リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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4 「べ、ベッドの上で、です?」

 管理局執務官であるシロノを初撃墜した相手が原作キャラの一人であり、尚且つ将来の嫁さんとなったすずかだったのは奇跡的な偶然である。九歳の少女とは言え恋した女の子は無敵らしく、士官教導センターに居た頃に恋愛面では難攻不落の城塞とまで言われた事のあるシロノが一日で落ちる事になるとは誰が思うだろうか。シロノは今の現状を改めて纏める。

 すずかを誘拐犯から救ったら惚れられて何時の間にか外堀が埋められて旦那になっていた。

 シロノも脳内でポルナレフってしまうくらいに怒涛の展開である。だが、とシロノは思う。恐らく自分は仕事人間であるため恋愛に思考を割く事は無いに違いない。そう考えるとこの出会いと婚約は意味のあるものだと思えてきた。それに、無印とA'sはともかく、stsではすずかは美人な女性として出演していた。将来性が大変明るい美人な幼い嫁さんはかなり優良物件だったのだ。勿論そんな打診と算段で了解したのでは無いが。

 一段落付いた事で朝食とし、隣にすずかという作為的な席でのご飯は大変美味しかった。もしかすると久し振りの団欒の空気に味覚が後押しされたのかもしれない。執務官となったシロノは激務の合間にブロックメイトやサプリメントで済ませる事もあったくらいに孤独な生活をしていた。実家があるとは言え仕事の関係上在中する事はあまり無い。

 

(あー……、これはある意味親孝行って奴かな。流石に九歳の女の子が婚約者ですと言えないけども)

 

 それなりに成長したら挨拶に行こうとシロノは思考を閉じた。朝食を終えて恭也は自宅へと帰り、今は忍とすずかに自身の事を語るため再び忍の作業部屋のソファに座っていた。隣にはシロノの服の端を小さな手で握るすずかがにこにこしている。シロノがロリコン属性があったら幸せの絶頂とも言える状況であったが、生憎前世の分精神年齢が高いシロノにロリコン属性は無かった。

 

「まぁ、取り合えずぼくの正体というかどんな人物かって事からですかね?」

「そうね。シロノ・ハーヴェイという人間の戸籍は存在しなかったわ。同姓同名であれと既に死亡している人物だし」

「まぁ、そりゃそうですよ。ぼくはこの世界で言うならば異世界人ですから」

「……異世界人?」

「ええ、考えた事はありませんか? 銀河の果てに何があるのか、と。異次元という海があり、その海の一つの世界がぼくの出身地です。そうですね、魔法と科学が平行して成長した世界だと考えて貰うと分かりやすいかな。例えばこの黒いカード」

「中身を覗く事も出来なかったカードね。もしかして、それが魔法の杖だと言うの?」

「正解です。S2U、起動」

《Stand up》

 

 男性の機械音声と共にシロノの指に弾かれた黒いカードが、空中で可変し二秒程で無骨な機械杖に変わる。S2Uはストレージデバイスの一般的な状態の杖ではなく、握る部分がグリップがあったり先端が音叉の様に二股に分かれていた。クロノが持つS2Uがミッド式であるならば、シロノのS2Uはベルカ式と言えよう。ストレージ回路内蔵のアームドデバイスと形容すべき近未来的フォルムは、通常のS2Uよりも重量が増加している分耐久力に優れている。

 科学者が大歓喜しそうな変形に機械技術に長ける忍は唖然とした。その圧倒的な技術力に目を奪われたのだ。隣のすずかは冗談半分と思っていた内容が事実であると聡い頭で理解してしまった。シロノは杖状態となったS2Uを興味津々なすずかに手渡してみる。勿論制限がかかっているためにシロノ以外がこのS2Uで魔法を使う事ができないので安全な杖だ。ずっしりとした重量にすずかは驚いたが、シロノが自分に大切な魔法の杖を貸してくれた事に少しご満悦だった。

「第一管理世界ミッドチルダがぼくの故郷と呼べる世界です。そして、この世界は第九十七管理外世界と呼ばれています。まぁ、この世界に来たのは日本が目的でしたし、すずかを助けたのは本当に偶然でしたが」

「管理? つまり何処かの組織に世界が管理されているのかしら」

「ええ、それがぼくの職場である時空管理局という大規模組織です。魔法文化の無い世界に違法魔導師が侵入し悪さをしないように、ロストロギアと呼ばれる古代遺産による悲劇を起こさないように。全ての世界が平和であるように、そのような指針を取る組織です。ぼくの役職の正式名称は時空管理局地上本部所属執務官。日本の常識に重ねると逮捕権を持つ刑事の様なものです」

「え? シロノ君は十三歳よね。学校は通っていないのかしら?」

「士官教導センターという教育機関を卒業してますので一応高校を卒業している状態ですね。時空管理局は例え幼い子であれども熱意と魔法技能があれば一局員として働く事ができます。まぁ、常識的に考えられないかもしれませんが、そういう組織なんです。幾多もある世界を護るには手足が足りないんですよ」

「それは……危ういんじゃない? 子供が現場に出る組織って……」

「そうですね。はっきり言って危うい組織です。しかし、時空管理局があった事で助けられた人も居ます。違法魔導師による犯罪を止めるのがぼくの仕事です。そのため、命の危機という修羅場は幾度か潜ってます」

 そのシロノの真剣な表情に忍は息を呑む。かつて見た恭也の瞳と似ていたからだ。誰かを護る難しさを身を持って知るのだと、十三歳の少年がこんな瞳をしてしまう世界があるのだと理解した。だけど、納得はできなかった。例え夜の一族という前提があれど忍でさえ中学校に通っている。十三という年齢でそんな瞳をするのは異常だと思ってしまう。そして、シロノはそれを察したのだろう。言葉を続けた。

 

「だけど、ぼくはこの生き様を後悔していません。確かに忍さんが思うように学校に通うべきだと考えるでしょう。けれどぼくがこの生き方を変える事は無いと思います。言わば、これこそがぼくの魂の輝く瞬間なんです」

 

 すずかはその横顔に見蕩れていた。姉の恋人であり親友の兄である恭也の雄雄しいそれとは違う覚悟の顔。それはまるで荒野に輝く黄金の魂。貫き通すと決めた生き様を征く男の顔だった。忍はその勇ましいシロノの顔に一応の納得を見せた。この少年の覚悟は茶化して良いものではない、そう気圧された忍は幾つかの説得の言葉を紅茶と共に飲み込んだ。

 

「……そう。すずかを残して殉職したら許しはしないわ、とだけ言っておくわ」

「ええ、勿論です」

「その時空管理局ってのはもう良いわ。三ヶ月の休暇、と言っていたわね。この屋敷で過ごしなさい。そうね、すずかと愛を深めときなさいな」

「お、お姉ちゃん!」

「あ、あはは……」

 

 シロノは話の区切りを渡りに船だとこれを承諾し、程々にすずかとの仲を深めようと思う。

 ぶっちゃければシロノは時空管理局という組織を信用していない。信頼しているのは現場の戦友と偉大なる先輩たちだ。執務の大半である汚職や隠蔽の背後に居るであろう脳みそ然り上層部は腐ってると言って過言では無い。しかし、シロノは原作知識というアニメ準拠なwiki程度の先見ができる。きな臭いと感じた時点で手を離さねば一人を救う前に自分が殺されるだろうと橋渡りする毎日であった。だからこそだろう、シロノの黄金の魂は救う事を信条としている。

 なのはに憧れたスバルの様に、誰かを救う自分に憧れて平和への一歩へと成って欲しい。陸の執務官の異名は伊達ではないと、父の背を見て育ったシロノはその生き様に誇りを抱き目標にした。万が一を覆す存在になるとは言わない。目の前の誰かを救える自分で在りたい。レアスキルという一生を左右する才能を持たなかったからこその生き様だ。

 ヒーローを望まない、お巡りさん程度で丁度良い。それがシロノの生き方だ。

 すずかからS2Uを受け取り待機状態に戻したシロノはポケットに仕舞い込む。忍は是非研究させて欲しいという顔をしていたが、流石に管理外世界への魔法技術の漏洩は犯罪に当たる、と言われてしまい名残惜しそうに渋々と引き下がった。もっとも、未来では庭に転移ポーターが置かれるのだからシロノが断った意味が無いのだが。

 それからシロノはノエルの入れた紅茶を楽しみ、案内された猫部屋では猫たちを紹介されるために座ったらまっしぐらと言わんばかりに懐かれて毛だらけになり、一人お先に豪華なお風呂を借りて満喫していた。ホテルを取るつもりだったシロノからすれば月村邸は快適だった。バスタオルで頭をがしがしと水気を取り、渡された若干だぶだぶな恭也用の寝巻きのお下がりで黒一色になってリビングに戻ってきた時だった。

 

「……もう一度言ってくれませんかね」

「ええ、今日から貴方のお部屋はすずかの部屋よ、と言ったの。因みに当主命令で拒否権は無いわ」

「……な、何故にですか?」

「愛を深めなさい♪」

「子供に何を言ってんだあんたは!?」

 

 シロノが頬を引き攣らせて忍に問い詰めていた原因は一つに尽きる。忍によるすずか&シロノの同棲宣告である。忍曰く、夜の一族は一定の時期の夜に燃え上がるのでどうせヤる事をヤる関係になるんだから今のうちに慣れておけとの事。せめて同衾は勘弁して欲しいのがシロノの弁であるが、当然の如く却下されてしまい。

 

「その、シロノさん。い、一緒に寝よ?」

 

 と、忍の入れ知恵なのか露出度の低い可愛らしい紫のパジャマ姿でもじもじと上目遣いですずかが後ろから現れる始末。逃げ場が無い、とこれから三ヶ月の暮らしに不安を覚えるシロノは、恭也がこの場に居たら苦笑と共に同情されるに違いなかった。

 観念したという様子でシロノはすずかに手を引かれながら部屋へと導かれてしまう。身長差があるというのにぐいぐい引っ張られる手にシロノは苦笑せざるを得ない。忍曰く、夜の一族は吸血鬼と言っても妖怪の類ではないそうで、いわば人類の突然変異が定着した種族。月村家を見れば分かるが美しい容姿と明晰な頭脳、高い運動能力や再生能力、あるいは心理操作能力や霊感など数々の特殊能力を持つらしい。これらの代償として体内で生成される栄養価、特に鉄分のバランスが悪いため、完全栄養食である人間の生き血を求めるとの事だった。そして、この生き血は異性のものである事が好ましいそうで、恭也が訪れる際にはそれなりに色々とお熱い関係であると惚気話も含まれていたが、やはりシロノは夜の一族を恐れる事は無かった。精々が綺麗な嫁さん貰えるんだな、程度である。

 すずかの部屋はお金持ちの令嬢の部屋と言わんばかりにキングサイズのベッドを中心に色々な童話から文庫の詰まった本棚や鏡付きのドレッサー等お嬢様ちっくな光景がシロノの視界に飛び込んだ。そして、ほんのりと香る甘い匂いに女の子の部屋だなぁと感じてしまうのも無理も無かった。

 すずかはそそくさとベッドの淵に座り、じっとシロノを見やる。自分の部屋に連れて来た事で冷静になり恥ずかしさが噴出したのだろう。頬がほんのりと赤かった。シロノはすずかの隣に腰掛ける。その間は林檎一個分。婚約者とは言え当日の事だ。まだお互いを知らない二人の関係的には十分な距離である。

 

「え、ええと……、シロノさん。今日は本当にありがとうございました」

「ん、仕事柄だしね。すずかちゃんが無事で何よりだよ」

「は、はい……」

 

 すずかはシロノを意識しっ放しで若干挙動不審気味であるが、シロノはどうしたもんかと思案顔。ぶっちゃけ違法魔導師と事務処理とバトる毎日であるため女の子扱いが良く分からないシロノは、先ずは、とすずかに体を向ける。きょとんとすずかはしていたが真似して対面する辺り察しの良い娘である。

 

「シロノ・ハーヴェイ。十三歳、誕生日は八月十七日で趣味は魔法改良と自己鍛錬かな」

「月村すずか。九歳、誕生日は三月二十六日で趣味は読書とヴァイオリンです」

「これからよろしくね」

「よろしくお願いします」

 

 二人は互いの顔を見て笑い合う。緊張が解れたすずかはシロノの優しさに触れて大人な印象を受けた。すずかから見てシロノ・ハーヴェイは命の恩人であり、初恋の婚約者という立場に居る少年だ。塾や学校帰りに見かける中学生とは違う大人びた性格と雰囲気は自然の清流の様な印象がある。背も百五十センチ後半ですずかよりも高く、歩幅が違うのにすずかに肩を並べる速度で気遣いを見せてくれて、とても優しい人物なんだ、すずかは思った。衝撃的な出会いを経て、衝撃的な感動をして、感極まって惚れてしまって、そんな眩しい人物だった。

 

「……わたしは、夜の一族という特別が嫌でした。皆と違う、そう思う度に嫌になりました。きっかけになったのは幼稚園のクラスメイトが怪我した時に抱いたあの時……。血が、あんなにも美味しそうに見えたのがトラウマになって……。お姉ちゃんとノエルとファリン、さくらさんに心配かけるくらいに衰弱しちゃって。輸血パックの血を飲まなくちゃ具合が悪くなる頃には必死の思いで血を克服して……」

 

 すずかはぽつりぽつりと心の中で溜め込んでいた嫌な感情を溢し始めた。シロノという、内情を知る身内以外の誰かに化物だと思い込んでいた自分を肯定してくれる人が現れた。ただ、それだけですずかは救われた気がした。吸血鬼という非現実的な存在を認めてくれたのが本当に嬉しかった。そう、すずかは静かに語った。

 

「如何してか、シロノさんに聞いて欲しかったんです。半日しか経ってないっていうのに可笑しいですよね、ごめんなさい」

「……良いんじゃないかな。ぼくは、すずかちゃんをそれくらいで嫌いになりやしないよ。……まぁ正直に言って、いきなり婚約者っていう状況には可笑しいとは思ってるけど」

「そ、それは……」

「けど、ね。ぼくは多分こんな機会が無きゃ恋愛に見向きもしなかったと思うんだ。ぼくが目指した生き様は、それだけ前を向かなきゃ届かないものだった。父さんの背中は大きかった。そんな背中を見せれる男になりたいって、今も思ってる。そして、これからも思い続ける。我武者羅に走り駆けて行くんだろうってね」

「……格好良いと思います」

「そうかな」

「そうですよ。きっと、届きます。それはもう……、越えてしまうくらいに」

「……ありがと」

 

 シロノは瞳を閉じてふっと息を吐いた。その横顔を見て、すずかは頬が上気するのに気付いた。鼓動が高まる。視線がシロノへ集まってしまう。いつか読んだ恋愛小説のヒロインの様に、心がときめくという現象に、胸奥が熱くなった。

 嗚呼、これが恋するって事なんだ、とすずかは自分の感情の名前を見つけてしまった。

 ベッドに置いていたシロノの手に恐る恐ると手を伸ばして、重ねた。シロノはそれに少し驚いた様に片目だけ開いたが、ふっと笑みを作ってぱたりとベッドに倒れこんだ。すずかもくすくすと笑ってベッドにぽふっと倒れた。その後、明かりがついているのに気付いたノエルが手を重ねて寝てしまっている二人を見て微笑ましい表情をしていたそうだ。


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