リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り) 作:不落閣下
「……で?」
「ん、いや、先日ジュエルシード揃っちゃったんだけど。はい」
「本当に二十一個揃ってる……ッ! ぐっ、お前の手際の良さは段違いだな」
数日後に海鳴自然公園の一角を結界で隠蔽と人払いをした空間で黒い執務服を着た少年と正反対の色の執務服を着た少年が対面していた。勿論ながら前者が頭を押さえるクロノで、後者が苦笑交じりのシロノである。アースラが転移魔法陣圏内に待機できた事をシロノにその旨を伝えようと連絡を取った結果、今忙しいので翌日自然公園にて、というおざなりな返しをされたクロノは「ん?」と少し嫌な予感を覚えながら不承不承に了解した。
そして、出会った結果がこれである。詳細を言えば、一昨日沖合いの海底にあったジュエルシード六つを回収してそのお疲れ様会をしていたのが昨日の出来事だ。つまり、忙しいというのはそのお疲れ様会の事であって、別にジュエルシードを探していてという類のものではなかったのだ。
二十一個きっちり揃ったアタッシュケースを渡されてしまったクロノは途方にくれた子供の如く唖然とした。何せ、援軍に向かった筈が既に状況が終了していてその打ち上げすらも終わっていたのだからその取り越し苦労感が半端無い。なまじ、ヒドゥンとの戦いで膨大な魔力反応をキャッチしていたから尚更である。「頑張って来た結果がこれかッ!?」と邂逅一番に愚痴ってしまったクロノは悪くない。何せ不眠不休の整備班の苦労を超えてのこの仕打ちである。
本来であれば五月後半に来たアースラは原作的に見れば格段に早い到着である。だが、それよりも早く終わってしまったので、ジュエルシードを受け取りに来ただけになってしまったのだ。本当ならば「世界はこんな筈じゃなかった~」と名台詞を叫ぶクロノの雄姿が見れた筈なのだが、黒幕一家は既に幸せに高町家を中心に交流を深めているし、本当の黒幕かと思われたヒドゥンもシロノとの一戦から姿を見せていない。ついでに言えば不可思議な白い霧も一切存在していなかった。
原作の修羅場を知っているシロノたちであったなら「原作(笑)」と苦笑せざるを得なかっただろうが、今のシロノたちは一切合財原作知識を旅館で失っているために解決したぜやったね、という雰囲気である。
「アースラスタッフのやる気は何処へぶつければ良いんだろうか……」
「さぁ? そもそも回収任務だし、早く来るのは当然の事だから問題無いんじゃない。どうせ、この件は広まる様な事件じゃないし、きちんと隠蔽すればアースラの回収完了で終わりじゃないかな」
「ぐっ、そう……なんだがなぁ。何だこの遣る瀬無い気分は……」
「あはは、まぁ、ジュエルシードもこうして渡したしオフに戻るね。というか記録取ってないし」
「……それもそうだな。こうして顔を合わせるのは久し振りだな、シロノ」
半年という期間で成長したシロノとの目線のズレに気付いたクロノは内心絶望した。何せ、シロノは夜の吸血鬼もどき化してから更に身長が伸びており、百五十台から百六十台の階段を上っている。一人置いてかれたクロノが嘆くのも仕方が無いだろう。ハテナマークを浮かべる親友を見てクロノは嘆息して、取り合えずアタッシュケースを自分のS2Uへ仕舞い込む。外に出して置く様な中身ではないし、身長の差は筋肉量の差にも繋がるため辛くなったというのもあった。
「そうだね、クロノ。息災で何よりだ」
「ふん、誰かと違ってワーカーホリック拗らせて無いからな」
「あはは……、それを言われると痛いなぁ」
「まぁでも顔色が良くなっている。良い休暇を過ごしているようで羨ましい限りだ」
「んー、そうだね。ちょいと思い詰め過ぎてたっていうか、切り詰め過ぎてたっていうか……。うん、クロノに自慢できるくらいに良い休暇を過ごしてるよ」
「ぐっ……、先ほどまでジュエルシードの反応を探していた僕たちに対する当て付けか。当て付けなんだな?」
「嫌だなー、クロノ。友人が頑張る姿を応援しない親友は居ないよ。例えそれが取り越し苦労であると知っていても、ね」
「……プッツンと来たぞ、シロノ。ちょっと模擬戦でもしようじゃないか。ん?」
「構わないけどその前にリンディさんに報告しなくて良いの?」
「ぐぅ……、チィッ! シロノ! アースラに来い! 母さんに報告し終えたら模擬戦闘訓練室に来て貰うからな!」
「はいはい、お手柔らかにね」
若干頬が引き攣っているクロノに睨まれてシロノは苦笑を返す。身長の差が精神面にも作用したかの様に兄と弟な遣り取りであった。そんな遣り取りをアースラのコントロールルームで見ていたエイミィは変わらない印象を覚えた。シロノと久し振りに会うからと張り切って行ったクロノを見送ったのも、転送したのもエイミィである。悪戯気質な性質であるエイミィがそんな同僚二人の再会を見逃す訳が無い。
(シロノと出合ったのは二年前、だっけ。いや、そろそろ三年か。あの頃は氷山みたいな子だなーって思ってたなぁ。けど、それはクロノもか。暫く見ない内にかなり大人びた雰囲気があるなぁ。まるで大人の階段を登ったみたいな……なんてね)
頬杖をつきながらエイミィは会話に興じる二人を見つめる。脳裏に浮かぶのは士官教導センターの頃の懐かしい思い出。三人で前衛中衛後衛の役割に徹して輝いていたチーム時代の頃が思い出される。シロノがまだゼスト流の真似事をしている頃ではなく、魔導師として特攻役をこなしていた今ではレアな光景が浮かぶのだ。
初対面の時、いや、チームを組んで模擬訓練を行った時の事。父親から授けられたS2Uを改造して近距離戦闘を行える強固なフレームにしたのは良いが、重くなって斧の様に叩き付けていたシロノの表情は常に揺れた事は無かった。シロノは何処か葛藤するかのような影があり、心を閉ざしてコミュ障なクロノと相まって、二人は優等生な問題児だった。よくもまぁここまで引っ張り上げられたな、とエイミィは楽しそうに談笑する二人を尻目に思う。
(笑みが少し柔らかい? クロノと久し振りにあったから、って訳じゃなそうだねぇ。……これは探りを、いや調査する必要があるかなぁ? ふふふ、面白い事になりそうだね)
からかい甲斐のある少年に育ったシロノを久し振りに弄るための話題を探そうとエイミィはニヤリとチェシャ猫の様に笑みを作る。シロノとクロノが兄弟ならば、シロノとクロノに対してエイミィは姉なのだ。成長した弟で遊んでやるのも姉の務めである、ととんでも理論を展開したエイミィは単純にシロノを弄る事を楽しみにしていた。
何せ、つい先日まで大規模な魔力反応によって通信が死んでいたため、生死不明のシロノを心配していたのだ。姉貴分をここまで心配させたのだから、弟分であるシロノは遊ばれて当然であるという魂胆らしい。まぁ、シロノも度が過ぎなければ戯れ程度に興じるのだから、言うなれば姉弟のスキンシップの様なものだ。
(……ほんと、昔から人に頼らないよねシロノは。こんなに心配させておいて……)
苦笑する様にニッと笑みを作ったエイミィはポーターを遠隔起動して、回収の合図を出したクロノを中心にシロノを拾うための魔法陣を組み上げる。そして、今頃ポーターで喋っているであろう二人が向かう艦長室の方角へ椅子を回転させて立ち上がる。半年振りに、そして、とても心配させた友人に一言申すためにエイミィは歩き出す。ギャーギャーと騒がしい懐かしさを覚える二人の弟分に合流するために。
(――ッ!? 今、エイミィに標的にされた気がする。確かに打ち上げ先にやっちゃったのは拙かったかな……?)
そんな検討違いな空気を読んだシロノはクロノに愚痴られながら艦長室へ向かう廊下で背筋を震わせた。言うなれば蟲の知らせと言うべきか、吸血鬼もどきとなってまた一段と機敏になった感覚が警鐘を鳴らすのだ。このまま行けば玩具にされるぞ、と。
「はぁ、お前が変な考えに思考を走らせるのはいつもの事だが、流石に艦長の前では止めろよ」
「んー? つまり、執務官モードでバリバリやれよゴルァって事かい?」
「そこまでは言わないが……」
態とらしく仮面を半ば被る様な仕草をして少しだけありやしない冷気を漂わせたシロノに、クロノは呆れ半分、マジで止めろ半分、と言った表情で言う。「分かってるよ」とぽいっと仮面を放り投げる仕草をしたシロノにクロノは少し違和感を覚えた。
(シロノはここまで感情を出す奴だったか? 確か、模擬戦かアリア師匠の前以外では何処か固い雰囲気があったと思うんだが……。第九十七管理外世界での休養はシロノにとって素晴らしいも何かがあったんだろう。……少し、悔しいな。僕はシロノの友人だと言うのに……)
そう、シロノはすずかに対して素の表情を見せようと一ヶ月程努力していたために、表情筋が少し柔らかくなっており、作り笑いよりも少し優しげな笑みが浮かんでしまう程に改善されていた。それも、意識しながらの場で無い時もすずかに見せる笑みとまではいかないが、普段浮かべていた笑みより格段柔らかいものである。それ故に表情が明るくなったとクロノは感じたのだ。
言うなれば、無表情のマネキンが次の日にマスクを被せて笑みを浮かばせたかの様な段違いの差があるのだ。半年振りに直接会ったクロノからすれば中身が入れ替わったんじゃないかと勘繰ってしまうくらいに違和感があるのだ。これじゃない感が半端無いシロノの変貌にクロノは戸惑う事を通り過ぎて空しさを感じていた。
そう、自分に懐かなかった猫が他人に貸した途端に懐いたかの様な空しさにクロノは襲われているのだ。名も顔も知らぬ誰かに嫉妬しているとも言う。数年来の濃厚な友情の日々を過ごしたからクロノだからこそ無意識にそう考えてしまう。仲の良い友人が取られてしまったかの様な気分なのだ。そして、その気持ちを無力感という見当違いかつ惜しい誤解をしているので何とも言えない雰囲気を醸し出す要因となってしまったのだろう。
「クロノ? 艦長室って此処だろう」
「っと、すまない。少し考え事をしていた。……艦長、シロノ・ハーヴェイ執務官をお連れ致しました」
内側から了承の声が聞こえた。「失礼します」と一言告げてから二人は艦長室へ入る。そして、片や慣れた様子で、片や絶句した様子でその光景を見やる。かぽーんと片隅に設置された鹿威しの音が一定のリズムで響き、一面に畳が敷かれ屏風や掛け軸と言った古き良き日本文化に惚れた外国人が完全再現しましたと言わんばかりのクオリティで和室空間と化していた艦長室を見てシロノは頬を引き攣ったままだった。原作知識を失ったシロノからすればこの惨状に面食らうのも無理も無く、所々に存在する盆栽や卓袱台等が視界に入れば「日本コレクターの外人かッ!?」と叫びたくなるのも本当に仕方が無かった。赤い唐傘が片隅にあったりと茶室と和室が和洋折衷した様な混沌具合の艦長室であった。
「ふふ、日本の和という概念は良いわね……。心が洗われるようだわ……」
隣で遠い瞳をしているクロノの苦労が少し分かった気がしたシロノは内心で「早すぎたんだ」とリンディのミーハー振りを形容する。元日本人であるシロノであるから、サブカルがつい出てしまう程に動揺していた。見た目西洋も真っ青な未来艦船の艦長室が和室、ありえねぇ光景にも程があると呆れてしまうのも無理も無かった。何せ、ここは艦長室。最悪、他の提督がリンディに物申す際に訪れる可能性のある場所だ。それが私物化されていたら。それも、提督机に綺麗な音色がする壺が置いてある程度の様なものではなく一面魔改造されていたらそれはもう威厳がだだ下がりである。
長い次元航海により慣れてしまっていた身内の恥を見せてしまったクロノは、先ほどまでの考えを忘れてしまうくらいに穴があったら土葬されたい気分だったそうだ。