リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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A’s40 「半年振りの友好を、です?」

 リンディへ冷たい視線を向けながら淡々とジュエルシード事件の全貌を語り終えたシロノは電子書類を渡した後、何処か疲れた様子のクロノに連れられて艦長室から出た。空気が抜ける様な音が聞こえ艦長室の自動扉が閉まる。そして、その瞬間にシロノは冷たい雰囲気から失笑し、肩を震わせてくぐもった笑い声を手で抑え、最終的に執務服の袖を噛み締める様に笑った。日本人としての感性がミッド人としての感性とぶつかって化学反応を起こしたらしく、段々と和室という航行艦の艦長室としてミスマッチな風景に笑いのスイッチが入りかけていたのだ。執務官としての仮面を被ってまで笑いの絶頂を抑えていたのである。

 

「くっ! くくく……ッ! ――~~ッ!!」

「シロノが最初で良かったのかもしれないと思っている僕が居るのがもう……はぁ。これを機に母さんの説得の材料にするか……」

「――ふぅ。すまないクロノ、久し振りに愉快な出来事だったから止まらなくてな」

「いや、皆まで言ってくれるな……」

「そうか。模擬戦はどうするんだい?」

「……そうだな。少し動きたい気分だ。一戦付き合ってくれないか?」

「君との仲だ、快く付き合うさ」

「……すまないな」

「構わないさ」

 

 クロノは目から光る物を拭いながら明後日の方向を見やり、シロノに肩を叩かれ慰められながら艦長室から離れて行く。シロノ的には成長したクロノと模擬戦を楽しみにしていた。元々武人気質が垣間見れるシロノであるからして、戦う事に誉れや誇りを持ち出すのは常だ。それも、半年会わなかった親友との模擬戦だ。一人の魔導騎士として武者震いが内心止まらないのは無理も無いだろう。

 場所が変わり、アースラ内での戦闘訓練を行うための部屋の中で対峙した白と黒の執務服の二人はお互いに得物であるS2Uを構える。高速処理に特化したクロノのS2Uと平行演算に特化したシロノのS2Uの先端が互いに向けられる。

 

「では、ワンダウンまでの時間無制限モードで、全力で戦ろうかクロノ」

「あ、ああ。何処かやる気満々だなシロノ」

「なに、あちらで師匠レベルの武人に手解きを受けてね。別に一昨日の沖合い回収作戦の時に前衛だから下げられて、その間にあっさりと解決したから憂さ晴らしがしたいだとか、そんな事は全く思っていないから!!」

「一から十までソレだろう!? ちぃっ! 唯でさえ気が抜けない相手だと言うのにこうもやる気だと遣り辛いな」

 

 シロノのボイスコマンドにより、二人の間に「5」のカウントが出現する。四、三、二、一とカウントが進み、カウントが失せた瞬間に二人の雰囲気が一変した。槍型S2Uを突きの形で構えたシロノが床を踏み締めて砕かん勢いで解き放つ。S2Uを回転させて辺りに魔法をばら撒いたクロノが後退の姿勢に移行しながらスティンガーレイを構築する。

 たった四コンマの動作でお互いに初期動作を終えた二人は模擬戦を開始した。

 先に踏み出したのはシロノ。目の前で圧縮した空気が解き放たれたかの様な速度でクロノとの八メートルの距離を三歩で詰める。その一段と上がった速度にクロノはスティンガーレイの構築を諦めてただの魔力弾を散弾の如く放ち、その動作と共にバックステップを踏む様に宙へ舞い上がる。手首の返しでくるりと回す仕草で直撃コースの魔力弾を消し飛ばしたシロノは宙に上がったクロノへインパルスカノンを速射する。その光景に眉を顰めたクロノは前方にシールドタイプのプロテクションを張って、滑らせる様に威力を捨てたインパルスカノンを流す。

 

「レイデン・イリカル……ッ!!」

「蒼窮を駆ける白銀の翼、疾れ風の剣……ッ!!」

 

 インパルス・ブーストを背中へスラスター展開したシロノを誘い込む様にクロノは最初にばら撒いた魔法術式に最後の呪文を加える。直線にしか進めないブースト状態のシロノはジグザグに加速する事で空間固定系バインドであるディレイドバインドを跳ね除け、クロノの眼前へと肉薄する。右手首を内側に捻る様にする事で右腕を引く際の省略を行ったシロノは最速の突きを構えた。

 

「囲え風の檻ッ!!」

「なっ!? 追加詠唱!? くっ!」

 

 シロノとクロノとの模擬戦は度々行われていた事もあり、どちらも幾つかの手札を見知っている状態から始まる。そして、その均衡が崩れるのが新魔法の存在だ。クロノからすれば足先にしか置いてなかったインパルス・ブーストをスラスターの様に背中へ展開した事に虚を突かれたが、今回はシロノが二詠唱だったディレイドバインドへ三詠唱目を加えるアレンジを入れた事により隙が生まれてしまった。弾けるポップコーンの如く散弾めいた角度で解き放たれる青い魔力鎖がシロノの視界を埋めた。

 クロノが当たり一面にディレイドバインドを設置した際に一番気を付けた事はシロノによりその悉くを砕かれる事だ。だが、シロノはそれを捕まえられない速度で避ける事でバインドを避けてくれた。それにより、辺り一面、否、クロノの前方百八十度に展開された二十二個のディレイドバインドの花を開かせる事ができた。

 埋め付くす様に絡み付いてくる大量の魔力鎖をシロノはS2Uを長刀状態へ移行させ、振り回す様に振るう事で竜巻の如く粉砕した。ディレイドバインドの檻はクロノの前面が一番厚いため、先程誘い込まれた真後ろからシロノは脱出を果たす。すると行き場を失った魔力鎖が絡み合って球体になってしまった。逃げ遅れればS2Uどころか四肢と体も捕まってブレイズキャノンによる追い討ちを受けていただろう。

 シロノが武人として成長していた様に、クロノもまた魔道師として成長していたらしい。その昔との差異にシロノとクロノは笑みを浮かべる。士官教導センターでも事あるごとに戦い続けた二人だ。背中を合わせているよりも正面で戦った数の方が多いくらいである。そんな二人が模擬戦を興じるなと言われて興じない訳が無い。

 

「流石クロノえげつないバインド技術だ」

「ふん、それをぶち抜くシロノも大概だろうが」

「それもそうだねッ!!」

「全くだッ!!」

 

 シロノは地に足を着ける事でメリットを作る陸戦魔導師である。そのため、空戦魔導師であるクロノとの戦いに空中を選ぶ事はデメリットでしかない。一合だけはクロノの土俵に合わせたシロノは即座に下に吹かせて床へ足を着けた。そして、長刀状態のS2Uを構えたシロノは宙に吊った五円玉の如く体を揺らして魔力を発する事で多重に揺れる姿を作り出す。

 常時発動型幻影魔法陽炎。

 恭也との一戦を踏まえたシロノが作り上げた完成形とも言えるバトルスタイルの魔法再現である。

 目視ではゆらりゆらりと残像を残して場所を特定できなくなったシロノの姿があり、そのどれもが魔力的質量を持つが故にサーチにも全部が本人という巫山戯た答えが返って来る有様だった。その近接戦闘にとって一番大切とも言える間合いをずらす陽炎となったシロノをクロノは「げっ」と嫌な物を見たと言った顔で短く呻く。

 空中戦が苦手であるシロノが空に浮かぶクロノへ取る戦術は一つ。腰下へ構えたS2Uの刀身が蒼く煌めく。切り上げる様に放たれたインパルスブレイドが多数の陽炎残像からの幻影が加えられて放たれる。一が十に、十が百と魔力反応が爆発する様に増えた剣撃にクロノは半身になって撃墜を試みる。直撃するブレイドだけをスティンガーレイで打ち落とす。何せ、逃げ場が一瞬で後ろしか無くなるのだ。壁に詰められたら最後だ。圧倒的弾幕によってクロノはプロテクションで守る以外の手立てが無くなり、接近したシロノのバリアブレイクによってプロテクションごと突き抜かれるのが関の山だ。

 前方に立っていたシロノが笑みを浮かべるのを見てクロノはゾッと背筋を粟立たせた。その場に居るな、という本能による警鐘に従い真上へと上がる。そして、部屋を見下ろして絶句する。初撃で当たらなかったインパルスブレイドは弧を描くブーメランの様に先程クロノが居た場所へと殺到していた。あのまま場に残っていたら一発二発の隙から思考能力を削られ滅多打ちにされていたに違いない。

 

「しまった!!」

 

 クロノは唯でさえ目を離してしまってはならないシロノの姿を一時であるが外してしまった事を悟る。そこから始まるのは竜巻を束ねた大嵐。移動するシロノの残像によって段々と床が埋まるという絶望的な状況を背景に、一人しか居ないクロノへ殺到するインパルスブレイドの軍隊が迫り来る光景を見てしまった。たった数秒見逃していただけで数の暴力と化したインパルスブレイドを避けようとクロノは“地に居る”シロノから離れようと下がり――トンっと背中を天井に押された。

 

「……え゛」

 

 背水の陣と化したクロノは目の前にプロテクションを何重にも張る事で迫り来るブレイドを受け止める。ガリガリと削られて行く魔力にクロノは呻く。しかし、真の一撃を避ける事ができればこの状況は一変するのだ。その一時が来るとシロノを信じてクロノは耐え続ける。

 そして、受け止めて消え失せたブレイドの残光の後ろに槍状のS2Uを構えたシロノの姿を捉える。それはクロノからすれば青天の霹靂の如く状況下で見出したチャンスだった。再びブレイドの本流に飲まれて消えたシロノの姿をクロノは逆算するための一欠片として加える。そして、バリアブレイクを行った会心の突きを受けて砕け散るプロテクションの欠片がシロノを内部へと誘った。

 そして、シロノは見る。

 一瞥した程度で判別できてしまうくらいに昔話し合った魔法術式の円状魔法陣を。

 

「ブレイズキャノン――ッ!!」

 

 驚愕に染まるシロノの表情を見て勝利を感じ取ったクロノは、瞬時にニヤリと笑みを浮かべた豹変した表情に呆気取られた。直後シロノは迫り来る青い砲撃を貫いた。行った事はとても単純な事だ。以前、シロノが師匠であるゼストを模したシミュレーション訓練でブレイズキャノンをぶった切られた事があり、その仕組みを考えに考え抜いて一つの解が出たのだ。防壁系魔法をぶち抜くバリアブレイクという技術がある。それはある意味シールドを砕く事に特化した魔法技術だ。ならば、別に砲撃を切り裂く事に特化した魔法技術があっても可笑しくはない。それに目を付けたシロノの行動は早かった。

 

「ブレイクダウンッ!!」

 

 砕く事に特化したバリアブレイクをアレンジした付与型防壁破壊魔法ブレイクダウンこそ、クロノの知らぬシロノの新たな魔法だった。ブレイクダウンを付与したS2Uが蒼い軌跡の一閃を結ぶ。するりと構えるS2Uを避けて、がら空きの腹部に会心の一撃を貰ったクロノは衝撃によって天井へ叩き付けられ、勢いの余波によりそのまま直進したシロノの推進力により天井に皹を入れる結果を齎した。

 天井とS2Uの先端により挟み撃ちにあったクロノはバリアジャケットである執務服を貫通して届いた衝撃により内臓が圧迫され意識をブラックアウト。鏡が割れるかの様に全ての残像が砕け散り、堕ちて行くクロノの腕を取ったシロノを照らした。

 

「……遣り過ぎたかな」

 

 ぐったりとしているクロノを床に下ろしたシロノは頬を搔く。吸血鬼もどきと化しているが別に魔力量には関係無いし接近戦を用いないクロノとの戦いにはメリットにもならない。けれど、この様な物理的なダウンを取ってしまったが故にクロノへ医療系サーチを掛けて心配するのも仕方が無いだろう。何せ吸血鬼パワー全開で本気で踏み込めば音速を超える速度で距離を詰めてぶん殴るだけで終わる程に、身体能力が強化されると知っているが故に、普段よりも力を込める戦闘での力加減の具合が不安なのだ。

 サーチの結果、幸いな事にバリアジャケット許容量を越える衝撃を受けただけで、クロノの内臓は破裂したりはしていない事が分かった。安堵したシロノはバリアジャケットを解いて汗で濡れた髪を払った。

 

「さて、クロノを任せたよエイミィ?」

「……あはは、バレてたかー。お疲れ様。半年前の雪辱を果たしたみたいだね」

「今回はぼくの切り札が一枚多かった、それだけだよ」

 

 入り口から現れた笑顔のエイミィに持ち上げたクロノを受け渡したシロノはS2Uを仕舞い込んでから壁に背中を任せた。魔力を大量に消費した事で戦闘によって鈍くなっていた疲れと共にどっと流れてきたためだ。陸戦魔導師たるシロノがクロノを撃墜できたのは一重に戦闘訓練室が狭かったからだ。狭い空間である此処でない広い場所であったら陽炎による残像弾幕はただの牽制にしかならなかった。逃げ場を詰めれる此処であったから追い詰められたのだ。機動力を失っているクロノはシロノの様に一撃で落とせる様な切り札を持っていなかった。もっとも、あったとしても砲撃を切るだなんて行動に出るシロノには通用しなかったかもしれないが。

 魔力を二割残して全力で魔法戦闘を行ったシロノは息を整えながら、クロノを介抱するエイミィを見やる。救護室に連れて行ってやれば良いものを膝枕して寝かせている。本人の意識が無い時にやっているから尚更にシロノは思う。

 

「で、告白はできたの?」

「え、えっと……、まだ、かな」

「……そっか。まぁ、エイミィとクロノがへタレって事は前から知ってたから予想してたけどさ」

「ひどーい! そういうシロノだって浮いた話聞いてないよ? そろそろ何かあっても良いんじゃない!?」

 

 頬を膨らませて抗議するエイミィの手がクロノの頭から離れていない事に内心笑いつつ、息を整え終えたシロノは壁から離れて入り口へと歩く。ジト目な視線を感じつつシロノは開いた扉から出る直前に振り返りエイミィに言ってやった。

 

「素敵な婚約者が居るから必要無いかな」

 

 そんな爆弾発言をしれっとして、ニヤリと悪戯が成功したという笑みを見せた。数秒後にシロノは閉じた扉の向こうへと消えた。その衝撃的な内容に自分の耳を疑って、端末で戦闘訓練室の会話ログを拾い直して、それを三度繰り返して漸く事実を認めたエイミィはクロノが飛び起きる様な声量で驚愕の声を上げた。そして、エイミィたちが問い詰めようとしたシロノは既にアースラから地球へと戻ってしまっていて、狐に化かされたかの様な困惑と親友のおめでたい出来事に二人は暫く混乱していた。


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