て勇人とユーノはぽかんとした。それは「あ、こんな顔できるんだこの人」という感じの呆け方であり、それを機敏に察したシロノによるお湯鉄砲により正気に戻るまで五秒前。「わぷっ!?」という声が二つ聞こえたが、お喋りに花を咲かせた少女たちには聞こえなかったようだった。


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