リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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A’s~
A’s37 「八神家の居候、です?」


 闇の書事件の結末を知っている者が居るとするならば、箱庭の外の視聴者か、それに遭遇した人物だけだろう。後者であった場合、誰よりもその結末を知る人物が居る筈だ。そう、始まりがあるのならば終わりがあるように。当事者、いや、闇の書事件の“最期”の主こそが結末を語るに値する人物であろう。

 

(……寒い)

 

 管理局の法の中で、シロノがネーミングの参考にした法がある。それはコキュートス・プリズンと呼ばれる第百十四管理世界コキュートから派生した永久凍結刑である。永久凍結刑という刑罰を聞いて知っている者が居るとすればかなりの管理局法マニアだろう。いや、もしくはその事件に関わった人物であるならば知っていても可笑しくは無い筈だ。

 

(……寒いなぁ)

 

 そして、誰よりもその名を、その辛さを知る人物が居るとすればその刑罰を受けた一人の少女と黒い本だけだろう。栗色の髪色の少女は黒い本を抱く様にコキュートの中央で巨大なクリスタルの中に封じられていた。そのクリスタルは世にも奇妙な事に魔法で出来ている氷であった。そう、コールドスリープの様に対象を封じ込める類の魔法であり、本来ならば凍結されている少女は意識を持たない。

 筈だった。

 

(……ほんま、寒いなぁ)

 

 その原因は今も尚少女の命に絡みつく一冊の魔導書。名を闇の書。いや、正式名称は夜天の書と呼ばれる記憶型ストレージ魔導書デバイスであった悲しき魔導書だった。幾つもの主を越えて腐敗し、人の欲によってその在り方を狂わせられた悪魔の書。古代ベルカが滅んだ一因となったのではないかと古代学者が説を発する程にその魔導書は異質過ぎた。

 

(……何で此処に居るんやろ)

 

 手にした主は悉く闇の書の完成により手に入れられるという万能の力を求めた。まるで、それは全ての願いを叶える聖杯の様で、そして、その性質の様に人の欲を煽らせる代物であった。手にした主はヴォルケンリッターと呼ばれる四体の守護騎士によって守られ、完成するその刹那まで夢を見るのだ。

 

(……ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ)

 

 少女は四人の家族を亡くした。それも、最悪な事に信頼していた人物の策略によって、だ。魔法使いという非現実的な展開に少女は初めは動揺していた。けれど、家族が居なくて寂しかった少女は、目の前に現れた傍に居てくれる家族を受け入れた。戸惑う四人に笑顔を見せて、日の当たる温もりを教えて、人という感情を持つ生き物へと昇華させた。

 

(……誰も居らんのは何でやろ)

 

 その一年間は少女にとって至福の瞬間だった。幸せの絶頂に居たと言って過言では無い程に、少女は四人との生活を楽しんでいた。四人も新しく仕えた優しき主に出会えて心から歓喜した。寂び付いていた心が解き放たれた時間だった。

 そう、だったのだ。

 

(……それも、これも)

 

 二度目の誕生日を過ぎた冬の日だった。忙しくなり始めて一緒に居る機会が減った家族に心配されて病院に入院して数日後の時だった。新しくできた友人が学校のお友達を連れて来た日の事だった。周りに居てくれた家族の雰囲気が硬かった。今となれば分かる。あの友人たちが敵であったからだ。

 

(ギル・グレアム……。あの男のせいや……ッ!!)

 

 目の前で家族を殺され、信じてたグレアムおじさんによって現実を突き付けられて絶望した少女は慟哭した。目の前の理不尽と在り得ない光景を嘘と断じて、何も見たくも聞きたくなくなった。何を信じろと言うのだ。信じていたおじさんに裏切られた少女の絶望は深かった。

 

(そうや、殺してやらな。そうじゃないと皆が浮かばれへんやんか……ッ!)

 

 夢に溺れた少女を友人は――救えなかった。圧倒的な力によって蹂躙され地に落ちたのだ。まるで、蚊の様な弱さだったと少女は覚えている。有りもしない感覚を知っていた。今も尚魂までも喰らおうとする闇の書の抗いによって。

 

(殺してやる。絶対に殺してやるんや。…………嗚呼、そうだ。殺さなきゃならん。ならぬのだ)

 

 そして、少女だった女の子は一瞬の隙を付いて立ち上がった友人の一撃によって疲弊した瞬間を狙われ、凍結による封印によってこの地に落とされたのだった。幾百、幾千、幾万の時を越え、幾億、幾兆の時間を経て少女は化物となった。名はナハトヴァール。奇しくもその名は少女の運命を狂わせたプログラムの名だった。

 

(そうだ。“我ら”は復讐を果たさねばならん。罪無き民を殺し、力無き者を殺した“奴ら”を殺さねば気が済まぬのだ……ッ!!)

 

 化物と化した少女の手に渡るまでに闇の書が記録したその全てがナハトヴァールという新たな存在を作り上げて行く。それは、古くに失った初代夜天の王の面影のある姿へと変貌する。内側が、少女と闇の書が混ざった器が、精神が、何もかもが一体化して行く。

 

(ふふふ、ふははは……、フハハハハハハハハッ!! “我”は王だ。恐れる者なぞ居らぬ、民の頂なのだ。臣下を殺した罪は万死に値するぞ、ギル・グレアム!)

 

 そして、○○○○○だった少女はナハトヴァールと言う夜天の王として君臨した。ビックバンによって粉砕されたクリスタルから解き放たれたナハトヴァールは笑う。唯一人の男を殺すためだけに笑い続ける。先程“一周”した世界でこれから産まれるであろう星を探すのだ。

 

「そのためには臣下が必要だ……。そうだ、それならばぴったりの者が居るではないか」

 

 ナハトヴァールが生み出した黒い三角形の魔法陣が二つ生み出される。そして、ナハトヴァールは黒き騎士甲冑に身を包み、構成され続ける臣下の誕生を待ち望む。二対の黒き翼を持つ騎士甲冑は○○○○○が想像していた自身の騎士甲冑と同じ物。本来ならば四人の家族に見せるためだった騎士甲冑をナハトヴァールは感慨深い表情で見つめる。

 

「王よ、叡智を欲する王よ――」

「王よ、破滅を求める王よ――」

 

 二対の魔法陣から王による恩寵を受けた臣下が生み出された。

 叡智を司る者は赤みの掛かった短い栗毛の少女。

 破滅を司る者は青みの掛かったツインテールの金髪の少女。

 それは、友人であった○○○○○を助けようとしてくれた唯一の少女たちを模した臣下だった。亡くした四人は蘇らす事は無い。何故ならそれは死を冒涜する事であるから。そして、蘇らした四人はあの頃の四人では無いと分かってしまうからだった。ナハトヴァールはしゃらんと蛇のアクセが先端に付いた十字の杖を掲げる。すると、二人の臣下はその場に膝を付いて王を敬った。それは証明だった。この身の全てが王のためにあるものであるという従属の証だった。

 

「叡智を司る者よ、貴様には星光の名を与える。名を、シュテルと名乗れ」

「はっ、有難く頂戴致します我が王よ」

「破滅を司る者よ、貴様には雷光の名を与える。名を、レヴィと名乗れ」

「はっ、有難く頂戴致します我が王よ」

 

 シュテルはとある小学校の制服を模した紅き騎士甲冑に、レヴィはレオタードを模した蒼き騎士甲冑に身を包む。そして、その手にはそれぞれのオリジナルを模したデバイスが握られていた。ルシフェリオンと名づけられた賢者の杖を、バルニフィカスと名づけられた破壊の斧槍を胸前に掲げ、真上へと持ち上げる。そして、重なった二つのデバイスに十字の杖が乗せられる。

 

「では征こうではないか。クククッ! 待っていろギル・グレアム。その首我が切り落として晒してくれようぞ……ッ!!」

 

 そして、ナハトヴァールはふわりと浮かび、復讐すべき対象が必ず現れるであろう瞬間を手にする度に覇道を歩む。二人の臣下を共にして数々の歴史を紡ぎ上げるのだった――。

 

「――って感じの夢を見たんやけど」

「む? そうなのか。それはまた盛大な夢だな。漫画の読み過ぎではないか」

「うーん。昨日は直ぐ寝たんやけどなぁ」

「大体、“記憶喪失”の我らだぞ。本当であってもそれが嘘か誠か分かるはずがなかろう」

「あー、それもそうやね」

 

 八神家の朝は早い。いや、訂正するならば八神家の姉妹の朝は早い、だ。

 それは髪色が違うだけで瓜二つの姉妹が起きる時間が四人分の朝食を作るために台所へ向かうからだ。妹の名は八神はやて。栗毛の朗らかな性格と関西弁が特徴的な足の不自由な少女だ。姉の名はナハト。何故か八神家の庭に二人の友人と一緒に倒れていた黒髪に金メッシュな前髪が特徴的な少女だ。

 二人の関係を言い表すのであれば家主と居候である。正確には姉妹ではなく、義姉妹であった。

 はやては数年前に両親を失って天涯孤独となり、ギル・グレアムという両親の友人のナイスミドルな英国紳士に引き取られてその養子となっている。本来ならば英国へはやてが向かうのだが、はやての意思により両親と暮らしていた家に住んでいる。時折グレアムの娘である二人の姉妹が遊びに来て世話をしてくれる、という生活を送っていたのだが、つい先月の今頃にナハトと友人二人を拾って擬似家族を形成していた。一ヶ月という時間は案外早くも長いもので、今では数年来の家族の様に接していた。

 そして、困った事にナハトとその友人らしいシュテルとレヴィは皆揃って記憶喪失だった。「記憶が戻るまでうちで暮らしてみるかー?」というきっかけでナハトたちははやての家でお世話になっているのである。

 

「それっぽい本もあるしなー」

「ああ、あの闇っぽい本か。今頃物置で埃を被っているのではないか?」

「せやね。後で引っ張り出して天気干ししよかー」

「ふむ、ついでに物置の整理でもするか」

「せやなー。あ、もうお味噌汁できたで」

 

 味噌が入りふわりと日本人家庭の匂いと呼べる香りが台所から漏れて行く。その匂いに連れられてか、トトトトと階段を下りる音が聞こえ、バーンッ! とリビングの扉を開いて現れたのは髪を下ろしたレヴィという青髪の少女だった。元気な雰囲気がリビングに突き抜け、居るだけでムードが明るくなるアホの子でもある。

 

「おはよう! ディア! はやて!」

「うむ、おはようレヴィ。顔を洗ってくるがよい」

「うん!」

「あはは、珍しいなー。シュテルがレヴィより遅いなんて」

「……はい? 私は新聞を読んでいましたが」

 

 レヴィが元気よく出て行ったリビングのソファで新聞を広げてひょこっと顔を見せたのは赤髪のシュテル。黒縁の眼鏡が知性ある気品を醸し出していて、手に持った新聞を持っているのが当然に思えるくらい大人びていた。だが、レヴィと同じく早起きせず朝食の手伝いをしていない。その本性は押して図るべしである。

 

「む……、朝の挨拶ぐらいせんか」

「申し訳ありませんディア。朝刊の猫特集に目を奪われていまして」

「あー、ならしゃーないな。おはようシュテル」

「おはようございます。はやて、ディア。もう朝食ですか?」

「せや。今日のお味噌汁は赤出汁やー」

「ほぅ、それは楽しみですね」

「いやっほー! ボク颯爽と参上ッ!」

「では、レヴィ早速お手伝いしましょうか」

「うん!」

 

 新聞を綺麗に畳んで配膳の皿を出し始めたシュテルと皿を並べるレヴィにナハトとはやては笑みを浮かべる。それが八神家の朝の光景だった。あわわとシュテルから受け取り損ねた皿をレヴィが神業の様なアクロバティックを披露してキャッチする等のイベントもあったが、テーブルに四人分のお皿が並べられる。

 

「ふっ、本当にレヴィはアホ可愛い奴よ」

「あはは! そうやなぁ。ほんま、明るくなったなぁこの家も」

「……ふん。我らは家族だ。悲しい時も、嬉しい時も、傍で支え合うのが家族というものよ」

「そうやな……。うん、ありがとなナハト」

「宜しい、では配膳だ」

「おー!」

 

 いつまでもこの温もりが続きますように、そう心で願いながら今日もはやては笑みを浮かべる。寂しさで固まった愛想笑いではなく、雰囲気を明るくする屈託の無い笑顔で。笑みを返してくれる家族が居る。八神はやては幸せだと心から言えた。「いただきます」と声を揃えて、今日も八神家は楽しい雰囲気で過ごすのであった。


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